5 続・お手伝い
さて、帰還っと。
「慣れない森歩きでお疲れでしょう。
昼食の後からは、家の中で出来ることをしましょうね」
水瓶を小屋裏の壁沿いに掘った窪みに設置し直し、背後を振り返ってから、僅かに息を乱した少年に語り掛ける。
「……すまない、手間をかける」
額の汗を光らせながら、彼はどこか気落ちしたような影のある表情で言った。
道中で足手まといを自覚して、遅まきながら迷惑な提案をしてしまったと、不要な罪悪感でも抱いているのかもしれない。
「別段、手間などと思っておりません。お気になさらず。
そもそも、時間単位であくせく働かなきゃいけないような、余裕のない暮らしはしていませんし。
本来、二日三日は何もしなくて寝ていても大丈夫なぐらいで、毎日何かしら作業をしているのは、暇つぶしも兼ねてのことなのですよ」
「そうなのか?」
流れて目に入りそうになっていた汗を軽く指先で拭いながら、少年が疑問を口にする。
その仕草ちょっとエロいぞ。
私がショタコンじゃなくて良かったなぁ、君。
「えぇ。
本気で私が忙しくて貴方を邪魔に思っているんだったら、無理やりにでもベッドにくくりつけて、強制的にお休みいただいてます」
「そ、そんな真似をせずとも、口で言ってもらえれば従うぞ」
「ものの例えです、本当にやるわけないでしょう」
ボぉーイぃ。何故、そこで視線を逸らして黙るぅ?
君は私をどういう目で見ているのかな?
おおん?
奇形はともかく、こんな見ず知らずのやんごとなき御令息を無償で匿ってあげている心優しいお姉さんに対して、まったく失礼な話じゃあないかね。
ま、いいけど。
私も、相手がガチでクズい坊やだったら、さっきの発言通りのことをしてた可能性メッチャあるし。
ある意味、やぁん彼ったら私のことすごく分かってくれてるぅ、と考えられなくもない。
ふっ、野生児ってヤツはポジティブでなきゃやっとれんのだよ。
ってか、いい加減、外でダラダラ話してないで家に入ろうや。
「あぁー、まず水分補給をした方がいいですね。
そちらで座って待っていてください」
「分かった」
二人で小屋の中に戻って一番にそう告げれば、先ほどのやり取りの印象がまだ強く残っているのか、美少年は硬い表情でテーブルへと向かった。
ホワイ、カタイカオ、ボーイ?
ぷるぷる、私悪い醜女じゃないよ。
「そうだ。
私が傍にいない時のために、飲み水の汲み方をお教えしておきますね。
そこからで結構です、視線だけこちらへいただいていいですか?」
「あぁ」
彼の意識が寄せられたのを確認してから、私は出入り口に隣接する台所に立ち、三つほど並んだ甕の内、一番左端のものを手で叩く。
「ご自分で水を飲まれる際は、これ。
一度煮沸済みの湯冷ましが入っているこの甕から、横の柱にある柄杓を使って中身を掬い、水差しに入れるか、カップに直接注いでください」
「よし、覚えた」
実演しながら説明してやれば、彼はいかにも簡単だと言わんばかりの口調で頷いた。
「ただし、面倒だからって柄杓にそのまま口をつけるのはなしですよ」
「そのような不作法はしない」
ちょっとムッとされてしまった。
ちゃうねん、少年。
「行儀の問題じゃなくて、口の中の汚れが移って腐りやすくなるからなんですが……ま、やらないなら理由はこの際なんだっていいです。
あと、水の蓋は開けたら都度、しっかりと閉め直してくださいね。
埃もそうだけど、何より虫に入られて繁殖されたら堪ったものじゃあないですから」
「ふむ、気を付けよう」
「えぇ、お願いします」
この辺は割とマジで破られたらキレかねないからね。
頼みますね。
日本と違って湯を沸かすのは重労働だし、薪だって森のことを考えるなら、本当はあんまりバカスカ使っていい資源じゃないからね。
元乳母用の木製カップに水を汲んで差し出せば、少年はそこそこの勢いでソレを飲み干した。
かなりゆっくりな歩行速度だったとはいえ、汗もかいていたし、喉が渇いていたんだろう。
寝室に放りっぱなしだった水差しを持ってきて、念のため古い分は捨てて中身を入れ替え、好きに手を伸ばせるよう彼の座るテーブルに置いてやる。
塩分はこれから魚に振りかける分で摂取できるから、今はまだ与えずともいいだろう。
