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093.

 五月になると、周りの気温もずいぶんと上がって、からりとした青空が広がっている。

 くぅ。雲がもわっとかかってるこの感じ。撮影したらからっとした良さげな絵が撮れそうだ。

 けれども残念ながら、今手元にカメラはなく、あるのはジャージの上着だけである。

 体育。木戸が苦手とする教科の一つである。

「おおぉっ。今日の準備運動の相手は、馨ちゃんか」

 準備運動はペアで行われるのがお約束である。その相手は今年の担当の体育教師はみんな仲良くが信条の人で、毎回準備運動の相手はローテーションするようになっている。

 去年のザルみたいな体育よりは幾分ましなのだが、苦手な相手と組まなきゃいけないというか、木戸の場合まんべんなく男子相手をするのが面倒なので、こればっかりはげんなりだった。去年別のクラスだったやつと組むときはだいたいが、ちょっと遠慮がちに相手をするようになってしまうのだ。

「そんなに緊張しなくてもいいんじゃね?」

 そして毎回こんなやりとり。肩をすくめながらそう言ってやっても、いや、でもなぁーと彼も後ずさる。

 パターンとしては、話を信じていても信じていなくても、ちょっと遠巻きにするのが定番になってしまったのだ。

 ちなみに去年まで同じクラスだったやつらは、半分くらいが普通。同情にも似たような声をかけられることもあったけれど、特別柔軟をしたりと普通に準備運動だった。ちなみにまだ青木とは当たっていないけれど、そのときまでにはいろいろ何とかなっていて欲しいものだと思う。

 残りの半分は全力で煩悩むき出しなのだが、まだ当たっていないので実際に準備運動をやろうとなったときには、へたれるのかもしれない。最初の体育の時にそういう分け方になるという話を聞いた時に、ひゃっほーと喜んだのは、去年まで同じクラスの中にいたやつらの半分である。

「いや、でも春隆がおまえめっちゃかわいいっていうし、その……改めてみるとこう、な」

 じぃと上から顔をのぞき込まれると、少しだけ気恥ずかしくなって顔をそらしてしまう。

「華奢で悪かったな」

 確かに身長差はかなりある。横幅だってかなり違うし、木戸の体格自体はほとんど女子と変わらない。

 けれどそれが今までは、認識されていなかったから、誰も意識などしていなかったのだ。

 それをハルの阿呆がいろんなところで言って回っているからこんなことになってしまっているのだった。

 なんだかんだで、いけ好かないヤツという扱いだった春隆は、あれで律儀な性格と絶妙な声かけで男子からもそこそこの友情を得ているようで、友達を作っているようだった。男友達があんまりできない木戸とは正反対である。もちろん勉強が出来るという強みもそうとうに生かしている。わからない所は丁寧に教えているようだし、しかもそれが男子を中心に教えているところも大きいのだろう。女子受けするイケメンから面倒見のいいクラスメイトに評価が変わったのだ。

