0.プロローグ
2018/4/20 プロローグを追加しました。
その日、帝都の人々は空を見上げていた。今日は蝕の日、この世の全ての命を照らし、邪悪を退ける太陽が一時、その姿を隠す日だ。
貴顕も貧民も等しくその恩恵を受ける偉大なる太陽神が、日中であるにも関わらず輝きを失うのは滅多に無い事だが、古代であればいざ知らず、神秘学の発達した現代であればその日は何年も前から予言可能であり、人々の顔に不安の影は無い。
多くの人は神殿の布告によって、「不敬による天罰を避ける」為に太陽を直視し続けないように注意を受けていたし、一部の信心深い人々は静かに神々への祈りを捧げていた。
やがて、太陽がゆっくりと月の様に欠けていき、ついには細い金の輪のような姿に変わる。
「「「おお・・・」」」
天空の神秘に打たれた人々の溜息のような呟きが積み重なり、帝都を静かに満たす。
だがその時、帝都の空に大きな姿が現れる、神殿の布告には無い事態だ。
『聞け!定められし死を受け入れぬ愚かな者共よ!』
その声が帝都に住む全ての者の耳を打つと同時に、輪郭しか見えなかったその姿がより明確になる。
鈍く輝く鉄の冠が露になると、人々の口から恐怖の呻き声が上がる。
「魔王だ!」「滅びたはずなのに!」「なんと恐ろしい!」「おお!神々よ助け給え!」
『我は魔王モリウス!我の定めし死を乱す者を許すことはできぬ!定めの日、己が運命を受けよ!』
それは恐ろしい声だった、恐ろしい顔だった、天空の金の輪が切れると同時にその姿は消えたが、その後何年経っても、人々は何の感情も表さずに死を告げる魔王の姿を思い出すたびに身を震わせた。