撲殺聖女は涙する
聖女物の第二弾です。
お楽しみください。
「なぜだ! なんで死んでしまったのだああああ!」
教会の祭壇に横たえられた少女に縋り付いて巨漢の男が号泣していた。
彼はヨーゼフ=マルコ=バイルシュミット。
サザンブルク王国 アクアス教会の神官騎士団騎士団長だ。
そして、祭壇の上に横たえられた少女は彼の娘、マリア=テレジア=バイシュミット。
半年ほど前に、次代の勇者と名高い騎士ギルバートと共に魔王討伐の旅に出ていた。
そして、その道半ばで倒れ、この教会に戻って来たのである。
「おじさん。すみません。オレの力が足りないばかりに……」
悔しそうに肩を落とすギルバート。
何とか涙をこらえているが震える声は隠し切れない。
「ふざけるなぁあああ! 貴様はマリアを守るといったではないかぁあああ!」
「ブファアアアア」
ヨーゼフの渾身の右フックが炸裂する。
その丸太のような腕から繰り出されるパンチの威力は計り知れない。ギルバートは血をまき散らし錐揉みしながら吹き飛び。壁を砕いて教会の外へと飛んでいった。
そして、顔面を血まみれにしながらなんとか這い戻ってきて
「申し訳け――ブフェラ」
今度は蹴り上げられて錐揉み状態、吹き抜けになっていて高い天井に激突。落下してくる。
何か潰れる嫌な音がしたが、苦しそうに呻きながら顔を上げる。
「もう勘弁……」
そこに留めの一撃と言った感じでヨーゼフは拳を振り下ろす。
ぐしゃりと頭を潰されて白目を剥くギルバート。
そんな彼にヨーゼフは吐き捨てた。
「許すも許さないもない。貴様の所為ではないことはわかっている。それ以上は何も言うな」
と言っているが散々殴る蹴るした後にいう言葉ではない。
周りは悲しみに包まれていたはずなのにドン引きしていた。
ちなみにギルバートは生きている。流石、次代の勇者と言われるぐらいあって丈夫なのだ。
そして、またヨーゼフは死んだ娘に縋り付いて泣き出した。
その時だった。
教会に光の柱が現れる。
そして
「世界を救うために立ち上がり、そして、道半ばにして倒れし少女よ。そなたの献身。そして、仲間を思う気持ちを受け止めました。我は女神アクア。彼の物を聖女としての生を授けましょう」
神のお告げだ。
荘厳な声が響き渡り、神々しい光で教会が埋め尽くされる。
その光はひとところに集まり光の球となってゆっくりとマリアの元に降りていった。
ピクリ
その時、彼女の指が動いた。
全員が注目する中、それは確かに動いたのだ。
しばらくすると、マリアの口がわずかに震えた。
そこから呼吸しているのが感じられる。
この事態に目が覚めたのかギルバートがマリアに駆け寄っていた。
ギルバートはマリアに縋り付いているヨーゼフをひっぺ替えして、マリアを抱きかかえる。
「マリア! マリア! 本当に生き返ったのか? マリア!」
激しくマリアを揺するギルバートに応えるかのように彼女の目が開いた。
そして
「男の貴様になんで抱き着かれなければならんのだああああ!」
「ぶふぃらほげえええ」
ギルバートの頬に右フックが炸裂していた。
そして、今日何度目かになるかわからない錐揉み。
哀れギルバートは壁に激突して潰れていた。
「なじぇなぎゅられるの?」
展開についていけない周囲の人間は呆然としている。
そんな中
「くう。オレが殴り損ねて手首を痛めるなんて何年ぶりだって……なんじゃこりゃあああ」
マリアの叫び声が教会に響く。
そして、その声で目を覚ましたのか、ヨーゼフが頭を抱えながら顔を上げた。
「なんでわたしがそこにいるの!!!!!」
「「「「「えええええええ」」」」」」
どうやら、マリアの身体とヨーゼフの身体が入れ替わってしまったようだ。
騒然とする雰囲気の中で再度、教会に光の柱が降りてくる。
「おう、女神アクアよ。これは一体どうなっているのですか?」
マリア改めマリアの身体に入っているヨーゼフが(ああ、ややこしい。ここからはヨーゼフ)女神に問いかける。
「…………」
沈黙が舞い降りた。
誰もがその回答を待ち望んでいる。
そんな中、女神が盛大に溜息を吐いた。
「実はね。マリアちゃんの魂を返そうとしたんだけど、そこのおっさんがしがみついていたでしょ。その所為でマリアちゃんの魂がそのおっさんの身体に入っちゃったのよ。それで押し出されるようにそのおっさんの魂がマリアちゃんの身体に入っちゃったわけ」
なんか軽い感じの返答が返ってきた。そこには女神の威厳の欠片もない。
呆然とする神官たちの真ん中で唯一それどころではないマリア(ヨーゼフの身体の中に入っているマリア。二度も言う必要はないか)が叫んだ。
「そんな! 元には戻れないんですか! こんな筋肉マッチョなむさくるしい姿では生きてはいけません!」
「むさくるしいって酷い!」
ガクリと跪くヨーゼフ。
娘に邪険にされるのは親として辛いのである。
「う~ん。神は下界に干渉するのを制限されてるの。貴方を復活させることにもジジイ共がスッゴクうるさかったんだから。ちょっと無理かな。テヘペロ?」
「そんなあ」
マリアもショックで跪く。
