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4 お手伝い



 これまで外のトイレに行くだけで疲れて帰ってきていた少年が、全身に大小負っていた怪我も段々と塞がり体力を取り戻していく中で、ひとつ、こんなことを言い出した。


「手伝い? 私の?」

「あぁ」


 少しでも恩を返すために何かやらせてくれというのだ。

 要は、痛みや怠さがマシになってきたことで思考に余裕が出来て、ベッドで寝ているばかりの過ごし方では退屈になったのだろう。

 気持ちは分かるが、厄介な話だ。


「うーん。そう言われても、基本的に力仕事ばかりですからねぇ。

 あとは技術や知識を前提とするものがほとんどですし。

 私としては、大人しく治癒に専念していただける方がありがたいんですけど。

 というか、無理をしたら治りかけの傷が開きますよ?

 そもそも、従者やメイドに世話を焼かれるのが当たり前で、今だって簡単な着替えすら手間取るような身でいらっしゃるのに」

「……中々はっきりと言ってくれる」


 悔しそうに眉間に皺を寄せて、少年が小さな呟きを零す。


 オブラートに包んだところで、遠慮しているなどと勘違いされても面倒だからね。

 まぁ、この美少年が思春期にも関わらず、それなりに理屈が通った主張であれば、感情で怒り出さずに受け入れてくれるからこそ出来る無礼でもある。

 これが反抗期ヒステリー何様俺様ふんぞりブタ貴族だったらと思うと、ため息しか出ないわ。


 ……に、しても。


「んー」

「なんだ」


 顔に垂らした布ごしに少年をジロジロ眺めれば、視線を察した彼はその無遠慮さに顔を顰める。

 予測可能な範囲での彼の生育環境からして、手持ち無沙汰というよりは……。


「ジッとしていると、余計なことばかり考えて落ち着かない……ですか?」

「うっ」


 途端に怯む美少年。


 はい、図星きたー。

 伊達に三十年以上も日本人やってたわけじゃないってね。

 野生暮らしじゃ分からなかっただろう人の感情の機微も、こうして前世があることで掬い取れる。

 まったく、ありがたい話だよォ。


「そういうことなら、隣で見ているだけっていうのは、どうですか」

「え?」

「私がどんな意図で何をやっているか、簡単に説明ぐらいはしますよ。

 貴方は多分、新しい知識を得たり、考察したり、頭を使うのが楽しいタイプの人間でしょう?」

「まぁ、否定はしないが」


 少年は困惑交じりの微妙な表情をしている。

 そりゃ、返そうとした恩を追加で増やされそうになってるんだから、渋い顔にもなるよなぁ。


「病は気からとも申しますし、これも養生のひとつということで。

 もちろん、疲れが見えたり調子が優れないようなら、すぐにベッドへ連れ戻させていただきますけど」

「……そう、だな……分かった、それでいい」


 うん。相変わらず、物わかりの良い子だ。

 撫でてやりたいところだが、私の硬化した手では岩でゴリゴリやるのと変わらない。

 完全に拷問である。

 少年としては、自分の主張したことが意図と真逆の邪魔になる行為で、こちらにとってワガママにしか映らないと悟った上で、出された提案がお互いの落としどころとして妥当なものだと判断したって感じかな。

 で、理解と納得があるから、希望を叶えてくれなかった私に不満を向けるわけでもないと。


 はぁーーーあ。

 人間が皆これぐらい考える頭を持っていてくれればねぇーーえ。

 前世のお局因業ババアに爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわ。

 アイツときたら、気分ひとつでコロコロ意見は変えるし、敵だの味方だの派閥を作りたがるし、平気で他人の業務妨害するし、上司への態度もデカくて引くってことを知らないし、そのくせ若い男とみたら猫なで声で媚を売るし、自分のミスを誰かに擦り付けるのばかり上手くて、マジ同僚として最悪だった。

