#02
美月は笑みを浮かべた坊坂の顔を半眼で眺めた。その表情は美月に、美月の私物を隠した弟が、一方的に宝探しゲームを宣言したときの表情を連想させた。どう考えても、坊坂は面白がって美月を巻き込もうとしていたし、面白がっていることを隠す気もないようだった。美月は視線を坊坂が掲げるフィルム写真に向け直した。
「アクセスしなくても、写真のこの姿だけでも結構分かること、あるよね」
「ああ、さっきも言ったけど、病身には見えない」
「そう。顔色と体型してからそう」
ドッペルゲンガー氏の化けた女の姿は、合田との比較から考えると、身長は百五十センチ半ばほどだった。中肉だが太腿や腓は太め。首回りや手、スカートから伸びる脚と言った、衣服に覆われていず、化粧も施されていない各部の肌は色艶が良く、どう見ても健康体である。顔立ちからすると二十代。目鼻と口が大きく、美人の部類なのだろうが、現在との化粧方法の違いのせいか全体的にのっぺりとした感じで、眉は髪の毛を一筋だけ貼付けた様に細い。派手な印象は、顔ではなく、茶色に染めた真っ直ぐで背中の半ばまである長髪や、体型を強調するようなぴったりとしたシャツ、太腿の半分ほどを隠すだけの丈のタイトスカートに素足で、耳や首回り、手首に指に、大振りな装飾品を着けている、という格好から受けるものだった。
「その時は室内。百歩譲って個人所有の車かレンタカーで、本人は運転していない」
美月の断言に、坊坂は不思議そうな顔を見せた。美月は坊坂の手から写真を取ると、二人で同時に眺められる様に机の上に置き、女の脚を指差した。
「裸足」
「そういわれれば、そうだな」
坊坂が半ば独り言をつぶやいている間に、美月は二十年前の写真の横に、合田の妻子の写真を並べると、合田の妻、合田の元彼女、ドッペルゲンガー氏の化けた女、を順々に指差した。
「時期的に外出するなら上着を着ているのが普通だ。でも着ていない」
「確かに」
真冬ではないので、地方によっては上着は必要ないかもしれない。ただ、ドッペルゲンガー氏の化けた女が上半身に着ているシャツが、外出時に上着を羽織るのを前提としているような薄手のものに見える上、防寒着としては不必要でもファッションとして上に何か着た方が格好が付くように美月には思えた。
「あと、室内にしても自宅の可能性は低い」
「根拠は?」
付け加えた美月の言葉に、坊坂は間髪入れずに問い返した。美月は、ドッペルゲンガー氏の化けた女を示して止まっていた指を少し動かして、女の顔の部分をを爪の先で軽く叩いた。
「化粧をきちんとしている。耳にピアスかイヤリングか分からないけど大きめのものを着けている。ブレスレットも。坊坂、自宅で腕時計、それもプラスチック製じゃなくて、ちゃんとしたメーカーの、厚くて重量のあるようなの、着けっぱなしにするか?」
坊坂は首を横に振った。大半のひとは、自分の家の中ではくつろぎ、休息出来ることを求める。窮屈な衣服は脱ぎ、重さのある装飾品は取り外すのが、一般的だろう。
「だから、自宅であれば、外出しようとしての支度の途中か、外から帰って来たばかりのときか、どちらかに限定されると思う」
坊坂はうなずくと、少しの間無言で写真を眺めてから、口を開いた。
「自宅以外でも、客商売のところの可能性は低い気がするな。上着はとにかく、靴まで脱いでいるから、座敷席のある食事処とかネットカフェ、旅館、ホテルなんかもあるけれど、そういうところで変死があれば、さすがに騒ぎになっていると思う」
「合田先生が調べて、それらしい事件も事故も無かったっていう点からすると、そうなるな」
実際のところ、学院から出ずに二十年も前の事を調べるのは至難の業である。幾らインターネットという便利なものがあっても、ひと一人が生まれてから成人するまでの時間の経過もあり、微細な情報を得ることは難しい。むしろ、地方紙含め、当時の新聞を全て閲覧した方が確認方法としては確かだった。しかし、美月も何となく、このドッペルゲンガー氏が化けた女の死は、公になっていない気がしていたので、特に指摘しなかった。
「それに、自死と一目で分かるような状況だった場合、報道には取り上げられない可能性もある」
「自分で、の可能性も低いとは思うけどね。上手く言えないけど、この格好は何か違うと思う」
坊坂の意見を、美月は、このような中途半端な服装で決行するとは思えない、という偏見で退けた。あくまで偏見なので、理由を問われると困るのだが、坊坂は特に追求して来なかった。
「総括すると、この女は、自分のものではない個人宅で、他者に手を下されたか、事故で死んだ。だが、その死は隠匿されている」
「そう。というより、合田先生はその可能性が高いと思えばこそ、わざわざ依頼したんじゃないか」
「恐らくな」
静寂が落ちた。美月と坊坂の意見は一致を見たが、結局のところ全ては憶測である。美月はフィルム写真を引き寄せて自分の前に置くと意識を集中させた。驚くほど簡単にドッペルゲンガー氏と繋がった。
「昔は、この辺りの土地神だったかな。でも今はただの悪戯好き」美月は一旦言葉を切って息を吸い込んでから、続けた。「何かを害しようという意識や感情はない。その辺りは既に超越している。ひとの死期が分かるのはどういう原理だろう…」