女子会
久しぶりに会ったというのに、まるで昨日も会っていたような雰囲気だった。
一緒に学校に行っていたころのような、穏やかで賑やかな感じ。外見は、一緒に学校に通っていた時とはまるで別人のようだけど、中身はそのままメアリーだった。
そのことに、物凄く安堵する。
本当の彼女は、地味とは正反対の美少女で、そして情熱家だった。
何しろ、どうゆう基準で選ばれたにしろ、自らが獲得した優勝トロフィーを、観客が見ている目の前で、叩き割って見せたのだから。
「不当な評価は必要ない!」と宣言して見せた、彼女の態度は賞賛に値すると私は思う。
(やっぱり、私は彼女と、本当の意味で友人になりたい)
そう、素直に思った自分を一瞬確認して、
「ねぇ、メアリー。どうして、私に、転校の事教えてくれなかったの?」
一番聞いてみたかったことを、聞いてみる。
きっと彼女なら、何か答えにくい事情があったとしても、そのままきちんと答えてくれると思う。何故なら、私も彼女になら、私の秘密を告白してもいいと思うからだ。
きっとメアリーなら、同じ価値観を共有できると思う。
彼女も、私と同じような立場の人間だから。
だから、胸の内を探り合うなんて無駄なことはせずに、ストレートに彼女へ質問した。
私としては、この質問は本当に重要なものだった。この回答如何で、メアリーとの友情を改めて精査しなくてはならない程。
でもメアリーは、全くいつものままサバサバした様子で、
「私の意志で、転校を決めた訳じゃないからよ」
と、あっさりそう言った。
やはり、私が想定していた通りの答えだった。
やっぱり、彼女の意志で、唐突に姿を消した訳ではなかったのだ。
彼女の力強い声に、なんだか勇気を貰う。
嬉しくて、満面の笑顔で彼女のすました笑顔を見詰めた。
一瞬、視線が交差する。
「私だって、貴方にはきちんと、説明したいと思ってたわ」
他の誰にも言わなくてもね。と可愛らしい唇を尖らせながら続ける。
その表情から、彼女が本気でそう言ってくれたのだと分かる。
親友という言葉は、たぶん、彼女のような友人に対して使う言葉だ。
感激で胸を焦がしていたら、
「失礼いたします、お嬢様方」
と、執事が声を掛けてきた。
とても響きのいい声に、二人して振り返る。
「あちらに、お菓子などをご用意いたしましたが、如何なさいますか?」
いつの間に用意したのか、ダダ広いロイヤルボックスの後ろのスペースに、小ぶりながら、完璧に整えられた喫茶スペースが誕生していた。
「あら、いい匂いね」
焼きたてのアップルパイの香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。
「丁度いいわ、私演奏したから、小腹が空いてたの」
メアリーも上機嫌でそう言った。
いつの間に用意したのだろう。全く気付かなかったが、流石は我が家の執事。女の子の扱いにも手慣れている。
私は一瞬驚いて、取り澄ました執事の綺麗な顔を見詰めた。
彼は無言のまま、私の謝意を読んでくれる。
私達は二人で、執事が急遽用意してくれた席に移動することにした。
美味しそうなパイは、まだほんのり暖かそうだった。
添えられた飲み物は、私には我が家の紅茶。
彼女には、カフェオレだった。
私達はお互いを正面に見据えたまま、向かい合った席に座る。
テーブルには、おじいさまの分は用意されていなかった。
如何やら、お茶をご一緒になるつもりはないようだ。
一歩も動かないまま、静かに座って黙っていらっしゃる。
きっと祖父には、私達の他愛無いおしゃべりを邪魔する積もりはないのだろう。
いつもそこに居るだけで存在感たっぷりなのに、何故だか急に、壁に掛かった絵のように、おじいさまの存在が静まり返ってしまっていた。
祖父に、きっと恋をしているのだろうメアリーですら、何故だか祖父の存在を忘れた様子で、私と他愛無い会話を続けてくれている。
「酷いわよね」
彼女が、躾が行き届いた綺麗な所作で、パイにナイフを入れながら、私の同意を求めるようにそう言った。
