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1 出会う



 いきなりだが、私は前世の記憶を持って産まれた転生者だ。

 そして、ここは夢も魔法もないくせにモンスターだけは蔓延っている世知辛いファンタジー世界。

 そんな世界で、私は国境を守るとある辺境伯家の長女として生を受けるはずだった。

 はずだったというのは、赤子は死産であったと、両親の判断で事実を捻じ曲げられてしまったからだ。

 そして今、私は国境の一部を覆う巨大な森の奥深くにひっそりと建てられた小屋で単身生活をしている。


 もちろん、両親だって意味もなく我が子を死亡扱いにしたわけではない。

 私の見目があまりにも醜すぎたのだ。

 それこそ、悪魔憑きだ呪いだと、他家に知られてしまえば我が家の存続まで危うくなってしまうぐらいに。

 この姿を分かりやすく前世の記憶で例えるなら、ノート○ダムのカジ○ド、それも女バージョンといったところか。

 いや、さすがにあそこまで大きく背中が飛び出ている事実はないが、それでも顔も体形もかなり近いものがあった。

 万一を考えれば、産まれたその場で殺してしまった方が安泰であったはずなのに、こうして生かされているのだから、父も母も中々に情け深い。

 その上、こんな森での暮らしを強いている罪悪感からか、月に一度、契約を受けた寡黙な狩人が、生活必需品等のみっしり詰まった木箱を小屋の前に置いていく。

 その際、前回使用した木箱が回収されるのだが、中に欲しい物について書いた手紙を入れておけば、次回にはほぼ必ず要求通りの品が追加されていた。

 私の存在が露呈すれば、己が身の破滅もあり得るというのに、本当に甘い人たちだ。


 これで、前世の記憶を所有していなければ、早々に人生に絶望し、世界を呪っていた可能性もあったかもしれない。

 愛も常識も知らずに育った醜い化け物が、自らの両親の抱く苦悩など理解できようはずもないのだから。

 顔も知らぬ実の父母に対して、けして愛情を抱くことも求めることもないが、いつも感謝だけはしていた。

 己の現状がいかに不遇とあったとて、彼らの立場を考えれば、とても恨む気持ちになどなれなかった。


 もっとも、一番可哀想だったのは、私自身よりもむしろ、赤子を死なせないためにと、こんな森での生活を余儀なくされた乳母であろう。

 貧乏くじを引かされた彼女は、慣れぬ粗末な暮らしでの心労が祟ってか、私が七つになる頃にこの世を去ってしまった。

 乳母は私に同情もしていたが、最期までこの歪極まりない見目を恐れてもいた。

 前世の記憶があるので、あまり手のかかる子ではなかったが、それもまた彼女には不気味に映っていたように思う。

 それでも、彼女は私を放置もせず乱暴もせず、最低限人間として振る舞えるだけの知識を日々懸命に与えてくれた。


 と、ここまでシリアスな素性を語ってきたわけだが、正直な話、貴族女性としての人生を送るより、森で独りこうして気ままに野生暮らしをしている方が性に合っている。

 己で己の境遇を嘆いたことは、実はそんなにないのだ。

 可哀想なのはあくまで周囲の関係者たちで、個人的には特に不自由のない今を満喫している。


 見目こそアレだが、この体は骨太で頑丈だ。

 病気らしい病気もしたことがなければ、鍛えれば鍛えただけ逞しくなっていく我が身を、私は意外と気に入っていた。

 現状、住処の森限定で、私はジャングルのターザ○にも負けぬ戦闘能力を有している。

 いかに不細工であろうが、人の世に出るつもりもなければ何の不都合もない。

 十七歳になって近頃は、活動範囲に生息する凶悪なモンスターたちも軒並み制圧し尽くして、さながらヌシのような扱いを受けている事実もある。

 人間と接する機会がないからといって、特に恋しさも感じてはいない。


 ……っむ?


 国境周辺の偵察にあたらせていた猿共が騒がしいな。

 まぁた、隣からの不法入国者か?

