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094.

「はたして青木は知ってるのかどうか。それが問題だ」

 衝撃の現場を見てしまったそのあと、半ば放心したような状態で八瀬は言った。

 二人で教室まで帰ってはきたものの、もうどこをどう通ってきたのか良く覚えていない。

 さきほどの二人の場面ばかりが頭にちらついて、えっ、えっ、というような困惑ばかりが浮かんでくる。

「合意の上なら、別に俺たちが茶々をいれるべきじゃないしな。それにしてもあの子はいったいなんなんだ? 女子の制服普通にきてたけど」

 けれど困惑ばかりもしていられない。おかしいところはたくさんあったけれど、一個ずつ対処していかなければ頭がおっつかない。そしてなにより、それがおかしくない(......)のなら二人のことはちゃんと応援するべきなのである。木戸としても、もちろんルイとしても。

 教室で幸せそうにしている青木を見ると特にそう思う。

 一番最初、手紙を預かったときは困惑の方が大きかったけれど、ルイのことを断ち切って次に進めているならもちろんその方がいい。

 けれどそれがおかしいことであるなら。友人として放っては置けない。

「僕たちが見間違うわけもないよ。頑張ってはいたけど、正直おまえのほうが完成度は上だ」

「上とか下とか、そういうのはあんまり興味ないけど、だったらなんで男の娘が青木にちょっかいかけるのさ。しかも手紙渡してきたの、別の子だったし」

 八瀬は客観的に男の娘をランク付けできるのだろうが、あいにくこちらにそういう趣味はないので否定しておく。今必要なのは、あの子がどういう子なのかをしっかりと把握することの方だろう。木戸たちの鍛え上げられた識別眼は確実に彼女を男だと判断している。その上で女子制服を着ているのはどういうことなのか、という話だ。

 たとえばルイみたいに時間限定で着替えているという線もあるわけだし、フルタイムでそうしているのなら、それなりの理由があるのだろうと思う。そしてその子は単独ではなく、女子の味方が少なくとも一人はいるというのが今わかっていることだ。

「それだよな。他に協力者がいるってことか……その子、探せないか?」

「ちょっと、探してみるか」

 教室の前にあるパソコンの端末を起動させて、学校のサーバーにアクセスする。

 あの子は、先輩と木戸のことを言った。だから一年か二年なのは確かだ。そして上履きの脇のラインの色は……二年で間違いはない。もちろんそれが借り物で嘘っぱちと言うこともあるかもしれないのだが、探すだけの価値はあるだろう。あわよくばその中に、青木の彼女の姿が見つけ出せれば万々歳だ。

 このイベント写真の中のどこかに。彼女達がいる。

 ごっそりと写真のデータをいただいて、手持ちのタブレットに差し込む。

 タブレットはルイと木戸で同じ機種を使っているけれど、カメラよりもシェアも広いということで、偶然同じのを持っていても気にしないでね! というようなスタンスにしている。さすがに二台持ちは収入が減っている今、厳しいし、帰り際にルイとして撮った写真を見たい時だってあるのである。

 ログインをするときの使用者設定でルイ用と木戸用を変えていて、デスクトップの背景の絵なんかも変えているから、印象としてはがらりと別物といった具合だ。

「さてと」

 移動した写真を四月の頭の分からひたすら見ていく。ぼけてる写真とかも時々あったりするけれど、一年生の写真を見ていると、自分が一年だったときのことを思い出してくるから不思議だ。同じようなイベントをしているからそれで思い出すのだろうけれど。

「いた。1-3組のに映ってる……けどクラス替えしてるよな」

 二年の方の写真はまだ一月分しかないので、そこに映ってるものはない。四月はイベントらしいイベントは入学式くらいなもので、それは写真部主体で撮るからイベント係の写真のところにはないし、二年ではそこに映ってる可能性は少ない。

