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6 お迎え




 私の言葉に納得のいかない少年の糾弾は続く。

 もし、この世界がゲームだったら、きっと「異議あり!」とか叫ばれてた。

 命拾いしたね。


「今の暮らしは、貴女が自らの手で一から作り上げたものだろう。

 か弱い女性の身でありながら、こんな危険な森に捨てられたのだぞ。

 どれだけの恐怖に身を晒された、どれだけの苦しみに心を削られてきた」


 ごめん、小屋と乳母付きスタートの上に、ナウで月一支援までしてもらっててマジごめん。

 というか、孤独とはいえ悠々自適な私と比べると、正直、明確に敵が存在する君の方が絶対に苦しい立場なんだよね。

 傷付くかもしれないから、口には出さないけど。


「と、言われましても。そうしたことは、全て幼い時分の話です。

 現在は色々と成長したお陰で、命の危機を感じるような場面にも久しく遭遇していませんし。

 憎むだなんて、その様な生活に益のない行為など、私にはとてもとても……」


 絶賛、狙われ中の君とは違うんだ! 違うんだよ!


 って考えると、なんかすごく可哀想になってきた。

 彼に味方がいるのかは知らないけど、日常的に悪意を浴びてたんだったら、そりゃ、世界ぐらい恨みたくなるよね。

 私は大人だった前世の記憶もあったし、見た目はともかく、身体能力が高くて、こうして森っこ暮らしにも容易に適応できちゃってるし、なんか意外と人生ヌルゲーって感じに過ごしてるからね。


「そんな、そんなの、ただの結果論じゃないかっ」


 あー、あぁー、泣かなぁいぃでぇーーーっ。

 そうだよね、坊やはまだ今が苦しいんだもんね、ごめんね。


 灰の瞳を涙の膜で潤ませて、悔し気に唇を噛む少年に、私はグングン同情心を煽られていた。

 極力静かに席を立ち、零れるものを隠すように俯いてしまった彼の傍へと歩いていく。

 それから、私は腕を伸ばして、傷付く青の小鳥を胸の内にそっと抱え込んだ。


 奇形のせいか意外と二人の背丈って近いんだけど、今回は相手が座ってたから、ちょうどいい高さだったね。


「……え?」

「深い事情は存じ上げませんし、貴方の人生に寄り添ってあげられるわけでもありませんけど……それでも、一緒にいる間ぐらいは守りますから。

 ゆっくり癒していってください、心も、体も。

 っあ、いやまぁ、私より強い人間なんか沢山いるだろうし、絶対守り切れるとは言えませんが。

 ていうか、状況によっては、我が身可愛さに貴方の命を見捨てることだってあるかもしれない。

 結局、土壇場にならないと、自分でも自分がどうするかなんて分かりませんけど、でも、少なくとも、最後まで貴方の敵にだけはならないと、そう誓いますよ」


 慰める時まで正直すぎる醜女、さては、酷ぇ奴だな?


「っなん、だ、それ……フハ……っ」


 ほらー、もー、美少年も呆れて笑っちゃってるじゃん。

 泣き笑いになっちゃってるじゃん。

 うーん、ま、適当なこと言うなって怒られないだけマシかなー。


「でも、なんで、だろう、な」


 ん?


