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#01

美月(みつき)が同じ組の生徒、坊坂(ぼうさか)に写真を見せられたのは、授業後の理科室でだった。一応、美月も所属する生物部の部室も兼ねている教室だが、週に一度部員が集まれば盛況と言われてしまうほど活動が無い部(ゆえ)に、その日も部活を建前にした個人的な使用をしても問題はなかった。一方の坊坂は部活を休んだようで、所属している棒・槍・杖術の部の他の部員たちが窓の外、寒風吹きすさぶ中でもしっかり走り込みをしているのが見えた。

全館空調が温風を流しているものの、ここ、全寮制男子校である座生(ざおう)学院高校は山の中腹にあるため、日が(かげ)り始めた今は、窓越しに冷たい外気が伝わり足元を冷やしていた。特に造りの大きい特殊教室に生徒が二人だけだという現況では、がらんとした雰囲気も相俟(あいま)って寒々しい感じを受ける。邪魔されず二人で静かに話しが出来る場所、と言われて生物室を選んだのは美月だが、素直に寮の自室にしておけば良かったかと思い、少し後悔した。寮はこの時間、それなりに騒がしいので、静かに、という条件から外れてしまうのだが。

向かいに座った坊坂は、鞄からクリアファイルを取り出した。中に数枚の紙が入っていて、ファイルから落ちない様にクリップで留められていた。クリップが外され、抜き出された一枚が、美月の眼前に置かれた。それはデジタルカメラで撮影した写真を一般的なA4用紙にカラー印刷したもので、原寸大のため隅に(かたよ)って着色されている。美月はそれを手に取ると、じっくりと眺めた。

撮影場所が国内の有名な遊園地であることは、背景に写った、一般の建物に使うことはないだろうという淡い色合いをした建物群で分かった。建物の他、柵と花壇、金色に輝く大時計が少し遠くに写っていて、時計の針が午後の一番気温が高くなる時間帯を指している。手前には中心となる人物が三人、左端に四十歳前後の女性、デニム地のチューリップハットを(かぶ)り、茶色の波打つ髪をその下から(のぞ)かせ、同じデニム地の上着の肩にふんわりと下ろしている。中央に、可愛らしい毛糸で編んだ花の飾りが襟に着いた上着を羽織った小学校高学年と(おぼ)しき女児、その右側には中学生くらいの女子で、秋も深いのに真っ黒に日焼けした顔に短髪、上着を腰に巻くという格好をしていた。顔立ちと笑顔が三人とも似通(にかよ)っているので、母親と娘二人なのだろうと見当が付いた。

「で?」

ひとしきり写真を眺めた美月は坊坂に尋ねた。数時間前、昼休みの終盤、教室で次の授業の準備をしていた美月に、突然坊坂が授業後に時間を取ってくれと言い出した。頼みたいことがあると言われたが、それ意外の情報は与えられず、今に至っていたので、美月は坊坂の用事が何であるのか全く知らなかった。もっとも今は予想が付いている。写真には中心の三人以外にもう一つ、招かれざる客(、、、、、、)が写っていたのだ。

合田(ごうだ)先生の奥さんと娘さんたち」

坊坂は美月の持つ写真を示しつつ、単純に答えた。被写体の三人は、美月と坊坂の担任教師、合田(ごうだ)佳基(よしき)の妻子だった。言われてみれば娘二人に面影があるが、言われないと気が付かない程度だった。

