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決断 2

 轟音が響き渡る空港のエントランスに、黒塗りのタクシーがまた一台横付けされる。自動ドアから現れたのは、まだ年端のいかぬ美少女だった。

 少女はまるで貴族のような優雅な所作で、スーツケースを車から自分で降ろすと、はっとするほど美しい微笑みで運転手に謝礼を渡す。子供が本来だせる金額以上のチップに、運転手は一瞬たじろいだが、あまりにも美しいその美貌と所作のせいで、この美少女が良家の子女だというのはすぐに理解した。

 「お嬢さん、幸運を」

 ありがとうの代わりに、美しい横顔にせめてもの感謝を捧げた。



 

 出発ロビーを、スーツケースを引いて一人の少女が歩いている。そのたびに豪華な黄金の巻き毛が揺れる。少女はアメリカ行きN,Y便のチケットを握っていた。出発ゲートの入り口付近まで一直線に力強く進んできた足が、ゲートの前に佇んでいる人影に気付きふと足を止めた。

 そこに立っていたのは、つい昨日別れたばかりの人物だった。

 「わざわざ、見送りに来てくれなくても、良かったのに」

 いつもの漆黒のタキシードが、微笑みながら軽く会釈する。

 「奥様は、お加減が優れませんで、僭越ながら私が奥様の名代で参りました」

 「お体を大事にしてと伝えてね、サム」

 「奥様もお嬢様に同じようにおしゃっておられました。また、ぜひお屋敷にお越し下さい、皆で首を長くしてお待ちしております」

 執事は、通り一遍の挨拶を生真面目に口にした。

 「あぁ、丁度良かった。サムに最後のお願いがあったの思い出したわ」

 わざと感情を挟まない執事に、その不器用な優しさに、なんとなく意地悪がしたくなって、

 「寄宿舎に残ってる私の私物の処理、やっておいて頂戴。捨てるなり、焼くなり、ガレージセールで売りに出すなり、好きに処分していいから」

 思い切りの笑顔で言い切ると、執事はさすがに眉をわずかにひそめた。

 「もう、お戻りにならないおつもりですか」

 「わからない。けど、中途半端が嫌なだけ」

 私の言葉に曖昧に頷いて、サムはいつもの彼らしい落ち着き払った表情で、

 「では、行っていらしゃいませ、という挨拶で構いませんね」

 確かめるような声音で私に問う。だから、私もいつものように少し意地悪に微笑んで答える。

 「いつになるか保証は出来ないけど」

 約束はしない、未来はまだ見えない。だからこそ、見失わないように全力で追いかけることにしたのだから。決意が揺るがないうちに、前だけ見詰めて歩き出さないといけない。

 「奥様には、大変お元気なご様子で出国なされたとお伝えいたします」

 いつみても大仰しい一礼で深々と頭をさげた執事に、決別のために左手をひらひら振って、私はまた歩き出す。もう呼び止める人はいなかった。

 ゲートを越えて、行く。未知のその場所へ。











 私のモバイルに転送さてたメールに、住所の記述があったのを、N,Yに到着してから気付いた。よっぽど動揺していたのか、自分がどこを目指していけばいいのかすら、気にしてなかった。もの凄い数の到着客が列をなしているゲートで、入国審査を待つ間にその事実に気が付いた。なんだか可笑しくて、俯いたままこっそり笑っていると、私の番が来た。

「あなた、まだ子供でしょう。親はどこなの」

入国審査官が怪訝そうにいう。私は、彼女をまっすぐ見詰めて事実を伝える。

「その親に会いに来たの、確認がいるなら、ロンドンの私の家に電話を掛けてくれたらいいわ」

私の顔写真と、ド=ヴィコルトという名前で彼女の視線が止まる。

「伯爵様と同じ名前よね?ホントに、本名?」

「伯爵は、いとこの君なの」

アメリカでも、ユーリー・ド=ヴィコルトは伯爵様で名が通っていたなんて、知らなかった。私の年の離れたいとこの君。

「あぁ、確かに似てるわね。いとこね」

 なるほどと頷いた審査官は、次からは大人と同伴で入国しなさいとだけいうと、私のパスポートに思い切りスタンプを叩きつけた。












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