「私のお父様が、勝手に決めてしまったのよ!」
彼女が当時の記憶を辿ってしまったのだろう、とても腹立しそうにそういう。
切れたパイからはみ出たリンゴを、ナイフで集めてパイ生地で掬って口にする。
私も、彼女と同じようにパイにナイフを入れると、彼女も食べているパイを一口頬張った。
(やっぱり、大人の都合だったんだ)
彼女の、不本意だった発言になんだか物凄く安心し、そして嬉しくなる。
やっぱり私の推測通り、彼女も大人の都合から抜け出すことは出来なかったのだ。そうだと分かると後は単純で、私の気分は格段に急上昇した。
頬が緩んで仕方ない。
彼女が美味しそうに食べているパイを私も一緒に食べたくて、慌てて、でも、執事に注意されなくて済む程度には気を付けて、小さく切ったパイをフォーで口に運ぶ。
「なんでも、父の仕事に関係している事柄で不安材料が見つかったから、どうしても、私を手元に置いておきたかったんですって」
「もう!ほんとに過保護よね?」
と、少し嫌そうに彼女が続けた。
口に入った少量のパイ生地をやっつけながら、私は微笑んで頷く。
「でも、それも、ある意味仕方ないんだけど」
彼女は、私と同じクルクル巻き毛を豪華に揺らして、
「実はね、こう見えて私、スペンザー家の跡取り候補なの」
にっこりと、彼女は重要秘密を口にした。
実を言うと、ここに来る直前に、スペンザー家についての基礎的な知識は、執事からレクチャーを受けていた。スペンザー家は元を正すと、我が祖国であるイングランドの下級貴族の出身で、ヨーロッパに住んでいた頃は、我がヴィコルト家に、騎士として仕えていたこともある家柄だった。
そのうちに、時代が激変した。
フランスで革命が起こり、各国の貴族に、批判の視線が向けられるようになった。
民衆から、税を取り上げるだけの無能だ!と責めたてられ、叩かれ、剰え殺される貴族まで出てきた。
だが、我がヴィコルト家には余り関係のない話だった。
ヴィコルト家はもう既に、ルネッサンスの頃から手広く商売を展開していた。
そう、今でいう貿易会社を。
第一、海軍の帆船の半分は、そもそもヴィコルト家の個人所有だった。帆船の目立つところには必ず、王家の紋章と並んで、ヴィコルト家の家紋が施されていたのだ。
それだけの大所帯を、家の者だけで構成出来はしない。
つまり、物凄く大勢の民衆を世間に先駆け、もう何世代も前から大量に雇い入れていたのだ。
もちろん、それ相応の対価を払って。
だからヴィコルト家には、民衆に襲撃されるなどというような事態は、起こるはずがなかった。
それどころか、どんどん事業は拡大し、さらに人々の雇用を創出した。
その為益々、人々の信頼は集まり、伯爵家は繁栄していった。
その頃、発明されたばかりの蒸気エンジンの将来性に気付いた当時の当主は、すぐさまその権利を抑えた。
鮮やか過ぎる千里眼で将来性を見極めたお陰で、あっという間に、産業革命の旗印を全力で担う存在になっていったのだ。
祖国に多くの工場を造り、紡績、造船、銀行業と、どんどん際限なく手を広げる。
そのスピードは、全く他の家が追従できない程だった。
その家に、最後の騎士として仕えたのが、現スペンザー家の初代とされる人物だった。
彼は、騎士の家に生まれた。
だが、余り暴力行為に向いた性格をしていなかった。伯爵である自分の主人を剣で守るより、数字を計算することのほうが、得意だったのだ。
その彼の才能に気付いた主人は、ある日彼を呼び出した。
名指しで、主人に呼び出された試しがなかったため、主人に対して何か致命的な粗相でも仕出かしたのかと肝を冷やしていたのだが、頂いた言葉は、叱責ではなく限りのない誘惑を秘めたものだった。
主人は彼に、
『海を越え、新しく発見されたばかりの地へ、旅立つ積もりはないか?』
と、何やらとても楽し気に言った。
『お前なら、新しい土地で何を始める?』
クスクスと笑いながら、今までほとんど口を利いた事すらなかった主人が、重ねて尋ねてくる。