いやぁ、私ってばアレコレと気の利く良い女だなぁ。
野生にしておくのは惜しいよ。
自画自賛は独り暮らしの必須技能な。
「さてと、私は昼食の準備に取り掛かりますね。
貴方は……まぁ、見るでも休むでも、ご自由に過ごされてください」
「なら、ここで見ている」
「そうですか?」
一番醜い顔面は隠したままとはいえ、すっかり私の歪んだ体つきにも慣れたみたいだねぇ。
興味があるようなら、次の機会には火打石でも使わせてみようか。
一応、指を打たないようにだけ注意して。
包丁はさすがに、本人がやりたがっても遠慮してもらおう。
怪我を治してる最中なのに、また意味もなく傷を増やすような真似は不毛だわ。
食材に血がついても不衛生だし。
ええっと、とりあえず、メインに魚の塩焼きと、まだ残ってるコンソメを使ってゴロゴロ野菜のスープ、あとは自作のパンもどきに特製ジャムをお好みでつけてもらう感じでいいかな。
一応でも貴族なら、捕れたてピチピチの魚を焼き立てアツアツで提供されるなんて経験はないだろう。
これは食べた時の反応が楽しみですわ、うっしっし。
あ、もしかして、この笑い表現もすでに古い?
いやーん、醜女まいっちんぐ。
「ちなみに残った灰は溜めたままにしておくと火力が落ちちゃいますから、定期的に掃除します。
でも、捨てるんじゃなくて、畑の良い肥料になるので、そこの壺に貯めておくんです。
あとは、水に溶かして散布すると、害虫よけになったりもしますよ」
「へぇ、そうなのか」
料理が完成して火を落とすついでに、薪使用後に発生する灰の処理について教えてやる。
この作業は、粉塵が空気に舞ってクシャミが出たり、煤で顔や手が汚れたりと、スコップで移動させるだけの簡単なものと思いきや意外と面倒臭くて、個人的にはあまり好きじゃあない。
「以前から思っていたが……孤独な暮らしぶりの割に、貴女は博識だな」
ドッキぃーン。
坊や、中々鋭いこと言ってくれるじゃないの。
しかし、そんな疑問に慌てる私じゃあねぇーぜっ。
「そこは庶民の知恵ってやつですよ。
日々の生活に必要なことを、実地で学んで活かしていってるだけです。
最初は何をするにも失敗ばかりの、試行錯誤の連続でしたしね」
「あぁ、なるほど。その集大成として、今があるのだな」
一本立てた指を振りながら偉そうに語ってみせれば、美少年は腕を組み、感心したように頷いていた。
やれやれ。彼が素直で助かった。
まぁ、ギリギリ嘘は吐いてないし、セーフでしょ。
前世からの知識や発想を、何とか少しでも活かそうとトライ&エラーを繰り返してきたのは事実だ。
全くのゼロから始めたわけじゃないって辺りで、少年の想定する苦労よりはマシだろうってだけの話。
ちなみに、提供したお昼ごはんについては、メチャメチャ褒めていただきました。
へへっ、彼のトコのコックが作るものより美味しいってさ。
よせやい、よせやい。照れるじゃねぇの。ケツが痒くならぁ。
一般的な貴族の食事とか一つも知らないから、どこまで喜んでいいのかは分からないけど、やる気は出るよね。
食後、優雅に自家製ブレンドハーブティーで一服していると、ふと頭に忘れていたことが思い出されて、私は石を加工して作った専用の大きな湯呑みをテーブルに置き、ゆっくり立ち上がった。
「あぁー、そうだった、そうだった」
「突然、どうした」
「お帰りになる際に必要かと、貴方が最初に着ていた服を繕っておいたんですよ。
ちょっと待っててください、持って来ます」
「え?」
とっさに理解が及ばなかったのか、きょとんと瞼を瞬かせる少年を尻目に、大股歩きで物置部屋へ移動する。
ええっと、どこに仕舞っておいたんだったかな。
こっちの行李かな。
お、あったあった。
虫に食われて穴が出来てたり、繕い残しがあったりはしないよね。
うん、大丈夫そうだ。
確認のために広げた服をたたみ直して、形が崩れないよう腕に添えてから、隣室へと踵を返した。
「これです、これです。
糸の種類が少なかったので完全に元通りとまではいきませんが、最低限見れるようにはなったでしょう。
まだ本調子ではなさそうなので今すぐは不要でしょうが、一応、お渡ししておきますね。
