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予知眼の男はライバルなのか?(2/4)

 翌日、冒険者ギルドに行くと、受付嬢が珍しく憂鬱な表情をしていた。


「何かありましたか」


「ああ、アキさんですか。この町にも馴染みましたか?」


 作り物とわかる微笑みを、彼女は顔に浮かべる。


「ええ、まあ。宿に泊まれるぐらい割の良い仕事を斡旋してもらえればなお幸いですが」


 彼女の、作り物の微笑みが崩れた。

 深刻な表情だ。助けを求めているような表情だ。

 冒険の匂いがする。アキは、思わず身を乗り出す。


「あるんですね、仕事が」


 受付嬢は、一つ頷いた。


「これは……地元の人間は嫌がって、やりたがらない仕事でしょうね」


 そう言って、彼女は溜息を吐く。


「まったく、どうしてこんなことになってしまったのやら」


「話を聞きましょう」


 アキは優しく微笑んで、受付に座り込んだ。自分なりに格好をつけてみた結果だった。

 受付嬢は、そのやんちゃな仕草に気がほぐれたのか、少しだけ微笑んだ。

 その微笑みが、すぐに引っ込む。


「今回の仕事は、調律者狩りです」


 アキの顔からも、表情が消える。

 調律者。それは動物達が作り出した、それぞれの群れの代表者達だ。同じ群れの動物達から魔力を与えられているために、絶大な力を持っている。


「彼らの目的は他種族との均衡の維持でしたよね? それと上手くやっていこうというのがこの国の方針だったと思うんですけど」


「例外というのは何処にでも現れるものなんですね。その調律者は、人間を害と見なし、攻撃を加えてきたのです。ある村が半壊状態になりました」


 アキの剣が、飾りじゃなくなった予感があった。


「報酬は三百リギン。各地のギルドに通達が行っていますが、調律者殺しは今となっては穢れを背負う仕事です。やりたがる人が何人いるか……」


「やりましょう」


 アキは、一も二もなく言っていた。

 三百リギン。質素にしていれば一年ほど生活ができる収入だ。

 それに、名を上げるにはこれはうってつけの仕事ではないか。


「僕もその仕事に登録します」


 そう言って、割って入ってきた者がいた。

 あの少年だ。

 彼は、憎々しげにアキを睨みつけている。


「またお前か」


 アキは受付から降りて、少年を睨み返す。


「行く先々に出てくるよな、お前は」


「同じ町に住んでいるんだ。当然だろう」


「怖いんだけどな。寝床まで出てきやしないだろうな」


「僕にそのケはない! お前こそ妹を引っ張り回して何をやっている。その手の趣味なのか?」


「俺にもそのケはないっての!」


 子供じみた言い争いになってきたな、とアキは思う。


「では、お二人が仕事に当たってくれるということでよろしいですか?」


「はい!」


 アキと少年は、異口同音にそう口にしていた。

 そして顔を見合わせて、慌てて視線を逸らす。


「では、詳細な場所の地図を手渡しましょう。案内者が目的地まで案内してくれます。翌日の明け方に移動を開始するとしましょう」


 受付嬢は、面白がるように微笑む。

 二人は地図を手に取ると、その場を後にした。

 後から思うのだ。どうしてあの少年は、アキとユキが兄と妹だと知れたのだろうと。

 この町の人々には、駆け落ち夫婦としてからかわれているのがアキとユキなのだった。


「調律者狩りぃ?」


 いつもの町の裏路地で、ユキが素っ頓狂な声を上げる。

 アキはあぐらをかいて頬杖をついて淡々と頷く。ユキは膝で前進してそれににじりよった。


「そ。調律者と言っても人間を殺めれば害だ。排除しなければならない」


「私はやだなあ。他の動物とも上手く共存しようっていうのが今の各国の方針じゃない」


「その、国が調律者殺しをやれと言っている」


「……私は、やだな」


 駄々をこねるように、ユキは小声でそう繰り返すだけだった。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++


