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再会(2/5)

「部屋の件、了承したわ~。シホさんの娘ともなれば、部屋ぐらい用意しないわけにはいかないわね。貴女のお母さんは、魔術の里出身の人間としてアカデミーに多大な貢献をしてくれました」


 五大同盟国の中で数えるほどしかない魔術を教える施設、アカデミー。神術・魔術科、剣術科、舞姫科にわけられたその中で、ユウリの母は舞姫科の魔術担当教師をしていたと聞く。

 リュウキは、アカデミーの校長室で、久々にある人物の顔を眺めていた。

 眼鏡をかけた緩い表情の細身の中年女性。五剣聖、獄炎のリッカだ。


「ありがとうございます」


 ユウリが深々と頭を下げる。


「お母さんの件、残念だったわ。貴女のお母さんが去ったのも突然だったから、色々と心残りがあるわね」


「覚えていただいていて、母も感謝していると思います」


 しっかりした女性だな、とリュウキは改めて思う。ユウリの年齢はわからないが、自分よりは年上なのだろうとリュウキは思う。互いに悪口を言い合っている自分とアキはまるで子供だ。


(……あれであいつは、成人しているんだったな)


 あんな成人というのもどうだろう、とリュウキは心の片隅で思う。そして、自分はああはなるまい、と思うのだ。

 けれども、リュウキはアキとなじり合ってしまう。それを、楽しむように。


(馬鹿げた感傷だな)


 自分の考えを、リュウキは切って捨てた。


「部屋の手配は舞姫科の寮の管理人に任せようと思います。今指示書を用意するからちょっと待ってね」


 そう言って、リッカは紙にペンを走らせ始めた。そして、それに判を押すと、ユウリに手渡す。


「これを持って一階の受付へ行ってくれるかしら。すぐに部屋が用意されるわ」


「ありがとうございます。それでは、失礼します」


「いつまでもいてくれてかまわないわよ~。社交辞令ではなく、ね」


 頭を下げるユウリに、リッカは娘を見るような表情で微笑んでみせた。

 ユウリはくすぐったげに微笑むと、礼の言葉を述べて去って行った。

 そして、後にはリッカとリュウキが残る。

 リッカは指を組んでその上に顎を乗っけて、リュウキを眺めているようだった。背後の窓から射す光のせいで、眼鏡が輝き、その表情は見えない。


「お父さんとの会見は失敗だったようね、リュウキ」


「……やはり、ジンの息子以上の成果を出すように、と言われました」


 リュウキは、苦々しい思いを吐露するように、そう告げる。


「さて~、どうすればアキ君を超えたことになるのかしら? アキ君はこれからも冒険を続けていくわよ? 常にその上を行くのは難しい。ただでさえ、彼は母親から力を受け継いでいるのだから」


「親から力を受け継いだのは僕も同じです。僕こそが、カミトの正統後継者なのに。父さんは、違う子供にそれを譲ろうとしている」


「お父さんも中々難しい立場なんだな~、これが」


 そう言って、リッカは両手を伸ばして背もたれに背を預けた。


「お父さんには王家から直々にあてがわれた正妻がいます。その正妻との息子にカミト家を譲るのが周囲から望まれる流れでしょう」


「なら……」


 リュウキは、苛立ちを堪らえようとした。しかし、それは無理というものだ。

 火山が噴火するかのように、リュウキは叫んでいた。


「なら、なんで僕はこの目を受け継いだんだ! 僕は愛されていないのか? 教えてくれよ、母さん!」


 リッカの口元から、緩い笑みが消えた。

 そして、彼女はしばし考え込む。

 そう、リュウキの両親は、絵物語でライバルとされる予知眼のセツナと獄炎のリッカ。犬猿の仲の両家から生まれた子供なのだ。


「……家を継がせなければ愛してないことになるのかしらね~。フクノのこの分家なら、お母さん喜んでリュウキに譲るけどな~」


 とぼけた調子で、リッカは言う。しかし、その口調に明るさはなく、静かなものだ。


「けど、僕には正統後継者の証の予知眼がある! 選ばれたのは、僕だ!」


「無理よ。フクノの息子にカミトの家来達は従わない。出自を誤魔化して庶子としても王家が納得しない。例えアキ君を超えたとしても、お父さんは貴方に無理難題を突きつけ続ける。それは、貴方のためでもあるわ」


