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095.

「一条さんかな? どうもどうもっ、今日は遊びに付き合うのでよろしく! これは八瀬っていって今日ご一緒しますのでよろしく」

「話は木戸くんから聞いてるよ。二人につきあって今日は遊んであげてくれって。そうしたら青木くんたちにもなにもいわないからってさ」

 次の日曜日。待ち合わせ場所に指定した町中の時計の前で、流暢な女声を使いこなして八瀬が挨拶をする。

 今日は女の子の前に立つと言うことでいささか緊張はしているみたいだが、それでも男の娘みたさが優先されたのかごねることなくこの場に来てくれたのだ。

 もちろんその姿は女装であって、気合いの入りっぷりはすさまじい。よくよく考えればコスプレ以外でちゃんと女子の前で女装をするのは初めてなのではないだろうか。

 ニーソックスを完備していて絶対領域を作り出してさえいる。

「えと、誰……ですか?」

 町中に遊びに来たといった感じの姉妹は、対照的な格好をしていた。

 妹のほうは、ふんわりしたスカートにフリルたっぷりというお嬢様スタイル。華奢な体にはたまらないくらいのかわいさだ。

 そして姉のほうはというと。

「ああ、ごめんね。あたしはルイっていうしがない写真撮りでして。今日はぱーっと町中で遊ぼうよっていうような」

 ジーパンにパーカーというなんというかとことんボーイッシュな格好で現れたのだった。

 確かに女の子には見える。見えるけれど。

「ケチなルイさんが今日は大盤振る舞いをしてくれるらしいよ」

「大盤振る舞いはできないので小盤振る舞いでおねがいしマス」

 一瞬、顔が曇ったのを八瀬に見られたのか、八瀬もダメージを食らったのか、強引に掛け合いが始まった。

「んじゃ、町歩きと行こうじゃないですか」

 そいじゃ、さっそく一枚ねー、とぱしゃりと姉妹の姿を絞り出す。

 まあ無難に、困惑顔が写真に収まった。

「って、そーじゃなくて。木戸先輩は?! 話し合いは? っていうかどうして第三者がここに?」

 矢継ぎ早に千恵ちゃんの方がまくし立てる。混乱しているのだろうけれど、言っていること自体は正しい。

 いきなり見知らぬ人が現れて話しかけて来たなら、驚きもするだろう。

「話し合いっていうか、ただ町歩きして笑って欲しかった、そんだけ」

 表情かたいー、とむくれても、二人ともまだまだ困惑顔がはれてはくれないようだ。

 木戸としての言葉なのだけれど、ここまで見た目と声が変わってしまうと、二人はまったく気づかない様子だった。

「もともとばらすつもりも、権利もないって話でね。木戸くんに話を振られた時はさすがにどうしようかと思ったんだけど、まー女の子には笑っていて欲しいからね。青木とのランチタイムは確かに楽しそうではあったし」

 八瀬はうっとりするように千歳を見つめるとにこりと極上の笑顔を浮かべた。

 おおむね、ずっとにこにこしていたのは青木のほうだったわけなのだが、千歳だってそれなりに楽しそうではあったと思う。

「てことは、貴方が木戸先輩と一緒におねーちゃんの姿を見破ったっていう」

「そ。魔眼の持ち主デス!」

 うわ、中二病がでちゃったよ八瀬のやつ、とルイは苦笑を浮かべる。

 でもその言い回しは確かに正しいのかもしれない。

 一目見て、性別を言い当てられる自分たちはきっと少しだけ、変わっているのだ。




 町中を歩きつつ、ウィンドウショッピングをして、いくつかのお店をはしごしていく。

 さすがに最初の頃は二人とも困惑顔だったけれど、かわいいぬいぐるみたっぷりなファンシーショップに連れて行ったら二人とも全力で食いついてきて、さわさわとなでてみたりかわいーと二人で連呼したりしていくらか楽しむ余裕はでてきたらしい。