 内心何を考えているのかはさっぱりなのだが。

「ともかく、準備運動だ。柔軟よろしくな」

「あ、ああ」

 おそるおそる。という表現がいいんだろうか。

 手を伸ばしてくるので、こちらからがっとそれを掴む。異性を相手にした時でさえお前らそんなに怖がらないだろうに。後夜祭で手をつないだりしてたではないか。

「やべぇな……なんか変な気を起こしそう」

「だろー? こいつ中学の頃はもっとすごかったんだ」

「他のペアの邪魔すんな。今日の相手は僕なんだから木戸には近づけさせねぇ」

 ほら、さっさとあっちで柔軟やるぞ、と絡んでくるハルを八瀬が引きずっていく。これ以上ややこしくしないですんでいるので大変助かる。

「変な気は起こしてくれてかまわんが、それで高校生活詰むからな? それでいいならいくらでも変な気を起こすが良い」

 思い切り男の声でそう言ってやると、うぐっとペアの相手はイヤそうな顔をした。

 時々絡まれた時にやる手だ。男っぽすぎる声を出してやるとたいてい相手は、いろいろ幻滅して身を引いてくれる。

「その声ならさすがにその気は失せるな」

 それで声までかわいいってなったら、大変だと彼は苦笑交じりに柔軟体操を始めてくれた。

 これでかわいい声だったら、か、と内心で苦笑が漏れる。

「そういやお前、春隆と幼なじみなんだっけ? あいつすげーよな。あっという間にクラスになじんで」

「昔はあんな性格じゃなかったんだがな。もっとこー」

 子ウサギみたいだったんだがなぁと、遠い目をついしてしまう。

 中一の頃はそれはもう、毎日でも一緒に居たような気がするし、周りの子が怖いとびくびくしていた。

 それこそ、女っぽいといじめられて。

「あれ。じゃあ、それの意趣返しなのか? いやまて。俺はそんな扱いはしてないぞ」

 むしろ数少ない友人として接していたし、むしろいじめるって怖がるのを宥めていたくらいだ。

 友達で、仲間だったように思う。あの当時の木戸はそれこそ姉の影響で丁寧な話し方をしていたし、おおむね男子にもてもてだったわけで、女っぽいといじめられるハルのこともどこか同類のように思っていた。

 かわいくて何が悪いの? 確か最初にハルを庇ったときに、きょとんと男子生徒にそんなことを聞いたのだった。あいつらは今はどうしてるだろうか。まっとうに……なってるといいなぁ。そのうち一人からラブレターもらったけど。

「少なくとも、あいつはお前に執着してるよ。なんだかんだでお前の話になることが多いしな」

「どんな話だよ」

 ぐっと背中を押し返しながら、ハルがどんなことを言っているのかを尋ねる。直接あいつが何かを言うことはないから、どんな噂が広がっているかはしっかりリサーチしておかないといけない。

「どんだけ中学時代かわいかったかって話だな。いろんな中学のころの逸話が聞けて、まじかよそれってっていうのが多かったな」

「ほんと、何がしたいんだあいつは」

 思い出話を語るだけならば別にかまわないのだが、なにか裏があるような気がしてならない。

 中二のクラス替えで離ればなれになって、それからはあっちにも新しい友達ができたようだし、なんとなく離ればなれになってしまった。それなら久しぶりってことでまた手を取り合えばいいだけの話だと思うのだが。

 確かにちょっと嫌みなくらいにイケメンではあるけれど、わだかまりなく付き合っていくことくらいは出来るはずだ。そりゃ木戸の生活圏とはちょっと合わない人だろうけど、クラスメイトとして仲良くやってはいけるはず。

「それで? どこまでホントなんだよ?」

 ここだけの話、教えてくれないか、と言う彼に悪意はみじんも感じられない。お茶の間の話題程度の軽さである。

「中一の頃の話なら、おそらく言った通りだと思うぞ。姉たちに着せ替え人形にさせられてたし、普通に男子にもてたしな。一年でもらったラブレターは二桁だし」

「それが今はそんなもさ声かよー。くぅ。俺もかわいー馨ちゃん是非見たかった」

 すいませんね、もさ声で。

 でも、そうか。あいつは中一の頃の話をしまくっているのか。かわいいのがばれると困るだろ、というあの言葉を実際に体験でもさせようというのだろうか。

 それは確かに、困りはするのだが……なんか彼が思ってるのとベクトルが違うような気がしてならない。

「時は無情という言葉があってな。それをいうならハルだって俺並みに普通にかわいかったんだぞ」

 それが今じゃ、ああだ、とちらりと視線を向ける。

 八瀬とペアを組んでいるあいつは、頭一つ高い長身を余すことなくつかって準備運動にいそしんでいる。八瀬がものすごく不機嫌な顔をしているのが印象的だ。

「確かになぁ。芸能人とかでも子供の写真だとめちゃくちゃかわいかったりっていうのも居るし」

 時の流れは何もかもを押し流してしまうのか、とどこか哲学的な物言いをする彼の背中を押して筋肉をほぐしてやる。

「そして、体育の授業もしっかりと先に進むってな」

 ピーと笛がなるとペアの時間はそこでおしまい。

 話を打ち切って整列をする前に彼は、ぽそりと言ったのだった。

「おまえ、最初とっつきにくいやつかと思ってたけど、あんがい普通なのな」

 これからもよろしくな、という横顔はにっと笑顔が浮かぶ。

 まったく。こういう不意打ちの表情をこそ撮りたいというのに。

 人差し指はただ、空を切るばかりだった。


 