「子供の存在を否定する親が、どう子供を想ってると言うんだ!」


「暗殺、されたくないでしょ~」


 静かで、けれども部屋によく響く声だった。

 リッカの言葉で、部屋の温度が数度下がったような気がしたリュウキだった。


「カミト家は無理筋よ~。諦めなさい、リュウキ」


「母さんだって、他所の女に父さんを取られて! それでいいと思ってるのかよ! こんなところで、一人、老いて!」


 リッカは、苦笑した。そして、眼鏡を外して拭き始める。見えた表情は、優しかった。


「それが政治に関わるということだわ。貴方も腹芸を少しは学びなさい~。家を受け継ぐにしてはあまりにも感情を表に出しすぎる」


「騙すことを上手になるのが大人になるということならば、僕はそんなのは嫌だ! 僕がカミト家を受け継ぐ。そうすれば、父さんと母さんも一緒にいられるだろう?」


 リッカは目を丸くした。息子の口から出てきた言葉を疑うように。


「私が、セツナと、一緒に……?」


 疑わしい表情で、リッカは区切りながら言葉を紡ぐ。

 リュウキは真剣な表情で頷いた。

 しばしの沈黙が漂った。

 リュウキは真剣な表情で、リッカは底の読めない間の抜けた表情で互いを見つめている。

 そのうち、笑って沈黙を破ったのはリッカだった。


「あはは。あっははは。ありえないわ。私が、貴方のお父さんと一緒に暮らすなんて。三日もつかしらね~」


「母さん! 僕は真剣に……!」


 リッカは机の上を乗り越えて、リュウキの前に立つと、人指し指でリュウキの唇を塞いだ。


「この話はここまで。平行線になるのは貴方の予知眼なら見えるでしょう~? それより、旅の話でも聞かせてよ。シホさんの子供と、ジン君とマリさんの子供と一緒。さぞ、楽しかったでしょうね」


「……母さんはっ」


「うん~?」


 その先に続く問いを、リュウキは飲み込んだ。相手をただ困らせることになるのが、視えていたからだ。傷つけることを、感じていたからだ。


「……なんでも、ない」


「よろしい。貴方も多少は腹芸ができるじゃないの。ユウリちゃんも誘って食事にしましょう」


 そう言って、リッカは歩いて行った。

 その背中に、リュウキは思わず心の中で訊ねる。


(母さんは、なんで僕を産んだの?)


 その問いは、リュウキ自身の心も深く傷つけた。自分が父親に否定される存在だと、改めて感じてしまったせいだ。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 アキは懐かしい実家の前に辿り着いていた。

 ユキがそれを見上げて、興奮した調子で母の手を取る。


「わあ、懐かしい。凄い久々に帰ってきたみたい」


「実際、結構長い家出だったわよ」


 マリが、からかうようにそう返す。

 ユキは、とたんに小さくなってしまった。


「ごめんなさい」


「いいのよ。私ができることは、貴方達に居場所を提供することだけだから。さあ、食事にしましょう」


 そう言って、マリは家の扉を開けた。

 三人で食卓を囲む。不自然なほどに、マリは旅の話を聞かなかった。まるで何事もなかったかのように、ユキと世間話に興じている。

 アキはそれを疑問を感じながら、スープを口にした。


(……懐かしい味付けだ)


