意味深な贈り物
ひとしきり私を抱きしめた後、祖父はそのまま床の上に長い両足を組んで、本格的に座り込んだ。どうやら、細かい礼儀作法にはあまり関心がないらしい。
私とほぼおなじ視線の高さを保ったまま、大きく背中を仰け反らせ、身体を左右に軽く揺らしてのびをした。両手を開いて後ろにつくと、真っ直ぐに私の目を見て笑った。
「前回会ったときは、まだほんの小さな子供だったのにな。もう、こんなに大きくなってたとは。なんだか心外だなぁ」
「あなた、10年も遊んでいらっしゃるから、この子の幼少期を見逃されるのよ。どこの子供より、愛らしくて賢い子供でしたのに」
横柄に床に座り込んだままの祖父に、いつもの事とでもいうのか、妻であり祖母であるその人は、まったく気にとめる様子もなく話しかける。幾分か、どこか皮肉をこめた口調で。
「自業自得ですわね、今更後悔なさっても遅すぎですわよ。・・ジェニーは今日で13歳になるのですもの」
ねぇ、と祖母がわたしに視線を投げてよこす。
今日で、13歳になるのくだりは事実なのでもちろん同意見なのだが、自業自得のくだりはよくわからないので、全面的に賛成していいか判断に困る。曖昧にやりすごしたいので、そのままスルーしてしまうことにした。
「本当にそうだな、もっと頻繁に会いに帰ってくれば良かったよ。・・・残念だったな」
祖母の皮肉もなんのその。本気で残念がって床に俯せた。そのとき、祖父の不自然に膨らんだお腹周りから妙な音がしたのを、私は聞きのがさなかった。
「あの、おじいさま」
「うん、なんだい?」
床に半分ころがったような形で俯せたまま、視線だけ私に投げて、祖父が訊く。
「私の勘違いならごめんなさいなんだけど、何かお腹周りに隠していらしゃるの?なんだか、不自然にそこだけ大きいけど」
初めて見たときから気になっていたのだが、触れていいのか、触れたらまずいのか判断がつかずにいた。
だがどうやらこの人は、とことんフレンドリーな方らしい。平気で床に座るし、家族以外の他人が大勢いるのにも関わらず、まったく気にとめもせずにそのまま横柄に足も組むし、それどころか床に手をついて俯せるのも、まったく気にしない。実にすがすがしいほど、気にしない方だった。
だから、素直に訊いてみた。
「・・バレたか」
悪戯をしかけた子供のような瞳で、くすくす楽しそうに笑いながら、身体を起こしてお腹をさする。
先ほどよりもさらにでこぼことした、不自然な凹凸に視線を落とすと、さらに、クスクス笑いを深める。その様子に何故かどきっとした。誰かに似ている気がする。
「どうやら、プレゼントを配る時間がきたようだ」
床に足を組んだまま、背筋だけ伸ばして、母によく似た容貌の祖父が微笑んだ。
「まずは、ジェニファー・アンティエーヌ、お前に」
そう言うと、何故か背中に手を差し込み、ごそごそとサンタ服の下をまさぐる。
サンタ服の下がどうなっているのか、ものすごく気になり、見入ってしまう。どうやら、女性用の大きめなネッグウォーマーを腰に巻いているらしい。そのなかに大小様々なプレゼントを仕込んでいるらしかった。
ようやく目的の品が見つかったのか、やれやれとぼやきながら、茶色のなんの変哲のない袋を取り出し、私の手にぽんと載せた。
「開けてご覧」
言われたままに、素直に袋の中を覗いてみた。
「え・・・これ、なに?」
形はどうみてもハンドバックだった。それも、相当に高級なワニの皮で作られたものだ。だが、何故か高級品にはありえない、異臭がする。
眉をひそめた私に、何故だかとても楽しそうに祖父が説明してくれた。
