737.コンビニの新人さん6
オーナー登場ですー。
さて。自己紹介も終わって、ある程度お酒も回ったというところで、オーナーが到着した。
「おお、やってるね。私の分も残ってるといいんだが」
「オーナー! まだまだ大丈夫ですよ。お酒もありますし」
もしくはこのお店にボトルキープしてるやつをごちそうしてくれてもいいですよ? と少し顔を赤くしてる主婦組から声があがった。
この店は、昼はおしゃれカフェだけれど夜はお酒も提供する、バーのような形式になる。
ゆったりとした照明がお店を照らす、大人空間の完成である。
「楽しくやってるようだね。それなら……秘蔵のお酒でも提供しようか」
もちろん、一杯ずつだけどとボトルキープしているところから、自分用の高級ウイスキーを取り出す。
白州の無印700ml入りである。コンビニでも180mlボトルが販売されているけれど、あれで2000円近くしてしまう。
「高校生組は香りだけ楽しんでもらうとして、みんなはどうする? 木戸くんも飲む?」
「それはぜひ! 知り合いがおいしいと言っていたので」
ハイボールでいただきたいです! というと、おっ、木戸くんはハイボール派かと、オーナーが言う。
まあその選択をしたのは、缶売りしていた白州のハイボールを販売したことがあるからで、しかして自分で買うのは無理! となった一品だからである。一缶600円オーバーはさすがにびびるわけである。
「オーナー! ロックにしたら多めに注いでもらえたりはしますか!?」
「トワイスアップも捨てがたい!」
はいはい! と主婦組がちょっと熱量高めの前のめりでそんなことを言った。
しかたないなぁとオーナーも苦笑を浮かべている。
「田中ちゃんは?」
「私もハイボール希望ですね。ミントとかあるとうれしいですけど」
爽快な感じで飲みたいです! というと、それじゃミントもつけてあげようとオーナーは言った。
さすがにコンビニから持ってきていないので、この店の在庫からという感じになるのだろう。
「くっ、オーナーがそれだしてくれるなら、もう少しペースを落としておくべきだった……」
店長はちょっと呂律が怪しい感じで、ぐぬぬとうめいている。
せっかくならおいしいお酒は、酔っぱらう前に飲みたいものである。
「まあ、炭酸水でものんで少しクールダウンしてからいただけばいいんじゃないです?」
「オーナーがそれでよければ、ぜひ」
「では、冷蔵庫で冷やしておこうか」
ハイボール派が多いみたいだから、とオーナーは白州のボトルを冷蔵庫に入れた。
さて。オーナーについてちょっと触れておこう。
木戸が勤めているコンビニは、いわゆるどこにでもあるところではあるのだけど、フランチャイズ店というものである。
本部の直営店も少し離れたところにはあるけれど、ここらへんの地域の数店舗はオーナーの持ち物なのである。
そして今いるお店もオーナーの持ち物である。
多角経営なのかといわれるとそうではあるのだけど、この店自体はオーナーの趣味店舗というか。
コンビニでの利益をごっそり注ぎ込んだのがこのお店なのである。
そして、ここも利益がでてきているということで、オーナーとしてはかなりご機嫌な状態なのだった。
「オーナー、おなかの具合はどうです?」
「軽く食べては来てるから、みんな好きにやってくれたらいいよ」
といいつつ、オーナーはテーブルに乗っているアレンジメニューを見て、コンビニご飯の可能性に興味津々のようだった。
「なんか、普通に飲み会メニューに見えるね」
「いやー、そんなに手は入れてないんですけど、ちょっとやるだけで、こんな感じです」
まー、手軽にやれるのがコンビニアレンジの醍醐味なので! となぜか、店長がどや顔をしている。
ほーんとか、自分もアレンジメニューに感心していたはずなのだけれどね。
「それで、テツくんとこまりちゃんも、どう? 楽しんでる?」
「っ、それはもう! なんか、こういうの初めてでめっちゃたのしーっす!」
「……は、はい」
お酒も入ってないのにテンションの高いテツくんと対照的に、こまりちゃんはびびりながらこそっと返事をするだけだ。
いちおう食事自体は気に入ってるみたいで、手は伸ばしているけれど、なかなかにオーナー=偉い人カテゴリと話をするのは緊張するようである。
「それはなにより! 今年も新しい仲間を迎えられてうれしい限り」
困ったことがあったら、みんなに相談するんだよ、とオーナーはにこやかである。
実際のところ、オーナー的には高校生バイトはありがたいものらしい。
大学受験で別の場所に行ってしまうケースはあるけれど、木戸みたいに長期で働くケースもあるし、なにより高校生バイトのほうが時給が少なくて済むという点がある。
