予知眼の男はライバルなのか?(1/4)
本日中にこの話の最後まで投稿します。
何をやっているのだろう。そんなことを思う時間が、最近増えた。
天は地上に住む一人の気持ちなど知らず、眩い太陽を照らせている。澄んだ青が、視界に広がる。
「おいー、坊主ー。こっちの岩どかすの手伝ってくれー」
呼ばれて、アキは立ち上がった。
「はいはいー。今行きますよー」
一足で距離を縮め、呼んできた中年男性の傍に立つ。
そして、丸まった人の体ほどもありそうな岩を軽々と持ち上げた。
中年男性は、呆れたような表情でアキを見る。
「相変わらず気持ち悪い身体能力だなあ」
「よく言われます」
今アキがやってるのは、開拓の仕事だ。岩をどけ、雑草を毟り、新たな畑を作り上げていく。腰にある剣はまるで飾りのよう。暴漢でも殴り込んでくればと思うのだが、そんなことはそうそう起こらない。
「いやあ、用心棒としても力仕事担当としても有能。雇って良かったよ」
「そう言ってもらえるとありがたいですね」
「今日はそろそろいいよ。冒険者ギルドのほうで報酬を受け取ってくれ」
「はい!」
憂鬱な一日が終わる。アキは、帰路についた。
こんなはずではなかった、と思う。冒険とは、もっと華々しいものだ。もしも最初の仕事のようなものが沢山あれば、アキの欲求は叶えられただろう。
しかし、現実にあるのは畑仕事や治水工事などばかり。
これが地に足をつけて働くということか。しょっぱい気持ちを、アキは噛み締めた。
「おかえりー」
薄暗い湿気の強い路地裏で、ユキが待っていた。
アキは、気が緩んでその場に座り込んだ。
「なんか面白い仕事は入り込んできたか?」
「ううん、特になかったなあ。けどね、見直してる。アキでも地に足をつけて生活できるんだって」
「俺が求めてるのはこんな生活じゃないんだけどなあ……」
「どんな生活?」
ユキが不思議そうな表情になる。
「剣と剣が火花を散らすような争い。遺跡をめぐる冒険。渦巻く陰謀。王宮の危機」
言葉にするだけで血が湧き興奮する。そう、それを求めて自分は旅に出たのだ。アキは両手を開閉させて、その感情を表現した。
「そんなことが起こらなくて今日も平和だった、と。いい話じゃない」
呆れたように、ユキは溜息を吐いた。
アキの両手の開閉が止まる。この現実主義者な妹が、アキは苦手だ。
「まあ、いいよ。ギルドで報酬貰って晩飯に行くぞ」
「今日もその日暮らしかあ。アキに生計を立てる才能はないね」
「五月蝿い。町を移れるようになったら一攫千金の仕事をして収入を得るんだ」
「そして死んじゃうのかなあ。アキが死ぬのは寂しいよ、私。素直に帰ろうよ」
「なんで負けることが前提かなあ……。俺の強さはお前も知っているだろう」
「強くても絶対はない。相性によって戦況は大きく左右される。アキのお師さんの台詞だよね」
「……皆現実主義なんだ」
拗ねたように、アキは言う。
「違うよ、アキが夢想家なんだよ」
夢に生きて何が悪い、とアキは思う。
この体に宿った力を存分に駆使して名を上げることを望む。そんな青春があっても良いはずだ。
その夢を放棄できるほど、アキは成熟していない。
「行こう。考え込んでたら店が閉まるよ」
喉元まで込み上がっている不平を我慢しているうちに、ユキがまた現実的な提案をした。
「はいはい、行きますよ」
アキは止む無く、ユキの後について歩き始めた。
しばらく歩いて、ユキが足を止めた。
服屋の前だ。丁寧な刺繍が施された新緑色のワンピースが飾られている。
「わあ、綺麗な服だなあ」
「そうだな」
「お金はないけど、こういうのは見てて楽しいねえ」
「それは貧乏だってことの当てこすりか」
「……アキのお嫁さんは苦労するんだろうなあ。そもそも、結婚できるのかなあ」
「なんか言ったか?」
「独り言」
ユキは服に見入ってしまっている。
「考え込んでたら店が閉まるぞ」
嫌味のように、かけられた台詞を返す。
「そうだね。服はまた後日見に来ようか」
その時、ユキは歩き出そうとして、目の前を歩く少年にぶつかりかけた。
「わ、ごめんなさい」
山賊討伐戦で一緒になったあの少年だ。アキは、思わず目を見開く。
彼の視線は、ユキがさっきまで見ていたワンピースに注がれている。
「……欲しいのか、それ」
少年が、呟くように言った。
「あ、うん。けど、高いからいいんだ」
「そうか。なら待っていろ」
少年はそう言うと、店の中に入って行ってしまった。すぐに、店員を連れて外に出て来る。
「このワンピースでよろしいですか?」
「ああ。即金で払う」
「お買上げありがとうございます」
店員が上機嫌に言って、新緑色のワンピースを立てた木から取る。そして、お金と引き換えに少年に手渡した。
「ほれ」
ぶっきらぼうに言って、少年はユキに服を手渡した。彼女は、眼を丸くしてそれを受け取る。
「あの、これ」
「いい。受け取っておけ。僕はそこの男と違って経済力がある」
