予知眼の男はライバルなのか?(3/4)
少年はしばし無感情にアキを見つめ返していたが、そのうち皮肉っぽく微笑んで拍手をした。
「ご名答。あの乱戦の中で気がつくとは、中々の洞察力だ」
「カミト家にしか伝わらないという予知眼を、何故お前が?」
カミト家というのは、アキ達の祖国で三大領主に数えられる領主の一族だ。予知眼はその中でも、本家後継者の証とされている。
五剣聖である予知眼のセツナも、このカミト家の出身だ。
「……親から武器を貰ったのはお前だけではないということだ」
面白くなさ気に言って、少年はアキ達から距離を置いて、座り込んだ。
ならば、彼はカミト家の後継者。貴族ということになる。
ユキもそれを察したのだろう。小さな声を上げる。
「貴族様……?」
「それにあの剣技、天眼流だろう」
アキの声は、責めるようなものになっていた。
少年の眉が、小さく動く。
「幼少期から見ていたからよく分かる。敵の動きを読んだ無駄のない剣さばき。俺の父さんが再興した流派だ」
何度も、何度も、背後から見た。アカデミーで生徒に剣技を教えている父の姿を。だから、その流派の動きは、良く知っているのだ。
「天眼流と予知眼。中々相性の良い組み合わせでな。僕は五剣聖の中でも天眼のジンと予知眼のセツナの剣技を受け継いでいると言えるだろう」
「何故、お前なんかがその剣技を……」
アキは、思わず嫉妬していた。何度も望んだ流派だった。父と母が出会ったきっかけとなり、名を上げたきっかけでもある天眼流。しかし、母に習うことを固く禁じられていた。
「お前こそ、何か剣技を齧っているだろう。動きが洗練されていた」
アキはしばらく、少年を憎々しい気持ちを込めて睨んでいた。
相手を恨む理由があるとすれば、少年ではなく、アキだ。
アキが喉から手が出るほどほしかったものを、少年は持っている。
アキはそのうち、恨んでも詮無きことだと考えて座り込んだ。
「クーロン王国流王宮剣術」
「……は?」
「クーロン王国流王宮剣術だよ。三回目は言わないぞ」
「クーロン王国など聞いたこともないな」
「不死の病にかかった王家が治めているという宗教国家さ」
「不死の病……不死のハクア、か」
「教えてもらうにも難儀した。何せ、母は俺が剣技を習うことに反対していたからな」
「緑翼のマリか。ならばお前は、緑翼のマリと不死のハクアの剣技を受け継いでいることになる」
「なんで母親の名前が割れているかなあ」
「僕とお前は同じ町の出身だからな」
少年の言葉に、アキは眼を丸くした。確かに、広い町ではある。けれども、アキは彼の姿を見たこともない。
「僕は隠されるように育てられた。そして日の目を見るためには障害がある」
「障害、ねえ」
お前はもう立派な冒険者ではないか、とアキは思うのだ。
一つの町で、難解な仕事を独占し、収入を確立している。
「その障害はお前だ、アキ」
アキは、予想外の一言に、頭が真っ白になった。
「お前を超える成果を出すことが、僕が日の目を見るために必要なことなのだ」
意味の分からない言葉だ。アキは戸惑うしかない。
「……さて、そろそろ来るぞ」
少年が、そう言って腰を上げた。
アキもつられて立ち上がる。ユキも、慌てて立ち上がり、魔術を展開させ始めた。
「どうしてわかる?」
「敵は組織だって動いている。逃げ延びた狼が、今頃僕らの存在を調律者に伝えに行った頃だろう。無駄話をするには十分な時間だったがな」
「なるほどね」
アキは嫉妬していた。この少年の判断力にも、剣技にも。
この少年が、アキは憎かった。そして、いつかは倒さなければならない相手なのだと、そう思った。
ある意味で、この時、少年とアキは同じ感覚を共有していたと言えるだろう。
その時のことだった。
草をかき分ける盛大な音が、アキ達に近づいてきた。
アキ達は抜剣する。
そして、それは姿を表した。他の狼の二倍以上はある巨体の狼。間違いなく調律者だ。
それは、二匹の狼をお供につれている。
「おお……我が同胞が。たった三人で」
唖然とした表情で、調律者はこの惨状を見つめている。
「喋るのか」
少年が、感心したように言う。
「やってくれたな、貴様達!」
体を震わせながら発せられた調律者の声が、地鳴りのように周囲に響き渡った。ユキが思わず、両手を耳に当てる。
「それも自らが招いた結果だ」
少年は、淡々と言う。死神が死の宣告をするかのように。
「お前達は協定を破って人里を襲った。沢山の死者を出した。報復されるのは当然のことだ」
「当然? 当然だと?」
調律者の声が震える。
「先に協定を破ったのは貴様らではないか!」
「何……?」
少年の表情に、戸惑いが混じる。それは、アキも、ユキも、同じことだった。
「お前達は、私の息子を殺した。可愛く、賢い、次世代の群れの長を、バラバラにして、食べた。だから、同じことをするのは当然のこと。人に報復するのは当然のこと」
「密猟か……」
少年が、苦いものを噛み殺したような表情になる。
「お前ら如きでは私は止まらない。止まらせない。一人でも多くの人間を道連れにする。貴様らも優秀な人の子だ。ここで死んでもらう」
そう言って、調律者は大きく口を開いた。その口内から、火球が吐き出された。
アキの左手から、光の緑翼が生える。それは、限界まで身体能力を高めた証なのだ。
そして、アキは左手を差し出した。
アキの左手から発射された爆破魔術と、敵の火球が相殺される。
しかし、火球が消えた時、同時に敵の姿も消えていた。
「左だ!」
少年が叫ぶ。アキは、その方角を見た。調律者の巨大な爪が、ユキに振り下ろされようとしていた。
アキが剣を掲げて、それを受け止めた。力と力の押し合いになる。
そして、敵は空いている左手で、アキを横手から襲った。
それを刺し貫いて止めたのは、少年だった。
敵は手を引いて、苦悶の声を上げる。
その間、ユキは動いていない。
「退こう」
少年が言う。
「怖気づいたか」
アキは、次の攻撃に備えながら、淡々と言う。
「馬鹿を言え。ただ、密猟が原因ならば交渉の余地はあるということだ」
「ねえよ、んなもの」
アキは、少年の訴えを切って捨てた。
「こいつはきっと止まらない。本当に一族が絶滅しようとも最後まで攻め続ける。多分、そうだと思う」
「しかしな……」
「躊躇いが、あるんだな」
この時、初めて少年とアキの意見は食い違っていた。
アキは、前へと一歩を踏み出す。
「なら、俺が片付けてやる」
アキは右手に剣を持ち、左手を何度か開閉させた。
敵が再び火球を吐く。それを、左手の爆破魔術で相殺する。少年は、お供の狼二匹の処理をしている。調律者の対応をするには、体魔術で視覚を極限まで強化する必要がある。
(見えた!)