親子二人でorz状態だ。
そんな中、女神アクアのお告げは続く。
「そうそう、マリアは聖女として転生したから。聖女は我が信徒に力を与えることができるの。聖女の加護は凄いから魔王討伐に役立ててね」
「その聖女の加護とはどうやって授かるのですか?」
ある神官が恭しく女神に問う。
「聖女の加護と言ったらキスしかないでしょう。頬とか手ではダメよ。マウス トゥ マウスよ。一定時間だけどステータスが跳ね上がるからすごいわよ。ステータスの上がり方は愛の力に比例するから、勇者としっかり愛を育んでね。じゃあ、バイバイ~~」
そう言って光は消えていった。
教会は静寂に包まれ、残されたのは血塗れで壁に寄りかかる勇者と跪いて悲嘆にくれる勇者親子だけだった。
このカオスな気まずい沈黙はいつまでも続くと思われた。
だが、世界は意地の悪い物である。
教会の外からけたたましく神官が転がり込んできた。
「大変で魔王軍の幹部が王都の門近くまでやってきました。あれは――」
息を切らす神官は言葉を続けた。
「魔剣将軍ファブリーズです」
どこかの消臭剤のような名前の魔族は恐るべき剣の達人だった。
そして、彼とは因縁がある。
なにを隠そうマリアを殺した張本人なのだ。
場は騒然となる。
この場にはファブリーズに対抗できるものは二人しかいない。
しかし、その一人のヨーゼフは現在マリアの身体の中で実力派未知数。
ある程度は戦えるだろうが女性の肉体になってしまっては、その力任せの攻撃力は半分以下になっていることだろう。
そして、もう一人、ギルバート。
しかし彼は既にファブリーズに敗北しているのだ。
周囲を絶望が包み込む。
数は力だというが、一人の強大な魔族は弱者が何万人束になってかかっても倒せない。
このままでは王国は滅んでしまう。
でも
「そうだ。聖女の加護を得られれば」
誰かが呟いた。それは希望の言葉だった。
「聖女様! 勇者ギルバートに祝福を。彼の物に聖女の加護を! 熱い口付けを!」
「ええええええええ!」
「「「「「「キス、キス、キス、キス」」」」」」」
マリアの悲鳴など無視して教会内にキスコールが巻き起こる。
そして、状況を理解したマリアはモジモジしだした。
前髪をチョンと立たした禿頭のマッチョがである。
はっきり言って気色悪かったが、そこには誰もツッコまない。
そして、ギルバートが引っ立てられた。
左右から腕を掴まれてマリアの前に引きずられてくる。
「やめろ! 貴様、こんなことをしてタダじゃ済まないぞ」
「何を言っている。王国の危機だぞ。騎士としての務めを果たせ!」
「ふざけんな。他人事だと思って」
「相手は聖女様だぞ。お前等は恋人同士だったじゃないか。これで公然とキスできるんだから、素直に貰っとけ」
「やめろ。お前、中身はマリアでも外見はあの騎士団長なんだぞ。お前に耐えられるのか!」
「心配するな。オレ達は貴様を勇者として讃えてやる。思い残すことなく行ってこい」
「やめろ、テメエ、ぶっ飛ばすぞ」
そう言ってギルバートはマリアの前に連れてこられた。
「ギル。わたし初めてなの。初めてがギルでわたし……」
潤んだ瞳で唇を突き出してくるマリア。
しかし、その姿は筋骨隆々のおっさんだった。
「やっぱ無理いいいいい」
叫びながら顔を逸らすギルバート。
その仕打ちに唖然とする、マリア。
マリアの方がわなわなと震えている。
そして
「ギルのバカあああああああ!」
祭壇の横に置いてあったヨーゼフ愛用の特大ハンマー。
マリアはそれを片手で軽々と持ち上げると、渾身の一撃がギルバートの顔面を直撃した。
「ぐふぁらべっちゃら」
ギルバートは錐揉みしながら教会の壁を突き破りどこか遠くへ飛んでいった。
きっとお星さまになったのだろう。
そして、マリアはというと
「ううわあああん。もうお嫁にいけない。お父様がこんな暑苦しくなければこんな思いしなくて済んだのに、お父さんなんて大嫌い」
「ぐふぉ」
何とか復活を遂げたヨーゼフだったが、その叫びで再起不能。灰になっていた。
マリアはその言葉を残して教会から出ていく。
ヨーゼフの身体を持ったマリアを妨げる者はいない。
教会の壁は砕かれ、マリアが走り去る方にあった民家は瓦礫と化していた。
それは城壁も一緒で一面が跡形もなく吹き飛んでいる。
そんな騒ぎを聞きつけたファブリーズがやって来た。
「神官騎士団長ヨーゼフか我が名は魔剣将――ぶふぇらふぉば!」
名乗りを上げようとしたファブリーズだったが乙女の突進を妨げることは出来なかった。
マリアは障害物をどかすくらいの気持ちでハンマーをファブリーズに振りぬく。
完全の不意打ちだった為、直撃を喰らったファブリーズはギルバートよろしく錐揉み状態でどこかに飛んでいってしまった。
こうして王都は未曽有の危機から免れたのである。
被害は甚大であったのだが……
こうして撲殺聖女の伝説は幕を上げたのだった。
Fin?
第三弾は来週の月曜日に投稿です。
短編にしようと思ったのですが少し長くなってしまったので3から4話になってしまうと思います。
よろしくお願いします。