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冒険者デビューは華々しくありたい(2/3)

「このラの国の特色は知っているか?」


 アキは、ユキに訊ねる。


「宗教で分裂してる国だねえ」


 ユキは、淡々と答える。

 昼下がり、二人は路地裏で小さなパンの切れ端を二人で分け合っていた。


「そう、同じ神を信仰していても偶像崇拝を認め多数に布教するカナリ派と、偶像崇拝を否定し少数の修行僧のみで構成されているナユタ派がいる。国の実権を握っているのはナユタ派だな」


「神様の名前はなんだっけ。宗教に関して寛容なソの国とは大違いだね。うちの国が信仰するのは、いつか死んだ人間の中から神様が生まれるという天和教。後は過激派の自由教が一応いると言えばいるかあ」


「なんだったかなあ……イズミなんとかじゃなかったっけ」


「曖昧だなあ」


「まあ、宗教対立から村人が暴徒化してそのまま山賊になったっていうのが今回の真相らしい」


「へえ。何処で仕入れたの、その情報」


「冒険者ギルド」


「へえ」


 興味なさげにユキはパンを食べ続ける。


「五剣聖はこの国でも大人気だな。人間離れした化物の集団扱いだ。特に、緑翼のマリは人間じゃないってもっぱらの噂だ。天眼のジンは剣士達の憧れだと。全盛期はとうに過ぎたろうにな」