右だ。アキは、ユキを背に庇って調律者と相対する。
そして、再び敵の攻撃を受ける。受けるしかない。背後に妹がいるのだから。
「ユキ、お前いい加減に吹っ切れやがれ! 母さんの家に帰るんだろぉ?」
周囲に浮かんでいる炎の弾が、僅かに動いた。しかし、本当に微かに揺れただけだった。
(ちっ、駄目か)
調律者の口から再び火球が放たれる。腕を防いでいたアキには、それを阻むすべはない。
止む無く、後方に跳躍して、ユキを抱き上げて飛んだ。
これで左手が塞がった。爆破魔術は使えない。
そして、調律者の前に立ちふさがったのは、お供を処理をした少年だ。器用に敵の攻撃を先読みして回避していきながら、首筋や腕に軽度のダメージを与えていく。
何しろ、敵には体格がある。一度に大打撃というわけにはいかない。それを可能とするならば、アキの体魔術を乗せた剣技か、ユキの魔術なのだ。
ユキを後方に置いて、アキは少年の隣に並ぶ。
「賞金首は譲らん!」
「お前には負けない!」
アキの剣が、調律者の右腕を断った。敵の態勢が崩れる。敵の眉間まで、二人共突きを繰り出せる距離にある。断った腕の再生が始まる。しかし、勝利は揺るがない。ただ、とどめを刺すのがどちらかの差が生まれる。
大爆発が起こったのは、その時のことだった。
ユキの炎の魔術が、少し遅れて敵を襲ったのだ。
展開された三十の炎の弾は、いずれも敵に接触し爆発した。
後には、毛も残っていない無残な死体が残った。
静寂が、森に戻って来た。
「……お前は何故、こいつが報復をやめないと思った?」
少年が、呟くように問う。
「泣きくれて過ごすようなタイプには見えなかっただろ。母親は強い。そういうもんだ。あるいは、感情さえなければこんなことも起こらなかったのかもな」
「母親は強い、か……」
少年はしばらく躊躇いがちにその言葉を噛み締めていたが、そのうち溜息混じりに言った。
「まったく、その通りだな」
「ユキ。最後、決心したな。お前のせいで決着は有耶無耶になったが、まあ褒めといてやるよ」
「お前の勝ちだよ」
少年は、溜息混じりに言った。
「最後まで迷わず敵に立ち向かって行けた。お前の勝ちだ、アキ」
「……そうか」
釈然としないが、勝ちと言われたら勝ちなのだろう。
「俺は引き分けだと思っているよ。正直、こんなんで勝ちを譲られても面白くはない」
「ほお。案外謙虚だな」
「案外ってなんだ、案外。お前は俺のことをよく知らない癖に知ったような口をきくな」
「知っているさ。喧嘩屋アキ」
その時、ある音を聞いて、二人の会話は止まった。
ユキが、すすり泣いていた。
二人は顔を見合わせて、バツの悪い表情になった。
「まあ、帰って休むか」
「三百リギンだぞーユキ。宿に泊まれるぞ」
「うん」
ユキは泣き続けている。大粒の涙が、瞳から零れ落ちていた。
「俺は調律者の遺体を運んでいくから、お前はユキを頼んだ」
アキはそう言って、調律者の遺体を担ぐ。
「頼んだ、と言われてもな」
少年はそう言って、しばらく迷っていたが、そのうちユキに寄り添って歩き始めた。
「お前、じゃ不便だな。お前ばかりこちらの名前を知っているのは卑怯だ」
この、何処か自分と似ているけれども何処かで決定的に似ていない彼に、アキは興味を持っていた。
「リュウキだ。カミトリュウキ。お前を超えた者の名だ」
「リュウキ、ね。勝手に言ってろよ」
三人は、そう言いながら、歩き続けた。
そのうち、ユキが小さく笑った。
「アキとリュウキさん、仲が良いんだか悪いんだかわかんないね」
アキとリュウキは、バツの悪い表情で顔を見合わせる。
しかし、ユキが笑ったのならば良いか、と互いに視線を逸らした。
確かに、反応が似てはいるんだよな、とアキは思う。