26 色欲の邪神 ゲッヒャー
「いや、もう僕たち、カード揃える意味がないので、大丈夫です」
「そ、そんな……!」
「なんだなんだ、クエストはもういいのか?」
いつのまにか、端の方で、焚き火をして豆を焼いて食べていたエスメラルダとフィーが「え? もうおわり?」みたいな感じでこっちに顔を向けてきた。
「はい、すみませんこんなところまでお付き合いっしてもらったのに。とりあえず、クエストをこなして、カードを集めていくっていう予定だったんですが、その必要がなくなったのでもう大丈夫です」
「あ、そうなんだ。じゃあ、いこっか」
フィーがそう言って、アツアツの豆をハフハウして食べると、立ち上がった。
帰還モードに入った旅の一行が、元タコ足に背を向けていると、後ろから、情けない声が聞こえてきた。
「な、なんでだよー。戦闘しろよー! クエスト始まってるんだぞ! ゲヒ、ゲヒ。なんのためにこんな雪山にいると、ゲヒゲヒ、思ってるんだよー!」
振り返ると、元タコ足が情けない顔で泣きじゃくっていた。
あいつって、本当にかわいそうだよな。
「いいよ、兄ちゃんほっとこう。あいつはああみえて結構強いモンスターに位置してるんだ。正直怪我したり命を落とす可能性もあると思う。必要もないのに危険な戦闘をする意味なんてないよ」
「そんなこと言うなよー! せっかくプレイヤーが来たって、クエストが発生したって、ゲヒ、喜んでたんだぞー! それに、ほら、クエストをクリアすれば、げひ、すっごいレアカード。色欲の悪魔の呪われた鎖ってやつが手に入るんだぞ! このカードはすごいんだぞ! 装備している時は、すべてのステータスを半分以下にするが、装備を外した後の10分間ステータスが4倍になるカードなんだ! 戦闘がすごく楽になるぞー! これからの旅におすすめの一品と言っても過言ではないゲヒ」
「でも、僕たち強いモンスターと戦う必要がなくなったので、そういう装備カードは必要ないんですよ、すみませんね」
弟は、面倒くさそうにそういうとノッシノッシと進んでいった。
まあ、確かに、弟の言う通りなんかもしれないが……いや、でも……。
「おい、やっぱり、戦おう。俺、あいつの言ってるカードがほしい」
「兄ちゃん、情けは人のためにならないよ」
「別に情けじゃない。俺がほしいだけだ。いいからやるぞ!」
「もー。ショウにいは、一度決めたことは何言っても聞かないからなー」
と、いって弟は大きんため息を吐く。
「エスメラルダさん、フィーさん、すみません、やっぱり戦うことにします。ご助力いただけますか?」
「それはもちろん構わないよ。そのためについてきたわけだしな。よっし、それじゃあいっちょやりますかね」
エスメラルダが腕を回してやる気を見せてくれた。
「ゲ、ゲヒヒ、ゲヒヒ! やる気になってくれたのかゲヒ! ゲヒヒヒー!」
元タコ足は喜んでいる。
「兄ちゃん、あいつがなんかかわいそうだからって油断しないでよ。強いんだから」
「わかってるよ。油断なんかしない」
戦闘開始早々、俺のとっておきのカードである海神のほうられた小指を使った。
今までは弟が使うなよ、使うなよ!って言ってきたから買わなかったんだけど、この戦いでは使ってもいいって言われてる。
思いっきって使うと、元タコ足が海に飲み込まれたけれど、カードの効果が終わって海が引いたあとも、
そこそこピンピンしてて、HPゲージがあんまり減ってなかった。
「ゲヒ、ゲヒヒヒ! 私はこの触手が見てわかるように、水属性なのだ! 水属性の攻撃はあんまり効かないぞ!」
と言って自信満々な顔をしている元タコ足に、「もう、触手ないけどね」と弟の追撃ダメージが入った。
元タコ足は、悲しい顔をして怯んだ。心なしかHPゲージも減った気がする。
「う、うるさーい! 今度はこっちから行くぞ!」