「あの、木戸先輩! その……」

「ん? 俺になにか?」

 体育の帰り。昼休みに入ったこの時間は、だらだらと喋りながら教室に戻るやつやら、早くご飯が食べたいと足早になるものやらそれぞれだ。さっさと教室に帰って着替えるのもいる。

 木戸はこの時間帯なら少しゆっくり帰って更衣室が空くのを待つ派だ。ハルのせいで着替えも若干周りが遠慮がちになってしまっているので気を遣っているのである。別に同性に着替えを見られてもこちらはなんともないのだが、どうやら、どうにも変な情報を植え付けられたせいなのか、普通に着替えていてもみんなが視線をそらすのだった。相手が八瀬や青木なら、「見ちゃ、や……」とか悪ふざけをしてもいいのだけど、慣れないクラスメイト達相手だとさすがにそうもいかないのである。

 さて。そんな少し遅れた時間帯。昇降口で靴を一人履き替えていると、声をかけられた。

 おどおどした様子のその子は手にもったなにかとこちらの顔を見比べながら、返事があったことにほっと胸をなで下ろしている。

「一緒に来ていただけませんか?」

 そんな彼女は昇降口から離れるように、少し奥まったこの時間では使われていない茶道室の前までこちらを誘導した。

 どうやら秘密の話をしたいらしい彼女はそこで止まるものの、それでもどうしようという風な困惑顔だ。

「えと、これをその……」

 けれど、意を決したようで必死に一枚の封筒をこちらに差し出してきた。

 この手のものは大抵、ラブレターかそれっぽい果たし状かのどちらかである。

 そのこと自体に驚きはしないのだが、問題はそのあとの彼女のセリフだった。

「青木先輩に渡してほしいのです」

「は?」

 一瞬、何が起きたかわからなかった。たぶんとてもショックを受けていたのだ。

 あの青木が? 女の子からラブレターをもらうのか、と。しかもお相手は華奢で小柄な、割とかわいい子ときている。

「渡していただければそれで……その。ごめんなさい」

 けれどその子はぱたぱたと逃げるように走り去ってしまった。

「あ……っと、まいったなぁこりゃ」

 追おうとしても足は動かず、ぽりぽりと頭をかきながら呻きがもれた。

 もちろん頼みごとを無碍にすることもできなくて、手紙を青木に渡したのだが。

「おおおぉぉ。俺にもついに春が! 春がーー!」

 安定の残念っぷりだったのはいうまでもない。




 それから少しして、相変わらず青木はラブラブらしくでろんとしていて、いらっとしていたものの、特別なにかしら問題らしい問題はなく。うん。問題はなく。

 お昼休みに、鼻唄交じりに彼女に会いにいく青木を見送ると、すこしだけつきりと嫌な感じがした。

「あれー、木戸くんちょーっとジェラってますー?」

 んー? とかわいらしく机にぺとっと頬をつけながら、上目づかいをしてくる八瀬が言った。

 これは嫉妬というものなのだろうか。なんか違うような気がする。

 どうにも胸のあたりがもやもやするのだ。あの青木だぞ? あのアホだぞ? 安定の残念っぷりでいろいろな悪い噂が流れている相手だぞ。とてもじゃないが高校時代に彼女ができるだなんてみじんも思わないじゃないか。

「そんないいもんじゃない。というかお前はおかしいとは思わないのか? あんなかわいい子が青木の彼女だなんて」

「ああ、そっか。手紙受け取ったのお前だもんな。え、青木の相手ってむちんむちん? ぷりんぷりん?」

「幼女だ」

 一言。その一言で彼女のことは表現ができるだろう。

 胸は平たく言えば全然なかった。いや。平たかった。というか胸なんてものはCくらいないと目立ってありますという主張をしないもので、そして割と多くの女子高生の胸はそこまで豊満ではないのが事実である。斉藤さんいわく、CとかDの子はけっこういるらしいけれど、姉のサイズを身近で見てしまっている身としては、胸があるという基準が人様より少し高いのかもしれない。だが、どちらにしたってあの手紙を渡してきた相手はひどい胸のなさだった。無念、といいたいくらいに。すばらしくぺったんこだったのである。

