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081.落ち込んでる木戸さんに、撮影の手が伸びました。

 学校にいると手がうずうずしていけない。

 実を言えば高校一年のころからこんな状態になったことは幾度かあったのだけど、今回は特にひどかった。


 新聞に載ったのもあって、二月のうちは銀香にいくのをやめようという話になってもう二週間あの町に行っていない。それどころか撮影自体がろくに出来ないというような状態だった。

 せっかく隠れ蓑があるんだから、しばらくそっちでいなさいと崎ちゃんに言われてしまったのだ。

 そうはいっても、二週間休むことがどれだけ精神的に来るのか考えて欲しい。彼女が二週間仕事に干されたらなんていう? 世間の見る目がないのよっ、だなんて開き直りそうな気がする。


 そんな朝の時間。日直である木戸には、げんなりする役割が与えられていた。

「日直」。大まかな仕事は教室の整備と、日誌の記入と提出だ。

 通常の日直はそれほど大変な仕事ではないのだけど、週二回当たり日がある。

 それが今日で、数学の問題集の返却日なのだった。

 三学期はテストがない代わりに小テストやらこの手の課題をやらせる教師は多い。

 とくに反復練習が必要な数学はその筆頭で、宿題として数学ドリルというようなものを提出させられるのだ。

 小学生っぽいとかいうなかれ。解き方を覚えることは大切なことであるし、応用を利かせて自力で解くほどには我々は数学者ではないのだ。

 むしろすべての生徒の答え合わせをやってくれている数学教師の方がすごい労力なんじゃないかと思う。


 とまあ、そんなわけで返却日は数学準備室からクラスメイト分のドリルを運ばなければならないので、通称当たり日と呼ばれるのだった。そこそこの分厚さがあるものなので重量もそこそこ。

 もちろん男女の日直二人で分担すればそれほどではないのだけど、あいにく今日は相手が休みなので木戸一人でこの仕事をしているのだった。

 もちろん運べないってレベルではない。ずっしり両腕に重さはかかるけれど、木戸だって男子の平均より落ちるけれどそれなりに筋力はあるので、ちゃんと運べるのは運べる。

 けれども階段を上っているときに、それが不意に消えたのだった。


「さすがに一人じゃきついだろ。手伝ってやるよ」

 半分以上のテキストを持ってくれたのは、くま職人、木村だった。 

「おお。悪いな。助かる」

 なんというか、普通にこれって女子扱いだよなぁと思いつつ、まあ軽いので別にどうだっていいかと思い直す。持ってくれるのはきっちり半分でかまわないのだけど、木村氏は立派な体格をお持ちで腕力も相当であるから、変に思わないでおこう。


「おまえ、最近大丈夫か?」

 歩きながら、木村はこちらをちらちら様子見しながら口を開いた。

「ん? 特別かわったことも……」

 いっぱいあるにはあるのだが、それを木村に伝える必要もないように思う。

 そう思っていたら木村は声を潜めて言ったのだった。

「実はさ、あの動画俺も見たんだよな。ねーちゃんのとこで見た時もすげーって思ったけど、さらにきらきらしてなかったか?」

「ああ。あれな。ちゃんとプロのメイクさんにいじっていただいたし、服装も攻め系にしてたからじゃないかな。芸能人二人の普通の友人ってスタンスだしたかったんで、負けないくらいにってね」

「それで負けてないお前はなにもんだよって言いたいけど……ま、おまえならなんでもありだよな……」

 木村はそういうけれど、そこまで自分は万能ではないよなぁとは思う。

 今回だってろくに立ち回れた感じはしていないし、なによりここ二週間ろくな撮影をしていない。

 ああ。手がうずうずする。


「なんでもありっていうと、お前、珠理ちゃんの友人って話、本当なのか?」

 こちらがうずうずしているのにたいして、木村もどこかうずうずした様子でそんなことを聞いてきた。

 木戸にとっては芸能人にミーハーになったりはしないので、そういう気持ちはわからないのだけど、本人曰くこれでも有名な人なのよということなので、話題にもあがるということなのだろう。