「一緒に映ってる子は見たことあるぞ。確か漫研の子じゃなかったかな」

「ああ。美咲だな。あいつたしか去年三組だったし、そこから探ればいけそうだな」

 元同じクラスというのなら、今年どこにいるのかも知っているだろう。彼女経由で話を聞こうじゃないか。

「じゃーさっそくいこーぜ。今日の放課後にカチコミということで」

「カチコミ言わないの。それと放課後はちょっとしか付きあえないから」

 本日は週三回のバイトの日にかち合っている。前よりも時間を遅らせたから多少の余裕はあるけれど、移動時間も合わせるとせいぜい使えて一時間半程度だろう。

「もちろん、そう時間はつかわせませんぜ。情報提供者をきちんと確保できたわけだし」

「うまく吐いてくれるといいんだけどな。なんか今回の話、けっこー面倒くさそうだぞ」

 協力者がぱっと見つかって楽観的になる八瀬とは対照的に、木戸は少しだけ暗い顔をしていた。 

 先ほどばーっと見ていた中でのもう一人の対象の一枚の写真。半分見切れて映っていた彼の姿に、木戸はやるせないため息をついていた。




「このクラスに、この子、いると思うんだけど、ああ、俺はね。三年の木戸っていうんだけどさ」

 そういうと、クラスの中できゃーと静かな盛り上がりが、あった。

 別段、木戸に他意はない。いくら数年前にイベント委員の写真を元に意中の相手を探して告白したなんて事件があったとしても、これはそれの模倣でもなんでもない。

 のだけれど、やはり写真を持って呼び出しというのは鮮烈らしく、女の子達はきゃーと言いながら、その相手を呼びに行ってくれた。せめて二人での訪問ならばこうはならなかったのだろうが、言い出したはずの八瀬は、そういや今日はゲームの発売日だった! とかいってすぐさま帰ってしまったので、今居るのは木戸だけなのだった。受験生なのにゲーム三昧でやつは大丈夫なんだろうか。

「ひゃっ。あの……」

「俺の顔、もう見忘れちゃったかな?」 

 あの時ちらちらと写真を片手に探していた姿を思い出す。彼女はきっと人の顔をあまり覚えられないのだろう。

「あー! そういえば! せんぱいー角っちょでひそかに話をしよーって話でしたよね」

 それこそわざとらしいくらいに慌てた様子で彼女はまくし立てると、こっそこっそと押し出されて、すみっこに。それこそ教室がある廊下の一番はしっこまで押し出されてしまっては、こいつは秘密の話以外の何でもない。

 あの慌てっぷりったら、もともと千恵の知り合いなのかしらっ、なんていう黄色い声が上がっていたりするのだけれど、それを弁解する余裕は残念ながらまったくないようだった。

「とりあえず、落ち着こうよ?」

 優しくハスキーな声で彼女の頭をなでる。ごく自然にでた行為なのだけど、彼女はさらに身体を硬くして後ずさった。

「なっ。先輩割と、策士……まさかケダモノの位にいるかたですか!?」

 がーん。

 その紳士的な行為をケダモノと言われた上に、それを位に認定する感覚にくらくらきた。

「少なくとも他の男子よりはマシだと思うけど」

 これでも斉藤さんたちには無害認定を受けている身である。

 それが通じないとなると、もう気持ちを開く作業はなしにして直球勝負にでるしかないだろう。

「で、君のお友達の女の子? について教えてもらえるのかな? 一条千恵さん」

 女の子のところで疑問形にしたのをこの子はわかっただろうか。それとも名前を知らないから疑問形にしたとでも思われているだろうか。

 その質問に彼女はぴくんと身体を震わせる。まだまだ怖がってしまっているようだ。

「ああ、代理で手紙をっていうのはよくあることみたいだし、そこは別に責めるつもりはないから」

 安心して、青木が付きあってる相手を教えてごらんというと、彼女はしぶしぶ口を開いた。

「姉は、双子なんです。それでその……」

 なるほど。そこまでは美咲に聞いていた情報通りである。

 もう一枚の方の写真を見せて確認はしてあるのだ。青木の彼女といわれているのは、そっちのほうである。

 それを見せたときに美咲は、先輩ったら嫉妬ですかぁー? もー、実はあの写真合成なんかしなくても、未来の一枚なんじゃないですかーとか言うもんだから、写真の供給止めるけど? といったらごめんなさいごめんなさい何でもします、木戸さま、馨さまーと、へこへこされた。

 そのときは、それ以上この子の双子の姉の情報については聞けなかった。というのも、美咲は妹さんの元クラスメイトであって、その姉の方は遠巻きに見た程度の関わりしかないからだそうだ。あんまり似てないんですよねぇという美咲の言葉は確かにそうだなぁとは思う。

「二卵性か。確かに雰囲気は似てるけど、一卵性みたいな激似って感じとはちょっと違うかな」

「ふぇ? なんでそういう話になるんですか?」

 美咲に聞いていた通り、確かに青木の彼女とはどこか雰囲気が違うように思えた。

 けれど確信をもって二卵性と言い切った木戸のセリフに相手の子は驚いたようだった。

「だって、あっちはさ……女の子じゃないじゃん?」

 通常、一卵性の場合は性別は同じになるものだ。一卵性で細胞が分かれたときに片方だけなんらかの性染色体やら発生の段階でのトラブルがあれば異性ができないとは限らないだろうけれど、男性化していないだけ、というような女子が誕生するはず。