「言っとくけど、ちゃんと女の子だったぞ。ロボットとか式神とかじゃなくて」

「おまえは、どんだけ青木好きだよ」

 二次元脳な八瀬に合わせていれた注釈なのになにか変な誤解を受けたらしい。

「べ、べつにあ、青木のことなんか……気にしてないんだからっ。とか言えばいいか?」

 最初だけ女声に切り替えて、アニメ的反応を返してやる。周りに聞こえても困るので声は小さめだ。

「あー、うまいうまい。お前は女性声優やるといいよ」

「うっせー。演技は苦手だ。キャラ作りこむって作業で俺にはむり。エレナにはいっつも感服するよほんと」

 三月にコスプレをやったけれど、はっきりいってキャラの作り込みは自分にはできないなと痛感したばかりである。作り込んだものを引っ張り出したり、写したりという撮影者としてのほうがいい。

 はぁ。確かにエレナたんはかーいいなぁと八瀬がうっとりする。いちおうエレナの正体は八瀬には言っていないがこいつの中では実は男の娘派大勝利、に違いない。絶対会わせないようにしよう。

「でも、僕もその相手ちょっと見てみたいな。あの青木でいいっていう女子がどれだけいるのか、クラスの男子たちに希望をもたらす展開ですよこれは」

「なんだよ希望って」

 どういうことだよとけだるげに尋ねると、八瀬が眠そうな目をかっと開いて起き上がった。

「一人勝ち組のお前にゃ男の気持ちなんてもんはわからんよ」

「無害認定されてるだけって話だけどな」

 別段、木戸がもてているわけではなく、どちらかというとルイと友達関係にある女子が多いというのが実際のところだろう。勝ち組なんてことはまったくないし、そもそも友達以上の関係になった相手もいない。

「ま、それはそうと、どうよかおっち。青木の相手、ちらっと覗きに行かん?」

「かおっちという呼ばれ方は今まで初めてなんだが……まぁ場所さえわかれば行ってみても、いいかな」

 気にならないか、といえばやはり気になるのは確かだった。

 別に青木をとられたと思ってるとかそういうことではなく、純粋に二人が上手くやれてるのかどうかという方が気になるというか。いろいろと木戸としてもルイとしても青木のことはとても心配なのである。

「場所はわかってる。昼休みは大抵文化ホールの脇のベンチで仲良く弁当をつまんでいるらしい」

 これは漫研の有志からの情報だ、と彼は言った。八瀬も二次元をこよなく愛す人間。それなりの交流があるらしい。むしろ勝ち組どうこういうなら、あそこには女子部員しかいないのだしお近づきになればいいのに。

 そんなことをあとで指摘してみたところ、あいつらは腐っているから、リアルの男子なんて妄想のネタとしか思っていないんだ、とげっそり言われて、あぁ、とこちらもげっそりさせられたのは言うまでもない。

 そうして二人はこそこそとその場所に向かった。移動中に知り合いに声をかけられもしたのだが、昼休みの余裕もそうないので適当に切り抜けて目的地へと向かう。

 そして。そこで、愕然としたのだ。

「違う……手紙を渡してきた子じゃない」

「嘘だろこれ。あの子……」

 八瀬もどうやら気づいたと見える。

 青木のそのわきに座るその子は、そう。

 我々がいうところの、男の娘だったのである。

さて。春が来た人はご覧の通りです。ちょっと嫉妬未満の感情に胸を焦がす木戸くんが好きです。

そして何話か使って、ここは丁寧にまいりますよ。

個人的に思い入れのある子というか、癖がある子なので。

青木くんは女子相手なので、久しぶりの紳士モードです。

この作品自体、即興曲みたいなところがあるので、仕込みとか長期間で話が進むってあんまりないのですが、ここばかりはきちんと書かねばなりますまい。

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