 出発の日が訪れた。なんだかんだで、ユキもついて来るようだ。彼女に言わせれば、兄を一人で冒険に出すことのほうが不安でならないのだろう。

 あの少年も、待ち合わせの場所にやって来ていた。


「せいぜい足を引っ張るなよ」


 少年が前だけ見て、淡々とした口調で言う。


「大将首を取られた癖に」


 アキはそっぽを向いて、拗ねた口調で言う。


「お前は大将首を討ち逃したと聞いたがな」


「逃したんじゃない、確認できないほど顔がグロテスクなことになってただけだ」


「……うかつなんだ、お前は」


 少年は、淡々と言葉を続ける。


「なんのバックホーンも持たずにこの町に登録したこともそう。だから僕に出し抜かれる」


「仕方がないだろう。母親の方針だ。一応、剣技は海外のものを習いはしたが、この国でその名前を出しても疑問符が頭に浮かぶだけだろうな」


「海外の剣技……か」


 少年が細い剣を鞘から抜いた。


「面白い、試してみいよう」


 アキは興奮を覚えた。なんてスリリングな提案をしてくれるのだろうと思った。


「いいぜ。取り分を分けるには頭数が多すぎると思っていたところだ」


 アキも剣を鞘から抜く。

 そして二人は、剣を構えようとする。


「やめて!」


 ユキの叫び声が、明け方の空に響き渡った。


「これから調律者殺しになるんだよ? その前に一般人殺しになりたいの? 男の人の考えることってわかんない!」


 ユキは現状にナーバスになっているようだ。

 そのヒステリックな声に、興が削がれた。

 少年が、溜息を吐いて剣を鞘に収めた。


「なんだよ、やめるのか」


 アキは、強がるように言う。高名な流派の免許皆伝の腕。是非腕試ししてみたい相手だった。何より、この相手は気に入らない。


「興が、削がれた」


 同じことを考えていたようだ。アキはしばらく剣を握っていたが、そのうち諦めて鞘に収めた。

 ただ、彼と同じ感想を抱いたことは語らないようにしようと思った。語って馴れ合う気もなかった。

 そのうち、案内役の中年男が馬に乗ってやって来た。

 四人はゆっくりと朝方の草原を歩く。


「今回の依頼は、群れの壊滅も含まれています……依頼せずとも、調律者の前に群れは立ち塞がるでしょうが」


 憂鬱な表情で、中年男は言う。


「群れまで壊滅させることはないのでは?」


 ユキが、不服気に言う。


「奴らは、"人の味を覚えた"。大変危険な群れです」


 それが意味するところは一つだ。村一つが半壊状態に陥った。その惨状を想像するのに難くない。


「村が一つ半壊状態に陥ったと聞きました」


 少年が言う。


「ええ。酷いものです。女子供お構いなしだ。まあ、獣だから仕方がない話かもしれませんが」


 中年男性の眼に、鋭い感情が見えた気がした。


「だから、あなた方には是非仇を討ってもらいたい。調律者相手に三人というのも、まあ心許ないですがな」


「本来なら俺一人で十分です」


「本来なら僕一人で十分だ」


 同時に言って、アキと少年は睨み合う。そして、互いにそっぽを向いた。


「まあ、吉報を待つとしましょう。君達二人はギルドから腕を信用されていると聞きました。今はそれに期待するしかない」


 信用されている。それだけの言葉が、アキの心を弾ませた。

 そうか、信用されていなかったら、そもそもこの依頼はアキの所までやってこなかったのだ。

 地道に積み重ねた依頼で見せた並外れた力。それがアキを前の段階へと進ませてくれたらしい。

 自分は着実に前に進んでいるのだ。そんな実感があった。


「なんだ、急にニヤニヤして気持ちが悪い」


「五月蝿いな、いい気分だったんだよ。お前に水をさされるまではな」


「もうやめようよぉ。二人共なんでそう喧嘩っ早いかなあ」


 ユキが呆れたように言う。

 アキと少年は睨み合って、互いにそっぽを向いた。

 そのうち、山の麓に村が見えてきた。その手前で、中年男性は馬を止める。


「私はここまでです。後は貴方達の力で事件を解決してほしい」


「わかりました。案内ご苦労様でした」


 少年が淡々とした口調で言う。

 そして、前へと歩み始めた。

 アキも、負けじと前へ進む。

 そして、村の前で同時に足を止めた。

 鼻を突いたのは、異臭だった。すえた臭いがする。

 アキは、一瞬躊躇った。しかし、少年は躊躇わずに前に進んで行ってしまった。

 アキも、慌てて後に続く。何事もなかったかのように。


 村の中で待ち受けていたのは、惨状だった。


「ええ。酷いものです。女子供お構いなしだ」


 中年男性の声が脳裏に蘇った。

 道に倒れ落ちる逃げ遅れた人間の死体の数々。それらは食い掛けで、カラスに啄まれていた。道は血の川に濡らされたかのように赤黒く変色している。


「……ふざけた真似をしてくれたものだな」


