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098.

「うわっ。よーじくん役得だねぇ」

 ホテルの一室のような整えられた部屋で、ちょこんと座るよーじくんは、まわりから相当いじられていた。

 女の子三人に囲まれているのだ。しかも国民的美少女と言われた人までいるという。もちろんその中にはルイもいるわけで厳密には男女二対二なわけだが、まあもうなにも言う必要もないだろう。

 この状態をもってして、男子高校生としてはどんなものなのか。

「くぅっ。僕はエレンだけいればいい。うん」

 そんなことをいいつつも、我慢できなくてちらちらとこちらを見ている。

 ドレスから着替えた我らは私服姿になって部屋でくつろいでいるところだ。寝間着も貸してくれるという話なのだがこの後もう少しはこのままである。崎ちゃんだけはもう浴衣なのだけど、彼女は会場までドレスで来ているので着替えないとくつろげないからこうなったのだった。もちろん衣類提供はエレナなわけで、その服も男の娘キャラのものだ。彼女が着ていたときのような男の娘っぽさはかけらもないのだけれど、それでもアップにまとめたうなじやらぴりっと着こなした和装はずいぶんと華やかで綺麗だ。

「あれ。お二人そういう関係?」

 え、まじですかと崎ちゃんが軽く目を見張る。

 男であることを知った今、身近に同性で付き合っている人というので少しだけ驚いてしまったのだ。もちろん彼女の生活している芸能界ではそういうのは特別でもなんでもないのだが。

「そーいう関係、ですっ」

 後ろからエレナが抱きつくようによーじくんにまとわりつく。

 うわばかっ、おまえとよーじくんはあわてふためいた。

 わざとなのだろうけど、思い切りない胸を彼の頭に押しつけている。今日の彼女はもうネグリジェ姿で、結構な薄着だ。六月ということもあって、半袖になっていてもこっとした袖口と、ほっそい腕の対比が印象的だ。とりあえず一枚撮影しておく。

「おっほ。エレナちゃん私服バージョン乙女版ははじめてだ」

 感動、とさくらが拳を握っている。男子の制服を着ている状態ではあったことはあるけれど、男の娘コスをしていないというのは彼女としてはレアなのだろう。

「あたしは何度か会ってるかな。でもおうちでそれやっていいの?」

 お父様にばれたらまずいじゃない? ときくと、ふるふると彼女は首をふる。

「だってお父様ったら、仕事のことばっかりで。別にあたしがどうしてようとどうでもいいって感じだもの」

 執事の中田さんはこういうことしてても黙認してくれるし、気持ちもわかってくれてるから、と彼女は安心したような、それでいて拗ねたような声音で言った。

 エレナの親父さんは今日はそのままパーティーの相手と二次会に向かっているらしい。帰ってくるのも遅いだろうし、朝までに着替えていれば問題ないと言っていた。

 そこでふと思ってしまう。お母様はどうしているのだろうかと。

 ウィッグとかドレスとかって彼女のものだよね? エレナが個人で買って置いておくにしてはさすがにちょっと量が多すぎる。

「ああ、と去年から不思議に思ってたんだけど、どうしてこの家って、ウィッグとかドレスとか女物アイテムおおいの? 化粧品とかまで、ゲストに貸すのってめずらしいよね?」

