080.
そんなことがあった翌々日。
「これはどういうこと!?」
学校にいくと、斉藤さんと八瀬に詰め寄られた。
これ、といわれて二人が持っているスマートフォンに写し出されているのはツィッターの画面だ。
二人とも別の人のアカウントを表示していて、そこには少し粗い写真が貼られている。
「あの翅さんの女装写真って……しかも隣に映ってるのって」
「熱心にシャッターを切ったけど、手が震えてぶれちゃいましたって写真だな、これ……せめてもうちょっとまともに撮ろうよ」
「って、つっこむのそっち!?」
そうはいっても、写真の感想を述べるとしたらそれしかないだろう。
写し出されていたのは一昨日のイベントでのものだ。親しげに翅と話しているルイと、姫姿の彼が映っている。
しかしどうしてエレナのほうが映り込んでいないのか、そこらへんはいろいろと不公平なような気がする。
「いや、ちょっと現実逃避したかったんだよ……」
他にも探せばいくらでも見つかるのだろう。HAOTOの翅はあんなんだけど人気は本物である。
女装をしているというだけでレアなわけで、簡単に拡散している状態なのだ。
「まじで合成とかじゃないのか」
「残念ながらな……」
そんなもん作って誰が喜ぶよ……というと、八瀬がいや、だってお前……と言葉を濁した。
確かに美咲なら合成写真のたぐいは作れるだろうよ。でもこんなぶれっぶれな合成写真を彼女は許しはしないぞ。
そしてそんな時にケータイに着信を告げる音が鳴った。
メール着信二件。
「うぐっ。崎ちゃんからも、マネージャーさんからも連絡きてるし」
メールの文面は二人とも異なるけれど、例の写真が出回ってることについてだった。
え。マネージャーさんからのメールは、蠢のアドレスからだ。緊急事態とはいえ、これっきりにして欲しいものだ。
「とりあえず店長に話してくるわ。バイト休まないとマズイかもしれん」
二人からの連絡は早急に会って話がしたい、ということだった。
突発的に休むことを木戸はしたことはないけど、他のバイトが風邪ひいてというような話もあったし、最悪半日前くらいに連絡をしておけばなんとかなるのだ。大学生達は時間がある程度自由に使えるようだし、こういうときは甘えてしまおう。
「えー、俺達にも詳しく!」
「決着がついたら後で話はするよ。それ以前に、俺が話せる内容でもないしな」
聞くならルイに聞けと言外に言っていたりするのだが、これだけ心配されてしまっては二人にだけは後で顛末を話すようにするとしよう。
けれど、ともかく今は、事件の収拾のほうを優先させなければならない。
そう。先ほど見せられたツイートには、確かに書かれていたのである。
翅と親しげに話してるだなんて、命知らずな女は消えろ、なんて単語がだ。
「君の方から来てくれるだなんて、嬉しい限りです」
にまりと事務所のデスクに座った男は笑みを浮かべながら、息を切らせているこちらを出迎えてくれた。
今回はとくに自信満々といったようすを浮かべているのは、今回のことがチャンスだとでも思っているからかもしれない。彼はルイを露出させたい人なのだから、こういう目立ち方もありだと思っているのだろう。
「こんなメールもらったら来るしかないじゃないですか。しかも蠢からメアドとるなんてひどいです」
「迅速に連絡がとりたかったのでね、そこは素直に謝る。申し訳ない」
事務所のチェアに座りながら器用に頭を下げる彼の謝罪にははっきりいって、誠実さが欠片もない。これを見せられると青木の土下座はかなり立派だったのだなぁと思わせられる。
「けれど、いうまでもなく君に来てもらったのは、あの写真について早々に手を打ちたかったから」
言っている意味はわかるよね? と言われてこくりと頷いた。
言うまでもなく翅の女装写真のことである。
「実を言えば昨日から問い合わせが多くて、一度手は打ったのですよ。例の出回ってる写真を貼って、これについてと公式コメントを出しました。ですが、あの女は誰だという意見がとても多いのが難点でして。もちろん知り合いのカメラマンだという風に説明はしましたが、それでおさまりがつかない。本当はできてるんじゃないかとか、なんていう話になってるわけで」
こまったこまったと、表情をあまり変えずに彼は軽い口調でいう。
こちらとしてはとても頭が痛い事柄なのだけど、彼はこういうことになれているのか、いつも通り口調は軽い。
「俺は全然、付き合ってるってことでもいいけどねん。大切にするよ」
また、なでなでしてあげて欲しいという彼に、どごしと肘うちがはいった。
ルイがやったわけじゃない。この場に居合わせたもう一人。崎ちゃんが思い切り彼の脇腹にたたき込んだのだ。
「もう珠理ちゃんったら、いきなり肘うちはどうなの? 冗談だよほんの」
