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再会(1/5)

「なんで不死のハクアに貴方は追われているの?」


 ユウリが空中で、静かな表情で言う。こうしている間にも、彼女の周囲には炎の弾が増えつつある。

 尤もな疑問だろう。何故五剣聖の一人に追われているか、不思議に思うのは自然なことだ。

 アキはそれに答えるように、左手を前に掲げ、緑翼を展開させた。

 体魔術を全開まで使用すると現れる緑翼の光。それは母である五剣聖のマリから受け継いだものだ。


「本気ですか、アキ君」


 ハクアが目を細めて剣を構える。

 これから自分は師である人間を傷つけるのだ。

 そうと思った瞬間、今までとは比較にならない痛みがアキの左手を襲った。


「ぐっ……」


 思わず、左手を開閉させる。集中力が乱れ、緑翼の光は消えてしまった。それでも、剣は離さずに握り続ける。

 不思議な状態だった。気分が悪く、憂鬱な気持ちだった。まるで世界から晴天が消えてしまったような気持ちだった。

 ハクアは全てを見通すかのようにそれを眺め続けている。


「そうか……そういうことか」


 そうと呟いたのは、ユウリだった。

 彼女は周囲に浮かぶ炎を消し、地面に降り立つ。


「私、見てみたい」


「ユウリ……?」


「貴方のお母さんであるマリさんに会ってみたい」


「額に傷のある男、はいいのかよ」


「貴方だって、追われるよりも、認めてもらって旅立ったほうが気が楽でしょう? シルバーハンターに認められたのよ。お母様に知ってもらえば事情だって変わるわよ」


「変わらねえよ。あの強情ババアは……」


 アキは知っている。どれだけ母がアキに剣術や魔術に触れさせることを嫌ってきたかを。どれだけ自分の掌から逃すまいとしたかを。

 そんな母が、結果を提示しようと認めてくれるわけがない。


「ババア、という発言は聞き捨てならないなあ。私、貴方のお母さんと近い歳なんですけどね」


 ハクアが淡々とそう言って、剣を地面に杖のように突き立てた。

 その視線が、ユウリに向けられる。


「ユウリさんですね」


 ハクアの言葉に、アキは目を丸くした。

 目の前のハクアへの対処も忘れて、ユウリに目を向ける。


「ユウリ、お前、知り合い……」


 最後まで言うことはできなかった。ハクアに剣の柄で後頭部を強打されたのだ。意識が拡散して薄れていく。そしてアキの視界も、意識も、闇の中へと落ちていった。

 目が覚めると、微かな振動が体を揺らしていることに気がついた。薄暗い幌の中に光が差し込んでいる。

 対面には、剣を抱えて目を閉じているリュウキと、ユウリが座っている。隣には、ユキがいた。

 馬車の中のようだった。

 起き上がろうとして、違和感に気がつく。体がうまく動かない。見ると、アキは手錠と足枷をつけられていた。


「なんだ、これ……」


「当然の処置ですよ」


 馬車を操っているハクアが言う。


「体魔術を使って暴れられたら敵いません。その枷は、私には良くわからないのですが魔術のコントロールを著しく阻害するようにできているそうです。ジンさんのお手製ですよ」


「こうなることを見越してたってことかよ……」


 自分の夢をわかってくれている父まで妨害に回ったか。そう思うと、アキは悔しくて涙が出そうだった。


「マリさんに言われて仕方なく作ったんでしょうね。あの人はお嫁さんには頭が上がらない人でした。昔は、そうでもなかったんだけどなあ」


 そう言って、ハクアは弟子の混乱など気にせぬ様子で一人笑う。

 確かに、ハクアの言葉には真実味があった。


「お前ら、抵抗せずに捕まったのかよ」


 苛立ちを、アキはリュウキとユキに向ける。

 リュウキは、物憂げに目を開いた。


「そろそろ母親に連絡を取らねばと思っていたところだ。顔を見るのも悪くはない」


「……アキの夢もわかるけれど、お母さんときちんと話しをしたいよ。顔も見たいしね」


 そう言って、ユキは気まずげに目を逸らした。

 内心では、安堵しているのかもしれない。


(そりゃ、お前にとっては願ったり叶ったりの展開だろうな……くそっ)