『騎士だとか、つまらないプライドは通じない世界だが。さぁ、どうする?』
答えないまま硬直している騎士に、少しも苛立つ様子もなくにっこりと楽しそうに笑って、どちらを選ぶか問う。
若い騎士は、唐突に訪れたこのチャンスに震えていた。
残って、このまま主人の側で主人を守るために、些か苦手である武道を磨くという道と、全く何が待っているのか分からない荒野に出向いて、自分の才能だけを信じて、遠い祖国に居る主人の期待に応えるという道。
全く正反対の道が、今、目の前に忽然と提示されているのだ。
興奮で、体が震えだした。
何とか、無様な音だけは立てまいと必死で震える躰を押しとどめて、
『どうか、一晩だけ!・・時間をください』
と願い出た。
自分の身分を考えれば、このような破格な命令を下してくれた主人に対して、時間をくれなどと、願い出るのはそもそも間違いもいい所だった。
これが、どれほどの不敬に当たるのかは、誰に説明されるまでもなく十分に分かっていた。
本来なら、この場で答えを出すのが筋だという事ぐらいは、重々理解出来ていたのだが、だがどうしても即答することは出来なかった。
何故なら、彼自身、主人の為になる道をずっと模索してきたからだった。
跪いて申し出た懇願を、主人はことのほか楽しそうに眺めた後で、すんなりと受け入れてくれた。
彼は緊張に真っ青になった顔で、
『感謝に耐えません』
と心からの謝辞を、主人の黎明な微笑みに捧げ、その場を辞した。
自分の部屋に返ってから、何度も何度も、選択肢を検討した。
彼の主人が、あの麗しい顔をほころばせて、喜びそうな答えを一晩かけて考え抜いた。
そして翌朝、
『新大陸に旅立ちます!』
と答えたのだ。
そうして彼は、『どう使っても良い』と渡された膨大な資金を手に、新天地に渡った。
最初は騙されたり裏切られたりしたが、計算の力に優れた彼は、その力で、すぐに周辺の人々の信頼を獲得し、同じ様に渡ってきた人々の先頭に立つようになった。
そして、それまで個々で牽制し合っていた移民たちをまとめ、あっという間に共同体を成立させると、移民たちの為の街づくりを始めた。
先住民族の人々と、先に流入していた欧州人の間で大きな戦争が起こりつつあったが、人懐っこい性格の彼が間に立ち、何とか、北部の移民達は全面戦争を回避することができた。
その働きのお陰で、猶更、移民と先住民の仲立ちが出来るようになった彼は、そのつてをもって新たに会社を立ち上げ、徐々に成功を収めていった。
その数年後、彼の元主人だったヴィコルト家の当主とも再会を果たし、ヴィコルト家所有の貿易会社とも正式に商売を始め、たった一代で、莫大な財産を築き上げるまでになったのだ。
・・・つまり、我がヴィコルト家とは、初めから縁浅からぬ仲だったのだ。
「・・・・ですが、現在スペンザー家ではヴィコルト家とは正反対に、数人の跡取り候補が、常にその座を争っていらっしゃいます。今まさに、次代を担う跡取りを決めるべく、同じ血縁者同士で熾烈な争いを繰り広げている最中ですので・・・。どうぞ、お嬢様も十分に、発言にはお気をつけて下さい」
優秀な我が家の執事が、僅かに揺れるリムジンの中で、顔色一つ変えることなくそう言った。
私は我が家の執事が、一体その情報をどうやって入手してくるのかが、知りたい。
つい、執事の取り澄ました綺麗な顔を穴が開きそうなほど見詰めてしまう。
きっと、スペンザー家の過去については、歴代の我が家の執事たちが、その歴史的な事実を記述としてきちんと書き残し、ヴィコルト家の記憶として伝えてきたのだろう。
おじいさまと同類としか思えない、先祖に当たるその人が、自らそんな話を私達子孫に書き残すはずはない。何しろ、そんな筆まめな先祖がいたなんて、私には聞いた覚えは一切なかったから。
私の疑問は、結局挟む余地がないまま、執事による我が家関連の歴史の講義は終了した。
さっきまでの流暢さはどこへやったのか、執事は何ごともなかったように見事に押黙る。まるで、綺麗な彫像のように。
