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最上級生に進級してから、そろそろ1ヶ月が過ぎようとしていた。

勉強の方は順調に進み、得意教科に限って言えば、もう折り返し地点に到達しそうなほど進んでいた。

何故かというと、今私には超優秀な家庭教師が付き切りで、毎日のように勉強を教えてくれているからだ。



「何なら、最後まで面倒見てあげようか?」

そういとこが言ったのは、無事進級テストに合格したと報告した時だった。

「え?」

まさか、彼がそんなことを言い出すなんて夢にも思っていなかった私は、自分の耳を疑った。

「君は十分優秀だから、一人でも出来そうだけど。誰かに手助けして貰った方が、より時間短縮にはなるよ」

優しい微笑みのまま、彼は何でもないことのように言った。

「時間を気にしているんだろ?」

フランソワーズの為に。

どうやら彼には、しっかりと私の目標が理解できているらしい。

もちろん、彼の言うことは正しい。

彼の指摘道理、私は道を急いでいる。全力で駆けても、時間的にギリギリかも知れない。でも、そこまで彼に手伝ってもらうのはいかがなものなのだろう。無謀な挑戦を決めたのは私なのだから、時間がないからといっても、自分一人の力で最後まで立ち向かうのが筋だと思うのだ。そもそも忙しい彼に手伝ってもらうのは、反則なのではないのだろうか。

押し黙ったままの私に、いとこが笑う。

「別に気にしなくていいよ。最近は僕も、仕事量が減って少し余裕が出来たところだし」

いとこが、君はほんとに潔いの良い子なんだね~と、微笑みながら腕を組む。

なんだか馬鹿にされたようで、何となく面白くない。

むっとして、彼の笑顔を睨む。

「本当に大丈夫だから、僕が家庭教師してあげるよ」

彼の話だと、お母さまのお屋敷で再会したおじいさまのお陰で、劇的に仕事量が削減されたらしいのだ。

この十年見向きもしなかったくせに、暇を持て余したおじいさまが自らユーリーの名を騙って、彼の仕事を横取りしたらしい。

それで最近、祖父はご自分の部屋に籠ったまま、あまり姿を現していなかったのだ。

「何それ」

私のツッコミに、ユーリーが可笑しそうに同意してくれる。

「結局、暇を持て余すんだよ、あの人は」

だったら僕に代替わりしなければいいのに、ね?と、喉の奥で小さく笑いを噛み砕いて、可笑しそうに微笑む。

ああ見えておじいさまは、元々がワーカーホリック気味の人だったらしいから、じっとしておくのが苦手なんじゃないかなぁ・・と、意外なおじいさま像を彼が語る。

私が知っているおじいさまは、いつも優雅に微笑んでいて、自分が動くことをあまり好まないように見えるのに。昔の王様のように指一本自分では動かさずに、他人に命令ばかりして、自分の思いのままに動かしていたのだろうと、てっきりそうだと思っていた。

私の感想に、更に可笑しそうにお腹を抱えながらいとこが笑う。

そんなにおかしなことを言っただろうか。

憤慨しながら、彼が笑い転げているのを見守った。

しばらくして、ようやく込み上げる笑いを払しょくした彼が、目頭に薄く涙を溜めながら、

「確かに、そんな雰囲気があるけどね。でも、あの人基本人間嫌いで完璧主義者だから、意外に自分で動くんだよ。そうじゃなかったら、行方不明にだってならないよ。それに・・・、サムまでここに居るから、いっそ自分で仕事したくなったんじゃないかな」

と、くすくす笑いを喉奥に噛み下しながら、見解を披露してくれた。

それってどういう意味?っと私の顔に書いてあったのだろう。

彼が、今度は普通に表情を整えて説明してくれる。

サムは、ヴィコルト家の執事として以上の仕事をしていた。

緑の館を取り仕切る一方で、おじいさまの事実上の右腕として、世界中にあるグループ全てを統括しているのだと。事実、おじいさまが行方を晦ましていた間も滞りなくグループ全体を統括していたのは、執事のサムシードだったと、彼が笑う。