はい、どうぞ」
「……あ、あぁ」
両手で持って差し出せば、彼は反射的に上げた腕を一瞬だけ止めてから、躊躇いがちなノロノロとした動きでソレを受け取った。
引き寄せた己の服を見つめる灰の目に、喜色は薄い。
んんー、なんだ、なんだ。
自分の物が戻ってきて安心するかと思ってたのに、まるで捨てたはずの人形が戻ってきたみたいな顔をしているな。
アレか、闇深そうな高貴な実家のことなんか忘れていたかったってか。
それとも、恐ろしい逃亡の日々がまざまざと脳裏に浮かび上がっちゃったか。
だとしたら、何かゴメン。
掃除したばかりの動物小屋に本人の臭いのついた物を入れておくことで落ち着かせるみたいな感覚だったんだけど、逆効果になっちゃったみたい。
やっぱ、人間は森の皆とは勝手が違うな。
当たり前だけど、繊細さが段違いだ。
十年も孤独に野生暮らしやってると、そういう機微を忘れがちでダメだね。
気を付けよう。
アンニュイな表情で寝室の、私が与えた木箱へ服を収納するために背を見せた美少年は、歩幅小さく足を進めながら、独り言のつもりらしい呟きを零していった。
「……そう、だな。いつかは帰らねばならぬのだった」
ほわっつ?
おい、恐ろしい発言をするんじゃないよ。
そこ一番大事なところだから忘却しないでくれる?
いくら情が移ってようが、こっちとしては、傷ついた野鳥を一時的に保護してるだけってのに近いんだから、居座りは勘弁だよ。
私は森で、君は人の世で生きよう。
寄生・ダメ・絶対。
まぁ、私も大概な甘ちゃんで、心身ともに傷付いてる彼を突き放すような本音なんか伝えられるワケもないんだけど。
そもそも、音量からして聞かせるつもりのセリフじゃなかったはずだし。
醜女イヤーが地獄耳で勝手に拾っちゃっただけだからね。
あっちだって、反応されても困っちゃうでしょ。うん。
よーし、切り替えてこっ。
午後は何をしようかなぁーっと。
久しぶりに長時間外に出て疲れただろうから、なるべく動かずに見ていられる作業がいいよね。
あ、そうだ。
ちょっと忙しくてサボりがちだった各種道具の手入れをこの際に纏めてやっちゃおう。
そうと決まれば、準備準備。
それぞれ何に使うものかとか、原理とか、一緒に話してあげたら少年も退屈しないかな。
って、こういう私のサービス精神が居心地を良くして、あんなトチ狂った呟きを彼にさせてしまうハメになるのでは?
もっと自分のことだけ考えて素っ気なく対応すべき?
でも、罪のない相手に塩対応って、元日本人としては心苦しいんだよなぁぁ。
しかも、年下で思春期の、繊細なガラスのハートにすでにいっぱいヒビが入った薄幸のビューティフルボーイだよ。
冷たくするなんて、無理無理の無理ぃ。
貴族育ちでちょっと口調は横柄だけど、気立ての優しい良い子なんですよぉ。
誰に向かって言い訳してんだ、私は。
「刃物はもちろん、普段から使う道具は特に、手入れは欠かせません。
壊れたからと、人里のように早々次が買えるような環境にはありませんからね」
「なるほど、道理だな」
テーブルを端に退け、床に大きな布を敷いて、その上に雑多な用品を並べた状態で、私の隣で椅子に腰掛けさせている少年へ、偉そうに講釈を垂れる。
話を耳に入れながら興味深そうに品々を眺めていた彼だが、ふと何かに気が付いたような表情でこちらを見上げてきた。
「そういえば、そもそも貴女はどうやって、こうした道具の類を手に入れているのだ?」
ドッキぃーン・リターンズ。
月一の支援物資のことは、私の実の親に繋がってしまう可能性があるから内緒にしているのだよ。
乳母と二人暮らしだったこともね。
いやまぁ、私をある程度育つまで面倒見てくれた人がいて、彼に使わせてる寝間着やら食器はその遺品だってことぐらいは伝えてますけどね。
「非常に申し上げにくいのですが……貴方を襲っていたような侵入者や遭難者の懐から拝借したものになります」
「え」
純真な感情で聞いているだろうに、誤魔化してばっかりで悪いね、少年。
本当は、寡黙な狩人さんに手紙で頼んで買ってもらった質の良い奴を大事に使わせてもらってます。
でも、観察眼が鋭ければ看破できる話でもあるんだよ?
