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089.

「なんか、ほっとする味がする」

 軒先にちょこんと備え付けられている竹製のベンチに腰をかけてお昼ご飯を口にしながら、崎ちゃんがはぅふと吐息を漏らしていた。

 なんというか、とてものどかである。

 ゆったりした川の流れと、川面に流れる桜の花びら。

 そういや桜の花びらの落ちる速さは秒速いくつとか、そんな話もあったっけなぁと思いつつ、ルイは魔法瓶から注いだ熱いウーロン茶をふーふーしてからこくりと飲み込む。

「お気に召していただけたようでなによりです」

 普段よりちょっと豪勢にしたお弁当はどうやら崎ちゃんのお口にはあってくれたらしい。

 そう。今日のお弁当ももちろんルイお手製の一品だ。難しいものは特にいれていないのだけれど、煮物なんかもいれてあるので、料理もできるのか……と恒例のお言葉をいただいてしまった。

「最近仕出し弁当ばっかりだったし、家庭の味って感じよね、素朴っていうか」

「そりゃ、家庭料理ですから」

 インパクトには欠けちゃうけど、うちの味付けはこんな感じなのです、というと彼女はまったく、良いお嫁さんになりそうね、と皮肉を言ってくる。主婦ではなく主夫なのだが。

「しかも魔法瓶まで完備だなんて、至れり尽くせりよね」

 褒めて使わします、と言い放つ女優さまはぽへーと、温かいウーロン茶にほっこりしていた。

 冷たいのと温かいので悩んだのだけれど、HOTの方であたりだったようだ。

 ちなみに、ルイは水筒女子である。いうまでもなく貧乏性なので。それを今日は二人分なのでやや大きめなものにいれてきている。カメラの機材とあわせるとそれなりの重さになるのだけど、これくらいなら問題なく持てる。

