1.悪役ですか?
「悪役・・・ですか?」
名刺に書かれた会社名――「悪役配給株式会社」――から目を上げて、私は尋ねた。
「ええ、ちょっと変な名前ですけど、要はドラマの通行人や背景に立っている人を派遣するような会社です。」
ここは喫茶店、ハローワークを出た所で声を掛けられた後、気が付いたらアイスコーヒーを前に座っていた。やはり「良いお仕事があるのですが。」という言葉は誘蛾灯のように魅力的だ。色々追い詰められた気分になっている今、駄目で元々という諦めともしかしたらという希望が胸の中でせめぎ合っている。
「悪役と言うのはやっぱり、その。」
「いや、申し訳ない事は重々承知しております。しかし、まずはお話を聞いて頂けないでしょうか?貴方は万人に一人、いやそれ以上の人材です。」
「はあ。」
なんだか、褒められているのか貶されているのか判らないが、今まで怖がられたり、嫌われたりしてばかりだった自分の顔に、”価値がある”などと言われたのは初めてかもしれない。
改めて目の前の男を見る、少し日に焼け、目尻には笑い皺が少し、いささか童顔で愛嬌のある顔だ、若い頃であれば嫉妬の感情も沸いたかもしれないが、この年になれば営業職によく居るタイプの人だなぁ程度の感想しか出ない。
「それで、申し訳ありませんが、お名前を伺っても宜しいでしょうか?あ、もちろん当社はプライバシーマークを取得しておりますので、個人情報の悪用や流用は致しません。」
男――名刺によれば鈴木というらしい――は名刺の片隅にある記号を指さした。
「このマークの下にある登録番号をネットで検索すると当社が個人情報を適切に取り扱う企業であることがですね・・・」
丁寧な説明に従って、自分の傷だらけの中古携帯から調べてみると、確かに「悪役配給株式会社」は現実に存在し、税務署にも登録されていることが分かった。
礼を言い、善村雄一郎と名乗ると、鈴木さんは紹介したいという仕事の内容を丁寧に説明してくれた。
なんでも、ドラマやゲームを作る際に、事前に出資者への説明用に短い映像を作る事があり、その時に「仮の悪役」として登場してほしいという事のようだ。
仕事の性質上、不定期であまり報酬も出せないが、私のような「説得力のある悪役顔」があれば小遣い程度には十分なるとのこと。なんだか複雑な気持ちになるが、失業保険と母親の年金しかちゃんとした収入源の無い我が家の現状を少しでも改善できるのならお受けしても良いかもしれない。
「ありがとうございます。助かります。」
私が、取り敢えず一度だけなら、と言うと鈴木さんは丁寧にお礼を言い、私のメールアドレスと喫茶店の伝票を受け取って帰っていった。私は久しぶりのアイスコーヒーがタダになったことが嬉しい自分に気が付いてしまい、少し恥ずかしい気持ちになった。