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復讐の町(4/6)

 一夜が明けた。ユキは、リュウキにつきっきりで神術を施している。

 全快には遠いが、生命の危機は脱したようだった。

 意外だったのは、リュウキ自身も僅かながら神術を使えるということだ。それが、彼自身の命を繋いだ。


 問題は山ほどある。期限は今日の夜。それまでに全てを解決しないといけない。

 アキは、リュウキの部屋を訪れた。

 椅子に座っているユキが、泣きそうな表情でアキを見つめた。


「帰ろう、アキ。もう、無理だよ。私達の処理できる限界を超えた」


「そうでもない」


 アキはユキから視線を逸らして淡々と言う。


「今回の敵、霧化した時は炎の魔術を使わなかった。無敵時間と炎の魔術は両立できないって仕組みらしい」


「お前も気づいたか」


 ベッドに横になっていたリュウキが体を起こす。


「お前の不意打ちも通じた。俺達の剣は、奴に届く」


「そうだな。痛みで魔術のコントロールが曖昧になるのも人間と同様らしい。傷を受けると素直に退いた」


「まだやる気なの?」


 信じられない、とばかりにユキが叫んだ。


「体に穴を開けられて、命からがらの思いをして。それでもまだ立ち上がるの?」


「それが俺達の選んだ道だ」


 できるだけ感情を殺して、アキは言う。


「お母さんとの暮らしは楽しくなかった? もう一度帰りたいとは思わない?」


「呪いなんだよ、ユキ」


 アキは、渋い顔になる。


「俺も、リュウキも、力を持って生まれてきた。それは祝福でもあり、呪いでもある。この力、使わずに埋もれることはしたくない。ただそれだけを思って幼少期から生きてきた」


 ユキが、蒼白な表情で絶句する。


「お前は帰れ、ユキ」


 淡々と、アキは言った。


「お前の生死がわからなくなった時、正直、生きた心地がしなかった。母さんにも、合わす顔がなくなる」


「私だって同じ気持ちなんだよ? わかってる?」


 ユキの叫び声が、部屋に響き渡った。

 アキは無言で、部屋の出口へと向かった。


「お前は、帰れ」


 そう言って、部屋の扉をしめた。

 魔術師がいなくなるのは辛い。早急に新しい仲間を補充しなくてはならないだろう。だが、今では魔術師は大半がアカデミーで学んで専門の職に就くか、魔術師の里に篭って過ごしている。ユキのように魔術の知識があってフリーな人間はレアだ。