 さきほど撮影の密度を濃くしよう、なんて話をしていたけれど、ご飯の時間だって大切なものである。景色を見ながらご飯をいただくのはお花見の作法だ。

「おいっ、やめとけって。いくらなんでも私有地に無断で入るのは……」

「でもっ、裏戸開いてたしさ、ちょっとだけっ。ちょっとだけでいいの」

 そんなまったりした静かな時間を過ごしていたのだけど、かさこそとなにかの物音が耳に入った。

 はて。どこかで聞いたことがあるような。

「新宮さんと……姉様?」

「へ……?」

 そちらに視線を向けると、私有地に無断侵入しようとしていたのは、実の姉でありました。

「ちょっ、どうして貴女がここに? ていうか、今年から受験で家にこもりきりって話じゃなかったっけ?」

「月二回は撮影日作って良いって言われてるので。そのうちの一日が今日ですよ。それより」

 どうして私有地に侵入してるんですか、と詰め寄ると、姉はうぐっとばつの悪そうな顔をした。

「この前テレビでここを舞台にしたドラマがやっててね、ここのお庭の景色がすっごいよかったから、あの……ちょっとだけ、ね?」

 裏戸も開いていたし、といいわけじみたことを言う姉に、こういうのはよくないです、と叱っておく。

 実の姉が警察のご厄介になるのは見たくない。

「あのー、ルイさーん? この方々は?」

 じぃーとことの成り行きを見守っていた崎ちゃんは、話が途切れたのを見てこちらにたずねてくる。まぁそうだよねぇ。

「あー、うちの実の姉の牡丹と、その彼氏です。通称おっぱいの人です」

「おっぱい言うなー」

「あうっ」

 姉に思い切り胸の膨らみをわしづかみにされると変な声があがってしまう。もちろん入れているのはパットなのだが、公衆の面前でつかまんでください。

「それで、こちらはルイの彼女さん? って……え? えええっ?」

 姉は確かにこの家をドラマで見て興味を持ったと言っていた。それならば知っているんじゃないだろうか。それにでていた女優さんの顔も。

「崎山……珠理奈さん? えっ。あの?」

「はい。あの、で正しいです。咲宮家のお話見て下さったんですね」

 ありがとうございます、と営業用の顔を張り付けた崎ちゃんがにこりと微笑む。

 それだけで、おおむね新宮さんの顔が赤くなった。

「ルイさんなら知り合いでもおかしくないって思ってる当たり、僕もそうとうやられてるのかもしれないが」

 生で、しかも挨拶までされちゃった、と新宮さんはわたわたとしている。

「ルイのおねーさんとなると、不法侵入も不問にするしかない、ですかね。せっかくですからお庭の景色、見てってください」

 さぁどうぞどうぞと、崎ちゃんは庭園に案内する。ファンを相手にするときの顔。

 それを思うと先ほどまでの拗ねたり、怒ったり、怪訝な顔をしたりっていう方がレアなのだよなぁと思わせられる。ルイに向けてはいつもそんな顔をしているような気がするのだが。それはきっとルイが崎ちゃんのファンではないからなのかもしれない。

「うわっ、テレビの景色そのまんま……しかも桜まで咲いててすごい」

 きれい、と姉はうっとりその景色に見ほれていた。せっかくなのでその姿も撮っておく。

 あとで新宮さんに渡してあげよう。桜に見ほれるあどけない彼女の姿がスマホの待ち受けになってくれたりしたら幸せではないだろうか。

「うちの妹とは、その、どういった関係なんです?」

 そんな時間がある程度経つと、姉はぽそりと絶対でるであろう疑問を口にする。そりゃ弟がテレビの向こうの人と知り合いとなると、出会いも気になるところだろう。

「どうって、被写体と撮影者の関係ですよ? エレナと同じ」

 それがなにか? と答えてもあまり納得はしてくれないらしい。エレナに関しては一部で有名な子といったくらいだから、それくらいなら知り合っていてもと思えても、崎ちゃんに関してはそうは思えないらしい。

「おねーさんはルイが銀香で活動してるのはご存じですよね?」

 仕方ないなと思いつつ、崎ちゃんがルイとの出会いの方を簡単に伝えてくれる。木戸の方の出会いに関してはまったくこれっぽっちも触れないのは、どの程度まで話が伝わってるかわからないからだろう。

「それで、いろいろあって、友人関係ってわけ。いっとくけどデートとかそういう類いのものじゃないですからね?」

 あくまでも女の子同士なんですからね、と付け加えると、うえ、知られちゃってるの? と新宮さんが不思議そうな声を漏らした。

 そう。いくらなんでも女装しているだなんてことが知られたら、崎ちゃんが許さないんじゃないかと思ったのだろう。その懸念はたしかに当たっている。女装の正体ばれの時は本当に大変だったのである。

「おねーさんはともかく、その彼氏さんまでルイの秘密を知ってるのか……なにげにあんまり秘密まもる気ない?」

 あたしにはあーんなにひた隠しにしたのにー、と崎ちゃんが少し拗ねたように抗議をしてくる。

 そうはいっても、両方で会ってた手前、崎ちゃんにだけは言いたくなかったのである。

「ばれたのなら仕方ない、程度には思ってるかな。何度も言ってるけどこれってあくまでも萎縮させないための撮影のための装備だからさ」

「そのわりには、ずばずばドツボにはまってると思いますけどねぇ」

 姉がつっこみを入れてくるけれど、無視。確かに女装は大好きだけど、別段正体を隠しているわけではないのだ。

「それに、実際今まででばれた人、ばらした人でいっちばんトラブったの崎ちゃんだし」

 あのときは大変だったなぁとつい数ヶ月前のことを思い出す。きちんと話したのに女子だと思われたというのは今では笑い話である。

「なっ。他の反応は……って、そっか。あたしもあんな感じだったってことは、するっと、なのか」

「そ。変わりすぎとは言われるけど、おかしいとは誰も言わなかったし、それだけのスタイルには仕上げてるつもり」

 むしろ男の時の方が男装だろうなんて言われることの方が多いくらいだ。実際目の前にいる新宮さんだって着替えたっていうのに、男の子? に見えるね? なんて疑問符いっぱいつけて答えてたくらいだ。