だって、いったいどんなバカならモンスター蔓延る帰らずの森に、わざわざ馬鹿デカい寸胴鍋だの鍬だの持って入るんだってぇの?
ありえないでしょ。
「卑しい死体漁りと軽蔑されます?」
「いや、ええと……その、僕の善悪の観念からすれば、正直なところ良い気分はしない。
しかし、貴女の生活状況を鑑みれば、到底非難をする気にもなれない、かな。
それに、僕もこうして恩恵に与っている以上、責められる立場にはないだろう」
「そう、ですか。お気遣い痛み入ります」
いつも冷静な計算をする坊やだなぁ。
その割に、矛盾点とか全然見えてないのが玉に瑕ってか。
可愛いと言えば可愛いけど、貴族としてはちょっと苦労しそうだね。
あぁ、でも、疎まれてるって言ってたから、一方的に都合を押し付けられて、独りで妥協したり我慢したりっていうのには慣れてても、相手の真意を読み合うような方面については、そんなに鍛えられていないのかもしれない。
うぅん、不遇の美少年め。
切なさ乱れうち。刹那五月雨撃ち。ばひゅんばひゅん。
彼が頷くなら、包帯の巻き方とか、木の登り方とか、役立つ野草情報とか、樹液水の摂取方法とか、また命を狙われた際に生存率が少しでも上がるようなことを簡単に教えてあげようかなぁ。
特に木登りを覚えると、実を取って食べたり、四足のモンスターから逃れたり、寝る時だって、枝に座って落ちないように体を縛れば地面よりは襲われにくいし、追っ手にしても、貴族の坊ちゃんがそんな技能を持ってるなんて思わないだろうから、下ばかり注目して見逃すかもしれないってワケで、意外と有用じゃないかと勝手に予想してるんだけど。
まぁ、そういうのはもう少し本人が元気になってからでいいか。
ってことで、その後も引き続き、私は少年を雛鳥の如く背に連れて、穏やかな日常を過ごした。
「ここは私の家庭菜園です。
一人で食べるものなので規模は小さいですが、ちょっとずつ時期の違う野菜を植えていて、年中世話が必要なんですよね。
あぁ、世話っていうのは大まかにいうと、水を撒いたり、害虫を取ったり、肥料をやったり、状態を観察して、病気になったものや育ちの悪いものを間引いたりって感じですかね」
「ということは、あちらの畑はまだ種の状態か」
「あぁ、いえ、あそこは自然の力を回復させるために休眠中で、今は何も植えていません。
だからって、全く手入れが不要かというと、そうでもないのが面倒なところなんですけどね」
「へぇ」
「おっと、帽子はちゃんと被っていてくださいよ。
木々の密集した場所と違って、ここでは直射日光が当たりっぱなしになるので、体力の消耗が激しいんです」
「そうなのか」
「洗濯は、天気にもよりますが、基本的には三日に一回やってます。
で、血汚れにはこの木の実の汁、油や脂の汚れはこっちの樹液が効果的です」
「ううむ。
その最適解を得るまでに、貴女がどれだけ検討を重ねてきたのか考えると頭が下がるな」
「はは、大げさですよ。
森だけに虫が多いので、干すのはこっちの蚊帳の中で。
蚊帳自体にも、虫よけの汁を定期的に染み込ませています」
「徹底したものだ」
「本当に怖いですからね、虫は」
「ええっと、今日は掃除でもしましょうか。
壁や天井、棚の上なんかはこの鳥モンスターの尾羽で作ったハタキで優しく埃を落とします。
床は砂や小石をホウキで集めて外へ捨てます。
二ヶ月に一回ぐらいは拭き掃除なんかもしますが、その際には、この私特製の薬液を同時に塗り込んでいくことで木材の保ちを良くしているんですよ」
「これなら僕でも出来そうだ」
「あ、そうですね。
薬液の塗布は手が荒れるかもしれないので私がやりますけど、その他は手伝ってもらっちゃおうかな」
「うん、任せてくれ」
