十剣(3/5)
「つっても俺、王都についてはあまり知らないんだよな。エスコートはできないぞ」
デートの当日になって、弱音を吐くようにアキは言った。
それが可愛らしいとユウリは思う。
素直に認めるのは癪ではあるが、彼に惹かれているのかもしれない、と思う。
「良いじゃない。一緒に新しい店とか開拓しよう」
「ぶらぶら歩いてたらどっかに発見があるかもな」
そう言って、二人は歩き始めた。
「わあ、可愛いなあ」
そう言ってユウリが足を止めたのは、小物屋だ。
ユウリの視界に写っているのは、髪飾りだ。
「奢ろうか?」
「こういう時は黙って奢るものです」
「だよな。それが作法ってもんだ」
そう言って、アキはポケットを探り始めた。
そして、間の抜けた声を上げた。
「あ、財布忘れたわ。ちょっと取ってくる」
「変なの。剣と肉体を繊細に扱う剣士様が、リギンの重さを忘れるなんて」
「その剣が重いから、多少のリギンの重さなんて忘れちゃうんだ。取ってくる」
そう言って、アキは緑翼を手に輝かせて高々と跳躍した。どうやら屋根の上を駆けて行くらしい。
相変わらず、人並み外れた身体能力だ。
(本当に、単純な強さなら五大同盟国でも指折りでしょうね……)
ユウリは内心でアキをそう評価する。
けれども、ユウリの最終目標とアキの最終目標は違う。頼りになる仲間ではあるが、そのうち袂を分かつことになるだろう。
それを思うと、胸が針で刺されたように痛むユウリだった。
その時のことだった。
ユウリは自分に、影が重なっていることに気がついた。
頭上に誰かいる。そうと察すると同時に臨戦態勢に入る。
相手は剣を振りかぶって、どこかから飛んでくる最中だった。
ユウリは飛行魔術を使って、後方に飛ぶ。そして、一気に過敏になった神経が、壁を蹴る音を察したことにより、急速な上昇へと移行する。
それでも、一手遅かった。
衝撃と焼けるような痛みがユウリの左太腿を襲った。
剣が突き刺さっている。それを視認して、神経を集中させ、魔術を発動させる。死への恐怖が、痛みよりも勝ったのだ。
このままでは足を切り裂かれる。そう考えてユウリが取ったのは後方の敵への風魔術での攻撃だ。
風の矢が相手を襲う。
しかし、相手は剣を手放して避けたらしい。風の矢が屋台を破壊し、悲鳴が上がる声がした。
人々が引いていき、ユウリの眼下にスペースが出来上がる。彼らはユウリを取り囲んで、観察しているようだ。
この中に、敵がいる。
相手は一人? 二人?
どちらにしても手強い。
一人でユウリを前方から襲い一瞬で後方に回ったなら化物。二人でコンビネーションを組んでいるならば難敵だ。
ユウリは剣を引き抜くと、地面に捨てた。そして、傷口を焼いて止血する。
そして、風の矢を周囲に浮かべ始めた。
魔力を魔術に変換しておいて損はない。いつでも即座の行動に移れる。
剣が地面に触れようとした瞬間、それを掴んでユウリに向かって高々と飛び上がる人物がいた。
(この速度、体魔術の使い手……!)
ユウリは相手に向かって風の矢を放つ。
その瞬間、新たな人物が飛んだ。空中で二人は互いの足の裏を蹴って風の矢から逃れる。
そして、左右の家の壁を蹴ってユウリへ向かって跳躍した。
(二人……!)