「あれね、服やアクセサリは実はかあ様のなんだ。今はもう使ってないんだけど」

 化粧品の類いはさすがに新しいのだけどね、と注釈が入る。

「は?」

 おおむね動じないルイでもそれはさすがにやられた。

「おかーさまはボクが五歳の時に病気で。あああ。同情みたいなのはお父様にして? ボクは別に記憶すら怪しいから」

 愛してくれた記憶はある。だったらそれだけで。

「だから女装を?」

 空気を読む以前に付き合いがたらんのうだろう。少ししんみりした空気の中で崎ちゃんが問いかける。

「エレナのこれは全部よーじくんのせいでね」

「ちょ、それは言いがかりすぎるだろ。エレナはただそういうのが好きだっただけで」

 つきあい始める前からもう十分、女子だったじゃんよと言い訳がましい声が聞こえたが、やってみればいいと勧めたのはよーじくんだったような気がする。 

「まあ、外に出るきっかけはこいつだけど、下地はこっちのせいではあるんだよね。女装しやすい環境であったのは確かだし」

 かあさまの衣類つけてみたり、っていうのもあったのはあったし、と苦笑が漏れる。

 いつの頃からかお父様はそこには寄りつかなくなったけれど、部屋の管理や清掃はされていたので、幼い頃に忍び込んで引っかき回したことがあるのだという。

「それをいえば、あたしは中学の頃さんざんねーさんの友達にいじられ倒されたから、今のスキルがあるといえばある、のかな」

 彼女に言わせればあの頃はただ着せただけだということだが。

 あの経験はなければなかなか女装してカメラを持つという発想には行かなかったと思う。

「あ、でも。コスプレ以外で女の子のかっこするのって、よーじくんとつきあい始めてからだから、よーじくんのせい、かな?」

 ん? と小首をかしげてよーじくんに抱きつく姿は、演じてないくせにやたらとかわいい。思わず一枚写真を撮ってしまった。さすがに公開はできないけれど、ちょっとどきどきするような絵である。

 それを肉眼で見せられたルイたちは三人で顔を見合わせてしまった。そんな顔を向けられたよーじくんはぴしりと固まっている。

 たしかに今までのことを振り返ると個人的に遊びに行くときの私服は圧倒的に男子だったし、イベント会場へ行く服も、半々だったように思う。これは性別を特定しないための配慮だ。それが今ではいつのまにか女子同士だし、会場に行くときも女子であることが増えた。