「私はおかしいって、確か言ったけどなぁ。それも何回も。何十回も。あの二人だって家でやってるとかなりイヤそうにしてるじゃない」

「姉様。それは、世界の不条理についておかしいと言ってるだけであって、私自身がおかしいって意味ではないように思いますヨ」

 確かに家では、おかしいおかしいと言われてはいる。でも、変わりすぎてしまって、別人みたいな感じがするからおかしいと感じるだけのことだ。

「おかしいというと、どうしておねーさんの前だと、敬語なのかが気になる」

「あー、これはなんというか……キャラ付けです。地が出ないようにするっていう効果もあってね。呼び方もなにが一番しっくりくるだろうかって悩んで、様付けで定着」

 ま、もともと、小学生だったころから、ねーさまって呼んでたのは呼んでたんだけれど、と昔を思い出す。木村姉ともう一人とうちの姉とで着せ替えをしてた頃にすでに染みついてしまった言葉遣いなので、いまさら変えるのもむずかしいのである。

「うぅ、さすがルイの家はなんというか……変わってるというか」

 じぃと。少しだけ素を出したような疲れた視線が姉に向けられていた。

 いくらなんでも小学生を捕まえて、着せ替えはちょっとと思っているのだろう。

「で、でも。ちょうどすっごい女の子っぽいお嬢様な服だったし、あどけない感じで、ねーさま、なんて言われたらもう……」

 あのときのルイは本当にちっこくてかわいかったのだと、姉はぽやんとした表情を浮かべた。あきらかに当時のことを思い出していそうだ。あとでいびるために写真を何枚か押さえておく。

 小学校高学年から中一にかけて、木戸は姉の友達たちに着せ替え人形になっていたわけだけれど、そのときの木戸の身長は百四十ないくらいだった。まあ一般的な男子の二次性徴は中一から始まるものだし、当時それくらいの身長であっても、極端に小さすぎるというわけでもなかったけれど、姉たちから見れば華奢で小さくて大変かわいいという結論になったのだろう。女の子の方が早熟なのである。

 ねーさまという呼称になったのは、ちょうど白のワンピースと、麦わら帽子っていう夏装備だったときだったろうか。腰くらいまでのロングウィッグをつけていた時に、いつものように姉たちが大興奮をして、おねーちゃんじゃなくて、ねーさまでいこうなんて言い出したわけだ。

 そんな姉の状態を見て、崎ちゃんはぽんぽんと憂いの含まれた表情でルイの肩を軽く叩いてくるのだった。いかにも、大変な目にあったのね、という同情の姿勢である。

 そういえば崎ちゃんには、ルイと木戸馨が同一人物という話はしたけれど、どうしてこうなったか、という説明はいまいちしていないのだったよね。撮影のため、とは言っているけれど。

「いやっ。確かにあのときはあたし達も悪かったと思ってる、っていうか後悔すらしてるけど、今の選択はこの子の勝手なのですよ?」

 こいつったらバイト始めた理由もカメラだって言ってるだろうけど、半分以上は服のためなんだよーと、姉がばらすと、崎ちゃんはそんなこったろーと思ってましたよと、じとめでこちらを見つめてきた。

「むしろ、コレが押しつけで出来るなら、そっちのが脅威ですよ。ほんっともールイやってるときはアクティブな乙女なんだから」

「も、もう、そういう話はなしにしましょうよ。せっかくこのお庭に入れたのだし、姉様もじっくり景色見てって下さい」

 こっちは撮影に戻りますから、と言うと姉からほどほどにね、と声がかかる。そして。

「ま、こんな弟ですが、これからも仲良くしてやってくださいね」

 崎ちゃんには社交辞令なのか本心なのかよくわからない挨拶をするのだった。

 

 ちなみにこの後崎ちゃんが、彼氏にしたくない相手としてテレビで上げていたのは、クローゼットの八割が女物で埋まっている男子、だったのだが、あいにくそれが木戸の目に入ることはなかったのだった。

 誰かと絡ませたい! と三パターン想像していました。今回の姉たちなら姉メイン、クラスメイトだと男子メインにしようかなと。結局、ご無沙汰名姉で。ルイに「姉様」って言わせたかっただけなんですよ! ちなみに父の前で女装するときは「父様」ってちゃんと呼びます。とーちゃんの悩みの種です。


 さて、次回予告。始業式の日に、というわけで新キャラ登場です。過去からの因縁は水面下で進むのでした。本作初、木戸と「友達だった人」の登場です。もちろん悪いようにはしませんが……どうしてうちにでてくるイケメンってみんな性格悪いんだろうな。。orz

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