「僕に流れてくる仕事なんて、外交関係とサムじゃ無理な、当主としての意思確認ぐらいだから」

実質、サムが司令塔だよ。と彼が言う。

「まぁもちろん、彼はおじいさま至上主義だし。本来の主が目の前に居るんだから、僕に仕えてる場合じゃないだろう?」

くすくすと可笑しそうに感想を漏らす。

私なら、ちょっと傷つきそうな話なのに、彼はまったく気にしてなさそうだ。

それどころか、この十年面倒ごとを全て押し付けられてきたのだから、この際、長期休暇でも貰ったような気分なのだと、彼が清々しい笑顔で宣言するように言う。

「僕には優秀な秘書も居るしね。報告は膨大でも、仕事そのものはジャンとサムでほとんどをカバーしてくれるから、面倒な外交関係が当主としての一番の仕事かな」

おじいさまの場合、それが一番嫌いだから逃げ回っていたんだと思うよ。

かなりな高確率で大当たりしていそうな予想を、これまた冷静に彼が呟く。

「だから安心して、僕を頼っていいよ」

にっこり笑って、彼が結論を弾き出した。

お陰で、私には物凄く行き届いた家庭教師が付くことになったのだ。



執事の手配のお陰で、毎日の登下校もお抱えの高級タクシーに変更されていた。

もうすぐ、おじいさまの為に手配したリムジンが納入されるらしいのだが、それまではこれで我慢して欲しいとサムが申し訳なさそうにいった。

お陰で、今期から私は毎日自動車で通学している。

丁寧な運転のお陰で、後部座席に座っている数十分の間に予習も復習も同時に出来る。しかも家に帰れば、優秀過ぎる家庭教師が手ぐすね引いて待っているのだ。

有難いけど、憂鬱な毎日だった。

「ねぇ、沢山いた彼女たちはどうしたの?」

家庭教師を名乗り出た時から気になっていた件を、彼に振ってみる。

彼は月曜日から金曜日まで、国籍も違えば人種も違う美女ばかりと同時に複数人と付き合っている超遊び人なのに、何故か最近ずっとN,Yにいるのだ。

まさか、私に勉強を教えるためだけに美女たちと縁を切ったなどと言うとは思えない。

けれど、最近はもっぱらこの屋敷に増設した自分のオフィスで、私が返ってくるまでは、基本何処にも外出をせず真面目に仕事をしているらしい。

昨夕会った彼の秘書が、満面の笑みを浮かべながらもユーリーに対して棘のある言い方で、

「お嬢様のお陰で、私の主を足止め出来て大変助かっています」

と教えてくれたのだ。

だから、彼がこの屋敷からほとんど出ずに真面目に仕事をしているというのは事実なのだろう。

でも、その意味が分からない。

「うん?、気になるのかい」

珍しいね。と彼が薄ら笑いながら、とんでもない答えを返してくれる。

「全員と別れたから、今は完全にフリーだよ」

今まで、独り身だった試しがなかったけどこれも新鮮でいいよね、と物凄く清々しく彼がいう。

一体今までどれ程の美女を泣かしてきたのだろうか、このいとこは!呆れて二の句が付けないとはこのことだ。

私の白い視線など全く意に返さない様子で、彼が私のノートの隅をペンで突っつく。

これぐらいの基本的な問題で時間を取り過ぎてるよと、言葉ではなくて注意してくる。

促されるまま私が解式をノートに書きこむと、一瞥した彼が、正解と微笑んだ。

今日は、少しだけ遅れ気味の数学をユーリーが丁寧に講義してくれていた。

遅れ気味と言っても、得意教科に比べてという意味なので、そうたいしてつまずいている訳ではない。

折り返し地点より幾分か手前だというだけだ。

大体、まだ進級してようやく1ヶ月が経つ頃なのだから、えげつないと言われそうなほどの驚異的な進捗状況なのだ。

私の周りにいる他の生徒たちは、皆、私の進み具合に驚きを隠せないでいた。

ある者には本気で気味悪がられて、私のいない所で散々に罵られていたぐらいに。