 少年は、淡々とした口調で言う。しかし、その底に潜む憤りまでは隠せない。

 アキも、胸に怒りとやるせなさが湧いてくるのを感じた。

 そして、同時にこう思うのだ。この少年とは、感性が似ているのかもしれない、と。


「墓、作ってあげたいな」


 ユキが、呟くように言う。


「それは、村の人達がするだろう。安全になれば、村には人が戻ってくる。そして、やり直すんだ。この村を」


 アキは激情を抑え、淡々とした言葉を口に重ねる。

 ユキは、感情が見えない表情で、頷いた。


「僕は山へ行って調律者を探す。お前達はどうするつもりだ?」


「無論山へ向かうつもりだ。調律者を求めてな」


「一緒に行こうよ」


 ユキが、似合わぬ鋭い口調で提案する。


「こんな惨状を起こす敵に囲まれたら、命が危ういよ。堅実策でここは組もう」


 アキと少年は、しばし睨み合った。

 心の中では、ユキの言い分が正しいことはわかっていた。

 ただ、この少年は何故かアキを敵視している。

 アキが大人の立ち振舞いをすればそれで済む話なのだ。だと言うのに、アキにはそれができない。


「行く方向がたまたま一緒になるかもしれないな」


 アキは、不承不承といった感じで、折半案を捻り出した。


「そうだな。たまたま行く道が一緒になるかもしれん」


 少年も、不承不承といった感じでその案を飲む。


「精々僕の剣の冴えを背後から見ておけ」


 少年はそう言うと、歩き始めてしまった。アキも、ユキも、無言でその後を追う。そして、三人して山へと踏み入れた。道から外れたら、その途端にそこは雑草と木々の群れに覆われた獣道だ。

 体魔術を発動して、神経を極限まで研ぎ澄まさせる。何処からの不意打ちにも対応できるように。

 ここは最早、血に飢えた敵の縄張りなのだ。


 そのうち、本当に微かに、草が小さく擦れる音がした。

 アキと少年は、同時に抜剣していた。ユキが戸惑ったように、魔術を展開し始める。


(やるな……)


 アキは少年の反応に舌を巻いていた。自分の超反応について来た? 同じように神経が鋭敏なのか? それとも別の要素があるのだろうか?

 ユキの魔術は五割方が展開されている。彼女の周囲には炎の弾が十五個浮いている。

 そのうち、草むらからそれは飛び出してきた。

 狼の群れだ。それが、アキ達の喉元目掛けて牙を剥き出しにして飛び掛かってきている。

 アキは剣を構えて、一匹、二匹と薙ぎ払った。

 そして、少年の剣技に視線をやった。

 思わず、見惚れた。綺麗だった。動きに無駄がまったくない。相手の動きを先読みしているのだろう。まるで吸い込まれるように敵が剣にぶつかっていく。

 それは、幼い頃に何度も見惚れた人の剣技を彷彿とさせた。

 視線をやったのは一瞬。しかし、実力を見るには十分だった。

 彼は背中を預けるに値する。今この瞬間は、それだけ知れればいい。


「ユキさん。僕とこの男の背後に」


 少年も、同じことを感じたらしい。ユキに指示を出した。


「はい」


 ユキが頷いて、移動を始める。

 その時、思いもしないことが起きた。

 斬られて倒れ伏したはずの一匹が、臓物と血を撒き散らしながら、ユキに飛び掛かったのだ。

 緑翼を展開させるか、と考えた刹那のことだった。

 少年の細い剣が、その狼の顔を串刺しにしていた。


「お前……」


 アキは、畏怖の気持ちを覚えていた。

 戦闘が始まってから、常人の反応ではないと思っていたが、今の反応は異常過ぎた。

 まるで、"予め起こることがわかっていた"かのようだ。


「ありがとうございます」


 ユキが頭を下げて、アキと少年の背後に回る。


「話は後だ。目の前の敵に集中しろ」


 アキは、その言葉で前を見た。少年も、前を見たのだろう。

 剣と炎が飛び交う戦場で、狼の死体だけが次々に積み重なっていった。

 アキの剣は敵を軽々と弾き返していく。少年の剣技は的確に敵の急所を貫いていく。ユキの炎は最終防衛ラインとして機能し、二人が討ち漏らした敵を爆破した。

 そうして三人は、十分近い攻防を乗り切った。

 周囲には、狼の遺体の山が出来上がっていた。


「これだけで一週間は食うに困らないな。勿体無い」


 少年が、ぼやくように言って、剣の血を拭って鞘に収める。

 アキも、それと同じ動作を取る。その視線は、否応なく少年に向いていた。


「アキ、喧嘩は嫌だよ」


 誤解したらしい。気が滅入っているとわかる口調でユキが声をかけてくる。殺生をすることに、気が咎めているのだろう。


「違う……」


 アキは少年の前に立って、その右目に視線を向けた。彼のその瞳は、仄かに赤い光が宿っているように見えた。


「お前のその眼、予知眼だな」

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