 別に前世に未練はないけど、アレより先に死んでしまった事実だけは、ちょっと腹立つんだよなー。

 あぁ、そうだ、死ぬといえば。


「ところで、貴方がそこそこ歩けるようになったので言いますけど、この森には凶暴なモンスターや野生動物が沢山おりましてね。

 小屋のすぐ周辺ならまだしも、遠出をするのはオススメしません。

 どうしてもという時は、必ず私を連れるようにしてください」


 ふと思いついて注意を促せば、少年は薄く苦笑いを浮かべ疲れたように肩を落として、ため息にも似た声を発した。


「だろうな。道中、実体験済みだ」


 なるほど。

 っていうか、本当、ここまでよく生きてたねぇ君。

 いよっ、ラッキーボーイ。

 あ、いや、命を狙われてる少年相手にゃさすがに軽率だな。


「一人で出歩こうなどそんな無謀な行為、僕だって頼まれても……そういえば、小屋で目覚めてからモンスターを目にした記憶がないな。

 帰らずの森にしては、おかしな話だ。どうなっている?」


 勘のいいガキは嫌いだよ。

 なんつって。

 せっかく懐いてきてるのに、ハッキリ説明したらまた距離が開きかねないかなぁ。

 でも、ウソつくのも違うというか。

 うーん。

 匂わせつつ上手く濁せるかな……。


「生存本能というヤツです。

 強者が縄張りを主張する場所に、わざわざ近寄りたがる弱者はおりません」

「んん?」

「一見して無法と思わしき自然界にも細々とルールがありまして、私はそれを知恵ある人間らしく活用させていただいているワケです。

 まぁ、そうですね。

 私の傍ならまず安全だと、その事実だけ覚えてくださればよろしいかと」

「あ、あぁ……分かった?」


 なんで疑問形やねん。

 いまいちな反応だけど、怖いモンスターの縄張り内だから静かなんだって、ちゃんと誤認してくれてるかな。

 で、私はその怖いモンスターに襲われない工夫をしているから無事、みたいな。


 そうです、私が親玉ですフホホーイとか、いたいけな少年相手に言いたくないんだよ。

 野生の醜女だって乙女だ、情も湧くし、人に嫌われれば悲しい。


「さて……では、気分転換をかねて今日は外での作業をメインにしましょうか」

「森の危険を口にした直後に、よくそんな提案を出せたな?」


 それに気付くとは、お主さては天才か。

 醜女こと私、美少年から呆れた顔を向けられてる、なう。

 うーん、別に怖がらせて閉じ込めたかったとかじゃなくて、本当にただ、一人歩きは死ぬぞって忠告であって他意はなかったんだけどなぁ。


「言われてみれば、そうですね。

 小屋の中で済むことだけにしておきます?」

「いや、貴女を信じるさ。

 傍にいれば安全なのだろう?」


 うわっ、ちょっと大人の色気が入った不敵な笑みに気障っぽいセリフのコンボきた。

 おねえさんドキがムネムネしちゃう。

 ちょっと表現が古すぎたかな、若い子にはもう通じないかも。

 時の流れがいつだって残酷すぎて、私、涙が出ちゃう。


「じゃあ、そういうことで。

 うーんと、畑の世話と洗濯はもう終わったから、まずは乾燥させておいた丸太を薪にでもしようかな。

 ちょっと長めの活動になると思うので、外出前に体に虫よけの薬を塗りましょうね。

 あと、ついでにもう少し厚めの生地の服に着替えましょう」

「分かった。

 しかし、そうか……薪割り……」

「どうかしました?」

「いや、その、薪といえば常に用意されているもので、誰かが割っているから存在するのだと、そんな当然のことを今まで考えもしなかったと思ってな。

 少し、驚いていた……己の視野の狭さに」


 薄く浮かぶ笑みは自嘲だろうか。

 なんだろ、魚が切り身で泳いでると思い込んじゃう幼児みたいなもん?

 うん、ちょっと違う気がする。

 前世の日本にはテレビやネットがあるし、学外実習で工場見学や牧場体験に行かされるパターンもあるし、自分の身近にある物がどうやって作られてるかとか、元はどんなものだとか、目にして意識する機会ってのはどっかしらで直面するもんだろうけど、こういう古めかしい世界じゃソレも難しいってことなのかね。


「気付けたのなら、これからですよ。

 貴方はまだまだ若いんですから」


 って、私は孫に説教かます老女か何かか。

 少なくとも十七歳の野生児メスのセリフではない。


 まぁ、少年とその周囲にとって良いことではあるだろう。

 自分の身の回りにあるものが誰かしらの苦労や時間をかけて存在してるって分かっていれば、実現が到底不可能な無茶な要求もしなくなるんじゃない?

