079.
「こんな話は聞いてない!」
着替えを済ませて帰ってきた彼はすでにエレナにさんざんいろいろと声を荒げていた。
その服装は、フリルたっぷりなドレス姿だった。無駄に生地がよくてつやっつやなダークパープルをベースにしたそれは、さすがに少しぱつぱつになってしまっている。
ルイちゃん用に用意したとかなんとか言ってたのを転用したんだろうか……いや、さすがに身長はともかくよくウエストが入ったよなと関心してしまう。これでもルイの体型はほとんど女子と変わらないくらい華奢だし、ウエストラインだって並以下だ。
さすがにそのときは聞けなかったので、あとで聞いた話では、あれねーとエレナが語ってくれた。
どうせルイちゃん着ないだろうし、小柄な男性向けに作っておいてもし万が一、億が一にでも着てくれるようならあとでウエスト詰めようと思ってたんだということだった。どうせ着てくれないしーと、ぷくーとふくれたエレナを宥めるのは大変だったのだが、それは別の話である。
「そりゃ話してないしねぇ」
うふふぅと、傍目からその状況をルイは楽しむことにする。
いろいろとこいつにはひどい目に遭わされているので、慌ててる様を見られるとぞくぞくしてしまう。
さすがにエレナや木戸の姉たちのように、無理矢理女装させてわくわくするなんてことはないのだけど、かわいい格好をしながら、弱気になりつつひどいーという声を上げる姿というのは、姉でなくてもいいなぁと思ってしまう。
もちろん木戸の姉たちとしては「ねーさま、ひどいですっ、こんなの恥ずかしい……」とかいう顔を見たくてたまらんかったわけだけれど、自分の反応なんて自分では覚えていないものである。
「コスプレをしてくださるという話はたしかに聞きました。なにをやるかはそもそも尋ねてもこなかったではないですか」
「ひどい、穢されてしまったよぅぅう」
ぐすんと言いつつうつむく姿は、さすがはエレナの仕込みだけあって可憐である。けれどもその表情がいただけない。嫌々やってますという感じがありありと出てしまっている。
鏡のたぐいがここにはないので心底不安で仕方ないのだろう。
しかたないのでカシャッと写真を一枚とってタブレットにデータを移す。
「これが、おれ?」
「さすが人気アイドルだけあって素材は申し分ないですし、エレナがプロデュースすれば、こうなります。いちおう撮っちゃいましたけど、肖像権的な問題がでるなら消しますけどどうします」
「その、取っといて。っていうかスマホに送って」
その写真を見た瞬間に彼の表情は変わった。もー無理と言っていたのがさらっと変わったのである。
どうやらまんざらでもない様子である。そりゃ演技はつたないし体格も小柄ではないから無理だろうと思うところだけれど、アイドルだけあって姿勢もいいし、なにより中性的な美貌が不可思議な印象を与えている。
もちろん原作の姫とは印象は違うのだけど、そこらへんはこれから執拗にエレナが演技指導でもして矯正するに違いない。なんだかんだでエレナはコスプレ会場で騒ぎを起こすのを嫌うし。報復の意味合いもかねてしごくに違いない。
「お友だちにでも見せるのですか?」
「まーな。ここまで変わるっていうのは、自慢できるだろ。ってか隠し芸として持っておいても美味しいかもしれない」
たしかに、芸能界には隠し芸大会なるものがあるという話は聞いたことがある。けれどそれが完璧な女装っていうのもどうなんだろうか。
「そういうことでしたら、話し方、身のこなしなども完璧になさったらよろしいのでは? まだ服にきられているという様子ですから」
美しくなったあなたをお守りしたいのです、と女騎士に扮したエレナはうやうやしくいう。
その表情はどこか心配げなもので、姫……とうっとりささやきかけるその声は中性的で、さらに弱い。
エレナさんったらもう役に入っているようで、どっぷり守護騎士ニルファになっているようだった。
「彼」の役どころは、主人公のおつきの騎士。男性が近くにいてはいけないという風習から、女装をして姫を守る守護騎士であり、攻略対象の一人なのである。一般的な乙女ゲームでいうところのショタ属性キャラに近い感じだろうか。けれどもこいつが地味に人気があって、顔はかわいいのに必死に姫を守る姿にきゅんきゅんするだの、むしろ他の攻略対象と掛け合わせて総受けにしてみたりだの、薄い本がばんばんでている現状である。
そしてエレナにかかればそれが忠実に再現されるわけで。
どうやら、主人公が記憶喪失になったあたりを当てはめているらしかった。
確かに通常の姫ならこんなにがさつにわめいたりしないものな。
「声はそのままでいきましょう。あんまりいじると芸能生活に支障がでてしまいますから」
「仕方ありませんね。とはいえ、小柄な方向けに作った衣装ですから、動きは慎重にしていただかないと困ります」
「たしかに少しきついところはあるかな」
翅はかなりぴったり肌に食い込んでいる服をいろいろ点検している。
二の腕や胸囲のあたりがどうにもぱつぱつになりすぎている。身長ももう少し低い人用なので、ロングスカート仕様なのに膝下くらいの丈になってしまっているようだった。
「あはは、もしかしてあたしに着せようとしてたのか、それ」
スルーしそうになったけど思わず突っ込みをいれる。ウエストラインはゆるめに作ってあるようだけど、身長換算ではルイにしっかり合うように調整されている。
