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732.コンビニの新人さん1

やっとコンビニ編スタートです。

最後の一年となりましたゆえ、いろいろ木戸くんには痕跡を残していただきたい。

 季節は春。

 桜は咲き誇り、ほろほろと花弁をちらす季節。

 

 さぁ、新生活の始まり! まさに大学四年のスタートにふさわしい。

 などと、誰がいった!


 夜である。お日様は沈み、十時までは木戸は、コンビニのヒトとなる。

 いらっしゃいませから、ありがとうございましたまでをサポートする仕事人になるのである。

 そこで、うっかり「おかえりなさいませ」とかいえば、もっと儲かるんじゃないの? って、エレナに言われたけれどそれは誰にもいっていません。いやま、コンビニって生活に密着してるところはあるから、「おかえりなさい」も間違いではないのだけど、でもそこで、そのフレーズは良いとは思わない。

 むしろこう「よくきたね-」的な、駄菓子屋の空気というか。

 こっそり密かに、人々の必要なものを販売する空間なのである。


 さて、時間は九時を回り、ある程度のお客がはけた時間

 あと一時間だなーと思っていると、一緒のシフトに入っていた先輩、いや、新店長から声をかけられた。 

「なぁ、木戸ーくんよー、来年の契約更新もぜひー」

「それ、大学四年にいうべき台詞とは思えませんが」

 他にお客がいないと言うこともあって、店長は猫なで声で契約更新の話を切り出してきていた。

 いちおう、これでもう五回目くらいの勧誘である。

 大学を出ても働いてくれないか、というようなお誘いを何度も受けているのである。

 もちろん撮影の方がメインなのは間違いがないので、残念ながらコンビニでの労働はお金のため、最低限の労働時間を過ごすのみである。

 大学を出たらやめるつもりでいるし、どうしてもカメラマンとしての仕事がない、なんてことにならない限りは副業をそこまでやるつもりはない。


「というか、むしろ他の先輩がたを見てきた身としては、大学四年でこれだけシフト入っているのに感謝していただきたいくらいですって」

 就職活動に集中する人達が多く、比較的にアルバイトの時間を減らすっていうケースが多いものらしい。

 らしいというのは、木戸の経験則だけなので、むしろ就職決まったからがしがし働くぜ! って人もいるかもしれないからである。

「いやぁ、確かに俺だって大学四年のときは……いや、あまり思い出したくないな」

「先輩は、割とがっつり働いていたような気がします」

 もう、五年前くらいになるだろうか。

 木戸がコンビニでアルバイトを始めたのは高校一年の春から。

 もう丸六年働いている計算になる。その間に卒業していった先輩もいたのだが、新店長は長い付き合いのお相手なのである。


「うっ。あの頃の記憶が……くっ、毎日お祈りメールが届くあの悪夢がっ」

「そのままストレス発散でがつんと働いてた感じですか……」

「ふっ、そしてシーズンが終わった後に、オーナーに言われたんだよ。じゃあそのままうちで働けばよくね、と」

 まるであれは、差し伸べられた蜘蛛の糸のようだった、と店長が言った。


「まー就職先が見つかったのなら、それはそれで、よかった? のです?」

「いや、いちおうそれからもちょこちょこ転職活動はしていたんだが……お祈りメールの山に精神えぐられるというか」

「でも、それで店長任されるんだったら、すごいのでは?」

「ぐっ、確かに他にやりたい仕事があるかっていわれたら、ないんだが……」

 正直、店長業務はやばい。やばいんだっ。

 先輩が心からの悲痛な声を上げているので、指でフォトフレームを作ってみた。

 仕事中はカメラ持てないのでしかたない行為である。


「それ、黒羽根店長も言ってましたよね。業績がー、数字がーって」

「それでお前もいろんなアイデア出してたよな。アレンジ企画とか」

「そですねー。あれはいろいろ撮影できて面白かったです」

 結構前の話だけれど、売り上げが伸びないのを苦にしていた黒羽根店長に、店のブログの協力を頼まれたことがあった。

 そのとき、アレンジメニューの撮影をするというのでカメラ持ち込みで楽しませていただきました。

 アレンジも楽しかったし、今でも時々、再現レシピ的なモノをすることはある。え、店の商品買わないのかって? だって、お高いですし。

 自腹で、売り上げに貢献している先輩がたや店長はいるけれども、そこまでできない貧乏性の木戸さんである。


「あとは、ミニスカサンタな! あれは良かった! 今年も是非」

「……あれは、俺のアイデアではないですからね? イベントの売り上げガチやべぇから、タスケテっていわれただけなんで」

 っていうか、そろそろ五月に向けてのイベント満載ですね? というと、ぐぬぬぅと先輩は頭を抱え始めてしまった。

 そう。コンビニ業界はほぼ毎月と言って言いレベルでなにかのイベントが開催される。

 そしてその数字を言われるのである。

 おせちから始まり、恵方巻、ひな祭り、母の日、父の日、土用の丑の日、おでん、ハロウィン、クリスマスといった感じで、目玉商品がでてはそれを売り込めと本部から言われるのだ。