「『軟体触手地獄』」
自信満々にそう叫んだ元タコ足に身構えたけれど、何も怒らなかった。
元タコ足は、首をひねって、今度は、小声で「な、軟体触手地獄」とぼそっと言ったけど、やっぱり何も起こらない。
「ウルフレイム、発動!」
容赦のない弟が、すかさずカードを使って、狼の形をした炎の弾丸を飛ばした。
呆然とするタコ足の肩のあたりにあたって、少し焦げ付いた。
しかし、攻撃を食らったのに、動じた様子もなく、それにHPゲージもほとんど減らないタコ足は、
「軟体触手地獄、軟体触手地獄、軟体触手地獄、軟体触手地獄……なぜだ、なぜ発動しない!」
とぼそぼそ言い続けている。
「アイツ、防御力がすごい。ウルフレイムが全然聞かないなんて」
そう言って、弟が驚愕の表情で元タコ足を見る。
「お、おい、いいのかコウジ、な、なんかアイツかわいそうだぞ!」
「でも、倒さないとクエストは終わらないし、あいつを倒してもらえるカードが欲しいっていったのは兄ちゃんだろ?」
「そうだけど……なんていうか、アイツ、可哀想すぎるだろ」
俺と弟がそんな会話をしていると、エスメラルダさんが、盾を構えて近くにきた。
「油断するなよ。アイツ、かなり強い。何があったのか知らないけれど、こちらから注意が離れてる。今のうちに攻撃を仕掛けたほうがいい」
弟は頷くと、新しいカードを取り出した。
「溶解仙人ヌメリヒョン、発動」
すると、こぶし大ぐらいの液体が飛んで、タコ足に当たった。じうっと音を立てて、肌が少し赤くなった。
HPゲージは、ほんの少し減った、ような気がする程度。
続けて、フィーがカードを使って遠距離攻撃をしたけど、やっぱりHPゲージは減らない。
「魔法耐性がおもったよりも高いな。これは接近戦じゃないと片付かないぞ。ショウジ、行けるか?」
エスメラルダに言われて、右に手に嵌めたボクサーが付けるような手袋を見る。ここまで来る途中の魔物が落とした装備カードだ。
すばやさが下がるけど、攻撃力が高くなるとか言う奴。ずっしりと重い鉛色の手袋だ。
今いるメンバーだと、接近戦ができるのは、エスメラルダと俺ぐらいだ。
いまだ青い顔して、「なぜだ、なぜだ」とつぶやいているタコ足には悪いけど、今のうちにいかせてもらおう。
「わかった。やるぞ」
俺は駆け出して、まっすぐタコ足に向かって駆け出すと、その助走の威力を溜まったまま、新しく美形に変わったタコ足の顔面に向かって拳を叩きつけた。
「ぐはー!」
元タコ足は、盛大に吹っ飛んでいく。HPゲージがいくらか減っていった。
よし、このまま……!
倒れたタコ足に、拳を叩き込んでいく。
途中までなされるがまま俺の拳を受けて、順調にHPを減らしていた元タコ足が、俺の拳を掴んだ。
そして、鼻血をたれながしながら、不敵な笑みをつくる。
「痛いじゃ、ないか。しかし、痛みで気づいた。私の必殺技の中に、軟体触手地獄という触手を使って相手に大打撃を与える壮絶な技があったが、どうやら、使えないらしい。なぜなら、もう、俺には触手がないからな!」
衝撃の事実に、顔を歪めて、涙ながらに語る元タコ足。
こいつ、可哀想な奴だな! と思いながら、掴まれた腕を引き離そうと力を入れるがびくともしない。力、強い!
そして、俺より少し後ろにいる弟から、「いや、なんか技の名前を聞いた瞬間にそうじゃないかなって、僕わかったけど」と冷静なツッコミが入った。
その時、さっきまで力強く握っていた元タコ足の手が緩んだので、思いっきり引き離して、距離を取る。危ないところだった。
「まあ、いい。必殺技などなくても、お前らなど赤子も同然よ! カトラスソード!」
そう言って、元タコ足が立ち上がると、いつの間にか右手に細い剣を握っている。
ちょっと空気が変わった気がした。