なかなか新しい人を雇うのは大変な昨今、事業を広げたいオーナーとしては労働力は欲しいところなのだ。
しかも、五月の今まで続いているということは、ある程度そのまま続いてくれる可能性も広がるというものだ。
四月に入って二週間で辞めるなんていう人もそれなりにいるということだから、まず、働いてくれることと続けてくれることというのは、オーナー側からするととてもありがたいことなのだそうだ。
店長会議でも、辞職者がでないようにケアをすることというのは、口を酸っぱくしていわれるらしい。
そうはいっても、パワハラしないとか、丁寧に教えるとかそういうくらいしかできんよなぁと店長は言っていたけれど。
「それで、学生組の先輩としては、どう? 田中ちゃん」
印象とかあったら、教えてよとオーナーから質問がでる。
「いやー、若いっていいですねー。多少ミスとかはありますけど、勢いがあって」
「またまた、田中ちゃんだってまだ二十歳過ぎじゃない。若さがまぶしい」
「ですよねー! 二十代最初のきらめきの、なんとまばゆいことかー」
「そだぞー! 女性の黄金期到来だぞー」
うえーい、と主婦組もよっぱらいながら絡み始めている。
いうて、主婦組もアラサーというくらいなので、そんなに歳が離れているわけでもないのだが。
「いやぁほら、そこは新人特有のフレッシュさだと思いますけども」
若い談議にはいってしまってるオーナーに木戸がとりあえずやんわり注意をしておく。
下手するとセクハラ案件である。
「昔の木戸くんもフレッシュだったけど、いまやベテランかぁ……そしてあと一年か……」
オーナーは白州の代わりに冷蔵庫から持ってきたビールをカシャっと開けた。
ある程度年齢が上のオーナーとしては最初のいっぱいはビールなのだそうだ。
「あ、グラスいります?」
「いいよいいよ。洗い物増えちゃうだろうし」
このままこのまま、とくぴりとオーナーがそのままビールを飲み始める。
グラスに入れたほうが香りが広がるので、よいものなのだけど、どちらかというと喉を潤したいという思いの方が強いようだ。
「正直なところ、木戸くんにはずっとうちで働いてほしいって思いもあるんだよねぇ」
「ですよね。俺もずーっと引き留め工作を行ってるんですが」
無理です、嫌です、っていっつも断られるんですよと、店長がぼやいた。
その件についてはずっと言っていることである。大学を出たら本業に専念するのである。
実際佐伯さんのところで本採用されることは決まっているし。
「夢にむかって頑張るのは応援するけど、実際、カメラマンってどうなの? 食べていけるの?」
「いちおう、いまのところ大丈夫だと思いますけど」
「でもよー、ぶっちゃけスマホで写真撮れるし、記念写真的なのって子供いる家くらいなもんだろ? 少子化の昨今、大丈夫なもんなのか?」
店長の声に、主婦組から無言の視線が向かっている。子持ちの二人としては思うところもあるのだろう。
今でも保育園からの依頼はあるものだし、幸いなことに木戸には仕事としてやっていける下地は作ってきた
とはいっても、そこまで赤裸々に話せるはなしでもないので、いちおう言っておく。
「まー、生活できないってことなら、よくある芸人を目指す系の人みたいにアルバイトしながら生活しますよ」
その時はよろしくお願いします、とオーナーに頭を下げておく。
今のオーナーの店は人が足りない状態だから、また出戻りしたいといっても受け入れてもらえるだろう。
「でも最低時給からになるけど?」
それでもいいのかい? とオーナーが穏やかに言った。
「ははっ、研修明けでちょいあがりますけど、それから上がった記憶がとんとありませんで」
もしかしたら、改めて数年後募集ってなったら、時給高め設定で再雇用ってこともあるのでは? というと、こりゃあ手痛いねぇとオーナーに苦笑を浮かべられてしまった。
そう。
アルバイトの時給は、夜勤と昼勤で値段は違うという点はあるものの、木戸が務めた六年で昇給があったのは、研修期間の減給分が本採用時に戻った時と、大学生になった時に数十円といったところだ。
これからインフレが進んでいけば、毎年上がるという可能性はあるけど、少なくとも今まではそんなことはなかったのである。
「じゃあ、せっかくだから木戸君の写真の腕をまた見せて欲しいな」
あの写真も悪くはないけど、一発屋ってこともあるからね、とオーナーは言った。
「ほほう。写真を見せて欲しいということですか、それなら受けて立ちますよ」
どういうのをご所望ですか? と尋ねると、じゃあそうだな、とオーナーは少し考える。
「いまのこの宴会風景を、思い出すときにみんなが楽しくなれるような写真を撮ってもらおうか」