 おでんのイベントってなにさって話だけど、これは九月あたりから少し早めにスタートするおでんフェアのこと。

 某感染症の影響で、いまいちフェアを打ちにくくなったものの、それでも店舗販売だけではなく、持ち帰りで自宅で作るようのパックまで販売するのである。


「でも、基本俺だからいいようなものの、普通セクハラで訴えられても仕方ないと思うんですよ」

 あのときはメチャクチャ寒かったし、バレンタインイベントの時だって、寒かったんですからというと、先輩に、おまえさぁと白い目を向けられた。

「寒いで済んじゃうのお前くらいなもんだからな……だからこそのあのクオリティなんだろうけど」

「一目惚れした女店長のために、コンビニ立て直しに奮闘する女装男子のお話なども世の中にはありますが……」

 ちょっと昔の作品だけど、確かにエレナさんに女装ものだよ! っていっておすすめされて読んだことがある。

 最後は、おぉーと思ったもので、一日100万の売り上げとか、やっばと思った次第だ。


「現実にはそんなにいるもんじゃねーだろ。っていうか、別に女装男子じゃなくていいから、美人な戦力が欲しい」

 もしくは、可愛い子と先輩が言うので、はぁと木戸はため息をついた。

「それ、ただの先輩の願望じゃないですか。そりゃ接客業は見た目大事とはいいますけど、失敗しまくる美人と、完璧な普通の子とどっちがいいですか?」

「そら……う……いや。そのミスのカバーは……」

「俺は手伝いませんよ。ミスのカバーは全部先輩。いいえ、店長殿がフォローをするのです。レジ壊したり、お会計間違えたり、宅急便の配送忘れしたり……」

「んがぁー、全部そつなくこなせる、普通の子が欲しい!」

 ミスのカバーはいやぁーと、新店長は頭を抱えていた。

 数字数字という前のレベルのお話である。


「だが、そんなそつなくこなせる木戸みたいなのが……いるわけもなく」

「俺だって最初からできたわけではないですよ。誰でも新人からってやつです」

「そうだよな! 俺だってお前にいろいろ教育をしたわけだし、ちょうど木戸と同じくらいの年頃のころに教え込んだもんな」

 うん、そうだそうだ、と新店長は何度も頷きながら、ぽんと木戸の肩に手を置いた。


「新人の教育、がっつり頼むわ。一年で木戸二人分育てて」

「……俺二人分て……なんか最近黒羽根店長の無茶ぶりに似てきてません?」

「ちょ、ちがっ! そりゃオーナーの目標クリアとかになると、似た傾向になるけどそうではなく!」

 誤解だ! 誤解と先輩店長は手をばたばたさせた。

 いや、そりゃ店舗にそこそこ全部の仕事をそつなくこなせて、ミニスカサンタやってくれる店員を育てられたら売り上げが増える可能性は期待できるけれども。

 どうやらそうではないらしい。


「今年の新人二人入っただろ。あの二人の教育係をお願いしたいって話だよ。お前が一番、なんていうか……そんなにもっさり黒眼鏡なのにあたりがいいだろ?」

 特に女子受けがいいだろ! と先輩店長は圧を強くしながら言った。

 いや、別に受けが良いわけではなくて、ただ意識しないで話をしているだけなのが良いところなのだろうけど。


