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贈り物

「おまたせ、さぁ、行きましょうか」

 お気に入りの窓辺で物思いにふけっていた私は、肩にふれた柔らかな指先に振り返る。そこには、うっすら化粧をしたローリーが立っていた。右手には仕立ての良い、シックな黒いコートを下げていた。

 「明日は、お客様が見えるのよ。あなたも勿論知っている方々よ。今日しか時間取れないから、さぁ出かけるわよ」

 言うなり、私の左手を引き、ソファーから立ち上がらせる。ざっと上から下まで一別した彼女は、

 「赤いワンピース、とても似合うわね。クリスマスに、クリスマスカラーわざと着るなんて私にはできないけど」

 ウィンクして微笑む。

 「アリアに似て、ホントに綺麗ね」

 シンプルなAラインの深紅のワンピースドレス、ハイウエストで黒いベルトを締めている。その繊細な腰つきも母親譲りだ。光りの加減で、深緑にも黒くも映るミステリアスな瞳も、今日の出で立ちを引き立てている。おまけに、バレーで鍛えた美しいその両足は、5cmはありそうなハイヒールを優雅に履きこなしていた。

 「とても、明日で13歳になる女の子には見えないわね」

 もっとずっと大人びて見えた。少女の過去がそうさせるのか、それとも貴族の血筋のせいなのか、はたまた妖精と謳われる、アリアの遺伝子のせいなのかは判別がつかない。

 ただ美しい少女に、自然と笑顔になる。

 褒められたとうの本人は、恥ずかしそうに頬を染めた。けれど、俯きはしない。自分が人目を集めるのも話題の中心に担ぎ出されるのも、今に始まったことではないのだ。これぐらいのことで、いちいち気にしすぎたり気後れしていたら、それこそ生きていけないレベルの話だ。だから、毅然とした態度のままでいる。

「そのヘアースタイルも、今日のスタイルにぴったりね」

 豪華な巻き毛を左右に分けたゆるい三つ編みで、頭の真後ろで柔らかく一本にまとめていた。お気に入りのヘアースタイルだ。

 嬉しくて思わず頬がゆるむ。ここに来てから、いつも母に編んでもらっているのだ。

 ただ朝の弱い母には、通学時間は無理なので、学校がお休みの日に限られていた。今日はローリーとの買い物に行く予定があったので、母がついさっき丁寧に何度も何度もくしずいてから、編み上げてくれたのだ

 「はぐれてはダメよ、あなたは年齢より大分大人びているから、素行の良くない輩に絡まれたりしたら大変だもの」

 ローリーがリビングから足早に出て行く、私も彼女のあとを追って玄関へ急いだ。




 赤煉瓦の古いビルから一歩出たそこはもう、N,Yでも指折りの一等地で、道沿いには大小様々なテナントが入った、住居一体型のハイセンスなビルが林立していた。普段は学校と家との往復でしか通らないその道を、二人はそのまま楽しげに歩いていく。気になる店を覗いたり、屋台でドーナツを買って食べながら歩いたりして、セントラルパーク外苑道路を南下していく。

 行き先は決まっていた。妖精と謳われる女優の行きつけの宝飾商である。

 「あなたが、デザイン考えたんでしょう」

 フイに訊かれた。頷いたあと、呟くように答える。

 「お母様に、私からもプレゼントしたくて」

 無限大という意味の形をした記号、数字の8を横にした形である。その形状をそのままいかした髪飾りで、金属部分はプラチナで作り、全面にダイヤをあしらってある。二つの楕円を一つに結ぶ金属の棒は、

プラチナと金の合金で、二つの輝きが微妙に解け合った不思議な色合いにした。

 今まで出会わなかった二人の人生が、今やっと交差した記念に、1ヶ月前から作ってもらっていたのだ。


 子供の注文でも、一流店は笑わなかった。

 彼女についてきたローリー=ケントをよく知っていたこともさることながら、彼女が書いたサインの名前を見たからだった。

 ヨーロッパ社交界で、知らぬものはいないと有名な貴族と同じ名前を少女は書いたのだ。

 なるほどよく見ると、かの伯爵様と呼ばれて久しいユーリー=ド・ウィコルトによく似ている。勿論彼もこの店の上得意客なのだ。粗相の無いように対応しなければならない。一瞬で判断した店側は、金額や支払いについてとやかく尋ねることもしなかった。この少女に支払うことが出来なくとも、彼女の後ろにはダイヤの髪飾りぐらい何個でも買える伯爵様がいるのだ。この際、余計なことは訊かぬが花というものだろう。