 まるで、沼に足から徐々に沈んでいるかのようだと思う。

 自分の目標は揺るぎない。旅の中に自分の居場所がある。それは変わらない。

 けれども、久々の家を、居心地が良いと感じているアキもいた。


 食事が終わると、アキは立ち上がった。

 マリが厳しい表情になったのは、その時だ。


「アキ。もう剣は必要ないでしょう。置いていきなさい」


 アキは、怯えた。条件反射のようなものだ。心が、母親が怒れば恐ろしい存在だと覚えている。

 しかし、その感情を拭って、心の片隅に追いやった。


「……これは俺の飯の種だ。手放せない」


「就職先なら私がリッカさんに頼んで用意してあげるから」


 その一言で、アキの感情は爆発した。


「絶対に安全な、剣なんか関係ない仕事を、だろう? 俺の旅をどうして邪魔するんだ! 母さんだって冒険をして父さんと知り合ったんじゃないか!」


 叫び声が家の隅々にまで響く。ユキは怯えたように、肩を震わせる。


「母さん、シルバーハンターになったんだ。ラの国では百人前後しかいないシルバーハンターの一員に俺もなったんだ! どうして聞いてくれない! どうして、俺を認めてくれない!」


「……母さんが旅をしたのは、故郷を滅ぼされたからよ。故郷を滅ぼされて、死んでいった皆からこの緑翼の力をもらって、私はジンに救われた」


 静かな、静かな声だった。まるで、アキに冷静さを取り戻させようとするかのように。


「私こそ問いたい。私は居場所がなかったから旅に出た。だから、貴方達の居場所であろうと思い続けた。なのに、どうして貴方は旅に出ることに固執するの?」


 マリの視線が、アキを射抜く。

 それは、彼女が初めて見せた、責めるような表情だった。


「シルバーハンターの証がそんなに誇らしい? ラの国の現状は知っているでしょう? 貴方の敵は、いつ人になるかもわからない。上に行けば行くほど、人と当たる可能性が高くなるのよ」


「……負けるつもりはない。俺には、母さんがくれた力がある」


「そういう問題じゃないのは貴方もわかっているでしょう。それに、不安定な力だわ。それは呪いと思えば身を蝕む呪いに、祝いと思えば人々の救いとなる祝福に変わる。貴方が迷えば、その瞬間に祝福は呪いに代わり、貴方自身を食い殺すわ」


 左手が痛んでいたことを思い出す。

 そう。ずっと左手が痛かった。師に剣を向けた時に、特に傷んだ。あれは、祝福が呪いに転じる予兆だったのだろうか。それとも、無意識下の迷いを反映していたのだろうか。

 

「前線に立とうと思うのはやめなさい。貴方の力は、そんなことのために託されたものではないわ。平和に過ごすための力よ」


「なら、父さんはなんで消えた!」


 マリは、不味いものを飲み込んだような表情になった。


「きっと、世界を救うためだろう? 俺も、そんな人間になりたいと思って何が悪い! 国から必要とされるような人材。そうなりたいと思って何が悪い!」


 マリは、深々と溜息を吐いた。


「お父さんは本当悪影響しか貴方に与えないわね……」


 アキは、慌てた。自分のことで両親が諍いを起こしては敵わない。


「母さんだって、五剣聖だ! 世界を救うために戦ったからその呼び名がある!」


「違うわよ。アホのハクアが調子に乗って冒険記を本にまとめて、それが何かの手違いで売れちゃったから名前が上がっただけ。本当は影でひっそりと平和を享受する存在だったのよ、私達は」


「母さんは自分のやってきたことに誇りはないのか!」


 マリは、しばし責めるようにアキを睨んでいた。そのうち、その瞳に憂いが混じった。


「……人殺しよ」


 アキは、左手が強く痛むのを感じていた。


「貴方のお父さんは、確かに国に必要とされる存在だったかもしれない。けれども、私はただの人殺しの、調律者殺し。この手は、血で汚れている……」


 マリは、アキの剣を掴んで、鞘ごと抜き取ってしまった。


「貴方には、私と同じ道は歩ませない。平和に過ごすことを考えなさい。貴方の力は、こんなことに使うために授かったわけではないのだから」


 アキは、返事ができなかった。

 左手が、痛み続けている。

 山賊の頭目を、殺した。

 調律者を、斬った。

 自分とそう歳の変わらぬ外見の少女を、斬った。

 母から授かった、この力で。

 考えれば考えるほど、左手の痛みは増した。



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