「別に普通に教育はするつもりですが……でも一緒のシフトに入ってるときしか教えられないですし」

 それに新人はお店全員で教育するモノです、というと、それはそうなんだがーと先輩はかたんとカウンターにうなだれた。

「男子の方はいいんだよ。バカ騒ぎしながら、いろいろわちゃわちゃ教えていけばなんとかなる。だけどなぁ、女子の方がなぁ……」

「あ、俺まだあんまり一緒に働いたことないかも」

 高校生の働く時間は、木戸でおなじみ10時までには終了である。となると、学校から帰ってきて五時くらいからになるというもので。

 最近の木戸はサークル活動やったりとか、もうちょっと遅くなるケースが増えたのだ。

 しかもゼフィロスに行ったりもあるし、日曜日はルイさんとして町中を徘徊である。げひゃー。

 なので、あまりシフトで一緒になったことがない。

  

「おまえの大学の単位がなんとかなるなら、その、夕方の時間帯とか、ちょっと早めの時間帯を中心に入ってもらってなんとかやって欲しいなと思って」

「でも、なぜに俺? 他にも女性スタッフいるでしょうに」

「いや、なんというかこう、人慣れしてないって言うか、うちのスタッフ割と明るい子というかあたりが強いというか、アクが強いというか」

 確かに、割と陽のモノが多いなぁと木戸も思った。

 そもそも高校生からアルバイトをする場合、なにか欲しいからって場合が多い。なにかが欲しいという思いがあればだいたい前に向かって歩いて行くのが人間というものである。

 となると、必然的にある程度自分の意見が言える子、世の中に自分を見せられるような子が、高校生アルバイトをする感じになりがちである。

 あとあるアニメ作品の影響か、「スーパーアルバイター!」を目指して応募するっていうのがありえるのかもしれないけれど。

 コンビニに来たことは、ないかなぁと、木戸は思うところであった。

 あと木戸自身は、カメラ購入費用のためにアルバイトしているものの、仕事中はただのもさ眼鏡である。そういう意味では、他のスタッフに比べればかなり地味かもしれない。


 あと世の中には、生活苦のご家庭もあって、それで働いている学生というのもいるとはいちおう知っている。とはいえ、少なくとも「大学の奨学金のために、高校からアルバイトをしよう」というような考えにならない国であって欲しいと思う。


「ええと、つまり、新人の高校生は、人見知りきょどりがあって、がんばってアルバイト始めたけれど、あんまり上手くいってなくて、緊張してミスをしまくるってことです?」

「言語化すげっ! まさにその状態だ。いや最初でやり方わからなくて、ミスはしゃーないんだけど、ガチガチに緊張してミスするってなると、やばいというか」

「コミュ障で接客業やるとか地獄だって、知り合いが言ってましたけど、その子やめたりしないです?」

 知り合いというかお告げというか夢で見たことを言ってみたのだけど、それなーと、店長は頬杖をつきながら答えた。

 お客が来ないからといって、もう傍若無人である。

 これで、来店時のぴろーんの、ひ、あたりで営業モードに入れるので、店長になるべくしてなってると思っているのだけど、本人は黒羽根店長と自分を比較して、むりーと思っているらしい。