「それは、現状をそのままじゃなくてもいい感じです?」
ふむ、お題を咀嚼しながら考える。
実のところ、大人はある程度お酒が入っているし、そのまま撮っても楽しかったなぁというところに着地はするだろう。
けれどもそれだと、ただスマホでいえーいと撮った写真との違いは演出できない。
「それはそうだね」
「じゃあ、あとはいつ見たら、とかはあります?」
例えば明日の朝なのか、一年後なのか、そういうのでも変わってくると思いますが、というと、ほう、とオーナーは軽く声を上げた。
「そういう理由は?」
「明日の朝に二日酔いで見たらやっちまったなーって思うはずで、それは写真のせいじゃないというか」
外部要因でダメ出しされても困るというと、なるほどね、とオーナーは納得してくれた。
そして、ふむといいながら答えてくれる。
「そういうことなら、二日酔い以外で、一週間後以降にしようか」
何年もあとって設定だとそれこそ背景情報で変わるからねぇと、オーナーが苦笑を浮かべる。
若いころの写真を年老いてから見ると、その時の状況次第で反応が変わるということである。
今が苦しければ若いころは若いだけで輝いて見えるし、今が楽しければ若いころはしんどかったと相対的に考えるというようなことだ。
「わかりました、あと、さっきのオーナーの白州、小道具で使っていいですか?」
「それはかまわないけど、二次会でゆっくり飲むのかと思っていたんだが」
二次会。オーナーの発言から、新人たちの挨拶とは別に今のメンバーとも語りたいというような空気が感じられた。
店長会でもやっている飲み会も、割と遅くまでやるそうだから、今日もそののりだったのかもしれない。
「二次会となるとおつまみが微妙ですよ。それにやると思ってなかったので、スケジュール管理が……ねぇ?」
店長は参加できるでしょうけど、家族持ちだと難しいのでは? と主婦組に声をかけると、いちおー大丈夫! と二人から返事が来た。今日はゆっくりしていく気満々だったらしい。
いや、そういうことなら、まじで先に言っておいていただきたかった。
「ああ木戸。大丈夫だ。そっちは俺が手配してある」
メインのあとだから、軽めのつまみって感じだな、と店長が言った。
ぐっ、店長、ホウレンソウは茹でこぼさないとと、あれだけ言ったというのに。
木戸は、混乱気味だ。
「そういうことなら、一次会の終盤で撮影しましょうか。お開きの十分前くらいで」
いちおう俺も二次会の途中までなら参加しますので、と、それでいいとみんなから承諾を得られた。
いや、一人だけあばばばとなっている子がいるわけだけれど。
そう。今回の写真のお題は、君の写真でこまりちゃんの笑顔を引き出せるか、というところが一番なのだろうと思う。
地味にこれは、難しいお題である。写真写りが悪い子というのは前に撮ったことがあるけど、それよりも難しいミッションになってくるだろう。
でも、いちおう対策は浮かんでいる。
あとは撮影前に一つ仕掛けをするだけである。
「いやぁー、どんどんアレンジメニューアピールしていこうよ。これならスーパーがないところとかの救世主になれるって」
「いちおー、うちは黒羽根店長時代からネットにあげてますよー」
「ほらもっといろんな媒体あるじゃない? 動画とかもあげちゃおうよ!」
「動画!? そんなん俺無理ですからね!」
さて。それはそれとしてオーナーを交えての宴会は続いていく。
話は、アレンジメニューの展開の仕方についてのお話だ。商売を拡大したい人というのは、チャンスにはすぐに食いつくものである。
「それじゃー、田中ちゃんどう? 現役JDのコンビニアレンジめし! とか」
「それなら、木戸さんにやってもらった方がいいんじゃないですー?」
「……それはどっちの意味で?」
田中さんが少し舌たらずな声音で、木戸にお仕事を振ってきた。
まあアレンジメニュー作るは、別にやってもいいけど、動画となると話は別だ。
「ほらー! クリスマスとバレンタインに現れる謎の美女が、コンビニアレンジメニュー作ったら絶対バズるって」
「それ、いらんトラブルになるから、絶対にやらんて」
謎の美女に、手料理をふるまわれたいとか、そういう手合いがコメント欄にいっぱいでるぞ、と木戸が肩を震わせると、あははっ、それは……まぁ、そうかー、と田中さんは申し訳なさそうな声を上げた。
「っていうか、顔出ししなきゃいいんじゃね? 手だけ映す料理系動画とかあるじゃん」
さらに声とかも電子音声で作れる時代だし、場合によってはVという手もと店長が言い始める。
「じゃあ、ぜひ店長が木戸くんのレクチャーを受けて自分で作る方向でお願いします」
