復讐の町(2/6)
「……さて、眼の反応が鈍いな」
リュウキが、ぼやくように言う。
「こんな時のための天眼流だろう。あれは身体能力的な弱者がそうではない者に勝つための剣だ」
そう言うアキだが、いつもは羽が生えたように軽い体が重い。
結界は張られた。夜空には高々と月が昇っている。
「お前に言われずともわかっている。お前の身体能力はどうなのだ」
「七割減って感じだな。まあ、十分だ」
「余裕なことだな……今なら、容易くお前の首も、取れてしまうかもしれんな」
「侮るなよ」
リュウキは無感情にアキを眺めている。それが、冗談なのかどうかも、推し量れない。
アキは、剣の柄に手を伸ばした。
「まあ、冗談だ。いずれお前を超える気はある。しかし、お前に害意はない」
「ありがたいこった」
アキは、剣の柄から手を離して、前を向いた。
生暖かい風が吹いていた。町の通りには、人っ子一人いない。少し離れた酒場からは、明かりが漏れ、酔っぱらいの賑やかな笑い声が聞こえてきている。
「来ると思うか」
「一応、辻褄は合っているという点で互いの認識は一致したはずだが」
「しかし、老人の世迷い言というセンも捨てられまい」
「まあな。その可能性はある。それはそれで、良いのかもな」
リュウキが、意表を突かれたような表情になった。
「お前は……」
その時のことだった。
酔っぱらいの喧騒をかき消すように、足音がこちらに近づいてきていた。
闇に溶けるような黒一色の衣装。流れるような金色の髪に宝石のような赤い目。その目は、闇の中でも血のような光を放っていた。異様な少女だった。
魔力の波動からもわかる。人間では、ない。それを超えたものだ。
「貴方達の仕業かしら。せっかくの復讐日よりなのに、体が重いわ」
アキも、リュウキも、同時に抜剣していた。そして、各々の構えを取る。
「サラの悪夢の元凶と聞いた。ここで、討ち取らせてもらう」
アキの言葉に、少女は微笑んだ。
「なら、人間違いじゃなかったってことね。面白いじゃない。私は、全員殺すの。あれに関わった人間をね」
少女が、そう言って駆け始めた。
彼我の距離が一瞬で詰まる。
アキの剣と、彼女の鋭く尖った爪がぶつかり合って、火花を散らした。
身体能力は七割減。相手のトップスピードには劣る。しかし、まだ戦える。
リュウキの剣が迷わず少女の首を狙う。しかし少女は、後方に素早く飛んで、それを回避した。
次に前に出たのは、リュウキだ。リュウキの剣と、少女の爪が火花を散らし続ける。
そして、それは正しい判断だった。
身体能力に長けたアキが、側面から襲いかかる。
その剣が、首を断とうとした時のことだった。
アキは、身体能力が爆発的に向上するのを感じた。目にも留まらぬ速度で剣は少女の首へと進んでいく。
その時のことだった。
少女の体が、霧へと変わった。
唖然としていると、リュウキに乱暴に手を引かれた。
「こっちだ!」
爪が風を切る音がする。危なかった。一手遅かれば、アキの後頭部は鋭く抉られているところだった。
アキは振り向く。不敵に微笑んだ少女の目が赤く輝きを放っている。
少女の体は、再び霧となった。
(結界が解けている……)
アキは焦燥に苛まれていた。ユキの身に何かあったのか? そんな不安だけが、胸の中に積み重なっていく。
アキとリュウキは、気がつくと背に背を合わせて剣を構えていた。
その時、少女の体が上空に再構成された。
その周辺には、炎の弾が数十個、その体と共に浮いている。
(魔術の高速詠唱、まずい!)
普通の魔術師では、炎の弾を同時に何発分も作り出すことは不可能だ。それが、一気に数十個。これは、想像以上の化物だ。
炎の弾が飛び掛かってくる。
アキは、緑翼を展開させて、左腕をかざした。
爆破の魔術を広範囲上に展開させる。
炎の弾は、アキの爆破の壁に触れては爆発した。
そして、ふと炎の弾幕が途切れた時のことだった。
「……詰んだか」
リュウキが、絶望したように言って、アキに体当たりをしてきた。
アキは吹き飛んで、倒れて転がりその勢いのまま慌てて立ち上がる。
すると、そこには少女の手に腹部を刺されているリュウキが、相手の脚部を刺していた。
少女の表情が、初めて苦痛に歪む。
「体を犠牲にして、足を殺しに来たのね……」
リュウキの腹部から、腕が引き抜かれた。血の海がどんどんリュウキの周りに広がっていく。
アキの中に、実感があった。それは、リュウキが生あるものから、死者へと変わりつつあるという実感だ。
「面白くないわ。今日は、引いてあげる。また、明日の夜来るわ」
そう言って、少女は空中で身を翻した。
「けれども、次は邪魔しないことね。私も、余計な犠牲は好きじゃないから」
少女は吐き捨てるように言うと、空を飛んで行ってしまった。
アキは、リュウキに駆け寄る。
「馬鹿野郎。避けることも出来ただろう」
「退かせるのが得策と思ってな……。どうも……全開の勝負では勝ち目がないらしい」
そう言って、リュウキは徐々に目を閉じていく。
「待ってろ。今ユキのところまで連れて行く。あいつの神術でこれぐらい回復する」
ユキは生きているのだろうか。そんな一抹の不安が、アキの頭をよぎった。
リュウキは重症、ユキは生死不明、初めての高難度依頼の結果は散々だった。
「ああ……。計算づくだ」
微笑むようにそう語るリュウキに、アキは溜息を吐いた。
「お前はお前で、相当頑固だよ」