 けれども目の前の子はどこからどうみても女の子だ。胸もこうやってみればわずかな膨らみくらいはないでもない。そりゃクラスメイトに比べてですら、ないです。という感じではあるけれど。

「それ……なんで知ってるんですか? クラスメイトもみんな知らないのに」

「え。秘密だったの?」

 彼女は身体を小刻みに震わせながら、こちらを大きな目でじっと見つめてくる。

 なんかまずいことでもしてしまったか。

 もう、一年以上学校生活をしてきて、ばれないなんてことは通常無理だろうと思って聞いてみたのだが。誰にもばれてないのだとしたら、それはすさまじいことなのではないだろうか。

「風呂とかプールとか、ばれなかった、の? 常識的に考えて無理なんじゃ」

「そりゃ、学校側へのアプローチとか協力のもぎとりとか、ねーさん頑張って交渉したから」

 それなりに配慮してもらって、なんとかここまできましたけど……と彼女は反射的に答える。衝撃が抜けないようでその言葉はどこかうつろだ。

 なるほど。一部の責任者だけに話を伝える方法を選んで、なんとか隠してきたというところだろうか。

 それならばイベントなんかに関しても便宜をはかってもらえるのかもしれない。プールさぼれるとか夢のようだなぁ。

「それがいきなりこんなところでばれるなんてあんまりです。ねーさん普通に女の子にしか見えないのに!」

「いや、あの……その見破ってすみません」

 なんだかこちらが悪いことをしているみたいな流れだ。

 そう。彼女は確かに木戸からみたら男子なのだが、教諭には認められていて、他の人間にはそうそう性別がばれないのである。青木だって気づいちゃいないのだろうし、それを変に暴くというのも、褒められた行為ではないだろう。

「そもそもなんで先輩にはわかったんですか? 中学の後輩に知り合いがいてそこから聞いてきたとか?」

 わざわざ遠い高校を選んできたのに、と彼女は絶望的な顔をする。

 今の今でも、どうやら彼女には見た目でばれたとは欠片も思っていないらしい。

「いや。見れば……わかるんだ。悪いけど」

「わか……ちゃうんですか?」

「俺の友達も……青木と弁当食べてるところを見に行ったんだがな、二人同時に確信したよ。うまいこと女装してるなーって」

「ねーさんのあれを女装って言わないでください」

 ぐっと両手を握りしめて千恵は前のめりになる。なるほど。確かにずっと女子生徒をやっているような人である。その相手に女装というのは少しデリカシーに欠けていたかもしれない。

「ねーさんはずっとちっちゃいころから女の子なんです。それなのに周りはいつもひどいことばっかり言ってきて」

「そりゃ、いくらおねぇ芸人がいようが、そうなるよな……」

「高校に入ってやっと落ち着けたんです! 友達もできて彼氏もできて……これからなのに」

 ぐすっと、彼女は涙目になり始めた。本当におねーちゃんが大好きらしい。

 そんな彼女の反応に木戸は、うっと少しだけ申し訳なさそうな気にさせられる。

「ああ、別に俺はばらすつもりはないぞ?」

 一人の人間の人生をぶち破るだけの気概など木戸にはない。自分だってあれだけのことをやっているのだし、別段性別を変えることに対して否定的になる気だってまったくない。

 ただ一つだけ、気になるのは。

「それを、青木には話してあるのか?」

「う……それは、その」

「まああのバカのことだから、その……な。大人な関係になったとしてもそのまま、勢いで突っ走るんだろうが。いつかは告白しなきゃいけない時がくるんじゃないのか?」

「それは……」

 急に彼女の勢いがそがれた。うつむいてぷるぷると震えている。

 どうしようもない、こと。

 木戸のそれとは違って、女の子として学園生活を送ることは無理も無茶もあるだろう。放課後だけ好き放題している木戸は無茶を押し通して通用するけれど、性別を変えるという行為を完全にやろうと思ったらとても大変だろうと思う。

