復讐の町(5/6)
ユウリは結界を破るべく町の中央に辿り着いていた。地面を触り、その下に埋もれているだろう結界の魔術式に触れようとする。
その時のことだった。
「気づいているわよ」
ユウリの声が、闇夜の中に響き渡る。
路地裏から、一度対戦したことがある少女の姿が現れた。
「勝敗は既に決している。同じことをやるの?」
「大事な、人がいるの」
少女は、呟くように言った。
その手が、前にかざされる。炎が一個、彼女の周囲に浮かび上がる。
「凄く悩んだ。怖いなって思った。けど、気がついたんだ。彼らの傍にいるには、同じ道を進むしかないって。私が、彼らを守るしかないって。そしたら、町から一刻も早く出たいと思ってたはずなのに、ここに来ていた」
炎は三個、六個と増えていく。
ユウリは、大胆な手に打って出た。
魔術を展開している魔術師の元へと、歩み始めたのだ。
炎の弾が飛んでくる。それを、魔力によって作った暴風の壁で打ち払っていく。
そして、少女の傍に立って、その頬に触れた。
少女は、決意の篭った瞳でこちらを見ている。
「やめなさい。震えているわ」
少女の体は、震えていた。
彼女には戦闘も旅も似合わない。町で平和に暮らしているほうがよほど似合っているだろう。
「けれども、私は失いたくない。自分が死ぬのは怖いけど、アキを失うほうが怖い」
炎が、爆ぜた。
魔力の流れを少女の体内から察知し、ユウリは手を引っ込める。二人の間に、炎の壁が生み出された。
ユウリは炎の熱さを嫌って空を飛んで退避する。
「知り合いの知り合いか……やり辛いわね」
炎の壁を振り払い、少女が決意の篭った目をして歩み始めた。
「けれども、お互い仕事よ。骨折ぐらいは覚悟してもらう!」
ユウリは、風の壁を鞭のようにしならせて少女に向かって放った。
炎の壁が、風の壁を受け止めて歪む。
ここで、生まれ持っての魔力量の差が表に出る。
風の壁を活かしつつ、風の弾をいくつも生み出し始める。それを四方八方へと飛ばし、少女を狙って飛ばし始めた。
対応しようとしたのだろう。炎の壁が弱まる。
自由になった風の壁が強かに彼女の腹部を打ち、近隣の家の壁へと吹き飛ばした。
「……悪いけれど、集中力が練れなくて戦力減。もう勝ち目はないでしょう」
淡々と、ユウリは勝利宣言を告げる。
そして、結界へと振り向いた時のことだった。
白い光が、闇夜の中に輝いた。
唖然としてもう一度振り向くと、そこには、腹部に手を当てている少女の姿があった。その手からは、光が放たれている。
神術特有の治癒の光だ。
「神術使いと魔術使いのハイブリッドか……」
ユウリは手をかざして、風の刃を生み出す。
少女も、手をかざす。炎の柱が地面から上空へと吐き出されて風の刃をかき消した。
少女は立ち上がり、再び前へと進み始める。
「わかってるの? 怪我をすればそれですんだのに、失神するか死ぬしかなくなったのよ、貴女」
少女は、答えない。
目の端に涙が浮かんでいるが、それでも瞳に宿る決意の色は揺るぐことがない。
やけになっているようにも見えた。
それに、ユウリは少したじろいだが、すぐに冷静さを取り戻した。
「……なら、徹底的にやらせてもらうわ。私の魔力。風と炎だけだと思わないことね」
それでも、彼女を殺すことはできないだろうとユウリは思う。アキと接触したのは失敗だったかもしれない。ユウリは今となってはどうしようもできないその事実を、冷静に心の隅へと追いやった。
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爪が暴風のように荒れ狂い、赤い目が光を放ちながら揺れる。
アキも負けずと剣を振り回す。
腕力的には徐々に押されているのはアキだが、打撃を与えているのもアキだ。
アキは爪をかいくぐり、体当たりを敵に仕掛けた。
よろけた敵の側面から、それを事前に予知していたリュウキが剣による一撃を加える。
しかし、腕を切断しただろうその一撃はすんでのところで回避された。
結界の存在により、戦いは持久戦へと持ち込まれた。
先に集中力が切れたほうが負け。そして、長時間の戦闘ならば、訓練を積んだ二人に軍配が上がる。
敵の攻撃が、不意に止んだ。そして、後方へ飛んで首をひねる。
「なんで邪魔をするのかなあ。正義は私にあると思うんだけどなあ」
「正義だけでは動かないのが人間だ。だから、お前もそうなった」
敵は、愉快そうに光り輝く目を細める。
「そうね、本当にそうだわ」
再び、敵が飛びかかる。しかし、それは完全に集中力を欠いた動きだった。ただの、力押しの動きだった。
アキの前に立つリュウキの剣が一閃する。それは、敵の右腕を完全に断っていた。右腕の切断面から血が溢れ出た。
「あああああああああ!」
敵の叫び声が闇夜に響き渡る。