うちらが恋愛禁止なグループなの知ってんじゃんと言っても、ぎろりと彼女は翅を睨んでいた。なに男相手にそんなこといってるわけ? というようなあざけりの視線でも入っているのだろうか。彼女だけは蠢の性別のことや実際あそこで行われたことはぼやかしていても、HAOTOのメンバーとルイの間で諍いがあったことは知っているし、ルイのことも知っているので、こうなるといったところなのだろう。
「言っていい冗談と悪い冗談があります。それと、ルイっ。あんたなんてことしてくれてんのよ」
翅に向けられていた憤怒の視線がこちらに向けられる。
演技なのか本気なのかわからないけれど、そうとうに怖い。
そりゃ、あの拡散写真問題解決のために彼女にもこうやって来てもらっているけれど、そこまで怒らなくてもいいじゃないか。
「誤解っ、これは完全に巻き込まれ系だから! 翅さんが来たのがそもそもいけなくて、エレナも悪のりするから」
それでもうろんな視線を変えようとしない崎ちゃんにさらに言葉を重ねる。
「しかもっ! 最低限あたしはがんばりました。みんなが無茶しないように、翅さんに言ってもらったりとか」
「そうはいってもねぇ。実際拡散しているのは事実なわけで」
それを言われると確かに反論の余地はない。今時のネット事情の怖いところは一枚でもそれが流れてしまったらせき止めるのは難しいということだろう。実際調べてみるとでてきたのは全部同じあの、ぼけぼけの写真だけだった。他の子はきちんとあのときのお願いを守ってくれたというわけだ。
そんな中でマネージャーさんが愉快そうに顔をゆがめて言う。
「さて、問題はこの拡散に対してどうやって手を打つか。我々としては善意で君に協力をしようかと思っている」
貸しを作っておきたいからね、と眼鏡をくいとあげて言う言葉にルイは首をかしげた。
「善意、ですか?」
「そう。今回の件でうちとしてはそこまでのダメージは実はないんだよ。悪感情はあの写メにうつっていた君の方に向かっているからね。それはうちのアイドルが愛されてる証拠。それゆえの嫉妬で君の素性が洗われていくわけだ」
「そうはいっても、あの写真だけで誰かなんて特定できるんですか?」
「もう、銀香のルイっていうところまで行き着いてる人もちらほらいるみたいだよ? その先の素性は……まあ僕が調べても無理なんだから、みんなでも手こずるのだろうけど」
それでも、君の知人たちには迷惑がかかるだろうねぇ、とふふんと彼は微笑を漏らした。
彼が言っていることは大まかには当たっている。昼休みに情報室の一台を借りてさんざん情報収集をしたけれど、呆れるほどに彼らのファンという人達は多くいたし、女装のことを悪く言ってるような書き込みの割合は極小だった。せいぜい反感の声を上げてるのはあの作品が大好きな人達で、さすがにあれはないと原作と比べて批判しているくらいで。しかもそういう人達も姫の完成度たけぇと賞賛しているものも多かった。
そりゃエレナが夜なべして作った力作だし、もともとそこにこもっている愛はそんじょそこらのものとは訳が違う。
彼女らの悪意は思い切りルイに向かっているというわけだ。
木戸としてはそれらをすべて回避する最終手段を持っている。とはいえそれができるかと言われたらやはり厳しい。
知人に迷惑がかかるのは嫌だし、そもそももうできやしないのだ。ルイを捨てるなどというまねは。
「そんなわけで、噂が広がり過ぎる前に公式でネタばらしをしてしまえ、というのがこちらの方針だ。今日呼び出しをかけたのは、時間が勝負だからだよ。今日の夕刊のスポーツ新聞にすでにこのネタが載っている。君の写真が小さくではあるけど映ってて、でかでかとうちの翅の女装姿が映っていたりするんだ。秘密の趣味発覚、なんて書いてるところが多くあるけど、ルイちゃんが映ってるのをいいことに、秘密の彼女とか、女同士のレズプレイなんていうゴシップまででてる始末だよ」
「だ、大丈夫、崎ちゃん」
その話をきいて、ふらりと体から力がぬけた崎ちゃんを抱きかかえる。ふわりと良い匂いがしてさすがだなぁと思わせられる。こんな時でも香りの管理までしているのだろう。
「れ、レズプレイって……なんか、見た目にだまされてほんともう……」
うぅ、と崎ちゃんが涙目になっている。けれども事務所の人たちはそれがなぜなのかよくわからないらしい。
「それで? どうやって収束させてくれるんです?」
そんな崎ちゃんを放置しながら、自称敏腕のマネージャーさんに問いかける。
「事実そのまま、君がカメラマンであればいい、ということ。そして珠理ちゃん、君の友達ということも公開すること。そうすればどこの馬の骨、ではなくなるし、嘘もついてないんだからいいだろう?」