「ま、そこらへんは当事者同士の話、なのかな。ただ不誠実なことをされたらたまらないって、いちおう友達としては言っておかないと」

 けれどそこで不意に緊張を解く。妹さん相手にする話でもないし、それにそう。

 近づいてくる足音が聞こえたのだ。

「あとさ、いちおう青木と付き合いが長い友達として、後学として聞かせてほしいのだけど」

 後ろの足音を聞きつけて、そちらをちらりと確認してから、もう一人の人間に問いかける。

 そう。そこにいたのは青木の彼女さんのほうである。名前は確か千歳といったか。

「青木のどこがそんなによかったんだ?」

 緊張のはらんだその表情。少しこちらを怖がるような、警戒するかのような素顔。ああ。手元にカメラがあれば是非撮りたいものだけれど、残念ながらエアシャッターだけ押しておくことにする。

 女子制服姿に、髪は地毛を背中まで伸ばしているロングだ。あそこまで伸びるには時間がかかるから中学の時にはすでに伸ばしていたのかもしれない。けれども特に印象的なのは、その儚げなというか、危うい感じである。影があるように思えてならない。

「青木先輩、前に木戸先輩と噂になったことがあったでしょう? そのときに興味を引かれて。男の人もいける人なんだって思って遠目で観察してたんです。そしたら」

 ちょうど時期としては半年前くらいになるのだろうか。木戸たちの合成写真が出回って、それを回収して。そんなあとに告白騒動が来て。あの頃から彼女は青木達を見ていたということだろうか。

「最初は違うのかなって思ってたら、木戸先輩に対しての視線は本物じゃないですか。一時期からちょっと距離を置くようになったみたいだし」

 そうね。確かに修学旅行の後からは青木としばらく距離を置いていたからね。けれど青木が見ていたのは木戸ではなくて、その先にいるルイなのだけど、そこらへんはさすがに情報規制があって伝わっていないらしい。噂になってたらもちろん激しくイヤではあるのだが。

「そのときの青木先輩の顔がたまらなくつらそうで」

 彼女はそこでこちらをちらりと見ながら、言葉を続けた。

「だったら、こんな私みたいなのでも、アタックしてみようって思ったんです」

「みたいって? 別に君はそんなにおかしいわけでもないじゃないか」

 静かに話を聞いていたのだけれど、その中の一点だけどうしても気にくわなかったので不機嫌そうに尋ねておく。別に弱っている青木にアプローチをかけたところには別段なにも思わない。あれだけ好きだなんだ言ってたくせにころっと別の子と付き合う青木がわけわかんないとか、そんな女の子らしい感覚は木戸には浮かばない。

 それよりも。

 木戸には、嫌いなものがいくつか、というかいくつも、たんまりあるが、その中の一つがこれだ。

 自分のことを卑下するやつは好きじゃない。自分に視線を向けられないやつよりはましかもしれないが、結局そこで卑下して終わってしまうのでは足踏みをし続けているのと等しい。

 自分のダメな点は、嫌な点は、克服するところだし、そうできない部分なら目をつむってしまえばいいのだ。

「おかしいですよ。先輩になんかわかりません。ボクはどうしようもなくおかしくて、だから」

「別に、いいじゃん。そんだけかわいくて普通に高校生活もできてるんだろ」

 そこで、頭にぽふんと手を軽くのせて、そして言う。

「たとえ、男の子であろうとも、立派だと思うよ」

「ひくっ」

 先ほどの会話をどこまで聞いていたのだろうか。とりあえずしっかりと知っているということを印象づけしておく。

 手に彼女の震えが伝わってくる。怖い、怖い怖いとそれはささやいているようだ。

 確かになぁ。木戸はあっさり女装をこなしているように見られるけど、最初の何回かは怖かった。今ではカメラの先に浮かべてくれる顔がそんなものをさらっと打ち砕いてくれているけれど、もし他人に見られて評価されることを避け続けて来たのだとしたら。

 否定され続けたその心は一年ばかりで治るものなのだろうか。

「ただ、一つ。さらに確認をしておくけど、青木のことは、好き?」

 興味があるというのは先ほどの話でわかった。でも気になるのはどうしてもここなのだ。

 話の流れとしては、どうにも好かれたい、であって好きとはどこか違うようにも思う。

「それは……好き、です」

「たとえば、君に言い寄ってくる男がいたとしても、青木をとる?」

「それは……そんな状況がくるとは思えません」

 千歳はうつむいて、首を振っていた。想像したこともない、といったくらいだろうか。

「そうかな。そこらへんの女の子より十分かわいいし、毎日お手製の弁当ってはなしで、それがうまいとのろけてたから家事全般もそこそここなすんだろ? 案外、君を狙ってる男子はいるかもしれない」