 その光景を一枚ぱしゃりと撮ったけれど、それすら二人は気づかないくらいにふわふわの毛並みを触っていた。

 やはり雑貨屋さんやファンシーショップは癒やされる。ぬいぐるみは子供のものだーという意見もあるだろうけれど、断然女子高生にこそ似合うとルイは思っているし、自身でもほめたろうさんをだっこすることもあるので、もっと楽しんでいただきたい。まあ男子高校生が大きめのぬいぐるみをだっこするというのはシュールなので、木戸状態ではあまりやらないのだが。

 そして一時を過ぎたところで、ルイが三人を連れてきたのは、公園に隣接している一軒のスイーツ店「シフォレ」だった。

「どもー、こんにちわー」

 からんからんと小気味のいい音がなると、店員さんがすぐにこちらを見つけてくれる。

「ああ、ルイちゃん。ごめん今日はちょい混んでて少し待ってもらうけど、いいかな?」

 オーナーさんだけではなく、ここのところ従業員さんとも仲良しになっている関係で、こちらの顔を見るとすぐに気さくに話しかけてくれる。

 この一時過ぎという時間帯はこの店にとっての穴時間である。

 軽食であればこの店でも出しているから、十二時からはそこそこ混む。けれどそのお客が帰った後は少し客の入りが退くのだ。たいてい二時から三時くらいまでの間にまたピークが来て日曜日は四時に閉まる。そして休憩が入った後に夜の部だ。

「いいですよ。しかし人気でましたよね。最初に来たときとは比べものにならないくらい」

「うれしい悲鳴ってやつかな」

 そいじゃ、ちょいまっててーと言うと、スタッフさんはオーダーをとりに卓の方に向かった。

「相変わらず、半端ない社交性ですね、ルイさん……」

 八瀬が店内を見回しながら、うわぁと感嘆の吐息を漏らしている。

 それは二人も同じようで、きれい……とか香りがいいとか、ささやきあっている。確かに甘い香りがふわんと漂っているこの空間はいるだけで幸せである。

 メニューを見つめながら待っているとほとんど間を置かないでお帰りになるお客が席を立った。

 そしてお会計を済ませている間にさっさとテーブルの方が片付けられる。

 前よりもずいぶん回転が上がってるのではないだろうか。人も増えたようで片付けが早い。

 席に案内されると、厨房からパティシエールであるいづもさんが顔を見せる。

 厨房から出てきちゃっても大丈夫なのかなと思いつつ、ピークは過ぎていてオーダーはだいたい片付けて終わっているらしい。

「今日は女友達をわんさと連れてきてみたんです」

「こりゃまた、すごいわね。それにしてもケチなルイちゃんが、定例日じゃないのに来てくれるだなんて」

「くっ。そのあたしの代名詞をケチで飾るのは勘弁してください!」

 八瀬といい、遠峰さんといい、どうしてみんなルイの顔を見るとケチというのだろうか。節約家なだけなのに。

「これでも前よりはましになったんですよ? 半年以上コロッケ一個買わないで冷やかし続けるなんて芸当をやってのけてるんですから」

 八瀬が隣から茶々を入れる。あまり放課後に連れ出したことがないからなのか、今日は少しテンションが高い。

 そんな話をしながら、メニューを元にお菓子とお茶を頼む。ルイは前におすすめされたホットケーキ。いづもさん自らオーダーを取ってくれて、厨房の中に戻っていく。焼き上げる必要があるようなメニューもあったのでこれから作ってくれるのだろう。