「何回か撮影させてもらってるし、お互いの学校の文化祭行き来したりするくらいには友人だよ」

「まっ。おま、なんでもありって言ったけど、まじか。この学校に崎山珠理奈がきてたんかよ……」

「お忍びなれども忍べないっ、ていう体たらくだったから、髪型いじってもっさりさせてみました」

 たぶん一部以外にはばれてないんじゃないかなぁと言うと、彼は、うわー生で見たかったーと残念そうな声を上げた。実際あのときは不審者だとは思われていたけど、それが崎ちゃんだと認識した人はそういない。せいぜい斉藤さん達くらいだろう。

 そういや髪の毛アレンジして編んだけど、生の毛はいいよなぁとしみじみ思ったものだった。


「君のおねーさんは生珠理みてるんじゃないかな。あの画像でもつけてたけど、あのくまさんにかなり反応してたんで」

「うおっ。買いに来ちゃう感じか……なんかそれ、ちょ……ああ、どうしよう」

 自分の中の感情があんまり高ぶってしまって、なかなか言葉が怪しい人になってしまっている。そりゃま自分が作ったものを、まったく別世界の人気者に気に入って貰えたとしたら嬉しいだろうけれど、喜び過ぎである。

「珠理ちゃんのイメージだと赤リボンなんだよな……萌える炎って感じで。ああ、萌え……」

「いいんじゃない? なんなら全力を傾けてくれれば、俺経由で渡してやってもいいぞ」

「まじかー。ならちょっと時間くれ。頑張ってみる」

 テンションあがるーと彼は言いながらととんと階段を駆け上がった。

 崎ちゃんには後日おいしいハニトの店に連れて行かなければならないので、そのときまでに出来ていればいいかなぁと思ったのだった。



 体育の授業が終わって教室に戻ろうとしたところで下駄箱に茶色い封筒が入っているのが見えた。

 差出人の名前はなし。中学の頃の時分ならよくあったことだけど、高校にきてからこの手のものは初めてだ。しかもそうとうに無骨。中身を開けてみたらこんなことが書いてあった。

『昼休み、体育館ステージにて、待つっ!!』

「果たし状かよっ!」

 思わず突っ込みを入れてしまいそうになったのだが、こんな果たし状(もの)をもらうアテもないので知り合いの誰かの画策なのだろう。あの動画の一件から事情を知っている人達からは頻繁にメールが来ている。エレナとはテレビ電話で話をしているし、あいなさんからは、あの撮影のあとからこじれちゃったかーなんて心配そうなメールが来ていた。彼女はあの撮影現場で蠢とのやりとりを見ているので事情をある程度知っている人だ。


 そして学校関係の人達は今のところ、聞いちゃって良いのかなどうなのかな、といった様子を貫いていたのであった。

 そこでこれとなると、内緒話をしようよというようなことなのだろうと思う。文字の筆跡は男子っぽいので、もしかしたら八瀬あたりが代表して書いているのかもしれない。木戸=ルイというのを知っているのがそうとう限られているから、予想外の人がくるってことはないだろう。

 そして時は進み。軽くお昼ご飯を食べ終えてから体育館に向かった。

 まだ卒業式関係のイベントの準備は始まっていないので、よい感じに閑散としていて秘密の話をするには良さそうな感じだ。

 そのまますたすたとステージの脇の扉をあける。


「って、澪だったの!?」 

「呼び出し、うまくいったみたいで良かったです」

 にこりと完璧な表情と声を浮かべて出迎えてくれた彼女はすでに何かの演劇の衣装を身にまとっていた。木戸も急いで昼食はとったけれどそれよりも早くにこっちにきていて準備してくれていたんだろうか。

「ああ、ご飯はちゃんと食べましたよ。10秒チャージです」

「なんか、いろいろ申し訳ないな……」 

「いえ、ちづ先輩からもお願いされたんですよ。ここのところ木戸君元気ないから励ましてあげてって」

 それで、これが一番先輩を元気にする方法かなと思いまして、と彼は黒いごついカメラを取りだした。

 はて、その子には見覚えがあるのですが。


「写真部の兼から借りてきました。どうせ木戸先輩のことだから、撮影できねー、町にでると騒がれるーとかでへこんでるんでしょ?」

 図星でございます。よろよろと中毒患者のようにそのカメラに手を伸ばす。普段ルイが使っているのと違うメーカーだけれど、操作性はほぼ同じ。

「そして被写体も必要かなってことで、こうして用意したわけですよ。前回やった時の衣装ですが」

 ひらりとスカートのすそをひらめかせながら、一回転してみせる姿は、豪華とは言い切れないもののドレスである。グリーンを基調としたものでフリルやネックレスなどの装飾品もつけている。

