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5.なんでロケ地に出るのでしょうか?

18/4/20 木を燃やす前、内心の動きを補足追加(1行)いたしました。

「なんでロケ地に出るのでしょうか?」

 私は彼に尋ねた。暗幕の向こうは大理石の長い廊下だった、その時点で既に不思議に思ったが、ビルの4階にある資材搬入口のはずが、青空の下で木々の生い茂る地上に出てきてしまったのだった。

「さっき通ってきた部屋は撮影スタジオではありませんし、ここもロケ地ではありません。」

 彼が答える。目を細めて、じっと私を見つめる姿に異様なものを感じて私は一歩下がった。

「やはり、貴方が魔王モリウスで間違いないようです。蒼天白日の下、影無き刻限にあっても貴方の力は強大で小動もしない。」

 さらに彼は妙な事を言い出す。私が魔王で間違いない?悪者を演じる役者の代役でしかない私の何処が本物なのだろうか?

「申し訳ない、貴方のおっしゃる意味が分かりません。私は来年公開予定のゲームに出資してくれる方々に見せる、プロモーション動画に出てくる魔王を演じている素人役者です。ゲームは現在開発中ですし、完成したゲームの中に出てくる動画では魔王はちゃんとした本物の役者が演じると聞いています。」 

 彼は異常者なのだろうか、だがそれを言えば撮影スタジオからこんな所に出てしまう方がよっぽど異常だ。


「論より証拠ですね、そこの木を見て下さい。」

 彼はすぐ脇に立っている灌木を指さし、私の視線が向いた事を確認すると指を鳴らした。すると音もなく小枝が地面に落ちる。

「切り口を見てください。剃刀で切ったように綺麗でしょう。ここは日本でも地球でも無いのでこんな事が出来るのです。もちろん貴方にも出来るはずです。」

「な、なんの手品か知らないが、私に出来るわけがないでしょう。」

「強く願う・・・いや、命じるのです、この木に燃えろと言えばそうなります。」

 この艶やかな緑の葉を茂らせている木を燃やす?そう考えた途端に、一瞬の幻視が私を襲う、燃える木、光と熱、樹脂の爆ぜるバチバチという音が叫び声の様に私の心臓を締め上げる。

「私はそんなことは望まない!この美しい木は生きている、庭木の枝打ちとは違う、何の必要も無いのに灰になれなどと言える訳がない。」

「・・・ごもっともですね、貴方は収穫者でもある、無意味な死も望まない事は予想すべきでした。」

「しゅうかくしゃ?」

「ご無礼をお許しください。では、こちらに落ちている枯れた枝であれば宜しいのではないでしょうか。」

 彼はそう言って1尺程度の枯れ枝をつま先で突いた。確かに枯れ枝ならば何の遠慮も感じない・・・感じない?何故だ?母の為に庭木を剪定し、狭い庭では世話をしきれなくなった木を切り倒した事もある。今になって何故こんなに感情的になっているのだろう?

「枯れた小枝・・・小枝よ、燃えて灰となり土に還れ。」

 内心の混乱をよそに、気が付くと言葉が口から漏れ出し、一瞬の白い輝きの後、地面にはわずかな灰だけが残った。

「お見事でした。」

 彼は言い、手に持つ青々とした小枝と灌木の切り口を合わせ、眉間にしわを寄せて「癒え給え」と呟いた。小枝から手を放すと、そこには元通りに灌木の小枝が風に揺れていた。


「どうして、こんな・・・事に。」

「多分ですが、善村さんが撮影スタジオ――実際はこの世界の特別な場所だった訳ですが――で自らを魔王モリウスと名乗ったせいで、神々がこれ幸いと空位であったモリウスの権能を貴方に与えたのではないかと思います。」

「かみがみ?けんのう?・・・わかりません。だいたい何故ゲームの世界が現実になるのでしょう?」

「これも多分としか言えませんが、善村さんの受けておられた説明がそもそも嘘だったのだと思います。この世界は太古の昔から地球と似通った進化や歴史を続けています。そして・・・「魔王」が世界を脅かしているとされていた方が都合の良い人々がいて・・・ニセモノの魔王のイメージを流布する為に日本のあの会社と善村さんが利用されたのでしょう。」

「申し訳ありません。急にあれもこれも嘘で、ニセモノが本物になったと言われても・・・ああ、もうお昼休みが終わってしまいます。早く帰って今日の仕事を終わらせて、家に帰らなくては。」

「大丈夫です、この世界でどれだけ過ごしても日本で時間は進みません。先程確認した日時は私が召喚された日時からほとんど変わっていませんでした。」

「召喚?」

「ええ、改めて自己紹介を。魔王を倒すために異世界から召喚された雷光の勇者・・・桑原です。笑えますよね。」

改めて彼を見る、彼の皮のブーツに最初から付いていた泥は、今私が踏んでいる土と同じラテライトのような赤みの強い色だ。代役でも役者でもその卵でもない、本物なのだ、彼は。

「雷公さまで桑原々々ですか。悪役みたいな顔で選ばれただけの魔王といい勝負ですね。」

半世紀越えの人生経験からひねり出した薄っぺらな言葉が木々を抜ける風に流されていった。


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