083.
遅くなってすみません! 気がついたら寝てましたorz
いちおう一日一話ってことなので、朝分の仕込みはこれから入ります。
三月中旬。お菓子王子の余韻が残るこの時期に、ルイは見慣れた道路を前に、んーとか、あーとか、少しだけ尻込みをしてしまっていた。
数日前のやりとりはもとより、正式な文書なりも渡されて、貴女はその日にあそこに行くのよと確約されていたとしても、内心で本当にいいんだろうかなぁと、ストップもかかるのだった。
目指しているのは普段通っている木戸のガッコ。細かくまでは知らないが、トイレの位置くらいはしっている身であるし、そこが怖いわけもないのだけれど。
どうにも凸面鏡である三叉路の鏡にすら自分を映してしまいそうな勢いだ。
こそこそ、写真部の活動に参加したことはあっても、正式に招かれるという立場だときょどってしまう小心者である。
「うぅ……」
ルイ状態が、どこに出してもかわいい女の子だという自負はある。襲われた経験も多いし、それくらい天狗になってもいいだろう。でもだ。
今、肩に手をやると髪の毛の感触がない。普段はいつもじっとり肩を覆ってる毛がない。
毛がない不安はこう言うのではないのだろうけど、一瞬だけ、抜け毛な先輩達の涙目が頭に浮かんだ。
そう。今日のルイの髪型はショートカットだ。もちろん男子のそれとは違くて、ボーイッシュってよりはかわいいとかスタイリッシュとかそっちが表に出る感じ。普段が肩にかかるかもうちょっとなウィッグなルイとしては、「今」のほうがさっぱりしているようにも思う。
さて。今、ルイはウィッグをかぶっている。
普段のセミロングの肩にかかるようなあの定番ではなく、さらには襲撃事件のものではなく。
そう。今日のルイは、しっかりとエレナの言いつけを守っている。
どうせ着替え室でウィッグかえるのは、みんなに邪魔されるって、とね。
確かに事情している人も知らない人もこの頭は何かしらの反応をするのかもしれない。
ルイとしてはあの肩口にかかる髪が基本的なので、それよりも短いこれはウィッグ扱いだ。自前のものよりも二センチくらい長い程度にしかないのだが、女の子っぽさがしっかりとでているものだ。なんのしがらみもないのであれば、学校でそれもつけなおせばいいのだろうが、素の毛を見せたりなんてしたなら、どういうことなのかと詰め寄られるに決まっているのである。
そして、その下。衣服のほうは完璧にウチの学校の女子制服だ。
コートこそ自由なので若干の個性は見せられるけれど、果たしてこの姿はどう見られるのだろうか。何度かこの姿で来たことはあるけれど、大勢の前でというのはそれなりに緊張するものがある。
そんな姿で卒業パーティーのイベントに入るため、まずは学校のセキュリティをパスするために、守衛さんに書類を提出して見てもらった。この通行許可証はあいなさんの勉強会の時も念のため作ってもらっているけれど、今回は発行元が生徒会になっているものだ。今日はよろしくねなんて声が上がったところを見ると、イベントにかり出された外部の人という風に思われてるのかもしれない。
「ああ。ルイさんっ、良く来てくださいました」
案内メールに書かれてあるように、校舎の入り口、昇降口の当たりで案内係の子と落ち合うことが出来た。
相手はそれなりに面識のある山田さんだ。イベントスタート時間まではさほどないので、出会いの挨拶もほどほどに被服室に案内された。更衣室としての提供は男子が化学室を、女子には被服室があてがわれている。校舎の配置的にはかなりこの二カ所は離してある。というのももちろん覗き防止対策のためだろう。この時間帯は被服室の方に男子が近寄ったら下手人扱いされるから近寄らないように!と厳命されている。
では、女子更衣室は使わないのか、というと、それぞれの階に一個ずつあるそれらは、狭いのと私物が多すぎるというので、敬遠されたのだった。
被服室なら広いし、そもそも完成品を試着するためのカーテンの仕切りもあるから、比較的使いやすい部屋であることは確かなのだった。
「おおぉ、その服かわいー」
さて。そんな部屋にルイも当然案内されたわけなのだけれど。
周りから聞こえる黄色い声に、少しだけたじろいだ。コスプレイベント会場よりもみんなテンションが高いんじゃないだろうか。きっとやりなれていない人達だから、ハレの日にわくわくしてしまっているのだ。
「さ、ルイさんもさっさか着替えちゃいましょうよ」
