入隊式そして銃貸与式
陸自の入隊式は盛大に挙行される。
音楽隊の演奏から何まで。運用訓練幹部こと運幹や式次第担当の二等陸尉が進行してくれる。
終始不動の姿勢で全員が入隊式を無事終えて写真撮影の前に横にいる谷口が振り向いた。
「…わりい、うんこ漏らしたかも」
…ありえない。
班長達は何故か終わったら台風だ台風だと騒いでたがなんのことかわからないので放って置く。
会食の時久しぶりに母ちゃんと父ちゃんと会った気がした。
「まあ、頑張れよ」
「大丈夫?あんた?何か心配事はない?」
なんだかんだ俺の親だ。二人とも心配してくれている。
「問題ありません。たかしくんは志も高く積極的で優秀な子です。きっと立派な自衛官になりますよありがとあございます任せてください」
なんで全部班長が割って答えてんだよ…。
その答えは聞けずさっさと家族タイムを切り上げられて俺は引き剥がされるのであった。
母ちゃん、俺やめたいよ。
その言葉は届かず、儚く消えて散った。
銃貸与式。舎前に上下戦闘服で集められて三列縦隊で並んで列外に当直が一人立ち班長に報告する。
「第一区隊総員60名事故なし現在員60名列外1武器搬出準備完了!」
ビシッと敬礼して班長も敬礼を返す。
そして叫んだ。それに俺たちも答える。
「武器ッ搬出ッ!」
「「「武器ッ搬出」」」」
さあ、これから武器を受け取るのか…まあ男である以上一度は銃に憧れるもんだ。ドキドキするのも当然…。
「と、いう感じで今度から搬出してもらうから。あ、あと格納報告も実際にあとでやってもらうからな。というわけで再度三列横隊に並べ直せ。貸与式を行う」
二班長の言葉で少し萎えた。なんだよ、そういう系か。
ヤクザまがいの顔をした区隊長は運幹の式次第の進行に早くしろやと言わんばかりにイライラしながらようやく要員から銃を受け取り目の前に来た隊員に小銃を突き出す。
「銃、番号ヒトマルサンヒトキュウゴ、銃!」
突き出された小銃を奪い取るように取り叫び返す。
俺の番が来て俺も同じく受け取った。区隊長ががっつりつかんでいる銃を思い切り剥がすと、初めての感触が肌を伝ってきた。
黒くてゴテゴテしてて、けどめちゃめちゃ硬そうかと思いきやそうじゃない。これが今日から自分たちを守る物になる、そう言われた。
全員が貸与を終え列中に戻ると区隊長の訓示が始まった。
「ついに本番がこれから始まるわけだが、お前たちの覚悟がどれほどのものか、しかと見せてもらおうと思う。約3.5キロのその89から来る重さを理解できるかな?フッ、まあ、そのうちわからせる時がくるさ。この3ヶ月を終えるまでお前達に階級はなく自衛官ですらない。辞めたいならば正直に申し出よ。正規の手続きを踏ませてさっさと辞めさせてやる」
わかりました、もう十分なんでやめます。そう挙手して申告しようとすると東班付に腕を掴まれ振り向くとニッコリと笑っていた。あとで反省な、とでも言うのだろうか。ちなみに反省とは何かと指摘事項を見つけるごとに班長班付が与えてくるペナルティのことだ。
だか班付は違った。
「部屋に戻ったら楽しみだなぁ」
そう言って去っていくのだ。さっきから班長や班付の何人かが見当たらない。俺たちの教育隊が置かれてあるあたり、三階からガシャガシャとベッドを倒すような音が聞こえてきた。いったい何をしてるんだ?不思議でならなかった。
まさか本当にベッドを倒してるわけじゃあるまいし…。
「お前ら集まれ」
二班長が全員を集めて銃を握らせたまま自由隊列を組ませた。
「まずは銃点検から教える。部品から少しずつ覚えてもらうぞ!」
そう言って銃点検の要領を習った。
89式5.56ミリ小銃。この銃の名前らしい。長いから縮めてほしい。この銃は先代の64に比べて部品が少なく工具無しで分解結合が可能となっている。点検においては外観から察することのできる部位が破損紛失等してないかを確認することが主な作業になる。異常等発見した場合は速やかに上官に報告。また後々ブラックテープによる脱落防止も行われるようだ。なんだか面倒くさそうな話だ。
「銃点検を実施する、銃ッ点検!」
「銃ッ点検!」
槓杆を開いてスライド止めをかける。
「薬室よし!」
中に弾薬ゴミ等が入ってないか確認する。
「細部渡る、消炎制退器」
「消炎制退器よし!」
復唱復命を確実に行う。
点検はとても大事で今後行われる武器整備等も重要になってくるらしい。
「お前ら!銃は命より大事だと思え。絶対落としたりするんじゃねえぞ…」
一班付の竹山士長が睨むように吐き捨てた。
そんな静寂の中谷口が小銃を地面に落とした。
「谷口いいいいいいい!!!」
全力で谷口は逃走した。