そう言うと、少年は立ち去ってしまった。アキを一睨みして。
「なんだあ、あいつ」
アキは、思わずぼやく。
ユキは、手渡されたワンピースに見入っている。
「わあああ、こんなの地元じゃ買えないよ。綺麗な染め色だなあ。出てきて良かったなあ」
「現金な奴だよ、お前は」
アキは思わず溜息を吐いて、先を歩き始めた。
酒場に入る。夕方のこの時間帯も、食事を提供しているのだ。店内にはまばらに酔っぱらいの姿もあった。
「いいか。俺達には金が無い。だから、一人分の食事を二人で分けるんだ」
「うん、異論はないよ。いつまでもつやらとは思うけどね」
「どういう意味だろうな」
「いつ、家に帰ったら満足な食事ができると気がつくのかなって」
「お前、中々しつこいなあ…」
「お、駆け落ち夫婦じゃねーか。今日も仲良いな」
そう言って、酔っぱらいの一人が歩み寄ってくる。この町で仲良くなった、ソウタだ。
冒険者ギルドに登録しているが、この町の農家の息子らしい。遅れた反抗期だ、と本人は語っている。
「駆け落ち夫婦じゃありません!」
ユキが顔を真っ赤にして反論する。
「そうやって必死に否定するとこが可愛いなあ。ユキちゃん、うちの嫁に来ない?」
「安定していない生活をしてる人はお断りですねえ。アキみたいな人は嫌です」
「言ってくれるね。おばちゃん、豚定食一人前ー」
「はーい、豚定一丁」
「二人で一人前なのか」
また、あの少年が会話に割り込んできた。あまりにものタイミングの良さに、アキは椅子からずり落ちかけた。
「あのな、なんなんだお前は。人の行く先をついて来ているのか」
「僕がどこに行こうが勝手だ。おばちゃん、こちらの女性に豚定食一人前追加だ」
「え、いいんですか?」
ユキが、明るい表情になる。
「その程度のことで痛くなる財布ではないのでな。では、僕は別の席で食事をとる。特上の料理をな」
少年が傍を去って行って席につくと、アキはぼやくように言った。
「こんな大衆食堂で特上の料理も糞もあるか。馬鹿なのか、あいつは。いや、馬鹿だ、あいつは。多分ちょっとおかしい奴だ」
「腕は立つらしいぞ」
ソウタが、不敵に微笑んで言う。
「なんらかの有名流派の免許皆伝の腕らしくてな。ギルドも奴に率先して難解な仕事を回しているらしい」
「じゃあなんだ。俺が農業に身をやつしているのも奴のせいだと言うわけか」
「そうなるな。こんな小さな町に回される難解な仕事なんて極一部だ。その全てを奴がかっさらっていって、しかもこぼさず解決している。目の上のたんこぶだな」
「なるほど。俺の剣が鈍っているのは奴のせいか……」
アキは苛立ちが湧いてくるのを感じた。限られた仕事を独占して優雅な生活をしているのを見せびらかしているあの少年に嫉妬を覚えた。
「あいつ、町から追い出さないか?」
ソウタが、悪戯っぽく笑って囁く。それは、悪魔の囁きだった。
「免許皆伝の腕とは言え、俺とお前の二人がかりなら問題はあるまいよ。町から追い出しちまおうぜ」
アキは、しばらく考え込んだ。
負けない自信はある。けれども、それは醜い行いだ。
自分の理想とする冒険とは違っている。
「遠慮するよ、ソウタ。俺は陽の当たる道を行く」
「アキのそういう馬鹿正直なところ、私は嫌いじゃないな。器用じゃないとは思うけれど」
ユキは、そう言って微笑んだ。
「それに、あの人はいい人だよ」
「服買ってもらったからって」
アキは、そう言って呆れたように頬杖をつく。
「ご飯も奢ってもらったねえ」
ユキはそう言って、窓の外に視線を向ける。
「ああいう男がいいのか?」
あんな高慢ちきな男が義理の弟になったら嫌だな、とアキは思う。
「私がいいと思うのは、安定した職に就いてる人かな」
そう語るユキだが、声が少々上ずっている。
親の威光もあって、こんな風に熱烈なアプローチを受けたことがないユキだ。多少、舞い上がっても仕方がないのかもしれない。
アキはげんなりとして、カウンターに視線を向けた。
「ご立派」
「陽の当たる道、ねえ」
ソウタが、腕を組んで考え込むように言う。
「そんな綺麗事、言ってられなくなるぞ。お前だって、結局は他所者なんだからな」
まるで不吉な予言のようにそう言い残して、ソウタはその場を去っていってしまった。
「他所者、か……」
思いもしない言葉が、アキの胃の深いところに乗っかった。
「そ、私達は何処へ行っても他所者。故郷に帰るまではね」
ユキはどこまでも現実主義者なようだった。
両親もこんな思いをして冒険をしていたのだろうか。そんなことを思うアキだった。
そして、父は今もそんな思いをして冒険しているのだろうか。
そんなはずはないだろう。五剣聖という肩書が彼を放置してはおかない。早くアキもその立場まで成り上がることが当面の目標であり、最終目標でもあった。
久々に一人前を食べたので、その日は満腹の状態で寝入ることができた。