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097.

昨日の更新分が夜10時だったため、学校での事件話は一個前です。こちらはその次のエレナさんの誕生日会二年目です。

 季節は梅雨である。じっとりした雨。

 広大な敷地の中にあるあじさいがしっとりと濡れて、きらきらと輝いている。

 ここに来るのも一年ぶりだ。

「ようこそおいでくださいました。今年もお二人をご案内できて、大変嬉しく思います」

「おおげさですよ。むしろ今年もご招待いただいてありがとうございます」

 執事の中田さんがうやうやしく裏口で礼をする。まったくこんな子供にまでそんなに丁寧な対応をされてしまってはこちらとしても恐縮してしまう。

「それと、本日はすでにルイさまはそちらの装いなのですね。礼服に着替えずとも大変お美しい」

「はい。着替えはお借りするにしてもウィッグなんかはさすがに申し訳ないですし」

 こっちのほうがしっくりきますしと伝えると、左様でございますかとにこやかな対応をしてくれる。

 去年のこともあって、さすがにもう女装がどうのという偏見はきれいにふっとんでいるらしい。というかエレナの手伝いをしているうちに、が正しいのか。よーじ君とつきあい始めてからそうとう家でも女装状態が増えたという話をしていたし、この人もそうとう振り回されているのだろう。

 去年通りに着替えの部屋につれていってもらうと、そこでパーティー用の衣装とメイクに変える。

 今年はエレナが用意してくれたのだろう。ブルーのパーティー用のワンピースがかかっていた。

 そしてそれに着替えて廊下にでると、さくらがへへんとどや顔である。今年は化粧は自分でやりましたぜというやりきった感じがにじみでている。

 ぽっとした演技をしながら、美しいですーと可愛らしくいってやった瞬間にがくんと肩を落としたのはいうまでもない。

「あいかわらず、格差社会を感じます」

「今年もお料理一杯たべようねー」

 ホールにでるとすでにそこには豪華な料理がならんでおり、食欲をそそる香りがふわんとただよっている。けれどもやはり今年も大人たちは談笑をするだけでご飯をもりもりという人はそうはいないようだった。

 それなら料理なんてもっと量を減らせばいいのにとも思うのだけど、そこらへんは家の格がどうのと見栄をはりたいところなのだろう。どのみちルイ達はおいしくいただいて、残ればお持ち帰りであす。

 去年のお土産は正直家族にそうとう喜ばれた。うちとて貧乏なほうではなく中流家庭というやつではあるのだが、それでもここまでのものに手は出せないのである。

 今年は何から食べようかなぁと思っていたら、見知った顔を発見。とりあえず挨拶をしておくことにする。

「おおぉ、今日はよーじくんも参加ですか」

「うわ。ルイさん……めっちゃきれい」

 知り合いがいなくてきょろきょろとしているよーじ君はフォーマルなパーティということでスーツ姿だ。かなり着慣れているのか、硬い感じはあまり受けずにきちんと着こなしている姿はさすがである。

「普段こういうのは着なれていないんですけどね。よーじくんこそ、パーティーはいきなれてますみたいな感じで」

「まーうちも、これほどじゃないけどそれなりにパーティーはあるしね。慣れてる、といえば慣れてるかな」

「くっ。半年コロッケ買えなかった人間との格差を感じる」

 特別、事実をありのまま述べただけ、というようなよーじくんの言葉が貧乏性の心根にずぶりと刺さる。

 まあまあとさくらが頭をなでてくれた。

「でも、よーじ君がいるのは、お父様としては安心、なのかな?」

 それとも不安要素なのかな? と小首をかしげる。ふと去年のここでの会話を思い出してしまったのだ。

「え。お父様って、エレンのおじさんと何かあった?」

「いやぁ、去年ね。男友達を是非つくってやりたいんだーみたいなこと言ってたからね」

 友達として呼んだ相手が彼氏だという時点でどうなのかと思うわけだけれど。

「それなら、今はもう、男友達はいっぱいいる、と思うけど」

 前とはちがうからね、と彼は嬉しそうに表情をほころばせる。男の人を怖がってしまうおどおどした姿はもうないのだと。

 それになにより。

「すさまじく人気があってね。同性の友達っていうよりアイドルなんだよなぁ」

「最近さらに、女の子っぽくなってるからねぇ」

 ラブレターとかこんもりだとよーじくんは心配顔だ。

 付き合ってる話は公開してないそうだから、エレナを狙っている子は多いらしい。女装姿を見せていない状態でそうなのだとしたら、普通にエレナモードを出したらもっとひどいことになるのだろう。