 胸のところは軽く隆起していて、きっと詰め物もしているんだろうということはよくわかる。女優さんである彼はきちんと胸を作る人だ。


「じゃあ、カメラ借りちゃっていいと? SDカードは自分の使えばいいよね、いいよね」

 すちゃりと普通にポケットからカードがでてくる時点で自分もなんかおかしいとは思うのだが、彼女からカメラを受け取って、てさぐりでカードを変えるとカメラを抱えてにんまりしてしまう。

 自分のではないけれど、たまには別の機種をいじるのもおもしろい。


「では、撮影と行きましょう」

 二人しかいないのを確認して、にやりと声を女声に変える。男子制服でこれもちょっとどうなのかと思うけれど、テンションは上げて撮影したい。

 それから何枚撮っただろうか。ばしばし撮りながら、そのキャラってどんな感じなのー?といつものように質問を浴びせていく。粘着撮影とみんなから言われてしまっているスタイルだ。

 何枚撮っただろうか。途中で画像確認のために休憩を入れる。

「うぅ……地味にさくら先輩よりひどい……注文もひどいし、そのときの表情は、とか気持ちはとかまで聞かれたことないですよ」

「でも、その分綺麗に撮れてると思うけど?」

 ほれほれ、と背面パネルに写し出したものを見せると、澪は驚いたような顔をしていた。

 表情を引き出すのもカメラマンの役目だ、と佐伯さんもいっていたように、声をかけて撮っていくのにはこういう利点がある。


「なんか、やっぱり先輩が気落ちしてるのって、事件のせいじゃなくて、撮影できないからって方だったんですね」

 あまりにもつやつやしているからか、澪はやっぱりなぁと満足そうな声を漏らしていた。

「斉藤さんからはどう聞いてるの?」

「例の動画の件でなんか撮影できなくなってるみたいっていうのと、青木先輩の事件あたりですね。先輩からは翅の件も巻き込まれたんだろうから、なにかやられてたら癒やしてあげてよと言われたんですが」

 さすがに蠢関係の事件までは彼女達には話してないけれど、あの動画や写真の拡散事件でダメージを食らっているというのは感じてくれていたようだ。


「癒やすって……斉藤さん本人がやればいいのに」

「そこはほら、男の娘心は女子の自分にはわかりませんのでって言ってましたよ。私の方が適任って」

 ああ。確かに彼女の言い分はもっともかもしれない。

 なんというか、ルイとしては女子の体現であって、心理的にもそっちにいくようにしているけれど、防衛力という点では、天然女子と違うのを実感している。修学旅行の時は思い切りお小言をいただいてしまったし、あいなさんにも怒られた。けど、どうしたってそこらへんの感覚はいまいちぴんとこないのだ。

 その点、おそらく澪の方がルイの心情はわかるのかもしれない。


「澪っちは、どうなんだろう? 乙女心的なものってわかるもの?」

「どうでしょうねぇ? その役になりきるために心理描写とかしっかり頭に浮かべるけど、乙女心がどんなものかそもそもよくわからないですからね」

「その……さ。澪は男の子とその、なんか危ない空気になったりとかしないの?」

「んー、ないですねぇ。部員達はみんな普段の私を見ているし、いくら舞台で輝いても、すっげーって言うだけで終わっちゃいます」

 行方不明の舞台役者ってよく言われますもんと言われると、たしかにねぇとは思う。


 写真用の端末から一年の写真をかたっぱしから見ていっても、澪を発見することは容易ではない。舞台上でのオーラはしっかりしているけれど、普段は完璧に男子なので周りに埋もれてしまうのだ。

「たとえば、そういう空気になったり、襲われちゃったりしたら、どう思う?」

 この質問を女子、さくらや斉藤さんや、崎ちゃんにしたら、金玉蹴り上げてやんよっ、くらいな拒絶がでるのだろうが、澪はどうなんだろうか。

「考えたこともなかった……なぁ。それ。でも、可能性としてないわけでもないってことですよね」

 ファンの人ができたりとかして、それから告白されちゃったりとか、と彼女は頬を両手に当てる仕草をする。かわいい。カシャリと写真を撮らせていただいた。


「でも、それが答えですね。そういうことは起きないってどこかで思ってる。確かにこうやって着飾っているけれど、根っこの所は男子ですしね。それに生物としての男女差もあるんじゃないですか?」

