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予感

その夜は、なかなか寝付けなかった。

 朝が来れば母と祝う初めての誕生日だというのに、私の胸の中で、喜びよりも不安の方がどんどん大きくなっていた。頬に触れた母のあの細い足が忘れられない。

 『病気ではないもの』

と微笑んだ母の顔に、確かに嘘はなかった。

いつもと何も変わらない静かな表情。山奥深くにある、人が近づくことすら拒むような毅然とした湖のように澄んだ微笑み。私を見詰めた視線にも、嘘やごまかしのたぐいのモノは見つけられなかった。

 だというのに、何かがひっかかる。

 うまく言葉にできないが、とにかくなにかがおかしい。私の中から、またしても不安という名の第六感がじわりじわり沸き上がってくるのを感じる。

 それと同時にもう一人の私が、この不可解な状況を一から分析しろと囁いている。だから素直にその声に従ってみる。

 確かに母は、全世界でただ一人妖精とまで謳われた女優だ。休暇中とはいえ、容姿に気を遣うのは当然だろう。私がここへやってきた約4ヶ月前から一度も、外出をしていないとしても。別段、外に行かなくても体調管理のためのトレーニングはこの家のジムで事足りるし、私が直接見聞きしていないだけで、毎日のスケジュールにヨガなどの軽めの筋肉トレーニングなどが組まれているのかもしれない。

 だから、母の姿があまりにも細く華奢で人間離れに美しくても、格別におかしいわけではないのかもしれない。

 導きだされた推考に、ほんの少し安堵する。だが、本当にそうなのだろうか。

 どこからか沸き上がってくる不安が、せっかく見つけた着地点をまた闇の彼方へ押しやってしまう。

 目を閉じて、何度目か忘れた寝返りをうつ。母の声が聞こえた気がした。

 『大切な話があるの』

 そういった母の声はいつもと何も変わらなかった。慈愛に満ちた、大好きな声。そのはずなのに、何故だか胸が痛かった。母のいう大切な話が、もしかしたら私がいま一番聞きたい質問の答えなのかもしれないと、とっさにかんじたから。

 初めから決められていた期間、一年だけの生活。

 その意味は、いったいどこにあるのだろう。

 私が母を思うほど、母は私を思ってはいないのだろうか。

 浮かんだ言葉に反射的に首を振る。そんなはずはない。母は確かに私を愛してくれている。毎日まいにち沢山のキスと微笑みと言葉で、私に愛を示してくれる。ほんの数ヶ月前の私なら、望むことすら諦めていた毎日を今私は手にしているのだ。

 では何故、私はおびえているのだろう。

 母がいう、大切な話が、一年だけの母との生活についての回答と決まったワケではないのに。

 ベットの中で、何度もなんども母の言葉を思い出す。

 聞きたくて、聞きたくなくて、訊かないできた質問への、一番近い答えが迫ろうとしている予感がする。

 じわじわとわき上がってくる、正体不明な焦りのような感情が、私をさらに不安にさせる。不安から逃げ出すために、ふわふわの羽布団を思い切り引き寄せて潜り込んだ。

 暗闇の先にあるのは、一条の光りなのか、それとも業火の揺らぎか。

 ぎゅっと引き結んだ目蓋の裏に、何故だか真っ赤に燃える炎が映った気がした。あまりにも恐ろしい光景にあわてて目を開け、思いっきり首をふる。幻想をどこか遠くへ追いやってしまわなければ、怖い夢に捕まってしまう。

 まだ何も分かってないのに、母から直接聞いたわけでもないのに、何故だか今たった一瞬見た怖い夢が、答えの象徴のようで恐ろしくてたまらない。私が欲しい答えとは、まったく別物のような気がしてならない。

 聞いてしまったら、もう逃げることすらできなくなるかもしれないのに。

 そんな焦燥感ばかりが募っていく。眠れないまま、いつまでも暗闇を凝視しているしかなかった。



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