3.今日もよろしくお願いします。
「今日もよろしくお願いします。」
私は今日も悪役配給株式会社に来ている。
私の「悪役ぶり」はそれなりの数の出資者を納得させ、粗製乱造されるネットドラマや課金ゲームの製作元にも評価されたようで、世の中の人々が一切知らないにも関わらず人気役者になってしまったとの事だった。
ドラマもゲームもある程度は個性的でなければ売れないので、実際に作られる作品では当然ながら本職の役者なり、電子的に作成されたキャラクターなりが最終顧客たる大衆の評価を受ける事になるのだが、保守的な出資者(特に法人)向けには前世紀の遺物的な判りやすく金太郎飴のような「悪役」が適材なのだとか。
精々半年に1度あれば御の字、たとえ最初は多くても段々減って行くだろうと思っていたのだが、結局毎週のように悪役の恰好をして短い撮影をしている。
「悪役」の内容も様々だ。スーツにネクタイばかりではなく、角がついた漫画のような兜をかぶったり、舞台役者のような派手な色合いにマントだったりする事もあるし、セリフもお金や人命がどうのこうのとか、世界を征服するとか、現実離れしたものばかりだが飽きる事は無い。
また、撮影はオフィスの奥にある3つのスタジオの内のどれかで行うのだが、薄暗いスタジオの中、照明は私一人に当てるだけとはいえ、毎回違う雰囲気を作り出しているのには驚く。前回は砂岩の石壁のように見えていた壁が、今回は大理石で覆われていたりするのだ。「みんなレンタルやら、廃品回収業者からの一時借り受けですよ。砂岩は発泡ウレタンでしたし、大理石は廃棄前の人工大理石の流用品ですよ。」とは鈴木さんの弁だが、それでも凄い。暗幕の裏側の何処かに資材搬入用のドアがあるのだろう。
比較的順調に過ごす日々が続き、私の日常生活も安定してきた。このまま悪役稼業が何時までも続けられれば理想的だが、多分そうは行かないだろうとも思う。
実際のところ、私のような門外漢の大根役者が何時までもこのニッチな市場を独占していられるはずが無いのだ。売れない役者で出演料など無いも同然であっても仕事をしたい人などいくらでもいるはずだし、一度は引退した役者がボケ防止に何か・・・等と思った時点でこの環境は失われてしまうだろう。
この年でできる仕事となれば、不定期な悪役稼業との両立は難しい。悪役の仕事が無くなり、鈴木さんが頭を下げてくる前に、年金を貰える年まで続けられそうな仕事を探さなくてはいけないだろう。