「この間の土曜日に撮ったそうだ。撮影者は奥さんの弟さん」

美月は軽くうなずいた。この学院は、生徒どころか職員も含め男性しかいない男子校で、おまけに非常に交通の便の悪い場所にある。全寮制なので生徒はもちろん寮に暮らしているわけだが、職員もほぼそうであり、妻子持ちは自動的に単身赴任である。美月は週末に食堂で合田を見掛けていたので、遊園地にいた筈がなかった。仕方が無いとは言え、団欒に入れない合田を少々気の毒に思いつつ、美月は視線を写真の右端に移した。右端の、合田家の三人より一歩後ろに下がった辺り、小学校低学年と思われる、キャップ帽を(かぶ)って、鮮やかな水色のダウンベストを着た少年がいた。ピースサインをした片手と顔を、前方に突き出せるだけ突き出し、臀部(でんぶ)は逆に後方に突き出すという、身体を()の字に曲げたような、少々珍妙な格好である。そして、この少年の姿をしたものが合田の親族ではなく、たまたま映り込んだ遊覧客の一人でもなく、もとより、ひとですらないものだということは、特殊能力者…主に除霊や悪魔払いをする人材…を育成する学校で、第一年度の三分の二を過ごした程度の、まだひよっこの美月でも分かった。


美月が写真を机の上に置くと、坊坂は手に持っているクリアファイルからもう一枚、紙を取り出して、その横に並べた。こちらは白黒の、インターネットに上がっている新聞記事を印刷したものだった。どこかの地方紙であるらしく、父親と釣りに来て行方不明になっていた男の子が遺体で見つかった、誤って海に転落したらしいという内容だった。記事の日付は前の日曜日で、行方不明になったのは前日、つまり土曜日だと記事内にあった。美月が全てを読み終えるより早く、坊坂は更にもう一枚、紙を置いた。某SNSの、記事にある釣りに来ていた父親と同名の主が持つ(ページ)を印刷したもので、最終更新日時は土曜日の正午を少し回った頃、男児の写る写真の投稿だった。魚を持ち、水色のダウンジャケット着、自慢げな表情を浮かべた男の子のその顔はどう見ても、合田の妻子が遊園地で撮った写真に写り込んだものと同じであった。

「ドッペルゲンガー現象だ」

坊坂の言葉に、美月は、魚を(かか)げる男の子を眺めつつ、無言、無表情でうなずいた。少年が行方不明になった釣り場と遊園地には、飛行機で移動するほどの距離がある。遊園地の写真に写り込んだのは、男児本人でなく、本人そっくりの『ひとならぬもの』なのだ。

「きれい、というか鮮明に写っているね」

感情の(こも)らない声で美月はつぶやいた。合田家の家族構成を知らない者が見れば、右端の少年はちょっとふざけた末子か、通りすがりの悪戯(いたずら)っ子だと思うだろう。男児の姿は、顔形の細かい造作の再現に加え、実体があるかのように影までしっかり存在していた。

「四人も、その系統の能力者がそろっている状態だからな」

坊坂の言葉に、美月は顔を上げた。

四人(、、)?」

「合田先生の奥さんと娘さん二人に加えて、撮影者の奥さんの弟さん。全員が、いわゆる『みえるひと』、見えない筈のもの()たり声を聞いたりする、受信するタイプの能力者だ。受信する上、周囲に反映させてしまうんだな。一番力が強い下の娘さんは、写真や動画を撮ると、もれなく何か入り込んでいるとか」

「奥さんの方も能力があるんだね」

美月は他人事ながら内心、合田の娘が学校でいじめられていないかと心配になりつつ、気になったことを口にした。合田がその系統の能力者だとは知っていたので、娘たちも受け継いでいるというのは分かるが、配偶者とその血縁者までそうだとは知らなかった。一家全員が特殊能力者というのは、その能力を生業(なりわい)にしているところであれば珍しくはないが、合田は違った。

「奥さんの弟さんはここの卒業生だ。合田先生の教え子。合田先生と同じ一般家庭の出身で、お世話になった先生に姉を紹介して…って流れだ」

「ああ、そういうこと」

納得して、美月はうなずいた。坊坂も同様にうなずいた。

「そういうこと。それで、このドッペルゲンガー現象を起こしているものだが、これ自体は大して害は無いというか悪意は無い。遊園地に棲み着いていて、この遊園地に訪れたことのある誰かが、死を迎えようとするときに、死の直前の姿そっくりに化けて、園内をうろつく趣味があるっていう。ただそれだけ。なんだが…」