 それになり変わるのは自分だ、という思いがアキにはある。

 ユキは、ある程度食べたところで手を止めた。三分の一しか食べていない。


「もっと食べていいぞ」


「私は胃が小さいんだもの。アキが食べなよ」


「……背丈はトントンだけどな」


 鳴る腹には勝てない。アキは素直に、パンの残りを貰うことにした。


「アキは昔から、喧嘩っぱやい割には友達多いよねえ」


 ユキが苦笑顔で言う。


「そうか?」


「そうだよ。お父さんもお酒を飲む男友達が多かったって言うから、お父さんに似たんだねえ」


「似てるのは外見だけで十分だ」


 アキは苦い顔になる。アキは、アキだ。父ではない。あまりに似ていると、嫌になる。


「私もお母さんに似ているけれどね。昔からよくからかわれた」


「そうだなあ」


 ユキは高身長で、整った顔立ちをしている。中性的な外見で、男装すれば華奢な容姿の男にも見えるだろう。そんなところも、母そっくりだった。


「さて、そろそろ行くか」


 そう言って、アキは立ち上がる。


「本当にやるんだ……」


 ユキは座ったまま、溜息を吐いた。


「飯、食いたいだろ?」


「食べたいけどね」


「暖かい布団で寝たいだろう?」


「寝たいけどね」


「風呂、入りたいだろう」


「流石にねえ」


「なら、やるしかないよな」


「帰ればいいんだよ」


 ユキは深々と溜息を吐いたが、立ち上がった。どうやら、ついて来てくれるようだった。

 二人は、冒険者ギルドに訪れる。そして、受付嬢の前に立った。


「決行は今夜。集合場所は町の出口です。夜になれば門が閉じますが、しばらくその場でお待ち下さい」


「了解です」


 いよいよ本番がやって来る。冒険者としての第一歩を踏み出す時が。

 アキの心臓は、期待と緊張に高鳴っていた。

 日が暮れるのを待って町の外に出ると、その場には十人程の冒険者が準備をしていた。鎧を着ている者、鎖帷子を着ている者、様々だ。


「おいおい、こんなガキンチョが一緒かよ」


 冒険者の一人が、呆れたように言う。


「俺は成人だ。それとも、腕を試してみるか?」


「やめなよ、アキ。すいません、喧嘩っ早いツレで」


「そっちもガキか」


 言われてみると、もう一人、アキよりも年下とわかる少年がいた。

 彼は静かな表情で、ただ前だけを見ている。アキと同じく、剣しか身につけていない。大きな瞳をして、女性のようにまつ毛が長い、美形の少年だった。

 アキ達に絡んでいた男性は、その少年の素っ気ない態度を見て調子が狂ったのか、それきり黙り込んだ。

 月が昇る頃に、鎧に身を包んだ百人程の兵がやって来た。


「たったの十人か」


 兵の統率者はそう言って、気が抜けたような落胆した表情になった。


「たったの一人でも一騎当千の腕前があります。働きに注目してやってください」


「いやいや、俺こそがこの中で一番の腕利きです」


「馬鹿を言え。俺がこの中では一番だ。天衣流を学んでいるからな」


 冒険者達が口々に自分の実力をアピールする。

 その中で、あの少年が、形の良い口を小さく開いた。


「この中の誰にも、僕は劣っているつもりはない」


 澄んだ声に驚いたように、場に静寂が訪れる。


「それは、誰だろうと一緒のつもりだ。例え王に認められた兵であろうと、僕は劣っているつもりはない」


「ほう……」


 統率者が、興味深げな表情になる。この独特の雰囲気を持った少年に、興味を惹かれたようだ。

 アキは、慌てた。このままでは注目がこの少年に集まってしまう。


「俺だって、この中の誰よりも強いはずだ」


「希望的観測だな」


 少年が、一笑に付す。


「キボウテキカンソク? じゃあお前のはキボウテキカンソクじゃないって言うのかよ」


「ああ、そうだ。僕には発言を裏打ちする実力がある」


「そうか、じゃあ、この場で決着をつけるか?」


 アキはそう言って、腰の剣の柄に手を伸ばす。

 少年は、それを見越していたように勢い良く細身の剣を鞘から引き抜いた。


「もう、アキ!」


 ユキが、二人の間に入る。そして、深々と頭を下げた。


「ごめんなさい、喧嘩っ早い奴で。けど、私達の目的は山賊の討伐のはずです。この場で争うことじゃない」


「そうだな」


 場の成り行きを半ば呆気に取られながら見守っていた統率者が口を開く。


「この場で同士討ちなんてされたら困る。ただでさえ少ない戦力だ」


 しばし、沈黙が漂った。

 アキと少年は黙って睨み合っていたが、そのうち少年のほうが剣を鞘に収めてそっぽを向いた。アキも、剣の柄から手を離した。


「それでは出発しよう。敵の本拠地は既に調べてある。それを、夜襲する。各々、静かな行軍を心がけ、心の準備をしておくように」


 各々、頷き合う。

 しばし、鎧の擦れ合う音だけが周囲に響いた。

 山が見えてきた。

 統率者が、振り返って頷く。それだけで、この山が目的地なのだと察し取れた。

 それまで先頭を歩いていた統率者が後ろに下がり、冒険者が先頭に立ち、夜の闇の中を歩いて行く。

 坂道は緩やかで、それでも時々足を滑らせかける者がいた。


 その時、何かが風を切る音がした。それに反応して、アキは抜剣していた。

 アキに断たれて真っ二つになった矢が地面に落ちる。

 それを皮切りに、戦闘が始まった。

 アキは剣の柄を握る手が汗で濡れているのを感じていた。神経が研ぎ澄まされて、空気すら痛く感じそうだ。

 アキは片手でユキを抱き上げた。


「きゃっ」


 ユキが小さく声を上げる。それを無視して、アキは坂道を登り始めた。常人にはとてもできないだろう速度で。


「体魔術……!」


 感嘆の声が上がる。そう、アキが使っているのは、体魔術だ。魔力を身体能力の向上に当てる高難易度の魔術。その熟練者は、常人を遥かに凌駕する身体能力を可能とする。それを、アキは生まれながらの感覚で扱うことができる。

 敵の群れがアキの前に陣取る。それを、アキは高々と飛び越えて回避していた。

 その背後で、味方と敵が切り結ぶ音が響き始める。


「戦うんじゃないの?」


 ユキが、戸惑うように言う。


「狙うなら賞金首一直線だ」


 アキは、声が弾んでいるのを感じた。

 戦闘の中の緊張感を、アキは心地良いと感じ始めていた。

 この空気の中で、父も母も戦ったのだ。この空気の中で、名を上げたのだ。そう思うと、恐れすらも祝福のように感じられる。


 そのうち、山奥に簡易的な木造の小屋がいくつも建っている場所に辿り着いた。

 ユキを下ろし、その一軒一軒を調べていく。中はいずれも空だ。

 そのうちある一軒の中に入り、アキは絶句した。


「お前は入るな!」


 ユキを、思わず静止する。


「どうしたの?」


「見なくていい」


 ユキは構わずに、小屋の中に入ってきた。

 その中には、何人もの女性がいた。鎖に繋がれ、汚れた薄い衣服を身につけていた。鎖がきついのか、逃げようともがいたのか、縛られた場所から血が流れている。

 ユキは迷わず、彼女達に駆け寄っていた。

 白い光が部屋の中に灯る。体を癒やす術、神術の光だ。ユキが涙を目に浮かべて、女性達に掌から癒やしの光を放っていた。


 アキは、怒りが込み上がってくるのを感じていた。


「何者だ!」


 鋭い声に、アキは振り返る。

 そこには、髭面の中年男性がいた。


「なんでガキがこんな場所にいる? 見回りの連中はどうした?」


「お前が、ここの頭か」


 アキはゆっくりと、剣を両手に握りしめる。今ならば、なんだって破壊できそうだった。そうでなければ、捕らえられた女性達の悲しみは晴れないだろう。


「ふん、俺とやる気か。そうか、お前、冒険者だな? ここをもう嗅ぎつけられたか……だが、いいだろう。お前を殺して、俺は逃げさせてもらう」


 そう言って、敵の頭は剣を鞘から抜いた。


「勝てないぞ、お前は」


 アキは、淡々と呟いていた。その内心には、今にも吹き出しそうな怒りが溜まっている。


「ふん、お前のような細腕が俺に勝てると思うなよ」


「そうかな」


 その時、光が放たれた。アキの左腕からの光だ。光の翼が生えていた。緑色の輝きが、夜の闇を切り裂く。

 それを見て、敵の形相が変わった。


「それは、緑翼なのか……? 五剣聖のマリしか纏えぬというその光を、何故、お前が?」


 アキの後ろに五剣聖の影を見たかのように、敵は怯え慄いている。


「お前に説明する義理はない!」


 アキは、地面を蹴った。一瞬で敵と味方の距離が無に帰す。敵が慌てて防御のために持ち上げた手は、アキの剣に断たれて宙を舞った。

 速度が違いすぎる。体魔術を駆使したアキの速度は、敵の動作を圧倒的に置き去りにする。

 そしてアキは、敵の顔面を掴んでいた。


「一回死んどけ!」


 アキの掌から、爆発が起こった。体魔術を炎の魔術として変換した爆破攻撃。射程は短いが、威力は高く、また敵の魔術を相殺することもできる。

 顔の表面が盛大に吹っ飛んで、暴虐を尽くした山賊の頭はその場に倒れた。


 遅れて、味方達がやってくる。その腰に、首をぶら下げて。


(終わったか……)


 アキは、溜息混じりに思う。

 そして、ついムキになってしまったかな、とも思うのだ。

 アキが本気になった時に現れる、緑翼の光。それは、母から受け継いだものだ。五剣聖と呼ばれた、母から受け継いだものだ。

 アキも、ユキも、五剣聖の子供なのだ。

 その前途にあるのは、両親と同じ栄光か、はたまた志半ばの死か、それはアキにもわからない。



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