どんなコスなのかなー、楽しみだなー、なんていう声をかけてくれるのは、案内役を買って出てくれた山田さんだった。彼女とルイは一応面識があるけれど、せいぜい会場で挨拶して何度か撮らせてもらった程度の間柄でしかない。木戸としてならそこそこな友達ではあるのだけど、相手はそのことを知らない。
「自分がやるほうになると、ちょっと緊張しますね」
ルイをやっているうちは女子限定の場所でも怖れないというのが、木戸が最初に決めたことである。
女子トイレなんかはもう慣れたものだけれど、更衣室というのは実は初めて入る場所である。
そんなところにたたき込まれて、しらっとできるほど木戸は剛胆ではない。ちょっとこのテンションと熱には圧倒されてしまう。
「他のみんなもわいわいやってますし、あんまり緊張しないでもっ、て、外で着替えるのは危ないよ!」
「えー、女子しかいないんだからいいじゃーん」
カーテンで仕切られた中で着替えるのが基本ではあるものの、時折外で着替えている子がいたりして、下着姿をさらしているのが目に入る。
これで、その相手が男子だったらどーすんのさと思ったものの、いや、そりゃわかんねーべさと斉藤さんが肩をすくめて首を振っていた。自分も我慢するんでさっさと着替えてしまえとでもいいたいのだろうか。彼女もコスプレをするそうだけれど、なんの衣装を着るのか楽しみだ。下着姿よりもむしろそちらを見せていただきたい。
「外もカーテン閉めてるけど、どこでどう覗かれてるかわかんないし、中で着替えた方がいいよ?」
ほれ、さっさと着替えると山田さんに言われて、その子は素直に従った。
それを横目に、自分もカーテンの中に入る。ゲスト待遇なのでスペースの中には一人きり。
周りからの声や衣擦れの音はするものの、とりあえずほっとする。
着替えといっても、今日やる衣装はそんなにこみいったものでもないので、苦労する部分はない。
さて、とスカートを脱いだところで、それは起きた。
「ルイさーん、着替えこまったりしてないですか?」
「はいっ?」
カーテンから首だけだして、山田さんが思い切り覗き込んで来たのである。
そりゃ、ホストとしてはコスプレ素人な自分を気にかけてくれるのはわかるのだけど、こういうのはやめて欲しい。マジでやめて欲しい。
「うあ……めちゃくちゃ太もも綺麗……」
「あんまり見ないでください。それと衣装は日常の服だから大丈夫デス」
「あはは。ごめんなさーい。でもルイさんの着替えを覗けるだなんて一生でここしかないって思ったらつい……」
確信犯ですか、貴女はっ。
でも当然のことながら、こうなる可能性も考慮してしっかりタックはしてきている。スカートめくり事件同様に、見られたところで違和感はそうもたれないのだ。むろん骨格的なところに違和感を抱かれてしまえばそれまでではあるのだけど。
「もう、覗かれるのは危ないーって注意した舌の根も乾かぬうちに、自分で覗いちゃうのはダメですよー」
とりあえずスカートだけ先に衣装の方のものをつけてから、まったくもぅとため息を漏らした。
「えぇ、いいではないですか。割とレイヤー仲間では、ルイさんがコスプレしたらがしがし撮りたいって人多いんですよ」
むしろ、一緒に着替えてあれやこれやしたいーと山田さんはテンションを爆発させる。
キャラ崩壊してませんかね、これは。
「エレナの情報はびた一文あげませんからね」
「ううぅ。ならルイさんの情報を是非」
今度は上着を着替えているところでしゃっとカーテンに顔がつっこまれる。
思わず上着で上半身を隠してしまった。
「ルイさんったらわりと……ああうん。なんだ。大丈夫。それくらいでもかわいいっ」
おもいきり視線をそらされて憐れそうな声をあげられてしまうと、なにやら自分の体型がかわいそうだと思えてくれるから恐ろしい。
「べ、別に胸に関しては隠してないですし。今日やる子だって全然ないし」
そんな気を使わないでも大丈夫デスよと、にへらと返事をしておく。実際ルイは自分の胸へのコンプレックスというものは、ない。ああ、ないともさ。
「まさかの男の娘コスですか」
あのルイさんまでがそちら側とはなんとも驚異的と彼女はわざとらしくいい放つ。
「別に男の娘コスじゃないですよ。そういうキャラ設定でもよかったんですけど、カメラキャラってことでお願いをしたので」
それが偶然、胸がないキャラだっただけのことなので、とまじめに答えると彼女は、なら完成をまつしかないか……と引き下がってくれた。
それからの着替えはほとんど時間がかからない。セーラー服を着込んでカーデガンを上に羽織ればそれでおしまい。ちょっと鏡でウィッグのゆがみを直せば完成。
「くぅ。寒い。寒いよこれ。寒いんだよう」
