予知眼の男はライバルなのか?(4/4)
今回の一件でギルドの正式メンバーとしての加入が許されて、町を出よう、という流れになったのは、自然なことだった。
アキは調律者殺しで悪い意味で名前が売れすぎた。大金を持っていることも噂になっている。このままこの場所にいるのは危うい。そんな予感があった。
「母親は強い、かあ」
ユキが荷造りをしながら、呟くように言う。
「お母さんは、色々な意味で強いよね」
「緑翼のマリだからな」
「そういう意味だけじゃなくて、精神的にも。私は、まだまだ弱いなあ」
そう言って、ユキは新緑色のワンピースをたたんでいる。そして、名残惜しそうに膝に乗せて眺めた。
(あんな男の何処がいいのかねえ……)
そんなことを、アキは思う。まあ、人の好みはそれぞれだし、ユキにそれを指摘したら顔を真っ赤にして否定するだろう。わかりきっていたので、話題にも出さないアキだった。
「明日の明け方には町を出るぞ。さっさと準備を進めろ」
その時、部屋の扉がノックされた。
アキは立ち上がって、扉の前まで行く。
「誰だ」
「俺だ」
リュウキの声だった。
振り返ると、華やいだユキの表情が見えた。
アキは彼女に聞こえないように小さく溜息を吐いて、扉を開ける。
「なんの用だよ」
「旅に出るそうだな」
「ああ、そうだけど?」
「僕も同行するぞ」
アキは、返事を思いつくまでしばし時間がかかった。
「……は?」
口からは、呆れたような声しか出てこなかった。
「僕も同行する、と言っている。お前に勝つには、お前と行動を供にするのが一番手っ取り早い」
「そうかな……本当にそうか?」
「出発はいつ頃になるか教えてくれ」
「明日の明け方です!」
ユキが勝手に返事をする。
「よし、ならばその時刻にこちらを訪れるとしよう」
リュウキは満足そうに一人で頷く。
そして、疑わしげな視線をアキに向けた。
「なんだ、迷惑だとは言わないだろうな」
「突然のことで迷惑と思う地点まで思考が行ってないな」
「今回の件でも、お前一人ではユキさんを守りきれなかったのは確かだろう。精々、感謝するのだな」
そして、リュウキは勝手に言うだけ言って去って行ってしまった。
「旅は道連れ世は情け、か……」
アキは溜息を吐いて、荷造りに戻る。
「賑やかになりそうだね!」
ユキが上機嫌に言う。
「もうそれでいいよ」
アキは投げやりに言った。
「母は強い、か……今頃何してるかね、母さんは」
ふと、窓の外に視線を向ける。母も、同じ空を眺めているのだろうか。
「里心がついたなら帰ろうね」
ユキが言う。
「まさか」
アキは淡々と、彼女の提案を切って捨てた。
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「今日もアキもユキも帰って来なかった……」
腕を組んで、彼女は溜息を吐く。
ある家の広々としたキッチンだった。料理が三人分用意されている。
凛とした顔立ちの中年女性だった。上背も高いので、男装すれば華奢な男にも見えただろう。表情は、憂鬱げだ。
「ジンさんはいいので?」
まだ歳若い少女が、苦笑混じりに言う。
「あの人はいいのよ。むしろ子供達が旅立った元凶が、あの人と貴女だと思ってるんだけれどね、私は」
女性の言葉に、少女は怯えたように一歩を後ろに引く。
「そんな。私が元凶だなんて、滅相もない」
「私に隠れて息子に剣術を教えていたでしょう」
女性に睨まれて、少女はしばらく視線をあちこちにやって言い訳を探していたが、そのうち項垂れた。
「ジンさんにどうしてもと頼まれて……」
「貴女は私の友達だと思ってたんだけどなあ、ハクア」
少女、不死のハクアは、苦笑を顔に浮かべた。
女性、緑翼のマリは、恨めしげにハクアを見下ろしている。
「勝手に見切らないでくださいよ」
「友達が人の息子の家出の手引きなんかするかしら」
「手引きなんてしてません。誤解ですよ」
「なら、引きずり戻すことも簡単ね?」
「無茶を言いますね。相手は体魔術の使い手ですよ。腕力が違いすぎます」
ハクアはそう言って小さな肩をすくめる。
「それでも、貴女は五剣聖のうち一線級の戦士であり続ける最後の一人だわ。不老不死。便利なものね」
「……友達が老いていくのに一緒に老いてあげれない。寂しい力ですよ」
ハクアはそう言って、切なげに苦笑した。
デリケートな部分に触れたと自覚したのだろう。マリも、バツの悪そうな表情になる。
「まあ、その話は置いておいて。息子を連れ戻してほしいの。能うかしら?」
「マリさん。アキ君はもう小さな子供ではありませんよ。その腕はもう一線級です。ジンさんやリッカさんの人脈を使って、色々な領に推薦してあげればどうでしょう。そうすれば、彼も……」
「いやよ」
マリは、断言した。
「息子に危険な真似をさせたいと思う母親が何処にいるかしら。ハクア、アキとユキを連れ戻して。お願い」
ハクアはしばらく考え込んでいたが、マリの真剣な視線を受けて、折れることにした。
「……やれるだけはやってみますかね。アカデミーの仕事は、後任の教師も育っていることですし」
それまで暗く沈んでいたマリの表情が、一気に華やいだ。
「ありがとう、ハクア。やっぱり頼れるものは友達ね」
「現金だなあ……」
ハクアは苦笑して、その場を後にした。旅支度をしなくてはならない。旅人としての勘が鈍っていなければ、アキ達を捕捉することは容易いだろう。
ただ、ハクアが最後に旅をしたのは、二十年近く前ではあるのだが。
外見年齢は十代。しかし実年齢は四十代。不死のハクアと言われる所以であった。
次回『復讐の町』に続く