第2話
どれほど時間が経ったかわからない。巧の真っ青な視界からぽつぽつと光が差し込み、だんだんに目の前が明るくなってきて巧は目をさました。
「次は夕焼け公園前です。」
そこはいつものバスのいつもの一番後ろの席だった。巧は学生服を着て鞄を持っていて、右手にはスマホを握っていた。もう具合は悪くない。巧は混乱しながらも、いつも通りにスマホに目を落として、この現実を受け入れようとしていた。
「次は青村団地入口です。」
巧は目を上げる。いつものサラリーマンに続いて「ゆきちゃん」が乗ってくる。ゆきちゃんはいつものようにバスの中ほどへ入ってくる。だが、いつものあたりで吊革につかま・・・らない。そのままさらに歩いてくる。あれ、今日は少し笑みを浮かべている。どんどん近づいてくる。近くで見ると色白だが少し頬に赤みが差していてドキドキする。
巧の隣に座った!
「巧、おはよう!」
「ゆきちゃん」がしゃべった。しかも巧みに向かって。
「おっ。おはよう・・・ございます。」
「昨日のR1グランプリ見た?スカジャンゆうこ面白かったね。」
ゆきちゃんはどんどん話しかけてきた。昨日のテレビの話。学校の担任が嫌味でいやなやつなこと。調理実習で焼き魚を焼いたこと。おかあさんとケンカしたこと。。。。
巧は混乱しながらも、うなずいたり、「ふーん」と言ったり、それに、何度か彼女のほうをちらっと見たりした。
こんなに近くで「ゆきちゃん」を見るのは初めてだが、何度目かにチラ見したときに名札に“桜井”と書いてあるのを見た。
「巧、今日はどうしたの?何か心配ごとでもあるの?みゆきも相談に乗るよ。」
「・・・いや。何でもないよ。ちょっと昨日眠れなかっただけ・・・だよ。」
“桜井みゆき”
それが「ゆきちゃん」の名前なんだ。
「次は終点、青村駅です。お忘れ物にご注意ください。」
「またね。巧。」
バスを降りると「ゆきちゃん」いや、桜井みゆきはこちらに向かってにっこり笑うと人ごみに消えていった。
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巧はその日はなかなか授業に集中できなかった。ついつい桜井みゆきのことを考えてしまうからだ。「今朝の彼女はまるで昔からの知り合いのように話しかけてきた。話すのは今日が初めてなのに。自分が忘れているだけで知り合いだったのか?いや。そんなはずはない。」そんな考えが頭に浮かんできて先生の言葉は頭に入ってこない。そんなときだった。
「そうだな。じゃあ山岡(巧の苗字)。今の財務大臣は誰だった?」
巧は名前を呼ばれて我に返った。簡単な問題でよかった。
「麻生次郎です。」
あたりが静まり返った。そしてなぜかくすくす笑う声。
「山岡。いつの話をしている。今の財務大臣は吉江貴文だろう。」
巧は先生が冗談をいっているのかと思い先生の顔を見たが、大真面目な顔をしている。ヨシエモンが政治家?ありえない!
でも今度は誰も笑わない。
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巧は何かとてつもない違和感を感じながら家路についていた。自分の記憶が飛んでいるのか?それとも皆で巧をかつごうとしているのか?いや。そんな大げさなことを先生や「ゆきちゃん」、いや、桜井みゆきまで巻き込んでできるはずがない。そもそも具合が悪くて寝ていたはずなのに、はしかはどうなったんだ?