日が経つにつれ、彼の心も柔らかく解きほぐされて、厭世家さながらのアンニュイさが消え、未成年らしい無邪気な顔を見せるようになっていく。
私の方にしても、何につけ素直に言葉を受け入れてくれるものだから、いつしかスッカリ絆されきって、まるで親戚の子でも遊びに来ているような気持ちで接するようになっていた。
そんな中、ふとしたキッカケから少しばかり不穏な会話を交わす流れになってしまったのは、ある日の夕食後のこと。
「常々思っていたのだが……暇つぶしと称するには、少々やることが多すぎないか?」
「快適な暮らしには、それなりに手間がかかるものです。
集落にでもいれば、他の人間と役割を分担することで楽になるんでしょうけど、私は一人きりですからねぇ」
「あっ、その……すまない。
貴女にそんなことを言わせるつもりでは……」
ションボリと俯く少年。
「ちょっと、なぁに勝手に落ち込んじゃってるんですか。
単に事実を述べただけで、嫌だとも大変だとも思ってないんですから、私は」
思い違いを正すように豪快に笑ってやったが、顔を上げた彼の眉間には深い皺が刻まれていた。
「貴女は……自らをこのような場に追いやった狭量な人間が、残酷な世界が、憎くはならないのか」
おほっ、世界ときた。
思春期かよ、少年。っあ、思春期だったわ。
てか、何よ突然。
「なりませんね」
「なぜ」
あっけらかんと答えた私に、彼はハーブティーを飲むために机上に置いていた自らの両拳を強く握り込む。
うーん。お姉さん、シリアスあんまり好きじゃないんだけど。
まぁ、真面目に返してやるか。
「異物を排除したがるのは、何も人間に限ったことではありません。
それを罪悪感か親の情けか、幸運にも私はこうして生きる機会を与えて貰った。
そりゃあ、日々罵倒され鞭打たれながら残飯を稀に与えられるだけの惨めな人生でも送っていたなら、この世に産まれた事実を恨みもしたでしょうがね。
何者にも縛られない今の自由な暮らしには満足していますから、どちらかといえば感謝しかありませんよ」
「っそんなのウソだ!」
私の発言を聞いた途端、彼はテーブルを叩いて勢いよく立ち上がった。
ヘーイ。
ステイステイ、落ち着けボーイ。
「どうして、そう思われるのです?」
「こちらが望んだわけでもないのに、勝手に産んだくせに、勝手な都合で蔑ろにされて、不遇を強いられて、なのに、感謝なんて……僕はっ!」
ひゅう、急に自分語り始まった。
そうかそうか、要は君が世界を憎んでいるのだな。
そして、人々から蔑ろにされている者同士、共感して貰いたかったと。
でも、残念でした。
「ここでの暮らしは苦しいですか?」
「え?」
「私との森の中での粗末な生活は、耐えられないくらいに辛いものですか?」
尋ねれば、少年は怒りの勢いを衰えさせ、狼狽えたように視線を左右へ彷徨わせる。
「え……い、いや、それは……そうじゃない。
確かに、慣れぬことが多く疲れはするが、僕はここで過ごす日々に不思議と充実感すら得ていて……」
よっしゃ、ここで「我慢してたけど、まぢムリ、リスカしたぃ」とか言われてたら詰んでたわ。
良かったー。
「では、そういうことですよ」
「えぇ?」
「私には本当に不満がないのです。
であれば、恨みも、憎しみも、何一つ抱く必要などありません……でしょう?」
首を小さく傾げ、努めて優しく語り掛ける。
頼むから、これで納得してくれ。
色々自分のこと誤魔化しまくってるけど、これだけは掛け値なしの本音だから。
偽りナッシングだから。
しかし、私の望み空しく、美少年の眉間の皺は薄まらないまま、この後も思春期の彼による更なる追及地獄が展開されていくのだった。
あー、困ります、困ります、坊ちゃま、あー、お待ちになって、プリーズ。
お姉さん、今、全力で君をどうやって丸め込むか考えてるから、ネっ。