「という事だ。お前も我が家の娘なら、これしきの事、きちんと知っておけ」
「ある意味、我が家では常識の範囲内の話だぞ?」
何故か、クスクスと楽しそうに笑いながら、おじいさまが厭味を言う。
だが、そのお顔はとても柔らかで、言葉とは真逆に優しさが溢れていた。
私の顎を軽く掬い上げると、キスでもしそうなほど覗き込んで、微笑んでいる。
どことなく、私を年齢以上に子ども扱いしているような気がする所作だけど、それ程厭味は感じないので、されるがまま、私は綺麗すぎる祖父の胸に体ごと預けた。
「でもおじいさま。せっかく跡取り候補に苦労していないのなら、そのまま共同したらいいのに・・」
私は、私の髪を撫でる祖父の顔を見上げながら、そう呟いていた。
それが、数時間前の出来事だった。
今、まさに執事が話してくれた歴史的史実が役に立った。
私は自分の頭の中にある情報を確かめながら、友人の話に耳を傾けている。
「・・といっても、あくまで私は、第3位後継候補なのだけど」
どう聞いても、機密情報だと思われる情報を、彼女はあっさり口にした。
驚きの余り、ナイフを取りこぼしてしまいそうになる。
カタンと、小さな金属音が鳴った。
「ちょっとメアリー!そんな大事なこと、今ここで言っても本当に大丈夫なの?」
ごめんなさい、とやらかしてしまった失礼を詫びる。
貴族の娘なのに、食器の音を立てるなんて、何て恥ずかしいことをしてしまったのだろう。ただでさえ、やたらと礼儀作法に五月蠅い執事がすぐそばに控えているのだ。
私は些か慌てながら、小声だがしっかりことわりの挨拶を入れた。だが、私と同い年のメアリーはそれほど気にはならなかったらしい。私の不作法にも、少しも突っ込む気がなかったらしく、何事もなかったものとして流してくれる。
「あらいいのよ。だって、ギイは元々この話、知ってるもの」
にっこり笑ってそう言う。
「それに、貴方は私の友人よ。敵じゃないわ」
ごく自然に、そう彼女が言い切ってくれる。
私はなんだか嬉しくて、つい、更に頬が緩んでしまった。
だって、彼女が今言った情報は、本来ならスペンザー家の中でだけ語られるべきものなのだ。部外者の私が、知っていていい話では本来ない。
それなのに、彼女がここまですんなり話してくれたという事は、やはり私同様に、彼女も私の存在を認めてくれていたという事なのだ。
多少の行き違いはあったものの、私はきちんと、彼女との間に友人関係を築けていたのだ。
嬉しくて、なんだか小躍りしたくなる。
心の中で、ほんの少しソワソワしたのが零れ出したのだろうか。
私達とは少し距離を置いて腰を下ろしていた祖父が、くすっと小さく含み笑いを零す。
何時もは彫像みたいに完璧に、心ここにあらずって感じなのに、なんだか祖父も随分と楽しそうだ。
そんな様子の祖父に、メアリーも少し意外そうにして見ている。
「ギイって、そんな顔も出来たのね・・・」
語尾にハートマークがついていそうな柔らかな声で、メアリーが呟く。
「ねえ、ジェニー。さっきの話なんだけど」
大真面目に、メアリーは私を見詰めて、何処か祖父と同じような瞳で、楽しそうに笑った。
「うちの跡取りは、たぶん、エリーが取る事になると思うの」
と断言した。
私は、いきなり飛び出した名前に小首を傾げた。
確か、執事の話では、第一位後継候補は、メアリーよりもだいぶ年齢が上の男性だったはずだ。
私の様子に、メアリーが小さく笑った。
「やっぱり、ヴィコルト家の執事ね。我が家の人間についても、人通り御姫様に講義済みって訳ね」
クスと笑って、小さく項垂れた執事に賛辞を述べる。
彼女は私に視線を戻して、
「あのね、エリーっていうのは、エリオット=剋彦=スペンザー、20歳の事。もちろん、男性。そして、私の義理のいとこの事よ」
と言い直した。
「エリーはね、15年前に亡くなった先代の一人息子なの」
「そしてもう一人いとこがいてね。こっちはエリーとは父親が違うけど、実の兄弟で、ジェラルド=佳彦=スペンザー。私とは、弟の彼の方が完全に血が繋がった、いとこなのよ」