 もっとも、自分にこれから先があるかはわからないのだが。

 ひとつ溜息を吐いて、依頼主の家へと向かった。

 家の前では、依頼主の孫娘が地面に絵を描いて遊んでいる最中だった。


「よう。元気か」


「ああ、ギルドのお兄ちゃん」


 依頼主の孫娘は、太陽のような微笑みを見せた。


「爺ちゃんはどうしてる?」


「部屋に篭ってるよ。なんだか心配事があるみたい」


「そうか。まあ、その悩みも今日までだ。なんでも解決するのがギルドメンバーの役目だからな」


「そっかあ。お兄ちゃん凄いんだね」


 そう、今日で彼の悩みも終わる。アキ達の勝利か、彼自身の死によって。

 その時のことだった。


「こんにちは」


 アキは、声をかけられて振り向いた。

 なんて綺麗な少女だろう、と思った。黒衣を着た、長い黒髪の少女だ。

 ユキに聞いていた敵の協力者の人相と一致しなければ、口説いていたかもしれない。


「日中からの襲撃かい」


 アキは苦い顔で、剣の柄に手をかける。


「ああ、今は戦闘はなしでいきましょう。そのつもりで私もここまで接近した。この意味、わかるでしょう?」


 魔術師は接近戦における戦闘能力が皆無に等しい。剣士と戦うならば、遠距離から攻撃するしか勝ち目はない。

 彼女が普通の声で喋っても届く位置まで接近した理由。それは、戦意がないという印だ。


「俺がここで相手の戦力を削ごうと考えるとは思わなかったのか?」


「そんな酷い人には見えなかったな。直感なんだけどね」


「あんたも、人殺しに加担するような人間には見えないな。直感だけどな」


 妙な気持ちだった。まるで、故郷に帰ったような心地よさがある。敵でさえなければ、この少女とは打てば響く関係になれるだろう。そんな予感が、アキの中にある。


「ちょっとお茶でも飲みたいんだ。付き合ってくれる?」


「美人のお誘いだ。嬉しいね。けど、この家から離れることはしない。話があるならそこの木陰で頼む」


「……注意深い人は自分も同じぐらい嘘をつくって言うよ?」


 少女は、からかうように言う。


「どうだろうな。自分では正直者のつもりだが」


「まあ、木陰に行こうか」


「ああ」


 二人して、木陰に移動する。そして、アキは少女が語り始めるのをしばしまった。

 少女は、程なく語り始めた。その行動の迅速さが、彼女の度胸と聡明さを暗に物語っている気がした。


「この一件から、手を引いてほしいの。私のクライアントは、余計な犠牲者は出したくないと考えている」


「平行線だな。俺達が手を引いたらお前は俺の依頼主を殺す。それを放置はできない」


「貴方のクライアントが残虐な強盗殺人犯だったと知っても、同じことが言えるかしら」


 少女は、淡々とした、低いトーンの声でそう言った。

 アキは、しばし考え込んだ。

 サラの悪夢には裏がある。それは、アキも薄々感じていたことだ。


「話してみろよ」


 アキは家の壁に背を預けて、彼女の話を促した。

 少女は、ひとつ頷いた。


「サラの村には、富豪がいたわ。富豪は村の人々に嫉妬されていた。二人の娘は人の目を隠れて、夜の闇の中でこっそり遊んだわ。それすらも、気味が悪いとして非難されたらしいけれど」


「村社会にはよくあることじゃないかね」


「どうでしょうね。ある日、誰かが気づいた。富豪を殺して財産を山分けにしてしまえばどうだろうと」


 アキは、そこで全ての線が一本に繋がるのを感じていた。


「邪教崇拝者にしたてあげたのか」


「そういうこと。話が早いわね」


 少女は、感心したようにひとつ頷いた。


「けれども、村の人々は何処かに罪悪感があった。だって、皆知ってるんだもの。いくら気味が悪くても、彼らは邪教崇拝者ではないと。けれども、動き始めた計画は止まらない。あれよあれよといううちに火刑の日はやってきた。そして、実際に火刑が始まった」


「願ったのか」


「本当に話が早いわね。そう。村の人々は願ったのよ。彼らは本当に邪教の信徒なのだと。作り上げられた噂話に出てくるような、邪教の技を使いこなす化物になろうとしているのだと。化物そのものだと。その願いはひとつの魔力の塊となって一人の少女に注がれた」