「だってルイちゃんにすっごく似合いそうなんだもん。っていけないいけない」
フニャッと表情を緩めたのは一瞬だ。すぐに凛とした騎士の顔に戻る。
いや。たしかにルイには似合いそうなコスプレではあるけれど、自分はあくまでも撮影者なのである。
「何度もいうけどコスプレ会場での着替えはしないんです。ああ、それと姫。姿勢をまっすぐ、りんと胸をはるとぴったり感はなんとかなると思いますよ」
「ああこれは。でもちょっと胸が苦しい」
「くぅ。ど、どうせあたしには胸がないですよ! と言ってみたかっただけで、アンダーがどうしても入らないですよね」
こればっかりはしかたない。というか普通の男性の胸囲は膨らみがなくたって女性のそれよりも太いのだ。というか女子ばりな胸囲の自分達のほうがおかしいのかもしれない。
「蠢なら入りそうだけどな。華奢だし」
「あれはお子ちゃまだからねぇ」
探りでもいれてきたんだろうか。こっちはしれっと返して大事にしないようにする。
「なるほど。ルイにそう言わしめるほどの逸材ですか。ぜひ我が国にお招きしたいところですね」
「むりむり。すんごい忙しいみたいだし女装とかめっちゃ嫌がるだろうし」
「そうなのですか? それは残念ですが、今日は姫がいらっしゃいますから。それで満足といたしましょう」
凛とした相貌を一瞬だけふにゃりと笑顔にして幸せいっぱいをアピール。
毎回思うことだがエレナのこういうところは本当に男なのかを疑う材料だ。もちろん原作だってそういうとろけそうな素顔を出すことがあるキャラではあるのだけれど。
「しかし、有名人がこんなことやっちゃったら、普通に動画とかが拡散しそうなんですけど、大丈夫なんですか?」
「したらしたで別に。こんなに変わるならむしろ誇ってやりたいくらいだね」
うちのブログの日記に載せたりとかはどうかな、と彼が言うので、はぁと深めのため息をはく。
これだから一般のリア充さんというのは困るのだ。
「いちおう、マネージャーさんに確認とって、さらに背景で人が入ってないの確認した写真だけですよ。反射とかで映り込んでるのもNGです」
「うは、マネージャーはともかく背景ってそんなに厳しい?」
「ええ。マスコミに顔出しNGって子はそれなりに。家にばれるとうるさいとかそういった理由が主ですが」
「この世界、というよりもアニメや漫画とか二次元のものに偏見をもたれている方がとても多いのです」
本当にこまったことですと、エレナがきりりとした目に困惑をのせて軽く視線を下げる。
ものうげ、という言葉がよく似合う騎士様の姿は、どこに出しても恥ずかしくないものに違いないけれど、きっとこんなことをやっていると知られれば、お父様からはいろいろと言われるに違いない。悪い人ではけしてないけれど、どんどん女の子っぽくなる息子に対応できていない。
「でも、みんなすげークオリティじゃん? しっかり見ればすげぇって思うけどね」
「姫様は本当にお優しいのですね」
くすりと、女騎士どのはうっとり流し目をしながら姫様をみる。
けれど力なくがっくり肩を落とすと。
「細部など見ないのですよ。一見しただけで漫画の服だってなって、視線を合わせちゃいけませんって」
「むしろ、このキャラはゲームのなんですけどねぇ。ゲームもアニメも全部そろってマンガって言われちゃうくらい詳細はどうでもいいっていうのが世間様なんですよ」
人はたいてい自分が信じるもの以外に視線を向けない。けれどそれは人の習性のようなものですらあるのだろう。ルイにしたって芸能人の顔はさっぱりわからない。外国人になればさらにもっとひどくなって、ほとんど個人の区別すらつかないレベルだ。それは二次元のキャラを全部同一に漫画のキャラとくくるのとたいして違いはないに違いない。
「だから、みんなにも一言釘を指した方がいいですよ? 今ちょっとだけ貴女が身近にいることで気分が高揚してしまってる人達がいるので」
あなたの声であなたからのお願いならみんな聞くでしょうしというと、なるほどと納得したようだ。
HAOTOの面々も崎ちゃんも言っていたことだけど、確かに有名人を前にした一般人はきゃーきゃーいいながらスマートフォンで写真を撮りまくる傾向がある。情報が表に出たところでたいした問題にはならないと翅は言っていたけれど、こちらとしては『ルイを追ってやってきた』なんて追加情報まで一緒に拡散されるとかなり困る。悪目立ちはしたくないのだ。
「そんなわけで、子猫ちゃんたち、サプライズで悪いけどボクの写真は公開しないで。もちろん個人的に持っておくのは大歓迎さ」
納得してくれたのか、彼はキラキラアイドルスマイルを浮かべた姫として周囲にオーラをまき散らしていた。
はぅんと何人かのカメコ女子から吐息が漏れた。姫ではあるけど王子でも見てるような感じだろう。
けれども、その時にはすでにその写真がネット中に拡散しているだなどと誰もわからなかったのである。
今日はちゃんと予約掲載日設定みすらんようにしないと……orz
はい。そして翅さんですが、ご想像の通りっ。エレナにドナドナされたらこうなります。
でもきちんとサイズを合わせた服でのこすが出来なかったのは残念であります。アイドルさん達ちゃんとかわいくしてあげたい(ふふふふ)