「絶対の、味方だ、なんて、言われるより、安心、する」


 しゃくり声でそこまで言うと、彼は親を求める幼子のような必死さで、強く私にしがみついてきた。


 なんでって、多分、いつか嘘になることを疑わなくて済むからじゃないかな。

 絶対の味方とかさぁ……当人がその時は本気で言ってたとしても、後の展開によっては裏切ることだって十分可能性としては有り得るワケでしょ。

 でも、私は本当に大丈夫そうな範囲の約束しかしなかったからね。


 しかし、君、思い切り力を込めているっぽいのに全然痛くないぞ。

 都会の坊やは貧弱だなぁ。

 いや、私の体がガチムチなだけか。

 ヨシヨシ、は、手の事情により出来ないけど、背中を軽くポンポンくらいはしてやろう。

 はい、良い子だ良い子だ、憎いの憎いの遠くのお宇宙(そら)に飛んでいけぇー、っと。

 あ、コレ別に変なフラグとかじゃないからね、エイリアン襲来とかクソみたいなイベント起こらないからね。


 なんだかんだ、己の境遇を嘆く美少年相手に、元気になったら帰れって態度を徹底して崩さない辺り、薄情な女だよなぁ、私も。

 けど、犬猫みたいな愛玩動物ならともかく、人間一人の人生丸ごととなると責任負えないからね。

 おっ。同じ人って漢字なのに全部読み方が違うっていう海外ブラザー泣かせのパターンじゃん。

 日本語くん、マジ性格悪いよなぁ。

 身内受けばっかり狙って、グローバルな優しさが全然ない。


 少年の背でビートを刻むだけの簡単なお仕事の合間に、どうでもいいことを考える醜女。

 できれば、私が普通に暇だとか思ってることは、声を殺して痛ましく泣き濡れている彼には伝わらなければいいなぁ……。




 で、守るなんて似合わないこと言ったせいか、次の日の朝に侵入者の報が届いたんだけど、フラグ回収早すぎない?

 まだ坊ちゃん関係の敵と決まったワケじゃないけどさ。

 とりあえず、何か適当な理由つけて一人で出掛けないとなぁ。


「あのー、裏の納屋に干し肉と燻製肉は吊るしてますけど、ちょっと新鮮なヤツが食べたくなったので、一狩り行ってきたいんですよね。

 で、さすがにコレは連れていけないので、少しの間、留守を頼んでもいいですか?」


 野生生活が長すぎたせいか、マトモな言い訳が全然考えつかなかった。

 つらい。


「えっ……そうか、分かった」


 分かっちゃうのかぁー。

 こんな蛮族みたいな理由をすんなり受け入れられてしまうの、女としてちょっとアレだな?

 別に今更だけど。


「そうだ。

 いつもなら、ある程度まで森の中でバラしてるんですけど、解体作業が見たければ獲物を丸ごと持ち帰りますよ、どうします?」

「解た…………い、いや、遠慮しておく」

「そうですか?

 じゃあ、まぁ、サクっと行ってきます。

 といっても、場合によっては何時間もかかるかもしれませんけど」


 小さく手を振りながら体を出入り口方向へと回転させれば、その背に成長期特有のソプラノとアルトの中間といった質の少年声が掛けられる。


「あっ、その……」

「はいはい?」


 腰をねじって半身だけで振り返ると、彼は僅かに眉尻を下げた物憂げな表情で、形の良い唇を薄く開いた。


「……くれぐれも気を付けて、無事に帰ってきてくれ」

「おや、ありがとう。なぁに慣れてますから、大丈夫ですよ。

 あんまり心配しないで、のんびり待っていてください」


 森は私のホームだし、怪しい野郎どもをもう何人も消してきてますからね。

 ノー、プロブレム。


 外に出てすぐ木の枝に腕を伸ばしかけたけど、後ろの格子窓から少年の視線を感じたので、ある程度までは普通に歩いて、小屋が完全に見えなくなってからマッハで雲梯移動を開始した。


「フォキャーーァ! ホォワっホホォーーーゥ!」


 ついでに、報告をくれた猿共へ、待たせてしまっていた連絡も入れておく。

 どうも、今回の招かれざる客は団体さんらしいからねぇ。

 情報はよぅく集めておいてくれたまえ。



 程なくして現場に到着すれば、そこには貴族の兵隊らしき人間が六人と、おそらく雇われの薄汚い傭兵団メンバー十四人がいて、縦列になって慎重に周囲を窺いつつ、木々の隙間を歩幅短く進んでいた。

 浅い層はともかく、奥は死体すら戻らない帰らずの森とか言われてるみたいだし、緊張もするよね。

 ま、原因ほぼほぼ私なんですけどぉー。ウホっ。


 このペースだと、真っすぐ私の家まで来たとしても五日はかかりそうだ。

 とはいえ、たった二十人で広大なこの森の中に建つ一軒の小屋を見つけようなんて、相当難しいだろう。

 一応、目につきにくいよう偽装もしているしね。

 普段から雲梯移動が主で、分かりやすい獣道もそんなに出来てないし。

 だから、実際の猶予はきっともっと長いはず。


 さすがに正面から襲い掛かるには、ちょっと数が多いやな。

 隙をついて、一人ずつ間引いていく感じでヤった方がいいか。

 配下のモンスターたちを集めて(けしか)けてもいいけど、どうしても味方側に被害が出るから、完勝が決まってる場面でしか使いたくないんだよねぇ。

 遠距離から投石とか、そういう援護だけやらせれば、そこまで怪我もしないとは思うけど。


 あー、面倒くさ。

 このまま奥まで来ないで中腹辺りで引き返すとかしてくれないかな。


 とりあえず、どう処分するにせよ、まずは様子見からだ。

 彼らの目的も分かっちゃいないワケだし。

 これが坊ちゃんの味方で、救出部隊という可能性もゼロじゃないもんね。

 ま、盗賊じみた見目の傭兵とか使ってる時点で、十中八九、敵だと推測されますけどもぉー。

 いや、待って、容姿で決めつけるのはよくないね、これは立派な偏見だね。

 醜女反省。


 ん?