 えー、学校じゃやらないよー。お父様にばれちゃうもの、とエレナは言っていたからそれが実現することはないのだろうけれど。確かにお金持ちが集まってる学校だし、横のつながりでばれてしまうというのはあるのかもしれない。

「それをいうなら、あんたもでしょー。なんだって年々女度あがってんのよ」

 そんな会話を聞いていたさくらからげんなりした声が飛ぶ。

 肉体的な変化は正直あまりないのだ。男臭くなってたりは、ない。

 ないのだがもちろん、女として育っているだなんてことはもちろんない。

 あるとしたら。

「それは慣れっていうことなんじゃないかな? 女子としての経験とかたっぷり積んだし。それを元にちゃんとあたしだって育ってる、ってことじゃないかな」

 雰囲気が大人っぽくなったというのであればきっとそうなのだ。

「くぅっ。週末だけ女子のくせに経験がどうのって」

「平日だって、いちおう周りの女子のことは見てるんですけれどね」

 客観的に。失礼にならない程度に視線を向けているのは今に始まったことではない。女子の研究というのはもちろんあるし、被写体としてこういうところはいいな、なんていう風に見ているのである。

「あーあ。ちづも言ってたけど、それでいて視線がいやらしくないっていうんだから、もー反則よね」

 視線は感じるんだけど、普通に同性に見られてるみたいな感じなんだという話だ。

「だってあたし、女の子ですもーん。嫌らしい視線じゃなきゃ問題なし、でしょ?」

 さぁ食べるぞ、ということで手近なお皿をもって、まず気になったブルーベリータルトに手を伸ばす。

「たしかにどっからどーみても女子だけど、あんた普段は……」

「ルイさん、男バージョンはぶっきらぼーですからねぇ」

 よーじくんまで困ったな、というような顔をしている。

 確かに自分でもギャップはひどいと思っているけれど、仕方ないじゃないか。普段はローテンションのもさい子でいいのである。

「あれ? よーじさんって、こいつの本体みたことあるの?」

「ちょ、本体って、人を分身体みたいに言わないでっ。どこの妖怪よそれ」

「あはは。まあルイさんには悪いけど、言い分はわかるかな。ほんと別人ですって言われたら今でも信じるだろうし」

「んもぅ。よーじくんまで。あんまりいじめると、エレナにいいつけますよ」

「それは勘弁だ」

 いつだって、俺はレディの味方ですとうやうやしくつげると、彼は料理に手を伸ばす。

 さすがはセレブリティだけあって、テーブルマナーにかなった所作だ。まずはサラダから取っているあたりはさすがと言えよう。

「乾杯まで待っててもいいんだけど、ここは友達を見習いましょうということで、ね」

 くすりと、ブルーベリータルトに手を伸ばしている場違いな相手に向けてほほえましそうな顔を見せられると、この子もずいぶんと男の子から男の人になりかけてるのだなと思わせられた。

 全部エレナがいるから育ったのだろうけど。

 恋は偉大だなぁと思いつつ、ブルーベリーの酸味を口の中に味わうのだった。




「どーしてあんたがここにいるの?」

 乾杯の音頭が済んでから少しして、鴨肉の燻製をとろうとしたところで、こちらの顔を見た崎ちゃんは口をぱくぱくさせながら疑問する。どうしてこんなところで? という疑問が強いらしい。

 今日の彼女は深紅のパーティードレスを身につけていて、メイクも少し大人っぽくしているので、妖艶な雰囲気に仕上がっている。さすがは女優さん。メイクで印象がかなり変わっている。