 勝手な都合で人の故郷に余計な火種を持ち込まれちゃあ困るんだよなぁ。


 んじゃ、安定の不審者退治といきますか。

 両親への恩返しというわけでもないけれど、正規ルートを通らずモンスター蔓延る危険な森から隣国に入ろうなんて怪しい輩を見逃しちゃあ、寝覚めが悪い事態に陥りかねないからね。

 それに、私のナワバリに侵入しておいて、タダで越えられると思ってるようなら大間違いだ。


 さて、猿共に返事をしておこう。

 椅子から立ち上がり、声に近い方の格子窓を開けて、私は口元に手を添え甲高く吠えた。


「ッフォーーーーー、ホォーーワッ! ホォーーワッ!」


 すぐにそちらへ向かう。

 侵入者へ見張りを数匹つけ、残りは引き続き哨戒に当たれ、と。

 ……うん、通じたようだな。

 あちらから了解の雄たけびが聞こえてきた。


 どうせ誰も来やしないが、一応、戸締りをしてから小屋の外へ飛び出す。

 木々の密集するこの森では、地を駆けるより雲梯の要領で枝から枝へと渡った方が速い。

 まぁ、あくまで私限定の理屈だけれどもね。

 普通の人間は頑張って障害物だらけの中を自分の足で走ってください。


 あ、ちなみに私、素手で素足です。

 どっちもすっかり岩かってぐらい固くなってるし、足の指に至ってはちょっと長めに成長してて、木の蔓に掴まったり、幹に垂直に立ったりする程度はお茶の子さいさい。

 力こそパワーっていうか、野生ってワイルドだよね。


 存在を隠匿されている関係上、私の小屋も森の中心に近い国境ギリギリの位置に建てられていたので、猿たちの元へたどり着くのにもそう時間はかからなかった。

 気配を消して樹上から侵入者の姿を確認し、直後、これまでにない面倒事の予感に片眉を上げる。


 うーん、傷だらけの美少年が三人の悪漢に追われている図にしか見えないんだよなぁ。

 事実は小説より奇なりってコトワザもあるし、実は少年が大犯罪者で強面三人衆が取り締まる側って可能性もゼロじゃない。

 彼らの身のこなしから推測して、問答無用で全員この世からオサラバさせてやるのは簡単だろうけど……悪意のない存在まで見境なく始末するような某暗殺一家の使用人みたいな真似はさすがにしてないんだよね、私も。

 とか悩んでいる間に、ついに少年が捕まってしまった。

 助けるべきか否か、それが問題だ。


 って、おい、待て。


 男の一人が股間を膨らませて下劣なことを口走り始めたぞ。

 他二人も呆れつつ仲間の蛮行を止めなぁーい。

 これはギルティ。

 前世の感覚からいけば、男の子はおそらく中学生くらいの年齢だ。

 発展途上の薄い体が今後の成長を予感させる。

 そんな未成年を無理やり手籠めにしようなんて、まず、まともな大人のやることじゃない。

 ヤらせはせん、ヤらせはせんぞっ。


 はい、ドーーーン。

 ストラーーーイクッ。


 道中に採取した、石のように硬い拳大サイズの木の実を全力で投げつけてやったわ。

 顔面陥没。グロ。これは死にましたね。

 んで、お次は突然のことに絶賛パニック中のお仲間さんにも連投ドドーーーーン。

 いえーい、百発百中。

 木の実によって中身の比重が違うから、これ結構コントロール難しいんですよ。

 まぁ、私はプロなので外しませんけど、という謎のマウンティング。


 身ぐるみを猿に剥がさせておけば、残った死体は森のモンスターが骨までしゃぶり尽くしてくれるでしょう。

 拾得物はそのまま猿が持ち帰ってアレコレ器用に使っているから、私が取り上げる真似はしない。

 生活に必要な物資なら定期的に送ってもらっているしね。

 一応、両親もいつまでも健在じゃないだろうから、完全な自給自足状態へ移行する準備は抜かりなく済ませているけれど。


 さて、悪を排除したので、私は音を立てずに地に降り立った。

 凄惨な現場に残されし謎の美少年は、いつの間にやら失神している。

 ここに来るまでの間に体力気力はとっくに限界を迎えていただろうし、特におかしな話じゃあない。

 むしろ、大人だって到達に数日はかかるだろう場所まで、よく逃げ続けられたものだと思う。

 お姉さん感心しちゃう。なんつって。

 青い髪でクールな顔つきだし、少年ながら賢く立ち回ってたのかな。

 あ、これギャグです。

 見た目で頭の良さが決まるんなら人生苦労しないんだよ。

 私は君がアホアホな天然っ子でも全然許容するからな。


 とにかく傷の手当てをして休ませてあげようと、私は少年をヒョイと肩に担ぎあげて、なるべく振動を与えないよう留意しながら慎重に帰路についた。

 これで実は彼も悪い子だったなんてオチがついたら、その時はその時だ。

 森の中で私から逃げようなんて不可能だし、少年程度の細い体、どこだって簡単に引きちぎれる。

 両親に迷惑だけはかけないさ。





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