 よぉぉく観察したら、なんか一人、獅子身中の虫みたいな兵士がいない?

 上手く溶け込ませてるけど、他と違って、警戒が外じゃなくて身内の側に向いてるような……。

 えー、気になる。

 ちょっと屠るの最後にしようかな、この人。



 しばらく一団を眺めた後、そこから少し距離を取って、見張りの猿とツーマンセルを組ませている鳥モンスターに、彼らがここに至るまでに交わした会話を忠実に再現させた。

 すると、森に怯えて愚痴る傭兵と、それを高圧的に抑えつける兵隊のやり取りが明らかになる。


 傭兵側は、何日も前に森に入ったガキが生きてるはずがないだの、仲間もどうせモンスターに殺されたに決まってるだの、証拠なんか適当に偽装して引き返そうだの、アンタたちはこの森の恐ろしさを知らないだの、帰りたさが前面に出まくったセリフのオンパレードだ。

 対して、兵士たちは、金は払ってるんだから大人しく言うことを聞けとか、領主様に逆らうのかとか、逃亡者は縛り首だとか、モンスターなど我々が蹴散らしてくれるとか、ちょっと現実が見えてないことばかり言ってる。


 人数差があるし目撃者もいるはずないから、傭兵たちが一斉に襲い掛かって来たら余裕で死ねるだろうに……ビックリするほど考えなしだなぁ。

 あと、私の縄張りのモンスターは、ちょっと訓練した兵隊くん如きにタマ取られるほどヤワじゃないんで。

 あんまりナメないでくれますぅ?


 っていうか、コレもうギルティでファイナルアンサーでしょ。

 完全に匿ってる美少年の関係者でしょ。

 一人だけ、まだちょっと判断つかないけど。

 他は順次、隙を見せた人間から抹殺処分ってことでヤっちゃお。


 トイレだったり、火を熾すために枝を集めに行ったり、集団から離れたヤツを肉食のビッグサイズモンスターに襲わせてもいいし、あとは、少人数の夜中の見張りを闇に乗じて木の実アタックで潰すことだって出来る。

 ローテーション組ませて、常に猿や鳥の奇声が聴こえるようにしてやれば、精神の摩耗も早そうだ。

 そうした削りを連日続けて、パニックを起こしバラバラに逃げ出すようなら、あとはこちらの独壇場。

 罠を使うと、人間の仕業だって一発で分かっちゃうから、あくまで森の脅威を感じさせるやり方で追いつめていくのさ。

 ひっひっひ。

 野生の領域を侵せし愚かなる者たちよ、恐怖に踊り狂って死ねぇぇい!


 こういう時の私はノリノリだよっ。

 完全にヤバい快楽殺人者じみてるけど、縄張りの(ぬし)として、弱肉強食が我が(ことわり)、我が正義(ジャスティス)ッ!

 下手な情けなど、かけようはずもなぁい!

 ヘェイ、配下共! 久々にハデな祭とイこうぜぇ!

 まずは作戦タイムだぁ、ヒャッハぁーッ!