ユウリは下方へと落ちる。いつ痛みで魔術のキレが鈍るかわからない今、自然落下に頼ったほうが確実だ。
地面にぶつかる直前にユウリは飛行魔術を再発動させる。
そして、後方へと飛んだ。
さっきまでユウリがいた地点に、二本の剣が降ってきた。そして、ユウリが移動した軌跡を刻むかのように剣がさらに投じられる。
落下してきた二人の人物は、剣を掴んでユウリへ向かって飛んだ。
ユウリは上昇しようと判断する。
(最初の不意打ちが効いたなあ……)
恐怖で痛みが麻痺しているとはいえ、それは正常な状態ではない。
不安定な精神状態は魔術の組み立てに影響を及ぼす。
今のユウリにできるのは、逃げの一手。逃げながら反撃を繰り出すという繊細な作業を、今のユウリは行えない。
その時、ユウリは腹に違和感を覚えた。
腹部から、剣が生えていた。
「十剣様に逆らうとは、お前は悪者だろう!」
叫ぶ観衆の少年の震える手には、ユウリの血に濡れた剣がある。
(まだ、死ねない……)
そう思うのだが、腹に剣が刺さったままでは上空に飛べない。
そして、ユウリの首筋に二本の剣が突きつけられた。
「十剣、双竜のライ」
「十剣、双竜のフウ」
そう語る彼らの顔は、良く似通っていた。双子か、兄弟なのかもしれない。
「お前達が僕の家の近辺をうろついていたことは既に調査済みだ」
「だから、先に潰させてもらうことにした」
ユウリは苦笑する。その口から、血が零れ出た。
「女相手に二人がかり。卑怯とは思わないの?」
「魔術師はチームを組まれると脅威だ。真っ先に排除するに限る」
「我々はお前を潰せる機会を待っていた」
「ああ、そう……」
(死にたくない)
そうは思うのだが、相手は逃してくれなそうだ。
(ここまでか……)
二本の剣が振りかぶられる。ユウリは目を閉じて、心の中で溜息を吐く。
ついに会えなかった額に傷のある男。どんな人だったのだろう。
それだけが、心残りだった。
いや、心残りはそれだけではない。
アキの顔を思い出す。
彼とはまだ出会ったばかりだ。
自分と彼との物語は、何も進展を見せていない。
ここで終わるには、早すぎる。
ユウリは、目を見開いた。
その瞬間、ユウリは二本の風の矢の高速発動に成功していた。
それは、二人の手を射抜いて、血を吹き出させた。
二本の剣が一瞬、止まる。
「ぐっ」
「悪あがきを!」
そして、ユウリは暴風を生み出した。
観衆と共に、後方にいたユウリを刺している少年の手が剣から離れる。
そしてそのまま、空へと飛んだ所で、双子の片割れに腹部をさらに貫かれていた。
ユウリは羽をもがれた蝶のように地面に落ちる。そして、剣が引き抜かれる。腹部からは、熱い血潮が流れ始めた。
(あーあ……こりゃ、駄目だわ。終わったわ)
「殺そう」
「ああ」
剣が振り上げられた。
そして、ユウリは生きることを諦めた。
「何をやっている! お前ら!」
誰かの声がした。ついさっきまで聞いていたのに、酷く懐かしく感じられる声だ。
けれども、ユウリの視界は最早ぼやけていてはっきりしない。
そんな状態でもはっきりとわかるほどの閃光が、周囲に走った。
二人の敵が、地面を蹴って避難する音が周囲に響いた。
ユウリは、抱き上げられていた。
「ちょっと我慢してくれな……」
その言葉と共に、傷口が焼かれる。ユウリは痛みに顔を歪めた。
見える。彼の顔が、見える。
アキだ。
アキが、助けに来てくれた。
ユウリは、安堵の涙を流して目を閉じた。
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「リュウキさん、俺に剣、握らせてくださいよっ」
「駄目だ。まずは木剣に慣れるところからだ」
クルの懇願に、リュウキは淡々と返す。
腰に一本、手に一本、リュウキは剣を持っている。
武器屋に行った帰り道だった。
ユキは、リュウキとクルと行動を共にしている。
二人を微笑ましげに眺めて、ユキはやや後方を歩いている。
「ユキさん、飛行魔術は使えるか」
「いいえ、私は飛行系は苦手ですね」
リュウキの突然の問いに、ユキは戸惑った。
リュウキは苦笑して、頷いた。
「そうか、クルは使えるか」
瞳を輝かせて大きく口を開こうとしていたクルは、戸惑ったように二回頷いた。
さらに戸惑うことになったのは、次の瞬間だ。
リュウキはクルとユキを、人混みの中で押し倒していた。
鮮血のシャワーが、三人に降り注いだ。
人の上半身が切断されたのが見える。悲鳴が上がり、人々は逃げまとった。
リュウキの機転がなければ、そうなっていたのは三人の体だろう。
「クル、お前はユキさんを連れて逃げろ!」
「けど……」
「けどじゃない! 行くんだ!」
クルは数秒葛藤していたが、そのうち頷いて、ユキを抱えた。
「いや……!」
ユキは、手を伸ばす。その指が、リュウキの服にかかろうとする。
敵は強大な魔力を持っている。三人でかかったほうが安全なはずだ。
しかし、無情にも手はリュウキの傍から離れていった。
クルの体が宙に浮く。同時に、抱えられていたユキの体も宙へと浮いた。
リュウキはそれを切なげに見送ると、振り向いた。
「さて、穏やかではないな」
静かな怒りが感じ取れる声だった。
人を切断させるほどの魔術。常人を超えた魔力量の持ち主が相手となるだろう。