「受け入れる側としての、ってこと?」

「そういうのです。本能的に防衛力がみんな高いのかなって。それに比べると木戸先輩はそういうのまったくなさそうじゃないですか」

 ボクもそういう危機感は薄いですけど、まぁご覧の通りなのでまだまだ危険ではないんですが、と彼は苦笑を浮かべた。ルイとしての活動時間が長い貴女は危ないですよとでも言いたいのだろうか。

 でもなんとなくしっくりはきた。


 実は一番感覚が近いのが澪なのだ。

 彼女は女優を目指すために女装をしている。木戸はいい写真のために女装をしている。

 女子になるためとか、それが自然だからとか、そういうわけではなく、目的のために女装をしている。

 もちろん楽しいからってのもあるし、完成度は高めようとしている。性格的に女子っぽいのももちろんあるし、趣味嗜好がそっちのほうっていうのはある。ただ、性的にどうかといわれると、エレナみたいにすんなりいけないのだ。

 どこかで自分は男子なんだしって、単語が胸のうちにある。それは危機感の対極、安心感だ。むしろ危機感を覚えるのは、正体ばれからの総攻撃とかそういった類のほうだろう。

 たぶん、だから先にそっちがきてしまって、どうやって切り抜けようかって考えてしまうから、多少の犠牲ならば目をつぶれてしまうのかもしれない。


「いうまでもなく、演劇っていろんな女の人いますけど、そういうのまで考えると、ちょっと演技の幅が変わるかもしれないですね。ボクも気をつけますから木戸先輩も本能ではわからなくても気をつけてくださいよ」

 ほんともー、ルイちゃんは危なっかしいんだから、なんてエレナにも言われたけれど、後輩にまで注意されてしまった。他の女子に言われてもあまりピンとこなかったのだけど、澪との話でようやくなにかつかめたような気がした。


 決定的に足りてないなら、それ前提でちゃんと危機感を持つようにしないといけないのかもしれない。

 そんな結論に達したところで、携帯のアラームが鳴った。

 木戸は設定していないから、それは澪のものだろう。

 時間は次の授業の十分前。あと五分したら予鈴がなる。そろそろこの撮影会もおしまいの時間だ。


「おっと、そろそろ着替えないと遅刻しそうですね」

 けっこードレスって着るのも脱ぐのも大変なんですよーという後輩の言葉に、知っておりますと返事をしておく。ですよねー、という言葉が返ってきた。

「あ、そうそう。最後に一つだけ」

 着替えなきゃ、と動き始めた彼はくるりとこちらに振り返って最後に、元気になる一言を言ってくれたのだった。


「木戸馨として、カメラを握ってはみませんか?」

 四月に新入生歓迎イベントとして演劇をやるのだという。

 うちの学校の演劇部はそれなりにしっかりと活動をしているので、公演の機会はかなり多いほうだ。一月にも学校の外の施設でやるといっていたし、次は四月ということなのだろう。そこで実力を見せつけて新入生をがっぽり掴もうということに違いない。

 そこで写真部ではなく、木戸を撮影係にしたい、という申し出は確かにわくわくしてしまう。

 そう。なんだかんだで、木戸馨としては今までずっとコンデジでイベントの撮影をすることしかしてきていないのだ。

 慣例的に写真部が撮影をしていたイベントだけれど、さくらあたりならそこらへんはまったく気にしないだろうし、しっかり説明すればカメラも貸してくれるかもしれない。

 木戸にデビュー戦の機会をくれた後輩は、ファスナーがーとステージ袖でうめいていた。その後ろ姿を感謝とともに一枚撮影して、木戸はSDカードを抜き去った。


 木戸君へのご褒美っていったら、撮影以外にないじゃないっていうそういう感じで日常回です。今までつないできた縁がみんな好意的に木戸君を包んでくれるわけです。そして四月の演劇の分はまだまっさらで書き下ろしなので、後日ご提供予定です。ルイのカメラは使えないからさくらから借りる予定です。


 男の子に重いものを持ってもらうっていうのはちょっと、きゅんときます。作者も大学のころ双眼顕微鏡をとっていただいた時は、ありがとー!(きゃーん)てなってしまいました。


 明日も学校のお話ですが、そろそろ卒パのお話に入ります。さて誰にどんな衣装を着せようか、いまからわっくわくです。

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