とどめを刺すには良い頃合いだ。アキは、体魔術を使って敵に飛び掛かった。
絶叫が止まらない。それを止めようとアキは剣を振るった。
木の板にヒビの入るような音がした。
血が地面から湧き出てきて、アキの剣を受け止めていた。
絶叫が、雄叫びへと転じる。
ヒビの入るような音が、徐々に周囲に広がり始める。
「久々に出さなくちゃいけないようね……全力を!」
完全に、何かが割れる音がした。
その次の瞬間、町は炎の壁に包まれていた。
夕焼けのように真っ赤な色が町を包む。あちこちの家々から人々が出てきて、騒ぎ出す。
「結界を……力づくで破ったか」
アキは歯噛みする。
少女は落ちていた腕を切断面にくっつけた。すると、切ったことが嘘だったかのようにそれはくっついた。
「来るぞ!」
リュウキが叫ぶ。
アキは引くのではなく、前へと出た。敵が攻撃に移る前に叩くほうが被害は少ない。
体が軽かった。体魔術がアキの全身を前へと加速させる。
そして剣を振った瞬間、敵は霧へと変化して消えた。
アキは後方に飛んで、リュウキと背中合わせになって剣を構える。
「出現位置の予知頼んだ」
「ああ、炎の魔術の対処は任せた」
そして、リュウキは言葉を続けた。
「斜め左」
囁くような声だった。すると、本当にアキの斜め左前に敵が現れた。
既にアキは、そこに向かって剣を振っている。
しかし、次の瞬間には相手は霧化して再び消えていた。
「ちぃ!」
「わかってはいたが、厄介だな」
「対抗はできる。まだ負けてない!」
「そう」
少女の姿は、上空にあった。
その周囲に、炎の弾が群れとなって現れる。
それを目撃した一般人の悲鳴と逃げ出す足音が、周囲に響き渡る。
「ならこれはどうかしらねえ!」
炎の弾が滝となってアキとリュウキに向かって降り注ぎ始めた。
アキは爆破の魔術を広範囲に展開してそれを受け止める。
「炎弾で足を止めてからの霧化による不意打ち! 私の必勝パターンよ!」
「ああ、そうかよ……!」
「それは既に実証されている! 貴方は私の不意打ちに対応できない!」
「五秒後だ」
リュウキが、呟くように言った
「四」
アキが答えるように言う。
「三」
リュウキが続ける。
「二」
アキも続ける。
「一」
二人は、同時に叫んだ。
爆破の壁が消える。同時に敵は、霧へと変化しようとしているところだった。
「飛べえええええええ!」
リュウキの叫び声に押されるように、アキは飛んだ。
一瞬で彼我の距離が消える。しかし、敵は既に完全に霧化する寸前だ。
敵の顔に微笑みが浮かび、そして次の瞬間には消えていった。
「逃がすかあ!」
アキの左手に、緑翼の光が輝く。それは、アキが全魔力を開放した証なのだ。アキは手を前に突き出し、爆破の魔術を放った。
次の瞬間、実体化した敵が煙を上げながら後方へと吹き飛んでいった。
アキとリュウキはその後を追っていく。
地面に落ちた敵は悲惨な姿だった。左足は変な方向に捻じれ、右腕は肘から先が完全に吹き飛んでいる。
既に、町を囲んでいた炎の壁も消え去っていた。
「痛い……痛い……なん……で……」
「霧化を過信しすぎたな」
アキは、そう言って剣を構える。
「霧になったとはいえ、魔術で形状を変えているだけだ。魔力を使った攻撃で干渉しようと念じれば干渉ができる」
「けれども、どうして霧となるタイミングを……勘が良いとは思ってはいたけど……っくぅ」
「お前は確かに強いよ。五剣聖クラスの化物だ。しかし、相手が悪かった。予知眼と爆破魔術。お前の天敵だ。これも、運命だ」
そう言って、アキは剣を振り上げた。
「これが、運命? こんなところで、最後の仇も討てずに死ぬのが運命ですって?」
「そうだ。運命に突き放された奴は、志半ばで死ぬ。俺達逸脱した人間が選んだ道だ」
アキは、自分に言い聞かせるようにそう言っていた。
ユウリとユキが、息を切らせて駆けつけてきていた。
それを見て、敵は目を瞑り、諦めたように溜息を吐いた。
「ユウリ。貴女の探し人。額に傷を持つ中年男性とは、北のロッコクの町で出会ったわ。もういつの話か忘れてしまったけれどね」
「……ありがとう」
ユウリは、ゆっくりと頷く。
その時のことだった。
家の扉が開いた。そして、孫に手を引かれた老人が顔を出した。アキの依頼主だ。
その表情が、敵の姿を見て硬直した。
「リル」
老人が呟いた言葉によって、敵は目を丸くした。
「ああ……その呼び方」
その目が、徐々に細められる。
「そうか。貴方だったのね。私の遊び相手になってくれて、火刑にも最後まで反対してくれていた貴方。そうだった。だから私は貴方を見逃したんだった……まったく、耄碌はしたくない……」
目が、閉じられた。
「いいわ。殺しなさい」
アキは迷わず、剣を振り下ろした。
こうして、サラの悪夢を巡る戦いは一応の幕を下ろしたのだった。




