日常 2
進級試験は案外簡単なもので、なんなく二人ともパスしてしまった。
今日から、二人一緒に二年生になる。朝の身支度をすませて、ここに来てから飲み始めたコーヒーをキッチンで飲んでいたら、母の部屋から出てきたローリーと視線があった。とっさに朝の挨拶をする。
「まだいたの、時間は大丈夫なの?」
ローリーはいつもの調子で、私に近づくと、私の髪に触れるだけのキスをした。朝が弱い母はまだ眠っているのだろう。朝食はいつも彼女の手作りだ。
「今日は、メアリーの家の車で登校なの」
簡単に事情を説明したら、あら、そう。というかんじで頷かれた。
私のお皿を一瞬覗き込んだ瞳が笑っている。子供なのに、好き嫌いがなくて偉いわね。とでもいいたいのだろう。付け合わせの温野菜の緑黄色サラダも残ってはいない。
「二年生、おめでとう。でもまたすぐに進級しちゃうんじゃないの?」
エスプレッソの機械から、良い匂いが広がってくる。彼女は、自分のために入れた小さいカップを取り上げて、コーヒーの香りを嗅いでから一口飲んだ。
「もの凄く、優秀なんでしょ?」
わざともの凄くを強調して、私に振り向きながらローリーがいう。
もの凄く、というフレーズになんとなく引っかかる私は、少し唇をとがらせてしまったのかもしれない。ローリーは私の顔を見た瞬間、小さく吹き出すように微笑んで、
「いいじゃない、ホントの事なんだから」
と可笑しそうにわらう。
バレリーナのように、実力勝負の世界で、自分の技や才能だけで上り詰めるのと、普通に誰か先生に付いてする勉強は少し話が別のような気がする。教える人が優秀なら、そうゆう誰かにきちんと教わってきたなら、ある程度出来が良いのはもう当たり前だと思う。私はロンドンにいた頃からずっと、そうゆう人たちの中で育てられてきたのだから。むしろ、出来が悪くては申し訳ないだろうと思うのだ。ところが、そんな私の気持ちには見向きもしないローリーは、可笑しそうに微笑んだままだ。
言い訳するのも変なので言いよどんでいた私は、ふと時間が気になって視線を時計に合わせた。
「いけない、もう時間!」
待ち合わせの交差点までの所要時間を考えたら、もうぎりぎりだ。私は、通学用のリュックを急いで背追ってキッチンから駆けだした。
N,Yの初冬は厳しい。最近は温暖化の影響か、雪が降り出す時期がかなり遅れているけれど、それでも12月にもなれば気温は一気に下降し、ちらほら粉雪が降り始める。華やかで、騒々しくて、にぎやかなそんな街は、クリスマスに向け彩りを換えつつあった。
「そろそろクリスマスよね、もう予定決まってるの?」
予定とはもちろん、クリスマス休暇の事だ。メアリーは一瞬体を硬くして私に振り返った。
「ごめん、私もう予定があるの」
何故だか彼女の顔が硬かった。あまり、気乗りのする予定ではないらしい。私は、わざと元気な声で
「なんだそうなんだ、じゃ仕方ないわね」
と軽く受け流す。気にしていないから、メアリーも気にしないでと伝えるために。
「ジェニーはお母様と、パーティーなんじゃないの」
「ええ、そうね」
初めてのクリスマス休暇だとは言わない、その日が、誕生日だということも。
母と祝う、初めての特別な日。もしこの友人の予定がなかったら、メアリーだけには誕生日を一緒に過ごして欲しいと伝えるつもりだったが、仕方がない。私達はまだ子供で、休暇の予定を決めるのはいつも大人なのだから。私達の希望など、大人の仕事と都合によっていくらでも変えられてしまうものなのだ。
「じゃあ、次に合うのは、もう来年ね」
どちらともなく確認の言葉がもれる。お互い顔を見やって、笑い合う。
「じゃあ、またね」
同時に別れの挨拶を口にして、お互い正反対の方向へ歩きだした。