「招待されたからだけど。崎ちゃんこそ誕生日パーティーになんできてるの?」

 こういうの苦手そうなのに、というと彼女はしょぼんと肩を落とした。

「営業の一環で。招待があったのだし行ってきなさいってさ。正直パーティーとかって回数はこなしてるけどどうにも慣れないのよね。しかも財界系っぽいじゃないここ。若手アイドルなんてどっちかというと花がわりというか」

 見られる仕事だしそういうもんなんだけどさ、と口ではいいつつ少しやるせないようだ。

「むしろあんたたちがいてくれてちょっとほっとした」

 ほんともう、なかなかこの空気はなれないと本気で愚痴をこぼしている。

 女優でアイドルみたいな活動もしているというのに、自分を花がわりにされるのはすこしたまらないみたいだ。

「ああ。崎山さんいらっしゃい。今日は無理に呼んじゃってごめんね」

 そして最後に現れたのは、ゆるやかなフリルたっぷりな王子さまスタイルのエレンだ。

 周りからは、去年のあのお嬢さんの所に挨拶にいくのね、とか、二人の仲は一年でどうなったのかしら、とか、今年も呼んでいるくらいだから、きっと親公認に違いないだとかいろいろなささやきが聞こえてくるのだが、残念ながらその話題は隣のにーさんに全部譲り渡したいところだ。確かにルイとエレナの関係は一年でずいぶん進んだけれど、仲良しでパートナーなだけである。

「えっと? どちらさま?」

「今日の会の表の主役、三枝エレンさんです」

 なるほど。その反応で事情がいくらかのみこめた。

 崎ちゃんはおそらくかなりの勘違いをしている。誰でもいいから呼びたい、ではなく崎山珠理奈を呼びたかったのだ、エレンは。

「ああ、誕生日おめでとう。でも無理にって、うちにきたのって芸能人を呼びたいとかそういったことでなんじゃないの?」

「だって、崎山さん、ぼくがルイちゃんと仲良くしてると怒るんだもん。そろそろその誤解を解いておこうかなって思って」

 みんなには内緒だけどね? とウィンクされてしーっと人差し指にあてられると、それだけで服装は男の子っぽいのに華が咲いたようになる。

「は?」

 ぴきりと崎ちゃんの顔が固まった。

「なーに美少年に見つめられて固まってるのかなー」

「ちがうっ。どう、どど」

「どうどう。はい。エレンもこんな場所でそれは感心しないよ」

 やるなら体育館裏とかじゃないとというと、崎ちゃんがうええぇ、女優にあるまじき声をあげて頭を抱えた。

 そっちにも同情はするが、エレンの対応にも少し危うさを感じる。パーティーの最中、自分が女装して歩いていましたなんていうことを明言するものでもない。お父様にばれたら大変じゃないか。

「もう、やぁ。なんなのこの人たちは。ってかルイの回りはみんなおかしい」

「その気持ちはとてもよくわかります」

 あんまりな崎ちゃんのいいぐさにさくらまでもがうんうんとうなずいていた。

「失礼な。おかしくないよ、普通だよー。それと写真中毒なのはさくらも一緒でしょー」

 一人だけまともな人って顔しないでというと、うぐぐという声がもれた。それをいえば崎ちゃんだって芸能活動をするおかしい人の一人だ。そう考えればみんなおかしくて、それでいいんじゃないかと思う。

「まあ、そんなわけで、せっかく呼びたい人呼んでいいっていわれたので、崎山さんもご招待したの。去年はルイちゃんたちだけでちょっと退屈させちゃったかなってのもあったし」

 こっちはいちおう主催で挨拶回りしないとなので、あんまり話ができなくってねと申し訳なさそうに言う。今年も結局誕生日が自分のためではなく仕事のための道具になるらしい。

