16 惰眠を貪りしものの目覚め
「今日は、いつもよりたくさんモンスターがでますねー。それにカード化率がすごいです」
そうのんびりといった調子でエステルはいいながら、さっき倒したモンスターから出てきたカードを拾い上げる。
すげーな。あの大きいハンマー振り回して、汗一つかかないし、すごく、自然だ。手馴れてる感ある。
「なあ、エステルは、冒険者って言ってたけど、モンスター倒して手に入るカードを売って生活してるのか?」
「え! あ、はい、そう、です。結構、いい稼ぎになるんですよ。それに、私のとりえなんて、この馬鹿力ぐらいなので……」
そう、なぜかエステルは、わたわたと視線をさまよわせながら答えた
弟と話してる時はよどみなくスラスラ答えるのに、俺と話すとエステルはちょっとどもりがちになる。なんでだろう。やっぱり、さっき俺を突き飛ばした負い目か? もう過ぎたことだから気にしなくていいのに。
なんか、もうちょっと、気にしなくていいぜってことを伝えた方がいいのか? ジェントルマンとして。
そういえば俺が悪いことして、母ちゃんに怒られた時、ちゃんと反省して謝れば母ちゃんはいつも許してくれた。そん時はいつも、頭をなでてくれるんだ。
そうか、よし、頭をなでよう。
「エステル、別に俺のこと突き飛ばしたこと気にしなくてもいいんだぞ。謝ってもらったし、俺もうなんも思ってないし」
俺はそう声をかけて、エステルに近づく。なぜか近づく俺を見て硬直しているエステルの頭に右手を置くと、彼女は顔を真っ赤にさせながら「こないでくださいー」と言って、ハンマーを振り上げた。
「ショウ兄ちゃん、それ以上近づいちゃだめだ! 離れて!」
と、耳元で叫ぶ弟の声を聞きながら、俺はすばやくバックステップを踏んで後ろに下がると、ドーンとものすっごく大きな音が聞こえた。さっきまで俺がいたところに大きなハンマーが振り落とされて、地面がへこんでいる……。
「ショウ兄ちゃん! むやみにエステルさんに近づいちゃダメだよ!」
耳元でギャンギャン弟が叫んでくるけど、え、俺が悪いのか!?
正気にもどったっぽいエステルが、ハンマーを地面に置いたまま、俺のほうをみて泣きながらペコペコ謝っている。
「わー、ごめんなさい、私! またやってしまいましたー! 大丈夫ですかー? 本当にごめんなさいー!」
何これ、エステル、めっちゃ怖いんですけど。おれ、ちょっとちびりそうだったんすけど。
俺が、まだ驚きすぎて、二人にかける声を忘れていると、頭の中で女の人の声が響いてきた。
『特別イベント発生“惰眠を貪りしものの目覚め”が発生しました』
「え? なんだ? さっきの声」
「ショウにいちゃんも聞こえた? 特別イベントが発生したって……」
「ずびませ……え? 私は何も聞こえなかったです、よ?」
どうやら、エステルには聞こえなかったみたいだけど、弟は聞こえたらしい。
弟がキョロキョロしながら回りの様子をみていると、少しはなれたところからドスンドスンという大きな音が聞こえてきた。心なしかどんどんとその音は大きくなってる気がする。
「何か、大きなものがこちらに来ているみたい、です」
エステルが、音のするほうを凝視しながらそう答えると、『ウオーーーーン』という犬の遠吠えみたいなものが聞こえてきて、いつの間にか俺達の近くに頭に1本角がはえたドーベルマンみたいな犬のモンスターがいた。エステルが、すばやくハンマーを振り回して、出てきたモンスターに対応し、俺も、周りを見ると、足元にねずみみたいなモンスターがいたので、こん棒を振り回して攻撃をする。
モンスターを倒したけれど、ドスンドスンと鳴る音の正体はそいつらじゃないみたいだ。まだ聞こえてるし……やっぱりどんどん近づいてきてる。
「嫌な感じがします。ここは逃げましょう!」
エステルさんはそう言って、ハンマーをもう一払いして、犬っぽいモンスターをカード化させる。逃げるために、音のするほうとは反対側へ駆け出そうとするも、次々と小型のモンスターが俺達の行く手をはばむようにやってくる。
次々とやってくるモンスターを薙ぎ払っていくけれど、思ったよりも邪魔をしてくるモンスターの数が多い。気づけばドスンドスンと音をさせながら近づいてきているモンスターがもう見える位置にまで来ていた。
丸くて大きなモンスターだった。手足はなくて、緑の毛皮に覆われている。身体のほとんどが顔で、目と口が異様に大きい。毛の色は緑色だけど、ダルマみたいな見た目のでかいモンスターだ。
そのダルマモンスターが「ウワゥワゥワァア」と大きな音と供にあくびをすると、その大きく開いた口から、たくさんの小型モンスターが出てきた。
さっきから邪魔臭いと思っていたド-ベルマンみたいなモンスターとかねずみとか、でっかい蟻にダチョウっぽいのか、とりあえずうじゃうじゃいる!