それにどの教科の先生も、物凄いスピードで先を目指す私に、ちょっと引いている気配がある。

授業スピードを完全に無視して突き進む私は、本当に学校に通う意味があるのかと、最近受け持ちの担任に厭味を言われていた。

憂鬱になる原因はまさにこれだったが、卒業式に出席するというのが唯一の目標なので、我慢するしかない。

奇異な視線に耐え、一心不乱で勉強を進める私は、最近ある事実に気付いた。

どうやら、親友のメアリーの姿が最近学校にないのだ。

初めは、彼女が進級テストを受けなかったのが原因だと思っていた。

私との間に学年という差異が出来てしまったため、授業内容も教室も全てに共通点がなくなったため、彼女と遭遇しないのだと。

しかも悪い事に、私は同学年の生徒が引くほどのスピードで、次々授業単位を獲得し続けているのだ。

メアリーに会って直接説明しようと考えていたのに、校内で彼女の姿を探す時間さえ、見つけ出すのが難しいほどのスケジュールに追われていた。

だから、彼女に会えない。

そう思っていたのに、どうやら事実は違うらしいのだ。

一緒のタイミングでスキップした他生徒に聞いた話では、あの田舎者を年末以来一度も見た記憶がないというのだ。

「テキサスの牧場にでも帰ったんじゃないの」

皆、意地悪くほくそ笑みながら肩を揺らした。

彼女の素朴な外見から、勝手に作ったイメージで彼女が田舎者だと信じている生徒は多かった。

だが、本当の意味で、彼女の出身を知っている誰かはここにはいなかった。

私だってそのうちの一人だ。

彼女が、私と同じN,Yでも超が付くほど高級な街に住んでいるという事実以上を、私も知らない。

彼女が時折、目が飛び出そうな高級車で送迎されていたことも、私以外の誰も知らなかったのだ。

それに、彼女は外見は田舎者を髣髴ほうふつとさせるような恰好をわざとしていたが、その所作は大変洗練されていて、私の祖父のように大変に優雅なものだった。

実は私の家と何かしら縁がありそうなクラスの家のお嬢様なのではないかと、私は彼女のことを訝しんでいたぐらいだ。だが、お互い家族関係の事実を隠したまま友情を育んだので、本当に何一つ私は彼女のことを聞き出していなかったのだ。

ようやく13年掛かって親友と呼べる友を得たと思っていたのに、彼女の認識は私とは違ったものだったのだろうか。

疑惑に胸が痛むが、確かめる術までない。

一応ネットで、彼女の名前を検索してみたが、該当者として挙がって来るのは皆別人だった。

この事によって、彼女が名前を偽っていたという知りたくなかった事実まで浮かびあっがってきた。

以上の事実を持って、彼女も私のようにバックグラウンドが複雑な家の出なのだと、私は理解した。

「アメリカは守備範囲じゃないんだけど、これを機会に開拓してもいいよ?」

浮かない顔で本日の勉強を熟していた私に、ユーリーが冗談でも言うように提案する。

つまり、アメリカのセレブたちが集まる社交の場に出向いて、メアリーの行方を捜してきてくれると言っているのだ。

私の予想が外れていなければ、ヴィコルトの若き当主であるユーリーなら、確かに彼女に出会うかもしれない。

それはそうなのだが、如何せん写真も何もないのだ。

私も他人に写真を撮られるのが嫌いなのだが、彼女も同じで、あんなに一緒にいたのに一枚も同じフレームに収まって写真を写していなかった。

「まぁ、時間は案外かかるかもだけど、たぶん見つかるよ。君の推理は正しそうだし、案外と僕らの世界は狭いから、変り者の噂話は回るのも早い。それに、その子がいいとこの出の方が君にとっても付き合いやすくなっていいじゃないか」

だから、安心して先を進めて。

と、鬼コーチのような家庭教師は、鮮やかに笑った。





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