坊坂はもう一枚、今度はフィルム写真を取り出した。一般的な、L版である。先程のデジタルデータのものと比べると少し()せたような色合いをしているが、撮影場所が同じ遊園地の同じ場所で、同じ角度で撮られたものだとは分かった。右下に橙色のデジタル数字で日付が入っているのが年代を感じさせる。日付はざっと二十年前、日は異なるが今と同じ月、時間帯は、遠くの大時計の針はぼやけているが、長く伸びた影も考慮に入れると、夕方だと分かる。中央には地味な格好の二十代の男女が写っていて、右端に、対照的に、ミニスカートに装飾品をふんだんに着けた、派手な感じのする髪の長い女性が、写っていた。

「合田先生の若かりし頃」

坊坂は簡単に説明した。

「…女の人、奥さんじゃないよね」

「大学当時の彼女だって。それはとにかく、この端の女、これも同じドッペルゲンガー現象だ」

美月はうなずいた。こちらは先程の写真に比べて、明らかに心霊写真になってしまっていた。ドッペルゲンガーの化けた姿は所々透けていて背後の柵が見えていたし、影も無い。少年の姿がしていたのと同じ、身体を曲げてピースサインを突き出しているが、立てた二本の指以外、片腕が消えてしまっている。

「この女は二十年前のこの日、この時刻に死んでいる。当時、合田先生はそこまで分かってはいなくて、その辺の死霊が写り込んだと思って、彼女には見せないで仕舞い込んで、それきり忘れていた。けれど先週末、遊園地の写真に気付いた娘さんたちが、SNSを見つけ出して、写真のコメントから新聞記事を見つけて、少年の事情を知った。それで先生に何か供養をした方が良いかと写真を送って()いて来た。そこで思い出したんだそうだ」

坊坂は、フィルム写真を机から取り上げると、美月に向けた。

「この女の格好とか顔色からすると、病死だったとは考えにくい。事件か事故になるわけだ。で、合田先生は週末を使って当時の事故や事件を調べたらしいけど、該当するものは全国どこにも無かった。それで、他の先生とかにも相談して、うちに正式に依頼して来た。この女を捜してくれ、と」

「坊坂のところって、そういうこともやるんだ」

坊坂が体育会系なせいか、坊坂のところ、丹白(にもう)宗、は武器を取って大掛かりな除霊や鬼退治で暴れ回っているという漠然とした考えが美月にはあった。

「うちは、例えて言えば総合商社だから。何でも取り扱う。色々な人材がいて、色々な組み合わせで出来るし、外注も出来る。そういう点で、余り類がないような案件、専門が分からない案件なら()()えず、と他の先生が勧めてきたわけだ」

「それで、俺への用事は何?」

結局ここまで、ドッペルゲンガー関連の話しはしていても、美月への具体的な用件は何も無かった。美月に()かれ、坊坂は(かす)かに笑った。

「須賀にも参加してもらおうかと思って。ああ、合田先生の許可は得ている」怪訝そうな美月の顔を見ながら、坊坂は続けた。「最近、同調を避ける訓練していると聞いた。ドッペルゲンガー現象を楽しむ『ひとならぬもの』なんて滅多にいないから、試してみたらどうかと。弱いし、力の無いものだから、万が一同調して乗っ取られる様な事態になっても俺が対処出来るし」

美月の本分は治癒、回復能力なのだが、それを行使する際に、対象の状態、身体状況を把握する必要がある。そのため対象の内部を知るというか、内部に入り込む力も相当な強さで持っている。だが、深く入り過ぎて逆に相手から支配されたり、相手と同調や共感した状態に陥って我を忘れる事がしばしばあったので、何とか加減を覚えようと四苦八苦しているところだった。

「つまり、この写真から、ドッペルゲンガー氏にアクセスしてみろ、と」

坊坂はうなずいた。

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