~ある少年の成長の軌跡~
巧はその日もいつもと同じようにスマホに目を落としながら駅に向かうバスの一番後ろに座っていた。
「次は青村小学校前です。」
「次は夕焼け公園前です。」
・・・
巧はスマホに没頭している。
「次は青村団地入口です。」
巧はこのアナウンスに、スマホから目を上げて、入口に目を向けた。
眠そうなサラリーマンがふたりほど乗ってきた後に、青いブレザーの制服を着た高校生の女の子が乗り込んできた。巧は顔を動かさずに目で彼女を追う。女の子はバスの中ほどでつり革につかまった。
彼女は知り合いではないし、名前も知らないが、巧は自分の中で彼女を「ゆきちゃん」と呼んでいる。透き通るように色が白かったからだ。凛とした感じだが、少し憂いを感じさせる瞳が妙に気になって、毎日彼女が乗ってくると目で追うようになったのだ。きっと裕福な家庭のお嬢様なんじゃないかと巧は思っている。今日もいつもと同じように巧は目で追ったのだった。
巧は小さいころから頭の中でストーリーを作るのが好きなところがあり、ときどきぼんやりしてしまうことがあった。母親は巧を夢見がちな変わった子と思っていて、「しっかりしなさい」とときどき小言を言っていた。
・・・
終点の青村駅について、巧も「ゆきちゃん」も人波に押されてそれぞれ電車に吸い込まれていった。
・・・
その日は弁当を食べるころから、巧はだんだん体がだるくなってきた。6時間目が終わるころには明らかに顔が火照っていて、先生にも「顔が赤いけど具合が悪いのか?」と顔を覗き込まれた。何とか授業を終えて、ふらふらしながら家に向かったが、途中で熱が上がってきたらしく、景色がゆらゆら揺れているような感じまでした。
「かあさん。具合悪い。きっと熱があるよ。」
巧が言うとテレビを見ていた母が体温計を持って急いでやってきた。
「だいじょうぶ?顔が真っ赤ね。横になりなさい。」
母親はすぐに布団を敷いてくれて、巧は横になった。
「39度」
それは、巧が大きくなってからは経験のない高熱だった。
・・・
翌朝、巧を起こしに来た母親は
「まあ。どうしたのかしら。」
と大きな声を上げた。巧の顔には赤い発疹が出ていて、パジャマをずらすと胸や背中にも発疹が出ていた。巧の気分はすごく悪くて、その朝は何も食べられなかった。熱も39度のままだ。病院が開くのを待って、母親は巧を連れて行った。
小さいころから診てもらっている馴染みの老年の医者は、
「はしかだね。」
といった。
「予防接種をしていても、かかることがあるんだよ。おおきくなってからかかると重症になりやすいから、安静にね。」
と言って、薬を処方してくれた。
家に帰って薬を飲んで寝ていたが、いっこうに楽にはならない。
熱は夜になるとさらに上がってきて、40度近くになった。なかなか寝付けずにいたその夜の遅くに巧はトイレに起きようとして、立ち上がった。
すると目の前に小さな青い点のようなものが見え始め、その数がだんだん増えていった。巧は以前にもこんなことがあったのを思い出していた。小学校の朝礼で貧血で倒れたときだ。あのときもこんなだった。青い点は巧の視界を埋めていき、とうとう何も見えなくなってしまった。巧は気が遠くなる中で自分が倒れこむ音を聞いた。
「巧!巧!しっかりして!」
母親が遠くで言っているのを聞きながら、意識を失った。
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どれほど時間が経ったかわからない。巧の真っ青な視界からぽつぽつと光が差し込み、だんだんに目の前が明るくなってきて巧は目をさました。