 知らんけど。


 しゃべりながら戸棚を漁り、発見した薬を手渡せば、独特な臭いに怯み、細腕を伸ばして極力遠ざけようとする少年。

 そんな彼に対し、私は顔から足先までしっかりソレを塗布するよう、虫の怖さを語り諭しつつ毅然とした態度で指導した。


「モンスターや動物はともかく、虫は人間を避けたりしませんからね。

 ちょっと臭いが強くても、しっかり全身に塗ってください。

 酷い目にあったと、泣いて後悔してからじゃあ遅いんですよ?」

「たかが虫だろう?

 何をそんなにも警戒する必要があるんだ?」


 ふぅやれやれ、都会っ子はこれだからいけない。


「虫を甘く見ちゃいけません。

 とにかく数が多いし、小さいからこそ、気付かない内に攻撃されて手遅れになることだってあります。

 厄介な毒や病気を持っている種類も少なくないですし、食べ物や衣類、果てはこの小屋丸ごとダメにしてくるヤツだっているんです。

 本っ当に怖いんですよ、虫ってヤツは」

「……そういうものなのか」


 憎しみの感情と共に歯を食いしばりながら忠告すれば、実感が湧かないながらも納得したような顔で少年は自身の口元に手を添えた。


「えぇ。

 この家自体も、虫の嫌う草の汁を外壁に擦り付けたり、地面に散布したり、室内でも定期的に煙を焚いて追い出したり、毒団子を設置して抹殺したりといった対処を取っています。