「一家分の魔力を集めただけにしては彼女の能力は高すぎる。村一個分の魔力を吸収したとでも考えたほうが仕組みとしてはわかりやすかった。納得がいったよ」


「つまるところ、彼女は冤罪のために殺されかけ、化物にされ、家族をも失った」


 少女は、アキの顔を伺うように眺めた。

 本当に綺麗な顔立ちだな、と、アキはぼんやりと思う。

 彼女の目的は見えた。余計なことを考える余地は十分にある。


「不憫だとは思わないかしら」


「それが、君が彼女に協力する理由か」


「いえ、それ以外にも理由はあるわ。彼女は、ある人物を目撃している。その目撃した地点を教えてもらうことが、私の交換条件。けれども、貴方には何がある?」


 少女の表情に、初めて軽蔑の色が混じった。


「目的は目先のお金? それとも名声? 復讐を止める権利は貴方にはないわ。この一件から手を引くべきよ」


 容赦のない糾弾の声に、アキはしばし空を仰いで考え込んだ。そして、依頼者の孫娘に視線を向けた。


「俺の依頼主には孫娘がいる」


「ええ、そうね」


「祖父にも酷く懐いているようだ」


「ええ……そうね」


「祖父に罪があろうとも、孫娘には罪はない。俺は、そう思う」


「そういうこと、か」


「話が早いな」


「そうね。貴方とは相性がいいみたい」


 アキは、少しだけ心音が高くなるのを感じた。


「きっと、最初に会ったのがどちらかっていう違いしかないのね。私と貴方の差は」


「そうなんだろうな。もしも、赤目と出会ったのが先立ったら、俺は赤目の味方をしていたかもしれない」


「その些細な差のために、死ぬ気?」


 少女は、ただ前を見ている。

 その言葉は、まるで悪魔の手のようにアキの背筋をゆっくりとなぞった。


「死なねえよ。結果を御覧じろってとこだ」


「そう。止めはしないけれど。貴方は発言に結果が伴うタイプかしらね?」


「結果を追いつかせる。そうしないと、俺の目標には届かない」


「強気ね」


 少女は、少し呆れたように微笑んだ。


「最後まで、そうであることを祈るわ。どうしてでしょうね。貴方には、幻滅したくない」


「事件が終わったらデートでもするか」


「これから命をかけて戦おうって相手をナンパするの?」


 少女は、滑稽そうに笑う。


「悪くはないだろ」


「考えておくわ。精々頑張って生き残ってね。勝つのは無理でしょうけれど」


 そう言うと、少女は空を浮かび上がった。


「君の名は?」


 少女は、一瞬意表を突かれたような表情になったが、微笑んだ。


「ユウリ。君は?」


「アキ」


「そう、アキ。また会いましょう」


 そう言うと、少女は空を飛んでいった。


「五剣聖並の魔力量。空を飛び、結界を破る知識量。厄介な敵だことで」


 思わず、ぼやくようにそう言っていたアキだった。

 平和な一時だった。夜に待っている一戦が、嘘のように。

 アキは、地面に落書きをしている依頼者の孫娘をぼんやりと眺めていた。自分の守るべきものを、見失わないように。



++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



「結界は張るわ。けど、もうアキにはついていけない」


 夕刻、リュウキの治療を終えたユキは、そう宣言した。


「これが最後よ。帰ろう、アキ。無駄死にするぐらいなら、平穏な生活の中で幸せを育むことのほうがとても有意義だよ」


 リュウキの部屋だった。リュウキはまだ、ベッドで横になっている。


「ユキさん、俺達は……」


「リュウキ、いい」


 アキはそう言って、ユキの頭を撫でた。


「お前は、帰れ。お前が死ぬのは俺も望むところではない」


「そう……」


 ユキは、絶望したような表情で地面に目を向けた。


「私の声、結局最後まで届かなかった」


 そう呟くように言うと、ユキは部屋を後にした。


「いいのか?」


 リュウキは、不安げな表情で言う。


「俺達のこれからの旅は、目的のために何かを切り捨てなければいけない旅だ。それに俺も、ユキが故郷で暮らしていたほうが安心できる」


「まあ、そうだろうな。戦力ダウンは否めんが、彼女には平和が似合う」


「ああ。体調はどうだ?」


「多少痛むが、動く分には支障はない。今日の夜には間に合う」


「炎は俺が防ぐ。霧化にはお前が当たってくれ」


「それだけでは同じことの繰り返しだがな。策はあるのだろう?」


「どうしてそう思う」


 アキは、興味本位にそう訊ねてみることにした。


「なあに。策もなしにぶつかる気なら呆れてやろうと思っただけだ」


「お前こそ、策はあるのか? 俺におんぶに抱っこなら呆れてやるが」


「策はある。多分、お前と同じ策だ」


「そうだろうな。俺達の能力を組み合わせて霧化に対応するなら一つしか策は見えてこない」


「魔術には魔術をぶつけるのが相場だろうしな」


「後は、俺達の連携次第か」


「……今回に限り、個人的な敵対心は忘れてやろう」


 気が合うな、と言いかけて、アキはやめた。リュウキと馴れ合う気はないのだ。


「そうだな」


 そして、今日も夜空に月が昇った。

 アキとリュウキの姿は、依頼人の家の前にある。結界は張られている。しかし、それが破られるまでそう時間はかからないだろう。

 そして、少女は再びやって来た。闇の中で、赤い目が輝いている。その目は、微笑んでいるように見えた。


「退かなかったのね。呆れてあげるべきかしら。同情してあげるべきかしら。あんな人殺しを守って死に絶えるなんて」


「……生憎、死ぬ気はない」


「ああ。僕達はお前を倒す。必ずだ」


「そう。いいことを教えてあげる。必ず、なんてないのよ。私だって全員殺したって思ってたのに、生き残りがいたんだから、ね」


 敵が腰を落として戦闘態勢に入る。アキとリュウキは、互いに剣を抜いて、その刀身を一度ぶつけた。金属のぶつかり合う澄んだ音が夜空に響き当たった。

 敵が突進してくる。

 前に出たのは、リュウキだ。その予知眼と剣術を持って、相手の攻撃を事前に塞いでいく。

 敵の側面にアキが襲いかかる。二対一は不利と悟ったのだろう。相手は引く。その後を、アキは追っていく。

 剣と爪がぶつかり合って火花を散らす。

 相手の速度のほうが上だ。守備に力を発揮するクーロン王国流王宮剣術でも、一手ずつ遅れていく。

 しかし、相手は剣術も何も学んでいない素人だ。

 敵の爪の突きを、アキは間一髪で避けて、相手の腕を脇で挟んだ。

 通常の人間ならばとてもできないだろう反応だった。


「今だ!」


「ああ!」


 追いついてきていたリュウキの剣が、敵の胸に吸い込まれていこうとする。

 次の瞬間、アキの体はリュウキにぶつけられて後方へと吹き飛ばされていた。

 追撃がくるかと考え、アキとリュウキは慌てて立ち上がる。

 

「おかしい……」


 敵は金色の髪をかきあげて怪訝そうな表情をしている。


「結界が破れない。ユウリは何をしているのかしら? それとも、貴方達が何か手を打ったのかしら」


 それは、アキにとっても疑問が残る点だった。

 結界は、依然として残っている。


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