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再会 2

「お嬢様、まだお眠りですか」

 懐かしい誰かの声が聞こえる。

シュというカーテンを開ける音がして、光りが洪水のように部屋中に流れ込んでくる。その光量に驚く。唐突に光りで埋め尽くされた部屋に対応できなくて、頭が痛くなる。朝というには光りが強すぎた。かき寄せた羽布団に潜り込んで、僅かに開いた隙間から部屋の様子を伺う。だがまだ目が慣れなくて、誰がいるのか判別できない。

 「もう、昼をすぎていますよ。せっかくのお誕生日ですのに、主役が不在のままでよろしいんですか」

 声の主はクスクス笑いを含んだ声を隠しもせずに、カーテンをタッセルにきれいにまとめながらいった。

その声に聞き覚えがあった。

 「え・・・、サム?なの」

 僅かに開いた布団の隙間から訝しげに、窓の側に立つ人物を見た。

 そこには、いつもの漆黒のタキシードを優雅に着こなした、黒髪で長身の、年齢不詳の美貌の執事がいた。

 「お嬢様のお迎えがないことを、奥様が大変残念がっておいででしたよ」

 羽布団に埋もれたまま一向に動かない私に向き直って、クスクス笑いを唇に貼り付けたまま、大仰しく頭を下げた。

 「まだまだ子供ですねって、バカにしてるわね」

布団に隠れたまま、宿敵とすら勝手に思っている、美貌の執事の横顔に愚痴る。聞こえているだろうに、聞こえないふりを決め込んだ執事は、

 「奥様がリビングでお待ちです、お早くお支度ください。それとも、寝坊の言い訳のために、体調不良の偽造をお考えですか」

 「まさか、そこまで子供じゃないわ」

 おそらく、不機嫌と顔に書いてあったのだろう。がばっと起きあがった私の顔を見た瞬間、唇に張り付いたクスクス笑いをさらに深める。

 「ちゃんと、おばあさまには謝るわ。だから、そのクスクス笑い、やめてくれる」

いつものように私の抗議に少しも耳を貸さない執事は、漆黒のタキシードを優雅に翻しながらも、楽しそうに微笑みを止めない。

 私のベットサイドを回って左側に置かれたサイドテーブル前に移動すると、これ見よがしにデジタル時計を指して、

 「奥様には、もう一時間もすればお嬢様に再会できるとお伝えしておきます」

左手を自身の胸にあてて、厭味なほど丁寧に会釈すると、それ以上私をからかうこともせず優雅に立ち去っていった。

 音もなく静かに閉ざされた扉に、私の溜息がぶつかる。

「・・・最悪」

 昨夜ベットの中で、ずっといつまでも考えこんでいたため、大事な用事に間に合わないという失態を引き起こしてしまったのだ。

 目覚まし時計はきちんと設定されていたのに、耳障りなあの音に気づかないほど熟睡していたのだろう。現に、カーテンを開け放つ音と執事の声に気づくまで、完全に寝ていた。

 10時に空港へ、祖母とあの厭味な執事を迎えに行く約束をしていたのに。

 それなのに遅刻どころか、起こされてしまった。

 約束の時間に現れない私に、祖母はどれほどがっかりしたことだろう。後悔先に立たずとは、このことだ。

 私は一つ大きな溜息をつくと、ベットから降り、部屋付きのシャワールームへ急いだ。

 わざわざ一時間も後の時間設定で、新しいスケジュールをさらっと決めっていった執事に、これ以上子供認定されずにすむように、きちんとせねばならない。

 決戦へ向かう女剣士のような心境で、シャワーのコックをひねった。




 リビングには、華やかな生演奏の四重奏が流れていた。

 どうやらクラッシックがお好きなおばあさまのために、ジュリアードの学生による出張サービスを、どこまでも抜け目のない執事が手配していたらしい。

 誰もが、真剣に演奏していた。

 だが本当のところは、活動休止中の女優のマンションで開かれている、クリスマスパーティーに興味津々だった。だがそこはプロを志す人々だ。余計なことは聞かないし、尋ねない。仮に興味を引く人物がそこにいたとしても、自分たちはゴシック記者ではない。依頼された仕事を精一杯こなすのが、分というものだと、全員がわきまえていた。

それにもし、演奏を個人的にものすごく気に入ってもらえれば、プロの演奏家としてのデビューへの近道にもなる。

 それにあくまでこれは演奏会ではなく、個人の邸宅で行われているパーティのBGMなのだ。

 主役は他にいた。

 あらかじめ配られていた顔写真の少女が、ようやくリビングに姿を現したのは、演奏を始めてからゆうに一時間は経とうとしていたころだった。

 誰もがはっとする美しい少女。彼女が開かれたドアの先にたったそのとき、それまで演奏していた四重奏を止め、ハッピーバースデイを引いた。

 その場にいた全ての人間が、一斉に彼女のその美しい姿に目を奪われた。

 童話ピーターパンの妖精ウェンディーが着ていたような、緑色の、腰の辺りからまるで花弁のような弧を描く、ふわっとした飾りを丁寧に重ねた優雅なドレスを、少女は身につけていた。

 ドレスとは対照的に豪華な金髪は、とくになにも手を加えられていなかった。

 それなのにまるで、ティアラが見えるような気さえする、ゴージャスな美少女。

 少女は、どこか恥ずかしそうに老婦人の座る椅子まで歩を進めると、スカートの裾を両手で持ち上げ、優雅にお辞儀をした。

 そのまま、少女はその場に座り込むと、両手で老婦人の手をとり、

「おばあさま、約束を反故にしてごめんなさい。せっかく、わざわざ私のためにN,Yまで来ていただいたのに」

 と謝罪した。

 「まぁ、いいのよジェニー。そんなこと気にしてないわ」

 「でも、おばあさま」

 納得がいかないのか、さらに謝ろうとする少女に、祖母と呼ばれた老婦人が優しく頬に手を添えて

 「そんなことより、お誕生日おめでとう、ジェニー。またさらに美しくなったわね」

と微笑んだ。



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