 やりすぎと思うぐらいでちょうどいいんです。

 ちなみに、窓や玄関に吊してる植物も虫除け効果を期待してのものなのですよ」

「それは知らなかった」


 新事実に目を見開いた彼は、当の植物に視線を向けて、興味深げに眺めている。


「さぁさ、ご理解いただけたのでしたら、大人しく寝室で薬を塗ってきてくださいね」

「そうだな。貴女の言うとおりにするとしよう」


 どこぞの芳一さんじゃないけど、耳は忘れやすいから気を付けるんやで坊や。

 ババアとの約束や。

 肉体はぴちぴちピッチな乙女やけどな。

 ごめん、ウソついた。正しくはガチムチニッチな漢女でした。


 いやでも、マジでヤベェから、この辺の虫は。

 しかも、冬でも雪が降らないぐらい温暖な気候のせいで、ヤツらは意気揚々と繁殖し、更に巨大化もしている。

 森の中で最も厄介な私の怨敵だ。

 とはいえ、手前勝手な人間らしく益虫は例外扱いだけれども。



 数分後、準備だけですでにくたびれた様子の少年をカルガモよろしく引き連れて、私は小屋の裏手に移動した。

 トイレや洗濯場よりも更に奥側に、丸太や薪の保存庫がある。

 これは最初から建てられていたものじゃなくて、私が後から地道に場所を伐り開いて造ったものだ。

 昔は薪も月一配達の品に入っていたけれど、安定的な自給の方法が確立された今は、もう頼んでいない。


「ええっと、コレでいいかな。

 この丸太を椅子代わりに、そちらで座って見学しててください。

 あまり近すぎても、切った木の破片とか跳んで危ないかもしれませんからね」


 ある程度の長さで切っておいた丸太の中から少年の座高に合いそうなものを選んで、比較的平らな地面に設置した。

 頷いた彼がそれに腰掛けたのを確認してから、乾燥済みの丸太たちをいつもより少なめに作業台横へ並べ、順に手に取っていく。


「ある程度なら力がなくてもこう、木に刃を食い込ませた状態にしてから振り下ろせば、割れることは割れます」

「ほう」

「私はある程度以上に力があるので、こんな風に包丁で野菜切る感覚でサクサクいっちゃいますけどね」

「いや、その理屈はおかしい」


 実演しながら説明すれば、真顔の美少年から食い気味で否定されてしまった。

 ええー、でも、こんなもん慣れよ慣れ。

 まぁ、あちらも深く追及するつもりはないようだったので、大げさに肩を竦めてから本格的に薪割り態勢に入る。


「はぁ、醜ぉー女ぇさ、木ぃば切るぅーう♪」


 ひっひっふぅー、ひっひっふぅー。

 って間違えた、こりゃラマーズ法だべさ。

 ここで爆笑の効果音。どっ。わはは。わはは。


 いやー、単調作業の時ってトリップしがちだよね。


 しばらく怪訝な表情をした少年に見守られつつ繰り返していると、途中、彼から「ちょっといいか?」と声をかけられた。

 手を止めて耳を傾ければ、話は単純、自分もやってみたいとのこと。

 私があんまり簡単に割っているものだから、素人でも出来ると勘違いさせてしまったのだろう。

 よくある、よくある。


「私個人としては、交代もやぶさかではないのですが……現実問題、貴方の手に合う得物がないので難しいかと」

「少しのことだ、ソレでいいだろう?」


 オブラートに包んだ表現で断ってやれば、小首を傾げ、私の斧を指さしてくる少年。

 ふっ、浅はかなり。


「コレは多分、貴方の力ではまともに持ち上がりもしませんよ」


 と、口で言ったところで納得できないだろうと思い、地面へ斧を置いてから、柄だけを上げて彼に差し出してやる。

 ホイホイ釣られた少年は、余裕の笑みで歩み寄ってきてソレを受け取り、男に成りかけの筋の張った細腕に力を込めた。


「いくら僕でも、女性が片手で軽々振り回している物ぐらい……く、重っ!?」


 ほれ、見たことか。

 彼は往生際悪く、柄の持ち方を変えるなどしつつ何度もチャレンジしているが、本体部分は地面から一ミリたりとて浮かぶ様子がない。

 やがて、顔と手を真っ赤にした少年は、微妙に涙目で私に斧を返却してから、スゴスゴと椅子代わりの丸太が設置された場所へ戻っていった。


 あーあー、こんなことなら、ことあるごとに手の中で得物を回転させてパフォーマンスぅとか、格好つけな真似するんじゃなかった。

 美少年から、お前どんだけゴリラなのみたいな目で見られちゃってるじゃん。

 つらい。


「あのですねぇ、毎日毎日、何年もこんな生活してりゃあ、筋肉だって育ちます。

 基本、頭を使うのが仕事のお貴族様と比べる方が間違ってるんですよ」


 思わず、言い訳じみたことを口にしてしまう。

 いやはや、沈黙と共に向けられる疑惑の眼差しが痛いわぁ。


 なんだか居た堪れなかったのでペースアップして早く終わらせようとしたら、逆に視線の鋭さが増してしまった墓穴ウーマンはここです。

 失敗、失敗。テヘペロ。

 めげずに割り終わった薪をサクサク保存庫へ片付けて、気まずさを誤魔化すように、私は次の作業を媚び声で提案する。


「座ってるだけじゃあ飽きるでしょう。

 次は散歩がてら、近くの川へ生活用水を汲みに向かいましょうか。

 飲用水として使っている湧き水のある場所は少し遠いし、道中、崖登り技能も必要になるので、そちらは後日、残量が少なくなってから私一人で行きますね」


 すると、なぜか小首を傾げる少年。

 私、何か変なこと言いました?


「川? 湧き水? 井戸はないのか?」

「えぇ、残念ながらありません」


 そういうことか。

 カルチャーショックでも受けた面しおってからに。

 井戸なんて素人が独りで造れるもんじゃないってぇの。


「何度も往復するのは面倒臭いので、この空いた水瓶(みずがめ)をひとつ、そのまま持っていきます」

「は? え、だって、これ、僕の腰まである大きさ……」

「縄でこうして、こう巻いて、よっこいしょ、っと」

「え、本気で?

 今は空だが、水が入ると、その……かなり重くなるんじゃないのか?」

「そりゃあ、重いですよ。

 けれど、生活に必要なものですから、仕方がありません。

 畑に撒いたり、衣服や食器の洗浄に使ったり、掃除や水浴びに利用したりと用途は様々です。

 その分すぐに減ってしまうので、小まめに補充しないといけません」

「いや、それは理解できるが。何も一度にそんな……」


 困惑する少年をスルーして、水瓶を背に負った私は、彼を先導するためにゆっくりと目的地への道のりを進み始めた。


「さぁ、川はこちらですよ。

 獣道を歩きますので、足元に注意してくださいね」


 話題をブツ切られ、眉尻を下げたままの美少年が、小さなため息と共に私のあとへ続く。


 いやいやだって、わざわざ何度も川と家を行き来してチマチマ足していかなくても、一回で済むならその方が早いし楽でしょうが絶対。

 私のビックリ野生パワーについては、もう放っておいて欲しい。

 すごいって褒められるなら調子に乗ってカリンタワーとか登り始めちゃうかもしれないけど、引かれるのは寂しいぞ。

 便利でいいじゃん。ねぇ?


 あ、でも、思えば、普通に地面を歩くとか久々じゃない?

