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#04

坊坂は今一度、部屋全体を眺めた。それまで気が付かなかったことがおかしいほどに、部屋の中は赤み掛かっていた。部屋全体を確認し終えると視線を落し、炬燵(こたつ)に鞄にコートにと移動させていく。夕日に照らされているだけだと分かった筈なのに、鞄もコートも、(とき)色よりも一層赤くなっている気がし、一瞬遅れて、それが気のせいではないことが分かった。コートのすぐ傍に、女の髪があった。赤いものが付着してる。ばさりと広がった髪の先端から根元に向けて視線を移すに従って、赤いものの付着は多くなった。部屋全体が更に濃い赤に沈んだような気がしたが無論錯覚である。赤い光を生んでいる夕焼けや外に真っ赤に色付いた紅葉があることが妙に気に(さわ)り、頭が脱水症状を起こしかけている様にきりきりと痛んだ。坊坂は深呼吸をすると、女の頭部を上から眺め下ろした。座っていた女はいつ間にか床に倒れていた。床に落ちた頭部を中心に、窓から差し込む夕日より余程赤いものが広がっていて、ござの緑と赤で描かれていた模様の図案が変わっていた。特に酷い、頭部でも顔の辺りは、ただ赤い絵の具をぶちまけたようになっているが、その周囲にも結構な量が飛び散っている。コートや鞄が最前より赤みを増したのはそのせいだった。炬燵(こたつ)布団の上には、頭皮に付いた頭髪が一房、頭部から離れて落ちていた。

坊坂はごくりと口腔内の唾液を飲み込んだ。顎を動かした拍子に、左腕が妙に重いことに気付いた。視線を左腕に向けると、点々と赤いものの付いた己の皮膚と、しっかと持っている、赤く染まった硝子の灰皿が目に入った。頭が一段と重くなったようで、坊坂はまじまじと下げ下ろした左手に握られている灰皿をただ眺め、しばらくして、それを目の前に持って来て、またしばしの間眺めた。幾ら視線で洗おうとも、硝子製で透明だった灰皿から、赤い色が取れることはなかった。坊坂は、再び女に目を戻した。

…起こった後、か。

痛むだけでなく、動きも相当鈍くなっている頭だが、何とかそう考え付くことが出来た。どうもこの部屋の、この灰皿で、女は最期を迎えたようだった。坊坂は女の傍らにまで移動すると、膝をつき、女の顔を改めようとして、行動の馬鹿馬鹿しさに気付いて手を止めた。生死にしろ、女の顔にしろ確かめる必要などないのだった。必要なことは別にある。それは分かっていたが、重い頭がなかなか動いてくれなかった。

自分は悪くない、との思いが不意に全身を襲った。悪いのは、自分を裏切ったこの女だと。この女は正当な制裁を受けたのだ。しかし、いくら女が受けたのが正当な罰であったとしても、このまま放置しておく訳にはいかなかった。何かをしなければならない。隠せば良いのか、埋めれば良いのかと考えつつ、部屋を見回した。

そこで、さっきは部屋の外で表札を確認しようとしていたのだと思い出した。だが、それよりも目の前に鞄があるのだから、鞄を(あさ)り、女の身分証明書なりなんなりを入手すれば女の氏名は分かると思い、手を伸ばした。

鞄に掛かった手が止まった。下手に女の物品に触れて指紋が残っては困ると(ひらめ)いた。そもそも何故、女の身元など確認する必要があるのかと疑問が湧く。自分はこの女を良く知っている。それよりこの状況では指紋が残る方が余程大事である。だが鞄など燃やすか廃棄してしまえば良いのだとすぐに思い至った。

鞄に伸ばした手を何となく引いたものの、そのまま半身乗り出したような格好でしばし硬直していた。頭痛は悪化していた。おまけに左手だけが肩こりを起こしている。そこで、まだ自分が灰皿を持ったままであることに気付いて、ござの上に置いた。一部、まだ透明度を残している箇所が、窓からの夕日を反射してきらりと光った。

光が目に入ると同時、頭痛はより一層激しくなった。目に入る部屋は何もかもに血を塗りたくった様に赤く、ちかちかと輝いて見えた。たまらず、顔を部屋から窓の外に向けるが、今度は山全体が燃え上がっているような紅葉が目に入った。出し抜けに笑みが(こぼ)れた。ちょうど墓標がある、そう気付いた。

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