さっきからいきなり襲い掛かってきたモンスターはコイツの口から出てたのか! 一度口に入れたものを吐き出すとか……きたねぇな!
「た、大変です、囲まれてしまいました。多分、あのモンスターはこの森の主です。まともに戦って勝てるとは思えません……。私がどうにか道をつくるのでお二人は逃げてください!」
「エステルも一緒に逃げるんだろ!?」
「私のことは気にしないで、ください。モンスターを足止めする必要があります!」
「だめだ! 女の人にそんなことさせられるわけないだろ!」
そういうと、ハンマーを振り回し続けていたエステルが少し笑った気がした。
「ありがとうございます。こんな私を女の子扱いしてくれて。嬉しかった、です」
エステルは、それだけ言うと顔つきを変えて、ハンマーを横に薙ぎ払った。薙ぎ払われたモンスターが勢いよく飛ばされて、そこに道ができる。
「はやく! そこから逃げてください!」
エステルがそう言って、出来上がった道を指差してくるけど……!
「だ、か、ら! そんなこと出来るわけないって言ってるだろ!」
俺はエステルのすぐ近くで、攻撃をしようとしていたモンスターめがけてこん棒を振り下ろした。当たり所が良かったのか、すぐにカード化する。けど、モンスターはそれだけじゃない。また、近くに攻撃してきたモンスターを見つけて、こん棒をそいつに振り下ろす。数が多すぎる。大きなダルマモンスターがたまにあくびをして、そこからまたモンスターが出てきて、きりがない。
俺達に『早く逃げてくださいー!』と文句を言いながら、エステルはハンマーを振りまわし続けてるけど、このままだとやばいんじゃないか?
「そうだ! ショウ兄ちゃん! 海神のカード! アレを使って!」
さっきまで、モンスターの猛威にびっくりしていて、俺の肩の上で固まっていた俺の弟がそういって顔をあげた。
海神のカード? って、たしか……。
「エステル、悪いけど、ちょっとの間、俺の近くにモンスターが来ないようにしてくれ!」
エステルにそういいながら、俺はエステルの近くに行く。エステルがそんな俺の回りで、円を描くようにステップを踏みつつハンマーを横に薙ぎ払った。一瞬だけ、モンスターが俺達の周りからいなくなる。
「カード辞典オープン!」
俺は、海神のカードを取り出して、上に掲げる。
「ここらへんのモンスターに、“放られた海神の小指”のカードを使用する!」
そう唱えた瞬間、カードが光った。そして、どこからともなく突然激しくうねる海流が、丁度俺達のいるところだけを残して、ゴウゴウすごい音を出しながら流れていく。
飲み込まれたモンスターは、一瞬にしてカード化したのか姿を消すと、ダルマのモンスターだけが、苦しそうな顔をして、その海流に耐えている様子が見えた。
しばらくすると、海流は消えて、くらくらと揺れるダルマモンスターだけが残った。まわりにはゴミみたいに、カードが散らばっている。さっきの攻撃であんなにたくさんいたモンスターが全部カード化したらしい。
ダルマモンスターの近くに表示された体力ゲージをみると、もう3分の1もないぐらいに削られている。
これならいける気がする!
俺はこん棒を握り締めて、だるまに渾身の力で攻撃を叩き込む。
けど、俺の攻撃だと、ちっとも体力を削れないようだ。何度か打ち込んだけど、体力ゲージにさほどの変化がない。
くらくらの状態から意識を取り戻したダルマが、また口を大きく空けた。またモンスターを口から出す気だ!
また、あの海神のカードを使おうかと思って、カードを使用しようとしたけど、発動しない。肩の上の弟が、MPが足りないんだといっている。エムピーって何!?
ドゴン!
ダルマの口が唐突に閉じた。
というか閉じられた。エステルがダルマの頭上から大きなハンマーを叩き込んでいたからだ。
ダルマの体力ゲージを見ると結構削れているのがわかった。あと、もう少し。
「ショウ兄ちゃんに『バーサクの祈り』を使用する!」
弟がカードを使用する声を聞いて、俺はスーパーな俺になっている高揚感のままこん棒をダルマに振り落とす。エステルも同時にハンマーを振り下ろした。
―――ドーーン。
ダルマの体力ゲージが、消えた!
ダルマのモンスターはコロンと仰向けになる。
「おのれ、我が眠りを妨げし者。この沈黙の森の王を、怠惰の邪神様の眷属である我を、滅ぼすと、いうの……か……」
ダルマモンスターはそれだけ言うと、カードになって消えた。