「しかし、この店、ここの所注目度アップなとこだよね? そんなパティシエールさんとあんなに仲良しとか、またなんかやったの?」

「前にちょっと仕事の依頼されたことがあってね」

 八瀬にさらっと事情を話すと、あんたはまた……と苦笑を浮かべられた。いや、でもルイとしてはこういうお仕事だって十分にこなすし、そもそも巻き込まれ系である。

「クラスでもちょっと噂になって、みんなでいこうかーなんて話をしてたところだったんですけど、まさか先に来ちゃうことになるとは」

 千恵ちゃんが割とうっとりするようにオーダーは決まったのにまだメニューを眺めている。

 それとは対照的に、姉のほうは固まっていた。

「あの……人」

「同じ空気を感じた? それもあって連れてきてみたんだけど」

 にひっと両手であごを支えていたずらっ子のように笑う。

 そう。会わせてみたいと思っていたのだ。千歳が向かう未来にいる人に。

 そんな話をしていたら、いづもさんがすっとお茶のセットをもって再び現れた。

「あんまり無駄話とか与太話はしないでよー? 営業中だし最低限で以心伝心してくださいな」

 隠してるわけではないけど、言って回ってるわけでもないので、といいつつ、彼女が紅茶をカップに注ぐと周りにさわやかな香りが広がっていく。

 たいていスタッフさんがやってくれるのだけれど、連れてきた人たちがそろいもそろってアレなので興味を引かれたのだろう。

「だそうで、最低限で。ひそひそ? こそこそ? みたいな」

「ルイ、それ最低限以下だよ。むしろ私にすらわからない」

 なかなか以心伝心とはいかないのでもうちょっと言葉を付け足すことにする。

「千恵ちゃんにはちょっとわかんないかもだけど。これが同類のシンパシーってやつでしょうか」

 千歳ちゃんのほうは分かるでしょー? といってやると、今まで店に来てから固まっていた彼女は、フルフルと首を縦に振った。

「っていっても、あたしは別にいづもさんとか千歳ちゃんみたいじゃなく、週末だけ遊べればいいって人だから、ちょーっと違うんだけどねん。八瀬はどこに向かってるのかしんないけど」

「私は普通に、楽しきゃいいやって思ってるけど、ふーむ。結構年取ってもあんな状態を維持できるものなんだなぁ」

 八瀬がつぶやく脇で、千恵ちゃんがふるふると震えていた。

 え。まさか。という反応だ。

「木戸……先輩な……わけはないか」

 一瞬よぎった疑念はそこですこんと消えてしまったようだった。可能性として浮上したけど、いやでもそんなのあるわけが、といって自らその可能性を否定してしまったらしい。

「んー? 今のあたしは豆木ルイですよ?」

 まあ、正解なんですけどねと言うと、なっ。という唖然とした表情をぱしゃりと一枚。

 今日は二人とも、ころころと表情を変えておもしろい。

 そしてふんわり香る紅茶を鼻にくゆらせてから、少しだけ口に含む。

 何も入れなくても風味がとてもいいので、鼻に抜ける香りがすがすがしい。 

「はい、お待ちどおさま。当店自慢のスイーツたちでございます」

 そして、いづもさん自らスイーツをサーブしてくれる。それこそVIP扱いだ。 

「にしても、ルイちゃんは秘密にする子だと思ってたけど、そんなに仲良しな相手なのね」

 並べ終えたところで、ぽそりといづもさんは言った。まだ確実に伝えたわけではないのだけれど、こちらの意図は察してくれたらしい

「んー。まぁ今回は特別ですよ。それとこちらの千歳ちゃん、若くて悩んでて大変な時期みたいなので、先輩として交流を持ってもらえたりとかしたら、ありがたいかなーって」

「う。最近の若い子はすごいわね。今時は薬をがんがん使ったり、すごいっていうけど」

 ふむんとのぞき込まれると、千歳ちゃんはうぅ、と小さなうめき声をあげて縮こまった。

「ま、とりあえずは冷めたり溶けたりする前にうちの子たちをご賞味くださいな」

 なんかあったら、お店のメアドにメール投げてくれればいいから、といづもさんは店の名刺みたいなものをすっとテーブルの上に差し出す。割と好意的な反応をしてくれたようだ。

「いただきます」

 といいつつ、ルイはそこで手を止めていつでも撮れるようにカメラに手をかける。

 チョコレートパフェとジェラートイチゴサンデーという二人のチョイスなわけだけれど、千歳がカップからパフェをすくって口に入れた瞬間、かしゃりと一枚。そしてそのあと表情が変わったところでもう一枚シャッターを切る。