 差し出されたデザイン画も、そのまま量産商品としてこの店で出したいほどのできだった。

 できあがりを確認してもらうため、店の奥に用意されているVIPルームに二人を通す。

 「お飲み物はいかがなさいますか?」

 「コーヒーでいいわ、彼女にはアールグレイを」

 視線で確認されたが、とくに異論はなかったのでそのままにする。しばらくすると、久しぶりの紅茶の良い匂いが運ばれてきた。

 「お嬢様のデザインどおりに仕上がっていますでしょうか」

  謙遜して差し出されたそれは、とても綺麗に輝いていた。

 「きれい」

 思わずもれた少女の呟きに丁寧に頷ずく。賛辞に答えるように。少女は満足そうに微笑んで髪留めを手に取った。

 「良い記念になるわね」

 「ええ、お母様にとても似合うと思うの」

 私とは違う、少し薄い色合いの金髪で、腰より10Cmも長いストレートヘアー。童話に出てくる本物の妖精みたいに美しい母。

 「お嬢様のお母様でしたら、さぞかし、お綺麗なんでしょうね」

 店の者がジェニーの人目を釘付けにするその容貌に、感嘆のため息とともに呟く。

 「ありがとう、これいただくわ」

 少女が微笑みながら一枚のカードをハンドバックから取り出した。ある特定の人物しか持つことが許されない特別なクレジットカードだ。やはり彼女は、ごく少数の人々の一人だった。カードを受け取った従業員は、堂々とした少女の態度に感心しきりだ。

 クリスマス用のラッピングをしてもらうことにする。リボンは母の瞳に合わせて、エメラルドグリーンにした。薔薇の花が咲き綻んだような、豪華な形のリボン。それすらかわいいと思う、母は喜んでくれるだろうか。



 店を出るとせっかくだからと、交差点をぬけ目の前の広大な公園に足をむけた。

 もうここに住むようになって4ヶ月がたつというのに、まだ一度も公園内を散策していなかった。

 母と二人で散歩でもと、思わないわけではない。だが母ほどのセレブが、プライベートで歩けるワケがない。あっというまにゴシック記者が湧いてきて、自分のことまで暴かれてしまう。だから、母との散歩は想像だけにとどめておく。自分の平穏と、妖精と呼ばれる女優の名誉を守るためにも。

 「ね、ローリーってホントにただの親友兼、ハウスキーパーなの?」

 「え、」

 私の急な質問に驚いたのか、ローリーが珍しく言葉につまる。

 「だって、いつもお母様と一緒にいるし、いつでもお母様をエスコートしてるじゃない」

 「そう?」

 曖昧に微笑んで、肩を並べて歩く私に視線を落とす。これ以上の質問はお断りと、彼女がその視線で伝えてくれば、止めるはずだった。でも彼女の瞳には咎めるような色は浮かんでいない。だから私は質問を続けることにした。聞きたくて、訊けないでいた、母のことを。私よりも母に詳しいのは間違いなく彼女だから。

 「ねぇ、お母様どこかお加減が悪いの?私がここに来た頃からずっと、ベットでお休みのことが多いけど」

 今日も母はベッドにいた。キングサイズのベッドに、いくつものクッションに背中をあずけて、まるで妖精の女王が王座に座っているような風格で。ものすごく綺麗なのに、なんだか少し怖い気がする。どこからか、正体の分からない不気味な何かが迫ろうとしている感覚がある。それを払拭したくて、気のせいよと言ってほしくて、尋ねてみた。

 「少し、休みたいのよ。今は、あなたもいるんだし」

 今は、に少し引っかかる。つまり、約束の終わりにはまた、女優として再スタートするという意味だろうか。

それならそれで、少なくとも病気ではないということだから、いいのかもしれない。無理矢理自分を納得させようとしていたら、彼女がとんでもないことを言い出した。

 「正解よ、私はアリアを愛してる」

 「え、」

 一瞬、言葉の意味が分からなくなる。どういう顔で向き合えばいいかも、分からなくなる。

 ローリーは何故かとても誇らしそうな表情で、私を見ていた。そこには、恥じ入ることではないという自負のような感情すら伺えた。

 「でも、アリアは私を愛してはいないの。アリアにとってはただの親友、それが私」

 確認するまでもない歴然とした真実だった。アリアの心には別人が住んでいる。私はそれを知っているけど、それでもアリアが好きなのだ。実ることのない片恋。どうしようもない現実、だけどそれでもそばにいることを選んだのは私だった。だから、もう下は向かない。精一杯アリアのために彼女を支えると決めたのだ。

 「辛くはないの?」

 アリアの娘の口からもれたその問いかけに、正直驚いた。同姓なのに、親友なのに、自分の母親を愛していると言い切るローリーに、嫌悪でもなく非難するでもなくただ普通に尋ねてきたのだ。

 「そうね、いまは辛くはないわね。だって、私が愛しているんだもの。仕方ないわよね・・」

 分かってもらえるとは思っていない。相手はまだほんの子供だし、自分の母親が同性に恋愛感情を寄せられていると知ったばかりで、理解できるほうが奇跡的だと思う。だからもし少女に嫌われてしまっても仕方がない。それでも、自分がアリアを愛していることだけは知っていてほしかった。報われない恋でも、とにかくアリアを誰より大切にしてきたのは自分だと自負しているから。

 「私、ローリーが好きよ、だから、これからもお母様と一緒にいてあげて」

 思いがけず返ってきた返事にはさらに驚かされた。アリアによく似た深緑の瞳は、以前と何も変わらないままだった。

 まっすぐに私を見ている。

 だから私も少女をまっすぐ見詰めかえして、

 「ありがとう」

 と微笑んだ。




 

 


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