「そこは主婦組でお願いします」
動画はやりません、この話はもうおしまい、といいつつ木戸は近くにあるクラッカーを口に放りこんだ。
いや、言いながら少し思ってしまったのである。手だけで動画に映った場合、はたしてその手は男女どちらとして認識されるのだろうかと。これでも手のケアはかなり気を使っている方だ。
日焼け止めにスキンケアに。カメラに視点を向けてもらう時に見える手のケアは大切で、さすがに手のタレントさんみたいに毎日手袋をしていますということはないけれど、それでも一般男性に比べるときれいである。
とはいえ、骨格としてはエレナさんほど小ぶりではないし、あとは食材を大き目なもので用意するとかすれば対比でごまかすみたいなのはできるかもしれないけれども。悩ましいところだ。
「さて。ではそろそろ撮影の下準備とさせてもらいますかね」
ちょっとタオルと電子レンジ借りますねーと声をかけてから木戸が立ち上がる。
「何をするんだ?」
「まー、ちょっと見ててくださいな」
タオルを二本軽く濡らして絞ってから電子レンジへ。
そして、できた蒸しタオルをもってこまりちゃんのそばに寄っていく。
「えと、こまちゃんお化粧はしてない、よね?」
見る感じ、というと、は、はひっ、と緊張した声が上がった。
ならば、やることは一つである。
「さすがに、俺がやるのは気がひけるのでー、お二人にお願いしよう」
主婦組にちらりと視線を向けると、なんですか? と怪訝な顔を浮かべられた。
ここまでやって意図に気づかないとは珍しいことである。
「あのー、つまり、そういうことです」
こそこそとそれぞれに指示をおくると、あーなるほどねー、と。二人は頷いた。
「それなら男性陣の視界に入らないところのほうがいいのでは?」
「んー、本人あんまり動かしたくないから、みなさまいったん、ギャラリーのほうにでも視線を向けていてください」
はい、シークレットです、と男性陣の視線をこまりちゃんからはずさせる。
そして本番。
「ほわぁ……なんで……ほかぁ」
そう。蒸しタオルなんて使うとしたら、顔に置くのと首肩におくくらいなものである。
田中さんが、正気ですか? という顔を浮かべていたけれど、まぁこういうところでやるもんではないよね、普通ね。
でも、緊張をほぐすと言ったら、温熱による弛緩、つまりこれである。
オーナーからのお題はあくまでも「写真を見返した時に楽しい気分になる」である。
こまりちゃんの攻略法は、つまりこれで正解なのだろうと思ったのだ。
人の心の緊張というのはなかなかほぐせない。だから体の緊張だけでもとってしまえ作戦なのだ。
「ほあー」
さて、かなり蒸しタオルが気持ちよかったらしく、さすがのこまりちゃんも体から程よく力が抜けたようだった。
その状態で、体が冷えるまえにさっさと写真を撮ってしまおうと思う。
蒸しタオルタイムは終了にして、男性陣も視線を戻してもらう。
「じゃあ、撮影に入らさせてもらいます。こまりちゃんは、店長のほうに視線向けて、オーナーは、もうちょっと椅子を後ろに。こう見守ってますみたいな感じで。あとは自然にしててOKです。この状態で、俺がはいらない状態で数枚行きます」
ああ、全然ポーズとかはしなくていいのでー、といいつつ、カシャカシャ写真を撮っておく。
枚数制限がないのはとてもありがたいことである。
「で、俺が入ってないと、いろいろとクレームが来そうなので、最後にタイマー設定で撮っていこうと思います」
シチュエーションとしては、俺が店長に白州をサーブするというような感じで、というと、そこまでやるのかーと言われてしまった。
店長はロックがいいということなので、まずは氷をグラスに用意。そしてキンキンに冷えた白州を店長の目の前で注いでいく。
その瞬間、シャッターが切れる音がした。
タイマー撮影といっても一枚だけではなく連写である。
シチュエーションだけは整えたけど果たして出来映えはどんなものか。
ウイスキーの香りに満たされた中で、木戸は写真の仕上がりに思いを馳せた。
追伸;白州のハイボールは、爽やかな飲み口で大変美味しいとご好評でありました。田中さんに、これ、毎日でも作ってほしいと酔っぱらい絡みをされたのは、まぁトラブルといえばトラブルである。お酒は怖い。ああお酒怖い。
白州はのんだことないのですー。いやぁゆっくり、お高いお酒を飲みたいものですが作者、昨日から10日ほど禁酒予定でございます。
そしてオーナー視点となると、自分の欲と従業員の状態っていうのはいろいろ気になるようですね。
木戸くんの写真一回しかみてないですしね。
写真の仕上がりに関しては、今後ちらっとふれることがあると思います!