 甘いものを食べれば女の子は笑顔になる、というのが一般常識である。

 そして笑顔ができることを客観的に教えてあげれば、もう迷わないで済むだろう。

「はぅ~幸せだぁ。絶対このお店、友達とこよう」

 千恵ちゃんのほうがうっとりとほっぺたを押さえながら幸せそうにうめく。

「だね。平日もやってるのかなぁ」

「うん。夜遅くなるとしまっちゃうけどね」

 千歳ちゃんも素直にチョコまみれのバナナを食べながら幸せそうにとろける笑顔を浮かべている。

「そういう、あんたは自分のスイーツに手をつけないとは」

「ああ、つけるよ。もちろんつけますとも。ここ、生地系がいいってんで。お菓子王子のおすすめのホットケーキなんたらかんたらを頼んでみました」

 バターがほどよくとけてパンケーキの生地にしっとりなじむ。生クリームやチョコレート、そしてバニラアイスが上にのっかっている。

 じんわり溶けかかったところをいただくのが最高に幸せだ。

「王子もきてるの? ここ女性同伴じゃないと入れないんじゃなかったっけ?」

「だって、あいつはVIP! ですからねー。むしろ新作デザートのアイデア出しとか一緒につきあってるっぽいよ」

「うわ、王子ついに彼女ができたんだ」

 お菓子王子のちょっと変わった感じを知っている八瀬が、そんなばかなと口をぱくぱくさせている。

「ああ、年下は範囲外っていづもさん言ってたから、たんなるデザート仲間だよ。それと王子はどっちかっていうと男の子の方が好きっぽいんだよね。木戸にさんざん絡んできたし」