「彼氏がいるってだけで、こーも変わるモノか……」

「だ、だめよ?! ルイ。うらやましいとか考えちゃ」

 なぜか崎ちゃんが慌てたようにこちらの肩を揺さぶってくる。

「あははっ。別にルイちゃんは世界の全部に恋しちゃってるみたいなもんだから特定の人を作らなくてもかわいいよ」

 カメラ持ってるときの顔、すっごいかわいいんだから、と言われるとそんなもんなのかなと思ってしまう。

 確かにあいなさんにも写真を撮ってるときの写真を撮られたこともあるし、楽しいことをしてるときは表情も柔らかくなるだろう。

「さて。そんなわけで今日の部屋割りは、ボクとルイちゃん。珠理ちゃんとさくらちゃん。よーじくんは一人でということでいいかな?」

 くるりとみなの顔色を見回しながら、エレナが聞いて回る。

「一人一室のほうがよければそうするけど、現状一番すっきりするのがこれかなーって。性別的に」

 使える部屋は三つ。

「僕だけ一人っていうのはちょっと残念というかなんというか」

「ボクが襲われるのはいいとして、ルイちゃんの寝顔でころっとよーじくんが危なくなる可能性は否定できないし」

「だ、だいじょーぶだろそれはー」

「ほんとに?」

 手を前についてちょこんと前屈みの姿勢になりながら、よーじくんの顔をのぞき込む。

 ごくり、と彼の喉が鳴った。

「はいだめー。はいあうとー。ルイちゃんもそれ駄目だから。今度よーじくんに色目使ったら、おっぱいもみます」

 そしてよーじくんは、もぎます。と言うと、彼は青ざめた顔をした。

 まったく。おどおどした男の子の面影はもう木っ端みじんだ。

「ううぅ。なんで男同士で三角関係とか色目とか、いろいろやってるんだろうかこの人たちは……」

「しかし見た目だけは普通だから、くらくらしてくる」

 女子二人が、くすんとうつむいた。

 そんなことを言っても、ただ、やるべきことをしているだけなのである。

「でもま、眠くなるまではここでおしゃべりということで」

 せっかくのパーティーなのですから、とエレンは備え付けの冷蔵庫から飲み物のボトルとグラスを取り出した。

「アップルサイダーだっ! これおいしいよね。エレナんちには常備してあるの?」

「そうだねぇ。なんとなく炭酸のみたいときはこれが多いかな」

「あ、あいなさんとは理由がさすがに違う」

 彼女の場合はビール飲みたいけどその代わりとかそういう感じだった。高校生でその理由では困ってしまうけれど。

「料理もさっきの残りをたんまりもらってきたから、思う存分食べてやって下さいな」

 トレイにのせらえた料理がサーブされると、ルイは思わずおぉっと喜びの声を上げてしまう。

 パーティー自体は昼に行われたので、そろそろ夕飯の時間なのである。

 それをどうするんだろうと思っていたのだけど、ルイの貧乏性を真似たのかお昼の残りからのチョイスというわけなのだった。

「まー、セカンドキッチンもあるし、ボクが作ってもいいんだけどね。せっかく残ってるならこっちで」

 ケーキもあるよ? といわれてしまうと、なおさら女子組はテンションが上がる。

 お昼もしこたま食べてはいるのだけれど、ダイエットなどフィールドワークで完了してしまう身としては、こういうときはしっかりと食べておきたい。 

「さて、それじゃああっちの会場で話せなかった我らのなれそめや、珠理ちゃんとルイちゃんの関係だとか、いっぱいガールズトークといきましょう。ああ。よーじ邪魔くさかったら女装させるんで」

「おいっ」

 つっこみが入ってみんなぷくっと笑いをこぼす。

 そんな中、まず崎ちゃんがみんなに視線を向けながら、会場では聞けなかったことを口にした。

「それで、さくらはルイと同じ学校ってことでいいのよね? 文化祭のときは思いっきり嘘をついてくれちゃって」

「うぐっ、その節はその……すまんでした」

 どうやら彼女の興味はエレナよりもルイの方にあるらしい。その友人でもあるさくらがうぐぅと悲痛な声を上げる。

「それで、その、二人の関係っていうのは、ずばりどうなのかしら。実は付き合ってますとかそういう……」

「あははは。ないない」

 深刻そうに切り出した崎ちゃんの台詞を、大爆笑でさくらが否定した。エレナたちも苦笑気味だ。そんなことは何があってもありえないと思ってるに違いない。

「もともとあたし達の出会いは、木戸くんが学校のイベント写真で良いのを撮って勧誘しにいったところからなんです。でも、あんにゃろーは二週間も無理、ヤダ、不可能と断り続けて、だったら放課後ライフをどうしているか教えろっていったら、こんなんだったわけで」

 こんなんと、フォークで軽くさされて、こんなんですみませんねと内心で言っておく。あのときの熱烈な勧誘は正直今でも、げんなりである。

「それに木戸くん自体はクラスの男子と浮いた話がでたりもあって、むしろ男子人気の方が強いんだよね。もちろんちょっと良いかもって言ってる子も一時期いたけど、ほとんど女子扱いって感じかなぁ」

「えっ。えええ。男子と浮いた話って……」

 なんてことやってんのよ、と崎ちゃんの視線がルイに突き刺さる。そうはいってもさすがにあの件を彼女には話したくなくて黙っていたのに。

「ちょっとした男子高校生の暴走ってだけで、そいつも落ち着いたからもう大丈夫、だと思いたい」

 そもそも、あたしに恋愛する余裕はないよ、というとまあ、あたしもだけどねと崎ちゃんが満足そうな声を上げた。

「余裕はなくても最近は、実は素顔はかわいいって学校で噂になってるけど、アレは大丈夫なの?」

 さくらの心配の元は、春隆がばらまいている話だろう。

「なまじ嘘じゃないからやっかいだけど、あんた相当あいつに恨まれてるんじゃないの?」

「いやー、それがさぁ。まーったく見当がつかないんだよね。そもそも恨まれてるってより、おもしろがって吹聴してるのかもしれないし」

 隠してるわけでもないんだけど、こういう話が広がるのが嫌で眼鏡をかけてた部分は否定できない。

 それなのにまた騒がれて中学の頃みたいになるのは、正直げんなりである。

「えー、でもルイちゃんほどかわいきゃ眼鏡かけてても気づく人は気づくと思うけどな」

「ま、確かにあたしも日常で馨にあってたら、その肌質とか細かいケアには気づけたかもだけど……」

 文化祭のときに気づいておけばよかった、と崎ちゃんは悔しそうな声を上げる。

 そして、あっと学園祭という単語から連想したのか、視線をエレナに向けた。

「エレナは学校ではそのままなの?」

「んー。最近髪も伸ばしつつあるし、学校では後ろで結んでるよ。服装が学ランなんで外で変な目で見られたことはない、かな」

 最近はみんなおしゃれさんだから、男子で髪を伸ばす人もいるし、と彼女はお気楽に言ってくれるのだが、町中でもきっと驚いている人はいると思う。横顔みたらすごくかわいくてでも学ランなのだから。