 そう心の中で舌打ちして、アキはこの状況の打開を諦めた。

 周囲に味方はいない。頼りの綱の体魔術は封じられた。剣は離れた場所にある。

 これは詰みだ。

 頭を床に下ろし、リュウキに視線を向ける。ふと、気になったことがあったのだ。


「お前、オギノの町の出身って言ってたよな」


「ああ、そうだが?」


「オギノの町はフクノ領だ。お前の父親の統括するカミト領とは犬猿の仲。事情が見えんな」


 文のフクノ、武のカミトという言葉がある。かつてあった王国で、この二つの家は重鎮として扱われていた。しかし、統一王の侵攻の際にフクノは真っ先に裏切り、カミトは最後まで徹底抗戦を主張した。それ以来、二度主人を変えたが、この両家は犬猿の仲で知られている。

 五剣聖のリッカはフクノ家、セツナはカミト家の出身だが、この二人はやはりライバル関係にあったはずだ。

 リュウキの表情の変化に、アキは目を見開いた。

 リュウキは切なげな、寂しげな、拗ねた子供のような表情になったのだ。彼のそんな表情を見たのは初めてだった。


「……僕が知りたい」


 そう、小さく呟いたきり、リュウキは口をつぐんだ。


「ね、こうしていてもつまらないからさ。教えてよ、貴方達の町のこと」


 ユウリがそう言って、明るい口調で話題を提供する。

 ユキとハクアが楽しげにそれに応じる。

 アキは無言で、黙り込んだリュウキの表情を伺っていた。俯いた彼の表情からは、何も読み取れなかった。

 思えば、それほど付き合いも長くない。

 でも、何故だろう。アキは彼に興味を惹かれる自分を覚えていた。

 彼の拗ねた表情。それは、母親に夢を理解されずに鬱屈していた頃の自分を思い出された。


(……やっぱり、似てるのかもな。認めたくないけれど)


 心の中で、アキは溜息を吐いた。



+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



 旅を経て、アキ達一行はオギノの町に辿り着いた。拘束を解かれたのは、その時が初めてだ。


「良いのかよ、師匠。俺が逃げに徹したらあんたは捕まえられないぜ」


 アキは久々の剣を腰に帯びながら、恨みを込めて言う。


「私が捕まえられなくとも、マリさんが捕まえると思いますがね。それに、貴方のシルバーハンターの資格は四人パーティーで獲ったもの。一人では認められないのでは?」


 ハクアは、飄々としている。年長者の貫禄だ。

 喧騒に周囲は包まれている。この辺りの村や小さな町の中心となっているのがこのオギノの町だ。人の数は多い。


「なんだか懐かしいね」


 ユキが上機嫌に言う。


「そうだな……」


 アキは、不承不承にそう答える。


「で、ユウリはうちの母親と会いたいんだっけ」


「そ」


 ユウリは上機嫌に言って、馬車から飛び降りる。スカートの端が舞った。


「五剣聖、緑翼のマリ。母の友人だったと聞くわ」


「アカデミーで教えてたもんな。師匠と知り合いなわけだ……。なんか夜に二人でこそこそ話してたけど、何を話してたんだ?」


「秘密。全部を話す必要って、ないと思うのよね」


 ユウリは賑やかな町を眺めて、とぼけてしまっている。


「そう」


 アキは自分だけ仲間はずれにされているようで、面白くない。

 そもそも、リュウキもユウリもユキもこの町に来たいと思っていた。パーティーの中で、自分だけが違う方向を向いてしまっている。


「アキ!」


 人混みの中から飛んできた懐かしい声に、アキは肩を震わせた。

 やや高いトーンのハスキーな声。母の声だった。

 人混みをかき分けて、母がやってくる。

 その姿に、五剣聖の名は似つかわしくない。スカートをはき、腕まくりをした細身なその姿は、何処にでもいる主婦といった感じで、剣聖なんて肩書とは縁遠そうに見えた。

 そんな母が、アキは苦手だった。


 場に緊張が走る。マリは足音も高く、背筋を伸ばしてアキに近づいてくる。

 頬を張られるか、怒鳴られるか。どちらにしても面倒臭い展開だ。アキは、心の中でうんざりとした。

 ユキは緊張した表情を、ユウリはどこか寂しげな表情を、リュウキはいつも通りの表情をしていた。

 そして、マリは、アキの前で足を止めた。

 次の瞬間、温もりがアキを包んでいた。

 アキは、ユキと共にマリに抱きしめられていた。


「よく帰ったわ」


 左手が傷んだ。

 殴られるわけでも詰られるわけでもなく、ただ優しく受け止められた。その事実が、アキを惨めにし、同時に罪悪感を抱かせた。まるで、心の中に大きな鉛を落とされたかのようだ。


(しばらくは、大人しくしているか)