 告白って勇気がいるものだしな、としたこともないのに言っておく。けれど実際、千歳はそれなりに整った顔をしているし体格だって木戸よりちょっと上くらいなのだから、胸がないにしたって人気はでるんじゃないだろうか。この控えめすぎる性格だって、おしとやかと勘違いしている男子もいるかもしれない。

 まあ仮定の話だけれどと肩をすくめてから、本題に入る。

「平たく言えば、誰だってよかったんじゃないか、って思ってんだよ俺」

「それはあんまりです! いくら先輩でも……」

 千恵ちゃんがたまりかねて口をはさむ。とはいえ譲る気はこちらにはない。

「青木と俺がつきあってたって話はガセネタだ。青木本人が流した、な。それを知っても青木と一緒にいるかい?」

「んなっ……それって」

 姉妹二人してそこで硬直した。

「青木はどうしようもない馬鹿だからな。合成写真まで用意して噂をばらまいて、あのときは本当に大変だった」

 いまじゃあ、だいぶ収束しているし、BL大好きな人たちもなんとか遠巻きにしてくれている。

 けれども、その噂をなかば真実として見ている人もいるというわけだ。特に学年が違う相手は。

 そもそも、あの風が吹けば桶屋が儲かる理論は、今思い出してもアホすぎるとしか思えないし、実際がそうだったなんて誰も理解できないだろう。せいぜいあの写真は合成で二人の関係はただの友人関係ということをアピールしただけだ。

「君が本当に青木のことが好きならそれはそれでいいし。誰でもいいというなら、なんで恋愛しなきゃいけないのかと問いたいね」

 恋人と一緒に過ごすなんてかったるいことをよくやると、苦笑が漏れる。

 好かれたいという気持ちはわからないではないけど、そんなのもうちょっと自信をもって明るく話しかければいいだけではないか。そうすれば友達なんて自然にできる。

 あれ? そういや木戸も男友達があんまりできていないような……いやいやいや。いまここで明るくしたら馨ちゃんブームがきていろいろ危ういのでこのままロウテンションで行って良いのである。

「けれど、女の子の幸せは彼氏があってこそ、でしょう?」

「好きでもない相手に労力さかないのが女子ってもんじゃ?」

 千恵ちゃんのほうに向かって問いを投げかける。

 木戸の周りにそろっている人達が恋愛脳ではないからなのか、どうしたってバレンタインの一幕をとってみても、恋人イベントめんどくさ、っていう人が多いような気がする。エレナくらいなもんじゃないか。ラブラブなのって。

「確かに関係のない男子とかはモブAみたいな感じですけど、青木先輩とはつきあってるからいいんです」

「ま、幸せならそれでいいんだけどな、俺は」

 はぁとため息をついて、後輩二人を見比べる。双子姉妹は並んでみるとその差が顕著に見えるものだけれど、きっと印象の違いは、表情なのだろうなと思ってしまう。

「でも、他にも楽しいことはいっぱいあると思うんだけどなぁ」

「おねーちゃんは、ここまでがんばってきたんです。やっと恋人ができて笑えるようになったんです。だからもう、いいじゃないですか」

 ぎゅっと千恵ちゃんが泣きそうな顔で姉の手を握る。そっとして置いて下さいと言わんばかり。

 なんだかこれでは木戸が悪役のようだ。

「まあ、いいってことにしておくかな。ただ、今日は時間ないからあれだけど、日曜日に改めて町で話し合いされてくんない? 俺と、君のことを見破ったもう一人の、青木の友達も混みでさ」

 メアドください、と言うと、しぶしぶ千歳のほうが携帯を取り出してくれた。

 今時携帯もちとは、この相手に少しだけシンパシーを感じる。

「とりあえず、それまでは青木にもこのことは内緒にしておくから」

 もう少し話をしておきたいところだけれど、あいにくそろそろいかないとバイトに遅刻してしまう。

 けれどもこの二人に、いや特に姉の方にはもう少し、学校の楽しさを知って欲しいと思う木戸だった。

 一条姉妹登場。最初妹さんをターナー症候群にしようかと思った名残がその体型です。

 でも、結局二卵性に。性別を隠して入学することは今の世の中可能だと言われていますが、見た目ばれとか噂とかいろいろ気を遣わないといけないのが大変ですね。


 青木の恋心ですが、とりあえずまだルイさんに気はあります。ここで少女漫画とかならルイさんが嫉妬して、自分でもわけわかんないのっ、とかいいながら青木に迫るところですが、あの子が、んなことするわけねぇって話です。

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