ようやく着替え終わって、被服室から出たところでまだ肌寒い風が太ももをなでた。
「んー、たしかにそれ、ちょっと今日の気温だと厳しいかもですね。黒タイツキャラではあっても、原作卒業式ってコート着てないし……」
そう言いながら山田さんは腰の所に貼っておくといいですよ? と貼るホッカイロを渡してくれた。コスプレの必需アイテムは冷温両方に対応するための道具だということらしい。確かにエレナも夏は冷えピタ使ったり、冬はホッカイロ使ったりしてた気がする。やる役は季節で選んでいる部分もあるのだろうけど、それでも作品の旬というのもあるので、無茶な衣装を着るようなときに、しっかり対策をすると言っていた。
セーラー服の下のところにぺたりとはると確かにそのぬくもりで一気に身体が暖まる。
ガラスに映る姿も、先ほどのぷるぷるしたものとは大違いとなった。
それをじっくりと見ながら、まぁこういうのもありなのかなぁと新鮮な感想が浮かんできた。
さきほどの被服室ではおかしくないかだけチェックしてきたけれど、改めてこう見ると、セーラー服もかわいいなぁと思わせられる。
そう。今日のコスプレ衣装はずばりこれ。
ベージュのカーデガンを上に羽織っていて、セーラーカラーの色はスカートと同じブラウン。胸元のリボンは赤でチョウチョ結びをしている。足下は黒タイツで覆われているからいくらか温かいけれど、まだまだ冷える昨今だ。
そして胸元には一眼レフをつっている訳で。
このキャラを選んだのは、もちろんエレナだった。招待されてから二週間で用意できるもので、カメラを持っているキャラクターのもの。できれば男の娘がいいけど……あの作品はやらせられないから、とエレナは半分涙目になっていた。そして清純系のルイちゃんがあの作品のコスをやりきれるはずがないと言い切られてしまった。ルイちゃんに、舐めて良いよなんて言われちゃったら、もう……涙目なんだよ、と。
いまいちどういう作品なのかわからないのだけれど、エレナがそういうなら、それに従うだけだ。
「でも、まさかルイさんがきっちりウィッグまでつけてコスしてくれるとは思わなかった……」
山田さんは短くなった髪を目を細めて見ながら、ありがたいことですと笑顔を浮かべた。
そう。今日やるキャラクターはショートカットの女の子なのだ。広島に戻ってくる前まではそこそこの長さがあるけれど、カメラを持つようになってからはずっとショートなのでそれはきちんとやらないといけない。
「付け方は散々エレナにきいてきましたしね、でも、身長的には主人公じゃなくって、先輩の方がいいんじゃないのかなぁって思ったんですが……エレナが、ちんまりしたルイちゃんが、はわはわする姿を見てみたいとかいうのでこっちに。カメラも違うからどうなのかなぁとも思うのですが」
今日ルイがやっている役が普段使っているのはアナログのカメラだ。ローライとかいうのを使っていた気がする。それに身長だって17センチもルイの方が高い。というか145センチという身長設定はさすがに低すぎないかと思ってしまう。
「そんなことはないですよ。身長って確かに近いに越したことはないですけど、そのキャラの特徴がでてればそれで十分です」
ま。その姿だけみるとただの女子高生って感じですが、私もその原作は好きですしと山田さんはさぁ、ぽって部長、ぜひ写真を撮ってくださいと、まだ着替えていない彼女はいえいとポーズを決めて見せた。まだ学校制服を着ている彼女はそれでもしっかりとポージングを決めて下さって、十数枚撮ったところで、おっといけないと彼女がポーズをといた。
「そんな感じで、写真をはわはわしながら撮ってくれるだけでいいですので、今日はイベントを思い切り楽しんじゃって下さいね」
遠慮とかしちゃダメですからね、という彼女はこれから始まるイベントを心底楽しもうという空気に満ちあふれていた。
もちろんルイも、撮影者としてそんな彼女達の姿をびしばしと撮る予定である。
学校でのコスプレ話スタートです。案内役は山田さんですが、さーっぱり気づく様子はなしですね。ちょろっとのぞいてしまえというのは同性同士の気安さというやつであります。私だってルイちゃんの着替えとか覗きたいのデス。
それに対する反応はご想像の通りでありました。
女子更衣室つかわなかったのは、純粋に作者の高校時代の女子更衣室が人様にお見せできない有様だったからであります。あれはなぁ。。
明日、というかもう、朝アップ分ですが、卒業パーティー2.でございます。そちらは七時前後にアップできるといいなぁ……原案がかなり雑に書いてあるんですっごい時間かかるんですよね、ここ。