 心の内のハイテンションと正反対に、無音で身を隠していた木の上から離脱する。

 ただでさえ、凶悪なモンスター蔓延るこの地に、私という頭脳が加わっているのだ。

 二十人程度が相手では、負ける方が難しいさ。





「ノックして、もしもーし。ただいま戻りましたぁ」


 多種多様な配下を集めてゲリラ戦の指示を出し、何食わぬ顔をして私は少年の待つ小屋へ戻った。

 もちろん、言い訳に使った肉を持ち帰ることも忘れてはいない。


「あっ。良かった、無事だったか」


 何時間も一人にするのは久しぶりだったからか、私を出迎えた彼は、いかにも不安そうな顔から愁眉(しゅうび)を開いて、ゆるく微笑みかけてくる。


「そりゃあ無事ですとも。

 私にとっちゃあ、この森はもう庭みたいなものですからね」


 比喩じゃなくて、テリトリー的な意味でな。


「しかし、慣れたと油断の入る頃合いが一番危険だとも聞くぞ」

「そんな時期はとっくに過ぎてますって。

 私が何年ここに住んでると思ってるんですか」


 心配性な少年に苦笑を返して、落ち着かせる意味で右肩を軽く二度叩いた。


 うん。随分、互いに距離感が縮まってしまったものだな。

 彼の頼れる大人が私ぐらいだからといって、依存までされないように気を付けないと。



 これ以降、最低でも日に一度は現状の報告を受けるため、一人で出掛ける用事を作って、短時間でも森へ入った。

 さすがに三日目には賢い美少年も訝しがる様子を見せていたが、結局、彼は敢えて尋ねないことにしたらしい。

 下手に探って、庇護者である私が機嫌を損ねるのを恐れたのかもしれない。


 二十人いた男たちは、今は兵士が四人と傭兵が九人にまで数を減らしている。

 単独行動を取った者から狙われるとあって、一団が離散することだけはギリギリ免れているが、すぐにでも帰りたい傭兵と頑なに使命を全うしようとする兵隊とで連日の言い争いが耐えず、前にも後ろにも歩が進んでいない状況のようだ。


 そんな中、動きをみせたのは、例の味方を警戒していた兵士だった。

 集団から離れ命を失うことを恐れる者たちに代わって、ならば自分が必要な枝や肉を集めてこようと、急造の野営地から一人、森の闇に呑まれていったのだという。

 彼の行動は、誰にも咎められなかった。

 おそらく、この場に留まり物資を消耗するばかりではジリ貧だと、皆が理解していたからだ。

 どうせ犠牲者になるだけだとバカにしながらも、心の奥底で彼が成果を上げることを期待していたのだろう。


 もちろん、その兵士が男たちの元へ戻ってくることはなかった。

 ただし、それは彼がこれまでと同じように無残な骸と化したからではない。

 なぜなら、ボスの私がしっかりとモンスターたちに「奴だけは手を出すな」と言い含めておいたからだ。

 だから、その兵士が一団から離脱したのは、彼自身の意思によるものでしかない。


 彼の真意を探るべく、私はこれまで以上に監視を密にさせた。


 そんな出来事から更に二日後、男が独り順調に森を進む一方、残された人間たちはついに内部分裂を起こすに至る。

 まずは傭兵に捨て去られた兵隊たちが、そして、逃亡を図る傭兵らは殿(しんがり)から一人ずつ凶獣に狩られ、やがては全滅していった。

 最後の生き残りである男については、道中の独り言ですでに正体がある程度判明しており、現在も配下にはちょっかいを禁じて、助けはしないまでも好きに行動させている。


 少年と平穏な日常を送る半面、縄張りを荒らす人間たちを容赦なく嬲り殺しているのだから、自分自身、中々にサイコパスじみた醜女だと思う。

 当初、アンニュイな雰囲気を纏っていた彼が楽しそうに私からサバイバル技術を学んでいる姿を見ていると、今もテリトリーを徘徊している男の存在について話すことは、どうにも憚られた。



 しかし、ある日の昼に始まった美少年の独白劇場によって、状況は急展開を迎えることとなる。



「僕は、不吉の子と疎んじられていたが、産まれた家は……身分だけは低くなかった。

 だから、瞳に蔑みの色を宿しながらも、擦り寄ってくる輩はいた。

 様々な事情を抱え、婚姻を結ぼうと猫なで声で媚びを売りにくる娘もいた」


 突然、なんじゃらほい。

 別に私、君の事情に興味ないんだけど。

 いや、まぁ、話してスッキリする悩みもあるだろうし、聞いて欲しいなら聞くけどさ。


「だが、貴女のような……聡明で心根の美しい女性には、僕は初めて出会った」

「はぁ……?」


 え、待って。その繋ぎは予想外。

 ていうか、なにコレ。

 何でそんな色気のある目で私を見てくる?


 まさか……えっ、ウソでしょ、君。

 もしかして、私、優しくしすぎて健全な少年の性癖を歪ませちゃった?

 いやいやいや、まさか、そんなまさか。


 違うよね、自意識過剰な醜女の勘違いってヤツだよね。だよね?