「そういや、クッキー大会のとき、手の甲に口づけされたって言ってたよね。ルイのほうは無事だったの?」

「無事というか、スイーツのほうに夢中すぎて、ていよく利用されただけだったよ」

 あれは女の子に興味ないんじゃないかなぁと、自分でいいつつ。

 あ、とそこで一つ話があるのを思い出した。

 とりあえずみなさんがそこそこ食べ終えて幸せの余韻がなくなるまでは待っておこうと思う。

 食後の紅茶を新しく入れてもらって、それを口に含む頃に、みんなは幸せオーラに包まれていた。

 これを極寒にたたき落とすかと思うと申し訳ないのだけれど、言っておいた方がいいだろう。

「こほん。えーと、千歳ちゃんは今、青木さんとつきあってる、のでしたよね?」

 あえてルイとして、歪曲な言い回しで彼女に訪ねる。

「はい。そうですけど、それが?」

「えっと、そのーどう? 変なことされたりとかしてない?」

「あ、いえ。全然そんなことはなくて、優しい……です」

 うつむいて、なにやらそわそわしている姿は乙女の恥じらいという奴なのだろうか。

 この前、誰でも良かったんじゃないの? といってから少し意識でも変わったのだろうか。

「そっか。確かに青木さん、女の子と一対一って状態だとやたらといい人なんだよね。気負ってるんだとは思うんだけど」

「は? ちょいルイ、正気か? 青木がいい人ってどういうこと?」

 普段の青木を一番よく知っている八瀬が、演技すら忘れて驚きの声を上げる。まったくそこで地声を出すだなんてまだまだ修練が足りない。

「だから、女子相手だとすっごくいい人なの。最初あたしが青木さんにあったのって、都心で迷子になってるときに道案内してもらった時だったんだけどね」

 もう一年前くらいになるのかなぁ、と遠い目をする。

 あのときの彼は確かに丁寧で、いつもは見せない一面にどぎまぎしたものである。

「それで、おねーさんとの絡みもあって数回、学校で会っちゃったり、偶然会っちゃったりってのがあって」

「あ……そういえば前に青木先輩から聞いたことあります。昔好きになった人の話。それルイ先輩のことだったんですか?」

「うん。告白されたときは、もーどうしようかって思っちゃって、頭真っ白だったけど、結局、今ではいいお友達って感じで。最近はあんまり会ってない」

 一時期は本当に、青木はルイのことばかり追いかけていたものだ。けれどもそう言われると最近はルイという単語をやつは口にしなくなったような気がする。

「問題はそのあと……なんだよね」

 あはは、と乾いた苦笑が漏れる。八瀬はそこまで話すかというような顔でこちらを見たが、まあいいだろう。

 それくらいやって、それでも一緒にいたいというのなら、それはそれでいい覚悟なのだろう。

「修学旅行の時に、木戸に添い寝したあげく、あんにゃろうはその唇まで奪ったんだよ」

「は?」

 二人の顔が完全に固まった。

 うん。そうだろう。誰だってこうなる。

「それ、部屋が同じでってやつですか?」

「なんか、あたしに似てるからつい魔が差しちゃったって言ってたけど、同部屋の男子を襲うというのはさすがに」

 うわぁと千恵ちゃんがうめいた。無意識に姉の服をきゅっと握っているのは、大丈夫なのおねーちゃんといったところだろうか。

「青木さんはそれだけ残念な感じなんだけど、それでも、いいのかな?」

 うぐっ、と二人とも困惑の顔を見せる。

 過去のこと、とざっくり切り捨てられるならそれもよし。でもあれは確かにあったことだし、青木はそういう危うい側面を持っているのだ。

「それでもいいっていうなら、全然応援しちゃう」

「でもそれ、思いが一途ってことでもあるんですよね?」

 だって、同一人物にアタックかけてるんだから、とごにょごにょ小さい声で千歳は続けた。

「それなら、私に夢中になってくれたら、それってずっと好きでいてもらえるってことじゃないですか」

 ああ、そういう捉え方もあるのか。

 確かに青木なら、好きになった相手なら男でもいいって言いそうな気はする。

 だから、木戸とルイの関係をやつにだけは徹底的に内緒にしていたのだ。普段まで追っかけられたらたまらんし、貴重な男友達が減るのは勘弁して欲しいところだからだ。

「ん。がんばるといいよ」

 ぽふぽふと頭をなでてやると、くすぐったそうに千歳は笑った。

「でも、どうしてこんなことを? 全然メリットないのに」

 千恵ちゃんはまだなにか裏があるんじゃないかといぶかしげだ。

 確かに正体をバラしてまでやるには、木戸にメリットは欠片もない。

「八瀬が言ったけど、女の子は笑ってないと、だよ。イベント委員の写真、君たちを探すために片っ端から見ていったんだけど、なんかさ千恵ちゃんは普通に笑ってる絵があるのに、千歳ちゃんはいつもなんかと戦ってるみたいな感じの緊張した顔してて、もったいないなって、そう思っただけ」

 まー凜々しい絵も嫌いじゃないけど、やっぱり、といいつつ、今日撮った写真をタブレットに映し出す。

「君はこんなに笑えるってこと、知っておいて欲しかった。それだけ」

 ほい、と今日のスタートから、さっき幸せそうにパフェをほおばっていた姿まで到着する。

「やっぱルイの写真はめちゃくちゃきれいだよね。惚れてしまいそう」

「八瀬にめちゃくちゃにされた身としては、惚れないでください」

 しれっと昔の古傷をえぐってやると、おぶふぅと八瀬が撃沈した。

 そんな彼を放置しながら、写真に見入っている二人の様子を見てみると、どうやら客観的な自分を見れているらしい。

 そう。確かに学校で常時臨戦態勢になるのはわかる気はする。でも一年も学校での生活をできたのならそろそろ、肩の力を抜いてもいいのじゃないだろうか。千恵だって言っていたじゃないか。今まで誰にもばれたことはないのに、と。それが大丈夫であるなによりの証左だ。

「さて、それじゃ気分もほぐれたところで、今度は洋服屋さんでも行ってみますか? 八瀬たんもショップ経験初めてだっけ?」

 にんまり笑ってやると、八瀬も嫌そうな顔をした。

 ルイは基本、服は外でそろえる派だ。ショップの店員さんもルイのテンションならわいわいと買い物もできる。

 通販を使うこともないではないけれど、正直全然、外で買おうとも気を遣わない。

「せっかくだから、おしゃれも楽しもうよっていうような話なんだけど」

「それはその……」

 あからさまに、そこで千歳の表情が曇った。八瀬よりもこちらのほうが深刻かもしれない。

「ルイ先輩。ちょっと今日はここまでにしてもらえませんか?」

 おねーちゃん。前に外のお店で嫌なめにあったことがあって。と、震え始めている姉を庇うように千恵はこちらにすがるような視線を向けてくる。

 なるほど。ルイをやるようになってから、特別そういう悪感情を向けられたことがまったくないので失念していたけれど、学校での反応を見るとそうとう小中学時代は大変な生活をしてきたのか。