当然、蠢とのつながりは今回は表に出さない。と彼は付け加える。それをして困るのはマネージャーさんの方もなのだ。
むしろ蠢から木戸の素性が表に出ていないと言うことの方が不思議だった。それさえ表にでていて、この敏腕マネージャーが卒業名簿でも見れば気づいたはずなのだ。
木戸が男子児童であったことなど。
「そんなわけで、公式のHPに動画を載せようと思うんだけど、準備はいいかな? 撮ったものにかんしてはできを見てもらって、それからアップするから安心して?」
「マネージャーさんはそういうことを言いながらさらっと生放送とかしそうですよね」
目をじぃっと細めて言ってやると、彼は信用がなくてまいったねぇと頭をかいた。
「メディアに君が露出する。僕はそのことにこそ価値を持っているからね」
あえてそんな生放送なんて危険なまねをするわけないと、彼は胸をはった。
せっかくの初お披露目なのだから、完璧なものを世に出したいと彼はいいはるのだ。
なんとなく、相手の思惑通りのような気がして、つい問いかける。
「まさか最初から全部しこみ、なんてことはないですよね?」
「もちろん。まさか翅をあんなにかわいく改造されるなんて思ってなかったし、こんなに爆発的に情報が広がるとも思ってなかったよ」
むしろ願ってもないトラブルだと彼はにんまりしている。なるほど、話題性という意味合いでは今回の件はマネージャーさん的にありがたいのだろう。
「それじゃ早速撮影に入ろう。夕刊が出回る前になんとかこっちで情報操作だ」
いまいち納得はいかないものの。彼の号令のもとに、動画作りが始まった。
もちろんスタジオを借りるなどという真似はせずに会議室の一カ所を使ってだ。機材は事務所にたんまりあった。さすがは芸能事務所である。
それから撮った画像は、お騒がせしてすみません、というような内容だった。
崎ちゃんまで露出することになってしまったのは申し訳ないのだけれど、是非協力する、と力強く言われてしまってはこちらとしては断る理由はない。
ちなみにこの画像と一緒にルイが撮った翅の写真も掲載される予定だ。昨日まではくだんの画像について、みたいな取り扱いで出回ってるものを扱っていたのだけど、出すなら綺麗なの出しちゃおうよ、ということになったのだ。サービスはいつの時代でも人の心を掴むものだと言うけれど、それは確かに当たりかもしれない。翅のファンにしてみればごちそうに違いない。
映像の方の筋書きとしては、以前から興味のあったコスプレ会場というものにお忍びで行ってみた、というような話だ。もちろん一人でいきなり行くのは荷が重いということで、崎ちゃんの友達でもあり、コスプレ写真集なんかも撮っているルイに案内してもらったという形になった。
そして、翅が、しゃべるしゃべる。とにかく女装写真のできの良さをアピールしてコスプレっていうのも、あんがい奥が深くて興味深いと言い切ったのであった。
あのとき彼が言っていたことともかぶる。
そして、崎ちゃんにもコスプレしないかい? なんて誘う始末だ。
「ルイが撮ってくれるなら、したげてもいい……」
少し顔を赤くしながら、言う姿はどこまでが演技なんだろうかと思う。
「そんなわけで、写真がでまわっちゃって、変な憶測が流れちゃってますが、これが真相です」
心配かけて、ごめんね、みんなっ! とにこやかに笑いかけてそこでカメラが動きを止めた。
さすがは芸能人といったところか、人に、大勢の人に話しかけることになれている。
すぐさまその映像はチェックを入れられて、公式のホームページに載せられた。すでに夕刊は販売されている時間帯だから、これからなんとか情報の上書きができればいいといったところだ。
「惚れ直したかい、マイハニー、ぐはっ」
ルイの顔に手をあてようとした矢先、崎ちゃんの肘うちを食らって翅が撃沈した。
まさに護衛の騎士さまである。ありがたい。
「まったく、こんなにこのあたしに手間をかけさせるなんて。いつかおいしいハニートーストでも食べさせて欲しいものだわ」
どうせ、あんたのことだから町歩きしていいお店とかも見つけるんでしょうと言われてしまったのだが、どちらかといえばルイが良く行くのは森や山なのでなかなかに難しい。でもここまで手伝ってもらっては協力しないわけにも行かないだろう。
「そういうアテはないけど、良いところ見つけたらつれてってあげますよ」
ま、この問題が無事に収束したらだけどね、というと、彼女はうぐぅと嫌そうな顔をしたのだった。
終息しなかったらまたなにか別の手を使うしかないのだろうが、その時はそのときである。
さあアップしようと思ったら、なぜかメインPCだとアクセスできない状態になって右往左往しておりました。とりあえず別PCではあげられたから、ブラウザがいけないのかな…
明日は日常回予定です。