 お姉さんのこと、親みたいに慕ってるってだけだよね?

 ねぇ!?

 なんで、机上に乗せてた私の左手に腕を伸ばして指でそっと撫でてくるの!?

 くっそエロいんだけど!?


 ねぇぇぇ、嘘だと言ってよ、ボぉーイぃぃぃ!

 冷汗が止まらねぇよぉぉぉぉ!


「良ければ、その目隠しはもう外してくれないか。

 貴女の素顔を恐れるような真似、今の僕なら絶対にしないから……」


 ひぃーーーっ!

 なんだ、その追撃はっっ!

 アラートアラートアラート!

 止めて、そんな目尻を朱に染めて、はにかみ笑顔で吐息交じりに囁いてこないで!

 前世三十路越えの女として、未成年相手にラブ展開は受け入れかねるぅーーーー!

 倫理が瀕死でSAN値がピンチぃーーーっ!


 そうだ、今こそアレを言え、空気をクラッシュするんだ私ーーーっ!


「あのっっ!

 先日の狩りの途中、貴方のお迎えらしき男性を見かけたんですけどっ!

 よければ会いに行かれませんか!?」


 言ったった! 言ってやった!


「迎え……僕に?

 まさか、そんなはず……」


 ぃよぉぉっし、桃色オーラ雲散!

 困惑の美少年!

 そのまま正気に返って、そして、お家に帰ってぇぇぇ!


「年齢は四十前後、赤銅(しゃくどう)の髪。

 整えられた左右の口ひげ、額に三本の引っ掻き傷。

 私より頭一つ以上高い背丈、鍛えられているけど、しなやかで細身の体。

 セレイネル坊ちゃん、どうか無事でいてくれ発言」


 真面目な声で語ってやれば、少年は伸ばしていた腕を戻して、手を口元に添え、思案するように僅かばかり俯いた。

 セーーーーっフ!

 危なかった、正に九死に一生。


「……っドドモバ?」


 オッサン、変な名前つけられてんな。

 いうて、前世の感覚でだけど。


「やはり、思い当たる節がございますか……。

 その男性を発見してよりのち、しばらく陰から様子を見ておりましたが、言葉にも態度にも悪意は感じ取れませんでした。

 よって、私は彼を、貴方を託すに値する者であると判断したのです」

「あぁ……それで最近、よく」


 お。勝手に私にとって都合のいい解釈をしてくれてるな。

 ありがてぇ、ありがてぇ。

 情操教育にも悪いし、あまり私の野生面は知られたくないんだよね。

 とはいえ、何度もボロが出そうになってたし、さすがにそろそろ潮時感。


「貴方様が望まれるのでしたら、いつでも彼の元へご案内いたしますよ。

 一人きりでお返しするより、マトモな大人が傍についていてくれるなら、その方が余程良いですしね」


 もう随分と元気になったよね。

 保護者がいるなら、大丈夫だよね。

 これ以上、私が面倒を見る必要ないよね。

 帰って。

 まだ性癖に矯正が効く今の内に早く帰って。

 そして、全て忘れて。


 表面で良識のある親切なお姉さんのふりをしながら、自己都合丸出しの思考で、少年の口から結論が出てくるのをジッと待つ。

 他人(ひと)に気の遣える彼なので、ワガママは言わずに頷いてくれると信じたい。


 醜女に産まれて十と七年。

 今世で初めて己に好意的であった相手との暮らしが楽しくなかったとは言わないし、彼がいなくなれば、きっとしばらくは寂しい思いをするだろうということは、重々理解している。

 伊達に前世三十路越えだったわけじゃない。

 だけど、私は本来、人に知られるべきではない存在だ。

 だから、彼が取り返しのつかない感情なんか抱く前に、時と共に薄まる程度の記憶である内に、元の生活に戻ってもらわなくては困るのだ。


 我知らず、両の手を祈る形に組み、瞼を閉じていた。



 あぁ、少年よ。

 どうか、私の望む答え以外を、その未成熟な唇から紡ぎたもうな。

 森と生きる醜き女を、僅かにでも憐れと想う心があるのなら。




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[良い点] 性癖w もしこのまま分かれて一生会わなかったとしても、もう女性の好みは変わったままかもしれませんね… 斧を軽々と振れるのが最低条件とか。罪やで主人公っ!
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