「それならそれでもいいけど、ちょっとずつ慣らしたほうがいいと思うんだけどなぁ」

「むしろ、どうしてそこまで先輩が余裕なのかが、わからないです」

 普通は、あれだけの悪意と好奇の視線にさらされたら、怖がるのにと千恵ちゃんは不思議そうにしている。

 そうは言われても、ルイの場合はカメラ持ってれば怖いなんて思ったことはないし、別にばれたらそれでもいいとも思ってる。姉の影響でかわいいのは正義みたいな感覚もしっかりとあるから今みたいになっているのだが。

「ルイが特殊なだけじゃないの? ボクだって怖かったし今でもちょっとショップはしんどいよ」

 平然と店員さんと話をして買い物が出来るって言うのがおかしいんだよ、と八瀬にまで言われてしまった。

 けれどがちがちに固まっていた方が逆に不自然になってしまうし被写体はリラックスしていないと困るのである。

 だから、八瀬にもあわせて聞いてみることにする。

「君たちが恐れるものの正体はなんだい?」

 二人とも、怖いという。ショップが怖いというのはどういう感情からでるものなのだろうか。

「変な目で見られるかもしれないじゃん。ちゃんと話せるかなとか、そういうの考えると無理」

 八瀬の言葉に千歳もこくこくとうなづいた。嫌な目というのがまさにそういうところなのかもしれない。

「ショップの人達は服を売りたいのであって、お客を笑いたいわけではないよ?」

 警戒しなければならないとしたら、お客の方だろうか。お客だって服を見に来ているのだろうけど、カップルの付き添いなんていう場合は、ちらりと視線がこちらに向くこともあるかもしれない。そのときに悪意を向けられることもありうる。

「それに一年も女子高生やってるなら、いまさらって気がするけど」

「そこらへんにしてあげなさいな。怖いのは怖いんだからしょうがないのよ」

 ことりといづもさんが注文していない小さめなガトーショコラを置きながら、とんと額の当たりを軽くつっつかれた。

「お近づきの印ということで、ちょっと型が崩れちゃったガトーショコラをプレゼント。ごめんなさいね。ルイちゃん天然のお馬鹿さんだから、あたし達の恐怖感とかこれっぽっちも理解してないのよ。あたしだって若い頃はいろいろ怖かったし、それこそ嫌な目にもあったわ」

 そんな先輩から一つアドバイス、といづもさんがぴしりと人差し指を上げて安心させるように微笑む。

「楽しいことを考えてみると良いわよ。好きの熱量が怖さを払拭しちゃうからね。たとえば恋人でも作ってデートでもすれば自然と女はかわいくなるものなのだし」

 どこかの誰かはそんなのしなくてもかわいくてへこむのだけど、とちらりとこちらに視線が来る。そうは言われても、ルイの女装は好きなことをするためのものだ。対象が恋人とかではないだけであって熱量はしっかりある。

「そっか……」

 そんないづもさんの言葉はどうやら千歳に届いたようで、先ほどまでの震えからなにか納得したようなつぶやきが漏れた。

「もう大丈夫かな」

 いづもさんは貸し一つね、とルイの耳元でささやいてから、ごゆっくりーと厨房に戻っていった。

 まったく。女装関係に併せていろいろな知識は入れておいたつもりなのだけれど、まだまだ経験不足なのだなぁと痛感させられる。

 口の中にいれたガトーショコラはほんのりと苦かった。

できる子にはできない子の気持ちなんてわからないんだからねっ。というような感じのお話。こう見るとルイは極端にアクティブな子なのだなぁと実感させられます。その空気に引きずられるようににっこりになっていただきたいものです。


さて。明日ですが、校内でおきる事件を木戸くんが解決するかもしれないお話です。書き下ろしなのでどう完結するかまだ未定です。というか間に合うのかのほうが心配ダ。


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