「実はそれ、僕がナイル川のほとりにある我が家のホテルに滞在中に、増えすぎたワニの駆除作戦に参加してしとめたヤツで作ったんだ。ただ、本来なら3年干して縫製するところを、1年しか干してないから、ほんの少しワニ臭が残ってるんだよ」
いやー、まいったなと、何故か照れ笑いで頭をかく仕草をした。
「まぁ、大丈夫だ。君がそのバックに似合う年になるのはまだ数年先だから、それまで、風通しのいい場所で、保管も兼ねて干しておいで」
どうゆう理屈なのかまったく理解できないが、たまらなく魅力的な微笑みを浮かべたまま、祖父はウインクした。
「あなた、またおかしなモノを、わざわざ用意されなくても・・・」
祖母が、本当に困った方ねと呆れ顔で呟く。
「インパクトは、大きい方がいいだろう?」
してやったり、とほくそ笑む。
その表情が、ホントに悪戯好きの子供のようで、見ているだけで頬笑ましい。だから、今ひとつ釈然としないが、茶色の紙袋の口を閉じながら、素直にお礼の言葉を言ってみる。
「ありがとうございます、おじいさま。しばらくは、どこか臭いの気にならない場所で保管しておきます」
「おや、意外にも感謝されてしまったよ」
嫌がられる前提で用意してたのか、意外そうに面白そうにクスクス笑う。
「本当にお前はいい子だね」
長い手が私の頭に触れ、まるで小さい子供にするようにクシュクシュと撫でてくれた。
「ではつぎに・・」
今度はたいして手間取ることなく、お腹の包みの中から20cmぐらいの長さの長方形の箱を取りだした。
「これは、僕の最愛の妻に」
満面の微笑みで、祖母に差し出す。祖母には中身が分かるのか、余裕の笑みで受け取った。
私は中身がなんなのか知りたくて、つい期待に満ちた視線で祖母の横顔を見詰めてしまった。祖母は私に振り向きながら、
「見てみる?」
と首を傾げた。
つい、大きく頷いてしまう。
私へのプレゼントがアレなのだから、次にどんなモノが出てきてももう驚かない。というより、気になるではないか。最愛の妻と呼んだ祖母へのプレゼントがどんなモノか。
好奇心を抑えられず、祖母の手の内にある白い箱を覗き込んだ。
開かれた箱に入っていたのは、おじいさまの瞳と同じ色の、宝石が輝く豪華なネックレスだった。大粒のエメラルドが中央に配置された、ダイヤの連なるネックレス。
「まぁ、なんて綺麗なの」
どこの世界に、宝飾品を送られて嫌な顔をする女がいるだろうか。私のもっともな呟きに、祖母はただ微笑んだ。この様子で気づいた。祖父はいつも、自分の瞳と同じ色の宝石を、祖母に贈り続けているのだと。
だから、箱を開ける前から祖母には中身の見当がついていたのだろう。
静かに微笑みを浮かべたまま、祖母は何も言わなかった。
次に、何故だか急に視線を執事に投げて、祖父は小さな白い箱を差し出した。
「これはお前のだ。いつもので悪いが、な」
艶やか(あでやか)とでも表現するのか、ひときは微笑みを深くして、受け取れとでもいうのか顎をしゃくる。
存在そのものを消していた執事が、祖父の言葉に一瞬動揺した。いつでも厭味なぐらい堂々とした美貌の執事が、困惑に表情を曇らせている。私にはついぞ見せたことのない表情だった。
「どうした、もうそろそろ、なくなる時期だろう?」
手のひらに乗せたままの小さい箱には、何か消耗品が入っているらしい。
祖父は真っ直ぐに執事を見詰めて動かない。執事は何かを観念した様子で、浅く息をはき、わずかに緊張した面持ちで祖父の前までやってくると、その場に跪いて祖父の手から小さい箱を受けとった。
「ありがとうございます、ご主人様」
黒髪に邪魔されて執事の顔は確認できなかったが、祖父はなんとも艶やかに微笑んで、大仰しい執事の返礼に満足げに頷いた。