「一生懸命な子なんだよ。本人曰く、人見知りなんとかしたくて荒療治なんだってさ。むしろ、失敗したらお給金目減りしても良いですとかいってきてさ」

「いいこ……でも、それだけ自分に自信が無いって、まさかねぇ」

 ふむ、と、今年採用の子の履歴書とか情報が入っている、物理的なファイルをむんずと取り出すと、ぱらりと開いた。

「お、おーい、一応個人情報だから、見る時には店長の俺に確認をとってだな」

「うーっす。そのコの情報見させてもらいまーす」

 へいへーい、と、少し高めの男声で言うと、まー、見てもらおうと思ってたんだけどね! と、先輩店長がため息を漏らした。

 それを脇目に、履歴書を見させていただく。

 いちおう、オーナーの意向で、ここにあるのは採用者だけの履歴書だけである。

 というか、オーナーがいくつか店舗を持っているものの、個人情報保護の観点から店舗に置いてあるのはそこの従業員のものだけと決められている。オーナー自体は手元に一部ずつ持ってるそうだけどね。移動の関係とかあるので。

 まあ、コンビニ経営以外でで喫茶店とか作っちゃってるのだから、つつかれやすいところはちゃんとケアをしておく経営者ということなのだろう。

 黒羽根店長の、む、むりだ……とか、先輩店長の「前年度越えとか、絶対無理」とか、言う言葉を聞く限りだと、法律内では結構な無茶ぶりをしてそうだけれど。

 でも、木戸としては、残念ながら「アルバイトの身」なので、解決する手段もないし、その義務もない。

 そして、必要経費をまかなうための労働力を提供してきた、というギブアンドテイクの関わりなので、そこまで思い入れはないのだけど。

 とはいえ。今までお世話になった場所の環境を悪くしたいとも思わないわけで。

 履歴書を確認して写真と、内容をチェックしていく。

 丁寧な文字で、コミュニケーション能力を高めたいと書いてあった。

 ちなみに写真の方は、お察しの証明写真である。表情は硬い。でも、思ってたのとは違って、ちゃんと写真を見る限りは女子高生である。

 そう、人見知りって言うからもしかしたら千歳みたいなタイプなのかなーって思ったのだけどそうではないようだ。それなら袖振り合うもーって思ったりはしたのだけど。


 ふむ。なら、一つ条件をつけようかなと木戸は思った。

「じゃあ、新人歓迎会、オーナーの喫茶店でやってくれませんか?」

 実を言えば、オーナーの新しく作ったカフェが、そろそろ軌道に乗っていて、それなりに人気らしい。今まで木戸はできた頃しか行ったことがないので最近はご無沙汰なのである。

「いや、それ、別業態だし、オーナー的には別って思ってないか?」

「あー、いや、だからこそですよ? お洒落な空間で歓迎会をすることで緊張感を取るのです」

 せっかくなので新しい世界をぶつけて、コンビニってそんなに明るくないよって教え込むのです、というと、ショック療法かよーと先輩に言われた。


「おまえ新人歓迎会にろくにでねぇから、いろいろわかってないだろう……」

「いや、そりゃ春先はいろいろとね、個人的理由はありましたけれど、出ようと思えばちゃんと企画しますよ」

 木戸の視線が少し泳いだ。

 確かに今まで木戸はコンビニ関係での新人歓迎会には参加していない。なのでわからんだろうってのは、間違いではないのである。

 ただやろうと思えば調整はできると思う。

 というか24時間店を開いているところで、「全員集まって打ち上げをしよう!」ということは、まずできないわけで。

 お金欲しい系のスタッフが、「あー、じゃーそこ入るっすよ」っていってくれて、参加メンバーが決まるって感じだった。

 というか、むしろ木戸もそっち側で。そりゃ大学でいろいろなイベントを経験してて、楽しみもわからないではないのだけど。それはもう撮影優先だったのである。

「なので先輩? オーナーにおねだり、お願いしますね?」

 ふふっと、女声でそういうと、おまっ、おまーと、店長は変な声を上げた。

 そして、ぴろんぴろんと、来客を知らせる音がなる。

 もうこの話はおしまい。あとはオーナーの返答次第である。

 


というわけで、基本巻き込まれた異質な木戸さんですが、今回は後輩指導という使命が追加されました。

いうて、去年までも新人教育はやっているのでそこまで問題があるわけではないです。きっと、たぶん。


次のお話は、新人歓迎会で久しぶりにオーナーの喫茶店をお借りします。

さあオーナーはどんな反応をするのでしょうかー! というわけで。続きかくべ。

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