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#03

美月の言葉の語尾が怪しくなり、写真を凝視している顔が少しずつ変わり始めたことに、坊坂は気付き、人知れず苦笑が浮かべた。美月の顔は段々と、フィルム写真の中のドッペルゲンガー氏が化けた女になっていった。ドッペルゲンガー氏経由で、化けた対象の女がちょっかいを掛けて来たらしい。美月はドッペルゲンガー氏に注意を向け過ぎて、それ以外への警戒を怠ってしまったようだった。ただ坊坂も、まさか女の方が手を出してくる、手を出せるだけの力があるとは思っていなかったので美月の不注意を責められなかった。そういえば、と坊坂は春に美月が学院のある山の中に捨てられた遺品から、遺品の持ち主だった子供と同調してしまったことがあったと思い出した。あれは、弟のいる美月が、子供に同情心を(かたむ)けたためだったが、今回のこの女も、何か同調しやすい要因があるのかもしれない。

坊坂は、完全に別人の姿になった美月を見据えた。特に坊坂が何かをしなくても、学院のある山が持つ霊気でそのうちに消えてしまうような、力の弱い死霊で、美月への負担も大きくない。この状況なら、同調させておいて女本人と話した方が手間が(はぶ)けて良いと判断した。坊坂がそう結論付けたのとほぼ同時、周囲の空気が変わった。理科室全体が薄ぼんやりと輪郭がはっきりしない、隣り合う色と混じりあったようなものになり、組み替えられる様に変化を起こし始めた。坊坂は少し眉を上げた。理科室そのものに変化が加えられたのでは無く、坊坂にだけ幻覚が見せられている。坊坂が女の存在を認めたことで、美月と同調した女が美月の能力を使って坊坂に入り込んで来た、もしくは坊坂の了承を得たと思った美月が女と同調しつつ、坊坂に入り込んで女の持っている記憶を見せているか。どちらにせよ器用なことだと思いつつ、坊坂は周囲を見回した。


個人の住宅の一室、居間と思われる部屋だった。既に炬燵(こたつ)が出ている。その二人掛けの炬燵(こたつ)に向かい合わせて女と坊坂は座っていた。部屋は結構な広さがあり、散らかっているわけではないが、目の前の炬燵(こたつ)も含めて色々なものが置かれているために狭く感じた。炬燵(こたつ)の他に白い丸テーブルと椅子が一つずつ、硝子張りのテーブルが一卓。棚は、モノトーン色から木目調、金属製、坊坂の身長より高いものから、小物を二三個置けるだけの小さなものまで様々で、その上に本、人形や陶器と言った部屋を飾る品々、タオルや靴下、硝子の灰皿と言った日用品、コップ、割り箸、各種調味料、菓子にインスタント食品と言った台所用品や食品までが置かれていた。前に棚が置かれていない壁には、掛け軸の日本画や子供向けの洋画のポスターなどが隙間を埋める勢いで貼ってあり、赤っぽい色をした壁紙はほんの一部だけが露出している状態だった。床は板張りの上に、赤と緑で幾何学模様が編まれているござを引いていて、坊坂が手で触れると、すべすべしていて滑り易かった。出入り口は扉が一つと、窓が一箇所。窓の外が真っ赤に染まっていて、一瞬火事を連想した坊坂だったが、すぐに窓から見える山が、赤々と紅葉しているのだと分かった。

一通り部屋を見渡すと、坊坂は眼前の女に目を戻した。女は顔を(うつむ)かせ、両腕を炬燵の天板に置いている、と初めは思った。だが片方が、手の一部、指が二本だけ天板から少し浮いたところにあり、それ以外の腕と手が消えてしまっていることに気が付いた。ちょうど、フィルム写真に写ったドッペルゲンガー氏の化けた女の姿が、ピースサインの指二本を残して片腕が消えていたのと同じ状態である。ドッペルゲンガー氏の写り具合が悪かったのでなく、この女がそもそも、何かしらの理由で片腕がほとんど無い姿をしていたのか、とも思ったが、目を凝らすと腕以外にも女の身体は部分部分で透けていて、背後の棚やござを曖昧に見せていた。坊坂と美月がドッペルゲンガー氏を経由して見たままを一部も(たが)えずに反映しているらしい。

「あなたの、名前は?」

坊坂は女に尋ねた。返答は無かった。坊坂はそれ以上尋ねなかった。女が、坊坂と美月が見たままの姿をしている、ということは、女の姿の再現は美月が主体で行っている、女は自らの姿すら良く分からないところまで来ている死霊ということである。その状態で、言葉が交わすなど、無理な話だった。坊坂が見ている幻覚も、美月が手を貸し、何とか女の持っている記憶の一部を引き出したものだろう。

坊坂は立ち上がった。この部屋の様子を見ただけでは、女の部屋なのか、誰か別の人物の部屋なのか、色々と混ざりあっているのか、はっきりしなかった。扉から玄関に出て、表札か郵便受けの名前を確認出来れば、少なくとも関係者の名前は分かると思ったのだ。だが、立ち上がったところで、坊坂の目に留まったものがあった。炬燵(こたつ)の向うで座り込んでいる女の横、共に鮮やかな(とき)色をした、小さな鞄と脱ぎ捨てられたコートが置いてある。恐らく女がその日に身に着けていたものだろうと見当が付いたが、小さな違和感を覚えた坊坂は二度見して、気が付いた。鞄の留め具やコートのファスナーまでも薄桃色に光沢を放っている。元々の色ではなく、赤系統の照明を当てられたようだった。扉に向けかけていた足を、坊坂は窓に向け直し、大股で窓辺に寄った。炬燵(こたつ)に座っていた時と違い、立ち上がると紅葉した樹々以外にも眼下に宅地や道路、路上駐車する車も見えたが、全てが朱に染まっていた。空全体が夕焼けで薄紅に変わり、筋状の雲が墨を一掃けしたように黒々と空を裂いている。窓辺から振り返って改めて部屋を見ると、窓から入る光そのものが赤味を帯び、部屋全体が赤味かかっていることが分かった。赤っぽい色をしていると思った壁紙は実のところ白、女の鞄とコートも白い生地、留め具は普通に銀色をしていた。

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