 そんな風に、アキは思う。


(どうせ、旅立ちは認めてもらえないだろうから)


 アキとマリの間には、底が見えない深い深い溝があるのだ。


「お母さん!」


 ユキが感極まったようにマリに抱きつく。


「大変だったわね。アキの面倒をよく見てくれたわ」


「うん。大変だった。外の世界は、本当に大変だった。怖いことも沢山あった」


 ユキは今にも泣き出さんばかりだ。


(余計なことを……)


 アキは心の中で舌打ちする。これでは、ますます旅に出るのを反対されるばかりだ。


「大丈夫よ。これからは、お母さんが一緒だから」


 そう言って、マリは二人から離れて、リュウキとユウリの顔を交互に見た。その視線が、リュウキに向けられる。


「リュウキ君。一緒だったのね」


「ええ。僕には僕の事情がありまして」


「……そっちも知り合いかよ」


 アキは呆れてしまう。そんなこと、今まで一度も聞いたことはなかった。


「リュウキ君はアカデミーの中で育ったからね。アキが知らないのも仕方がないわ」


 そして、マリの視線がユウリに向く。戸惑いの篭った視線だった。


「貴女は……シホさんの? それとも、ジンの故郷の親戚かしら。シホさんの面差しがある」


 ユウリは、少し緊張した面持ちで一つ頷く。


「母が、大変お世話になったと聞いています。母は、最後までマリさんに感謝していました」


 その言葉に、マリは目を見開いた。


「シホさんは……?」


「亡くなりました。昨年の暮に」


「そう……」


 マリは俯いて、黙り込んだ。しばし、考え込んでいるようだった。その顔が、上がる。


「貴女も、家に来ない?」


「いえ。私は母がお世話になったアカデミーを頼ろうと思います。家族の団らんを邪魔するのも野暮というものです。けれども、訊ねたいことがいくつかあって……後から、お伺いしてもよろしいでしょうか?」


 マリは微笑んだ。


「いつでも訊ねてきて。貴女の家と思ってくれても良いわ」


「ありがとうございます」


 ユウリはくすぐったげに微笑んで、頭を下げる。そして、リュウキの横に並んだ。


「リュウキ君、アカデミーに行くんでしょ? 案内してよ」


「ああ。構わん」


 そう言って、二人は歩き始めた。


「じゃあ、私もお役御免ということで」


 ハクアが、穏やかに微笑んで一礼する。


「ありがとう、ハクア。貴女のおかげで、子供達が家に戻った」


「剣を教えてしまった手前、自業自得とはいえど大変でした。さて、アカデミーに私の居場所は残っているかなあ」


 そう、嫌味のようにぼやいてハクアは去って行ってしまった。

 マリの手が、アキとユキの肩に置かれる。


「さあ、帰りましょう。貴女達の居場所へ」


 ユキが、涙を拭きながら頷く。


(違う!)


 アキは、心の中で叫んでいた。


(俺の居場所は、旅の中にある。どうして母さんは、それをわかってくれないんだ……)


 それはずっと、アキの抱えている苛立ちだ。

 憂鬱に心を奪われたせいだろうか。左手の痛みが、僅かに和らいだ気がした。

 三人で、家路へとつく。まるで、子供の頃のようだった。


「ユウリの母さんと知り合いだったのかよ」


 アキの問いに、マリは振り返りもせずに答えた。


「……戦ったこともあるし、共闘したこともある。貴方のお父さんの初恋の人でもあるわね」


「……最後のは、知りたくなかった情報だな」


 アキはうんざりとした。どこまでも自分と父は似ているらしい。惚れる相手までも。


「可哀想な人だったわ」


 呟くように、マリは言う。


「魔力の高さに目をつけられて、まだ若い頃に拐われ、人間兵器として育てられた」


「……ユウリを見てたら、そんな風に感じないけどな」


「優しい人でもあったのよ。その分、娘を大事に育てたんでしょうね」


「……なるほど、ね」


 ユウリを見ていても、影は感じない。芯の通った若い女性のように思える。それは、彼女の母が愛情を注いだ結果なのだろう。


「三人分の食事、用意してあるの」


 マリはそう言って、振り向いた。穏やかな表情だった。

 どうして叱責されないのだろう。アキは困惑するばかりだ。


「残したら許さないわよ」


 そう、彼女は悪戯っぽく微笑む。


「はあい」


 ユキが上機嫌に答える。

 まるで、旅に出る前の、平和だった時代に戻ったようだとアキは思う。

 その中に居心地の良さを感じて、アキはそんな自分自身に戸惑った。


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