「いやぁ、去年は去年で、大変美味しくいただきましたがね」

「全力で食べるモードだったっけ。執事のおじさまにもほほえまれてしまうくらいに」

 なので湿っぽくならないように明るく食い意地をはって見せる。

「食べるっていうとさ、このデザート系って、シフォレの?」

「ああ。ルイちゃんわかっちゃうんだ?」

「男でも割とすいすい食べられるケーキだな。これ、近くの店なのか?」

 よーじくんはブルーベリータルトをつつきながら話に混ざってくる。

 話しかけられてぱっと明るい顔をするエレンさんは、それだけで去年より三倍増しで可愛らしい。

「生地の感触が他のところと違うっていってたよ? 崎ちゃんに約束してたハニトが絶品なお店ってのがここ」

「ああ、いってたっけ。そういやあの後、結局お花見だけでそこには連れてってくれないじゃない……」

 むぅと、崎ちゃんがほおを膨らませる。かわいい。

「まあまあ、いずれといわず来週の土日のどっちかとかスケジュールどう? みんなも、改めてエレンの誕生日パーティーの二次会をやろうと思うんだけど」

 そういうと、崎ちゃんがぱらぱらと手帳を取り出して、

「日曜の昼ならなんとかなるわ。十一時から五時までは空いてるから」

 むしろそれだけしかあきがないのかと思ってしまうものの、売れっ子の女優さんは大変である。

「みんなも……おっけかな。それならシフォレに予約いれちゃうから」

「え……あそこ予約ってやってないんじゃ?」

 エレンが困惑した顔をする。あれだけの人気店になるとも思っていなかったからなのか、いづもさんは予約制度をとっていないのだ。公園をふらふらしながらそのままお店に来て欲しいというのと、おそらくは女装の人はまず電話をかけてこないからなのだろうと思う。ルイとして電話をするのは別にどうでもいいのだが、女装した男の人が「声だけ」しか伝わらない電話を使って予約をするのはまず無理と判断したのだろう。それくらいに女声の獲得は世間的に難しいらしい。

「まあ、私といづもさんの間柄だし、お願いしてみるだけしてみるよ」

 駄目なら並びますが、と苦笑を浮かべる。

「ま、まった。ルイ。シフォレのパティシエールさんとお友達なの?」

「どんだけ友達つくってんのよあんたは……熟女キラー属性までつけちゃって」

「いづもさんはあれでまだ三十路過ぎです。熟女なんていったら怒られちゃう」

 それといちおう女性同伴じゃないとはいれないからね、とよーじくんにだけ注釈をいれる。気に入ってくれたようだけれどいざ男子校の友達だけでいこうとなったときに門前払いをくらってしまう。エレナがおしゃれ学ランでついて行ったなら入れるのかどうかはちょっと興味深いところだ。

「ふぅん。女性同伴じゃなきゃはいれなくて、あんたは誰といったのかしらね」

「お菓子王子に腕を捕まれて無理矢理」

 あんときはいきなりで驚いたよ、と苦笑を見せる。男にいきなり手首を捕まれたのは久しぶりだ。

「王子か……あいつならやりそーだなぁ。突き抜けたお菓子マニアだし」

 さくらまでもが、苦笑を浮かべる。変人奇人という意味合いでは飛び抜けて噂になっている人なのだ。

「あら。同じ学校の人?」

「いちおーはここらへんの人間ってことで。高校生なんてそこまで行動範囲広くないですから。町中でばったりっていうのはあるもので」

 芸能人だけは北に南にという状態だろうけれど、とさくらは告げる。

「そんなわけで来週はシフォレ集合ね。それはそれとして今日もたらふくいただいて帰ります」

 うんうん、と料理に手を伸ばす。

 はしたなかろうがそれでいいのである。誕生日を祝いに来はしたけれど、商談をしに来たわけではないのだから。

「たんと食べていってね。それと……」

 エレンが少し言いづらそうに続けた。

「今晩時間がある方は、お泊まりしていっていただけると嬉しい」

 今夜は、部屋を取ってあるんだ、とかなんとか、かわいい顔と声のままきざな男前台詞をいうものだから、その場に居たみんなが大爆笑してしまって、エレンにはふくれられてしまったのだった。

 去年描写したとこははしょりつつ、一年でかわった人間関係と性格をみていただければと。

 エレナの男子バージョンは滅多にお目見えしなくなったけれど、ふわっとかわいい王子様風で、間違っても普通にスーツきても似合いません。これが身近にいるからこそ、木戸くんは天然じゃないよ人工物だよなんていうのだと思う。


 さて、それで次回はこのままお泊まり会になだれ込みます。

 果たして誰がどの部屋で寝るのかっ。あ、ええ。ご想像通りです。健全なので。

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