彼女はそういうと、何故だか溜息を一つ付いた。
そして、何を思ったのか、唐突に私に詳しい説明を始めた。
「先代は、私たちのおじいさまの、義理の息子だったの」
「昔は、結構よくある話よ」
彼女はそう前置きを置くと、話し出した。
我が家のように、所謂家柄のいい家にはありがちの話だが、基本、結婚は本人同士の都合で決まるものではない。基本的に、親同士が決めるものなのだ。
その時、計り代わりに使われるのは、両家に結婚に見合うだけの資産があるのかどうか、という事になる。
そこがまずクリアにならなければ、その先の段階に進むことはけっして出来ないのだ。
そして次に重要になるのは、相手に求める、最大のリターンを返す手立てが本当にあるのかどうか、という点だった。
「でもね・・・、若い嫁貰ったからって、必ず上手くいくとは限らないのよね」
親が気に入って嫁に向かえたものの、周囲の期待に反して、若い嫁はなかなか子供が出来なかった。
その為、仕方なく、ほぼ他人と言っても過言でない程の遠縁の親戚から、優秀な子供を跡取りとして譲りうけた。
だが運命は残酷で、そのすぐあと、跡取りを産まなくてはならないというプレッシャーから解放された若妻が、思いがけず懐妊し、実子が生まれたのだ。
「その実子が、私の母なの」
そこで、仕方なく実子と義理の息子を将来結婚させようと画策した。
親戚とはいえ、よその家から金の力で無理に貰ってきた義理の息子を、実子が生まれたからと言って、放り出す訳には流石に行かなかった。
二人が、相性的にはそれほど悪くはないと分かった頃、又しても予定外の妊娠が起こた。なんと妻が、10年ぶりに二人目の子供を身籠ったのだ。しかも、それは奇しくも男の子だった。そうなると、自分の血を引いた本来の子供に、自分の全財産を継がせたくなるのが人情というものだ。
「義理の息子の処遇に頭を悩ませたおじいさまは、全員を、平等に跡取り候補にしたの」
誰が継いでも、家の繁栄に遜色ないのなら、適当に選べばいいのかもしれないが、個人には向き不向きがあるのだ。しかも、養子の息子と、実の息子との間には15歳もの年齢差があった。この、埋め合わせするのが難しい年齢差を埋めるためには、実力こそ後継者の条件とする他なかった。
だが、父の期待に反し、実子はあまりぱっとしない子供だった。
何をやらせても、15歳上の養子の方が、完全に上だったのだ。
その為、3人の中で最も出来の良かった義理の息子が、元々の約束通り、自分の後を継ぐことになった。
これで、ようやく後継ぎ問題に決着がついたと思ったのも束の間、正式な跡取りになったばかりだった息子の乗った飛行機が、突然、急発達した低気圧に飲み込まれ墜落してしまったのだ。
その為、急遽実子である息子が、兄の後を継ぐことになった。
「え、でも、その場合もう後継者問題は片付いたんじゃないの?」
「普通なら、そうなんだけど」
ふうと、重い溜息が漏れる。
「亡くなった小父様は結婚したばかりで、早々に一人息子がいたのよ。・・・ややこしい事に」
それともう一つ問題があってね、とさらにうんざりした顔でメアリーは続ける。
「亡くなった小父様の奥様は、私のおじいさまに、物凄く気に入られていたの」
そういうと重い溜息を吐き出した。
そのため息に、なんだか察せられる気がした。
メアリーが、貴方ならきっとわかってるだろうけどと前置きして、うんざりした様子で溜息を付きつつ、私が最悪だと予想した言葉を、彼女はそのままに言った。
「兄嫁だった彼女を、実の息子の嫁にしっちゃたの!」
「本当、サイテーよね?!」
そう言った彼女の威圧感に、つい、頷いてしまった。
感情だけなら、彼女の言い分に異を唱える積もりはないのだが、果たして、この際立場を弁えないのは正解なのだろうか。
私は一瞬、自分がその立場に立たされたらどうするだろうかと、考えた。
だが、今一つ真実味が足りてない為か、自分なりの回答に辿り付かなかった。
