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アゲイン  作者: 深 集
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転校生

 2021年春、始業式のため、高校の体育館へ呼び出された。受験を控えた多くのクラスメイトは手に英単語帳を隠し持っている。例年通り、新しく赴任した教員が紹介され、それぞれのクラスの担当教員の紹介が行われる。二年生クラスの担当が紹介され、たまに喜びの歓声が聞こえる。その中、フと体育館の端でパイプ椅子に座る一人の少女に気がついた。凛とした雰囲気で生徒全体を見渡している。制服の色から同学年であるのがわかったが、生徒会長ではない。気になっていると、周囲に黄色い歓声が上がった。どうやらうちのクラスの担任が小野田に決まったらしい。面白い人ではないが、静かで仕事熱心な先生で特に女子から人気がある。小野田から適当な挨拶がされ、司会の副校長が校歌斉唱と言う。うる覚えでバラバラの校歌が体育館に響く。閉会の言葉の前にもう一度あの場所を見るが、彼女はもういなかった。

 ガラララッ。8時20分丁度を見計らったように担任の小野田が教室に入ってきた。後ろには何故か一人の少女を連れている。どこかで見たような......と感じ、ひとつ思い当たった。昨日の始業式、体育館の傍で座っていたあの子だ。その時とは違い、彼女の顔からは緊張がうかがえる。彼女に視線が集まり、教室がどよめく。

「お前ら、早く座れ。これから転校生を紹介する」

小野田の言葉に従って、ぞろぞろと生徒たちが自分の席へと移動していく。それでも騒々しさが収まることはない。小野田は連れてきた少女に目配せをすると、彼女は一歩前へ出てきた。

「宮城第三高校からきました。佐藤唯です。ユイと呼んでください」

宮城第三高校は県内でもトップの進学校だ。そこから転校生が来たという事実に教室は一層騒がしくなる。

「ひとつだけ、大切な話があります」

騒々しい教室の中でも彼女の声はよく響いていた。それでも教室が静まることはなく、もはや誰が何を喋っているのかも聞き取ることはできない。その雑音を気にする様子もなく話を続ける。

「それは私の持っている一つの障害についてです」

はっきりと言い放たれたその言葉に教室内はピタッ——とまるで時が止まったかのように静まり返る。時折聞こえる椅子の軋音が、時間が止まっていないことを教えてくれる。その静けさは、一瞬だったようにも、数分に及んでいたようにも感じ取れた。

「それは聴覚情報処理障害と言って、私は言葉を聞き取るのが得意ではありません。もし聞くことは出来ても、言葉として理解できない時があります。話しかけてくれても、聞き取れずになんども聞き返してしまいます」

聴覚情報処理障害、耳なれない言葉だった。だがそれ以上に、自身の障害について当たり前の様に話す彼女の姿に驚きを感じる。彼女の表情には一切の暗がりが見えない。通常、障害は腫れ物に触れるように扱うものだろう。

「それでも、私はみんなと仲良くなりたいです。一年間だけだけどよろしくお願いします」

そう言うと彼女は長い黒髪が床に着くんじゃないかと思う程深く頭を下げていた。

 「いきなりだが、これから席替えをする。と言っても、もう場所は決まってるんだがな。とりあえず黒板に座席表を書くから、自分の名前が書かれた場所に座ってくれ」

静かな教室にチョークのリズミカルな音が木霊する。頭を挙げた彼女は最初に見たときのように凛としていて、障害について話したという面影はない。生徒たちの荷物をまとめる音が教室に賑やかさを取り戻させていく。

 席替えの結果、彼女の席は窓側の列、前から二番目となり、俺は教室中央の一番後ろに座ることになった。——遠くてよかった。教壇からではなく転校してきた彼女からである。彼女の周りでは何も気にしていないような顔で挨拶され、どう対応すれば良いのかわからない様子だった。それから数分も経たないうちに1限の先生が教室に来て、今年度最初の授業を始めた。


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