表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/64

復讐の町(2/6)

「……さて、眼の反応が鈍いな」


 リュウキが、ぼやくように言う。


「こんな時のための天眼流だろう。あれは身体能力的な弱者がそうではない者に勝つための剣だ」


 そう言うアキだが、いつもは羽が生えたように軽い体が重い。

 結界は張られた。夜空には高々と月が昇っている。


「お前に言われずともわかっている。お前の身体能力はどうなのだ」


「七割減って感じだな。まあ、十分だ」


「余裕なことだな……今なら、容易くお前の首も、取れてしまうかもしれんな」


「侮るなよ」


 リュウキは無感情にアキを眺めている。それが、冗談なのかどうかも、推し量れない。

 アキは、剣の柄に手を伸ばした。


「まあ、冗談だ。いずれお前を超える気はある。しかし、お前に害意はない」


「ありがたいこった」


 アキは、剣の柄から手を離して、前を向いた。

 生暖かい風が吹いていた。町の通りには、人っ子一人いない。少し離れた酒場からは、明かりが漏れ、酔っぱらいの賑やかな笑い声が聞こえてきている。


「来ると思うか」


「一応、辻褄は合っているという点で互いの認識は一致したはずだが」


「しかし、老人の世迷い言というセンも捨てられまい」


「まあな。その可能性はある。それはそれで、良いのかもな」


 リュウキが、意表を突かれたような表情になった。


「お前は……」


 その時のことだった。

 酔っぱらいの喧騒をかき消すように、足音がこちらに近づいてきていた。

 闇に溶けるような黒一色の衣装。流れるような金色の髪に宝石のような赤い目。その目は、闇の中でも血のような光を放っていた。異様な少女だった。


 魔力の波動からもわかる。人間では、ない。それを超えたものだ。


「貴方達の仕業かしら。せっかくの復讐日よりなのに、体が重いわ」


 アキも、リュウキも、同時に抜剣していた。そして、各々の構えを取る。


「サラの悪夢の元凶と聞いた。ここで、討ち取らせてもらう」


 アキの言葉に、少女は微笑んだ。


「なら、人間違いじゃなかったってことね。面白いじゃない。私は、全員殺すの。あれに関わった人間をね」


 少女が、そう言って駆け始めた。

 彼我の距離が一瞬で詰まる。

 アキの剣と、彼女の鋭く尖った爪がぶつかり合って、火花を散らした。

 身体能力は七割減。相手のトップスピードには劣る。しかし、まだ戦える。

 リュウキの剣が迷わず少女の首を狙う。しかし少女は、後方に素早く飛んで、それを回避した。


 次に前に出たのは、リュウキだ。リュウキの剣と、少女の爪が火花を散らし続ける。

 そして、それは正しい判断だった。

 身体能力に長けたアキが、側面から襲いかかる。

 その剣が、首を断とうとした時のことだった。

 アキは、身体能力が爆発的に向上するのを感じた。目にも留まらぬ速度で剣は少女の首へと進んでいく。

 その時のことだった。

 少女の体が、霧へと変わった。


 唖然としていると、リュウキに乱暴に手を引かれた。


「こっちだ!」


 爪が風を切る音がする。危なかった。一手遅かれば、アキの後頭部は鋭く抉られているところだった。

 アキは振り向く。不敵に微笑んだ少女の目が赤く輝きを放っている。

 少女の体は、再び霧となった。


(結界が解けている……)


 アキは焦燥に苛まれていた。ユキの身に何かあったのか? そんな不安だけが、胸の中に積み重なっていく。

 アキとリュウキは、気がつくと背に背を合わせて剣を構えていた。

 その時、少女の体が上空に再構成された。

 その周辺には、炎の弾が数十個、その体と共に浮いている。


(魔術の高速詠唱、まずい!)


 普通の魔術師では、炎の弾を同時に何発分も作り出すことは不可能だ。それが、一気に数十個。これは、想像以上の化物だ。

 炎の弾が飛び掛かってくる。

 アキは、緑翼を展開させて、左腕をかざした。

 爆破の魔術を広範囲上に展開させる。


 炎の弾は、アキの爆破の壁に触れては爆発した。

 そして、ふと炎の弾幕が途切れた時のことだった。


「……詰んだか」


 リュウキが、絶望したように言って、アキに体当たりをしてきた。

 アキは吹き飛んで、倒れて転がりその勢いのまま慌てて立ち上がる。

 すると、そこには少女の手に腹部を刺されているリュウキが、相手の脚部を刺していた。

 少女の表情が、初めて苦痛に歪む。


「体を犠牲にして、足を殺しに来たのね……」


 リュウキの腹部から、腕が引き抜かれた。血の海がどんどんリュウキの周りに広がっていく。

 アキの中に、実感があった。それは、リュウキが生あるものから、死者へと変わりつつあるという実感だ。


「面白くないわ。今日は、引いてあげる。また、明日の夜来るわ」


 そう言って、少女は空中で身を翻した。


「けれども、次は邪魔しないことね。私も、余計な犠牲は好きじゃないから」


 少女は吐き捨てるように言うと、空を飛んで行ってしまった。

 アキは、リュウキに駆け寄る。


「馬鹿野郎。避けることも出来ただろう」


「退かせるのが得策と思ってな……。どうも……全開の勝負では勝ち目がないらしい」


 そう言って、リュウキは徐々に目を閉じていく。


「待ってろ。今ユキのところまで連れて行く。あいつの神術でこれぐらい回復する」


 ユキは生きているのだろうか。そんな一抹の不安が、アキの頭をよぎった。

 リュウキは重症、ユキは生死不明、初めての高難度依頼の結果は散々だった。


「ああ……。計算づくだ」


 微笑むようにそう語るリュウキに、アキは溜息を吐いた。


「お前はお前で、相当頑固だよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