私は、目の前で怒り狂ってる友人を静かに見つめる。
「いくら親が、結婚相手を選ぶのがごく普通の家に生まれたからと言って、まさか、養子の息子の妻にと選んだ嫁を、そのまま実の子の嫁に向かえるとは、ちょっと酷いっておもうでしょ?!」
女をなんだと思ってるのよー!と、彼女はかなり本気で怒なってる。
その言葉で、何となく理不尽さがあぶり出された。確かに、それはかなり酷い事のように思う。それに、一体そのお嫁さんの気持ちはどうだったのだろう。
どうしても、嫌だと言い出せない背景が、あったのではないのだろうか。
そこに気付いた時、私はハッとしていた。
本人の気持ちだけでは、どうにもならないという事態があることを、残念ながら私は知っていた。
何しろこうゆう話は、先祖代々、色々な貴族の家系ではあった話なのだ。それはある意味、宿命みたいな話だった。
女性の権利向上を!と言われて久しい時代だが、こうゆう理不尽はまだ、実は水面下では数多く存在する。
何故なら、どんなに大きく育った財産も、離婚や死別や離縁でいちいち目減りしていては、あっという間に先細ってしまうのだ。
それに不祥事はいつどこで、発生するとも限らない。
それらを穴埋めしつつ、尚且つ、今まで続いてきた家の存在を後世に残していかなければならないのだ。先祖が苦労して築き上げた家柄を守る為にも、多少の犠牲はつきものなのだ。その為、一番ロスの少ない方法で、回収を試みたのだろう。
女なのに、女の幸せとはベクトルが真反対の方向に向いている気がする事案を、冷静に考察してしまう。
やっぱり、私にもおじいさまと同じ血が流れているという事なのだろうか。
何だか少し嫌な事実を確認しつつ、私の意識は彼女に話に戻る。
「まあね、たまたま、お二人の相性がそれ程悪くなかったからいいんだけど・・・」
彼女も、どこか複雑そうに呟いた。
メアリーの言う通り、きっと、そのお二人も分かっておいでなのだ。そうでないなら、決して、受け入れられる話ではないだろう。
兄の妻を、弟は大人しく妻として迎え入れた。そして、元兄の妻は、弟であったはずの男性に、妻として嫁ぎ直したのだ。
私は、どこか他人事として聞き流せないなと思いつつ、彼女の家の内紛話に耳を傾ける。
今のところ、私には余り関係のない話に聞こえなくもないが、我が家だとて、いつ屋台骨がきしんで私が身売りせざるを得ない立場に追いやられるとも限らない。
まるで中世の頃のような、それも貴族の家には付き物だったような事態に、彼女の家は今まさに直面していた。
「大変よね・・」
つい、零れ出した私の感想に、彼女が笑いながら頷く。
「でもね、小父様夫婦、今は、仲がいいのよ?」
一時は、当たり前だが、微妙な雰囲気が二人の間にもあったらしいと、と彼女が呟く。
「でもジェードが生まれる頃には、ギクシャクした関係ではなくなってたって、私のお母さまが言ってたもの」
ただそれでも、兄嫁だったはずの奥様と、急に夫婦になり戸惑ったのは仕方がない事だっただろう。
しかも、彼女より夫の方がはるかに年下で、一度も婚姻歴がなのに、相手にはもう、幼い子供がいたのだ。
ジェネレーションギャップは、否めなかっただろう。
それなのに、二人はお互いに歩み寄り、いい関係を築いた上で、お二人の間にもう一人の息子を設けるほどの親密さを獲得したのだ。
それだけでも、賞賛に値するだろう。
本来なら、実父を恨み、お互いを毛嫌い、血で血を洗うような関係になってもおかしくなさそうな話だった。
「でもそのお陰で、現当主である小父様は、おじい様同様に、義理の息子と実の息子の両方を持つことになったってしまったわけ」
「そこに、私の母が、余計な横やりを入れたのよ」
さらにめんどくさそうに、メアリーが苦笑いを浮かべる。
「もういちいち説明しなくても分かってるって思うけど」
と、溜息と共に零しながら、
『一から選び直すのなら、私の娘にも、当然チャンスがあるわよね?』
と、彼女のお母さまは、親族郎党集まった会議で、自信満々に爆弾発言を投下したのだ。