 これだけ玄人ぶっててウッカリ転んだりしたらメチャクチャ恥ずかしいだろうなぁ。

 ちょっと真面目に気を付けよ。



 って、まぁ、もちろん何事もなかったんですけどね。


「想像よりも小さかったな」


 推定二メートルぐらいの川を前に、上流から下流へと視線を動かしながら、少年は所感を述べる。

 普段なら体感五分で到着する場所なのに、彼の身体能力に合わせて歩いていたら三十分も掛かってしまった。

 初めてハイヒールを履いた男性かなってぐらい、一歩ごとにフラついて、何度水瓶と一緒に背負ってしまおうと思ったことか。

 そんな覚束ない足取りで、どうやってこんな数日は歩かないと辿り着かない森中の国境付近まで進んでこれたのやら。


「幅は狭いですが、意外と深いし、流れも速いんですよ。

 水辺は滑りやすいので、最低でも縁から身長ひとつ分ぐらいは離れて貰っていいですか?」


 魚が跳ねたことで興味を持ったのか、水面に近付こうとしていた少年に、やんわりと釘を刺す。

 私の声は無事に届いていたようで、彼は今しがた踏み出したばかりの右足を素直に後退させた。


「分かった、貴女の(げん)に従おう。

 己を過信した結果、余計な迷惑をかけるような事態に陥っても悪いからな」


 ありがたいけど、ちょっと表現が大げさじゃない?


「魚が気になるなら、何匹か捕まえましょうか?

 ちょうど昼時ですし、帰ったら塩焼きにして食べましょう。

 美味しいですよ、きっと」

「え。

 捕まえる、って……道具も何も持っていないだろう?」

「大丈夫ですよ。

 まぁ、見ててください」


 目元に布が掛かっているのをいいことに、戸惑う少年へ似合わないウインクを飛ばしてから、私は足元に転がっている手ごろな石を数個ばかり手に取った。

 屈む一瞬、目の端に入った彼は、鳥肌でも立ったように両腕を擦っていた。

 案外、勘はいいのかもしれない。

 見えなくてこの反応なら、万一直視したら気絶でもしちゃうかな。

 うーん、私ったら罪づくりな醜女。


 熱い視線を背に感じながら、私は上半身を捻り、タイミングを計って、水底を悠々と泳ぐ影たちに向かって手中の石を射出した。


「シッ! シッ! シッ!」


 灰色の凶器は空気を引き裂き、ドプリドプリと低い音を立てて順に潜水していく。


 ふむ、手ごたえ有りだ。

 アイム百発百中パーフェクト投擲ウーマン、いえーい。


 間もなく浮かび上がってきた魚たちを、水流に浚われる前にと膝を曲げ腕を伸ばしてサクサク引き上げていく。


「ま、こんなもんです」


 向きを揃えて尾を掴み、全身で振り返りつつ獲れたてのオカズを高く掲げてみせれば、少年はなぜか複雑な表情で私を見ていた。


 ここは、うっひょースッゲェーって小学生みたいに興奮して喜んでくれるトコロじゃないの?

 お姉さん、ションボリよ。

 昔風に言うなら、萎えぽよとかテンさげってヤツよ。


 沈黙する二人の間に、妙に緊張感のある空気が漂う。

 軽口を叩くのも憚られ、私は改めて横に放置していた水瓶を手に取り、丸ごと川に沈めた。

 目的のブツが十分に溜まったところで持ち上げ、余計な異物が混入していないかを確認し、手早くフタを閉める。

 それから、形の崩れていた縄の状態を整えて、「ぬぅん」という気合いの掛け声と共に背に満杯となった水瓶を負った。


「……えっと、じゃあ、帰りましょうか」

「そうだな」


 もぉー、何この重めの雰囲気。

 お姉さん、もっと冗談言ってHAHAHAって笑い合えるような陽気な感じが好きだなーっ。





 ちなみに、後々になって本人から聞いた話によると、木の実で顔面陥没したオッサンを思い出して、少し気分が悪くなっていたらしい。


 トラウマになってんじゃん。

 マジごめんて。


 真実を知って慌てて謝ったら、アレを見たことで彼を助けたのが本当に私だったのだと確信を得られて、安心もしたから大丈夫だよ、いいんだよって、そんな風なことを言って少年は困ったように笑っていた。


 いい子ちゃんめ。

 またアンタの大好きなコンソメスープ作ったるから、口を洗って待っとれよ。





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