「でも、学校じゃそれでもラブレターの山だもんな。俺としては内心穏やかじゃないよ」

「もう。彼女がモテて鼻が高い、くらい思ってくれなきゃだよー」

 だいじょーぶ、とエレナはきゅっとよーじくんの二の腕をとる。まったく見せつけてくれおって。その幸せそうな顔とともにペア写真を一枚撮った。

「男子校には、男同士のカップルが多いっていうけど、どうにも二人を見てると同性って感じじゃないわよね」

 そのやりとりがツボに入ったのか崎ちゃんは苦笑しながら素直な感想を述べた。

「女の子みたいな子っていうのが少ないから集中してるんだろうけど、そんなに女の子といちゃつきたいなら共学にいこうよと言っておきたいところかな」

「そこはいろんな思惑があるんじゃねーの? エレナのおやっさんも社交界の男友達を作りたいって話であそこにいれたんだろ?」

 俺としては知り合えて嬉しいけどさ、と複雑そうによーじくんがしているのは、共学だったらもっと自由にエレナが生活できたんじゃないかとでも思ってるのだろう。でも、基本的には親父さんに事情を説明しない限りはどこにいたって今と大差はないと思う。

「社交界の友達っていうと、珠理奈さん、この前、咲宮のドラマやってましたよね! あのお庭綺麗でボクも大好きなんです」

「へ? 行ったことあるの?」

「いちおー、三枝の家は、咲宮と縁はあるし、小さい頃は本家で遊ばせてもらったりとか、お花見はあそこを使ったりもあったし」

 綺麗なところなんだよねぇと、四月にエレナにも送った写真と、以前自分で見た景色のどちらかを思い浮かべているようだった。そう。さくらの写真を撮ったなら是非とも送ってというメールが来ていたのだ。

「同年代の子がいるんだけど、最近ちょっと出席率悪くてね。もう三年くらい会えてなくて」

「咲宮の若さまと知り合いだったのか。それは知らなかった」

 うぐと、よーじくんの顔が一瞬引きつったのだが、原因はよくわからない。

「家としても、個人としても友達になりたいところなんだけど、手紙を出しても返事が来ないんだよね」

 さすがに、事件のショックが抜けてないのかもだけど、といいつつ、彼女は飲み物のおかわりを取ってくるねと席を立った。

「くぅ。美人で財閥級の家とつながりがあって、料理もできてかわいいだなんて、反則すぎる」

 ぐぬぬと崎ちゃんが一人うめいているので、とりあえずシフォレのクリームチーズを口につっこんでおく。

「はふん。どうして自然にそういうことをやってしまうかなぁ、おいしいけど」

 ふにゃんと彼女は頬を緩めながらうまーとその味の余韻を味わっていた。

「その上、完璧な男の娘キャラレイヤーなのだから、反則は反則だけど……去年よりは楽しそうでよかったかな」

「だね。やっぱりエレナちゃんはお嬢様っぽい服を着てた方がいい被写体だよね」

 さくらもうんうんと言いながら、洋なしのタルトをあぐりと口にいれて、うまーと頬を緩める。

 なんにせよ、いいお泊まり会になってよかった。誕生日はやはりこうやって和気藹々と行われるべきものなのだ。


 お泊まりの部屋割りは健全にいたしました。どうせよーじくんとは普段からべたべたしてるんで、こういうときくらいはルイとエレナで夜トークを繰り広げていただきたい。おおむね夏イベントの話だろうけど(苦笑)


 さて。次回はようやくきました水着回。プールの割引券が市内で配布されて、少し早めのプール開きです。この後海も行くので水着回が少し続くやも。

 え。どっちで誰といくのかは明日のお楽しみということで。

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